My Sweet Teddy bear

琉斗六

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 ハルカの指が、俺に絡み付いて熱を解放する。

「あっ……っ!」

 己の意志と関係なく四肢が強ばり、それから急激に力が抜け落ちていく。
 弛緩した俺の身体を、ハルカがそっと受け止めた。

「可愛いね、シノさん…」

 達した快楽に身を任せている俺を、ハルカはベッドの上にやんわりと降ろしながら、頬やこめかみにソフトなキスを落としてくる。
 己の快感に夢中になっている俺を妨げるようなマネは、決してしてこない。
 俺を夢見心地のまま、それを深めるように与えられるキス。
 曖昧な意識のまま、俺はハルカのくちづけに応えていた。

「いやらしいね…、こんなに直ぐに次を欲しがってさ」

 やんわりとした愛撫に、身体が再び熱くなる。
 そんな俺に、ハルカは優しいくちづけを繰り返すばかりだった。
 ハルカは、俺に触れる事がとても好きだ。
 日常でも、肩や腰にすぐ手を回してくるし、折りがあればキスをねだってくる。
 しかもそれを、相手に『鬱陶しい』と思わせない範疇に納めているところが絶妙なんだが。
 特に俺の場合ちやほやされるのが好きだから、ハルカと一緒にいるのは割と心地よかった。
 思うに、ハルカの方がそれだけ俺に気を遣って接しているんだろう。
 こうしてつき合うようになったきっかけだって、ハルカの方から俺に申し込んできたのだから、それはある意味当然なんだけど。

 最初のきっかけは、数年前。
 リハーサルの合間に何気なく『女と別れた』なんて話をした日の、帰り際だった。
 夕方から降り出した雨は、天気予報の予想に反して本降りになり、傘を持たない俺はスタジオで足止めをくっていた。
 今でこそどこに行くにもマイカー利用の俺だが、当時はまだそれほど収入があった訳じゃないので、移動はもっぱら地下鉄と路線バス利用だった。
 その時。

「どうしたの?」

 入り口で雨の様子を見ながら、雨の中を走り抜けるか、それとも奮発してタクシーでも呼びつけようかと迷っていた俺に、やはり帰ろうとして出てきたハルカが声を掛けてきた。

「見りゃ判るだろ。傘がねェんだよ」

 わざわざ間抜けな問いを投げてくるハルカに、俺は少し苛立った口調で答えた。
 そんな俺を気にする風でもなく、ハルカは眼鏡の奥の瞳に微かな笑みを浮かべ、柔和な顔を向けてくる。

「送ってあげようか? ここで待っててくれれば、車回してくるよ」
「いいのかよ? 俺のアパート、ハルカとは逆方向だぜ?」
「構わないよ。ただ、この雨で道が混んでると思うから、地下鉄よりも少し時間がかかるかもしれないけど…?」
「濡れるより、マシだろ?」
「じゃあ、ちょっと待っててね」

 車で来ているクセに、電車で来ている俺よりも用意周到に長傘を持っていたハルカは、そいつをポンッとマヌケな音を立てて広げると、パシャパシャと足早に駐車場の方に走っていった。
 数分と待たないうちに横付けされた、軽自動車。

「このクルマ、ハルカの趣味?」
「そりゃあ俺だって、もっと派手なイタ車とかコロがしてみたいけど。今の経済で維持できるのなんて、軽がせいぜいなんだよ」
「そんなら、親に買って貰えばいいじゃない。ハルカは、俺やレンみたく親と不仲ってワケでもないんだろ?」
「それはそうなんだけど、でもそこまで頼りたくないよ。いつまでもヒヨッコ扱い、されたくないからね」

 俺はハルカの台詞がちょっと意外で、少し吃驚してしまった。
 先にも述べたが、俺はその頃ハルカと親しくしていた訳ではないから、俺の知ってるハルカの情報は、ほとんどがレンを通してのものしかなく。
 別にレンがハルカの事を悪く思っているという訳ではないが、それでも他人を通しての情報には多少の歪みが出るもので、俺はハルカの事を『親に頼る事に疑問など無い、典型的な坊ちゃんタイプ』だと思っていたのだ。

「なぁにシノさん、そんなカオして。あ、判った。シノさんは俺の事、ポリシーのないお坊っちゃんだと思ってたんでしょう?」
「別に、そんなん思ってねェよ。…だって、ハルカがどんなヤツだって、俺には関係ないじゃんか」
「なにそれ、冷たいの」

 ハルカは少し不満そうな顔をして、唇を尖らせる。
 怒らせたかと思ったけど、わざわざ機嫌をとってやるのも面倒で、俺は目線を前に向けたままシートに背中を預けて、そのまま何も言わなかった。

「…シノさん」

 暫しの沈黙の後、信号で停まった所でハルカが俺の方に顔を向ける気配がする。
 俺は黙ったまま、顔をハルカの方に向けた。

「ガールフレンドと別れたって、本当?」
「…ホントだよ」

 唐突な話題だとは思ったけれど、あまり気にしないで俺は答えた。

「…シノさんってさ…」

 気の所為かもしれないが、そのジッと見つめてくるハルカの顔が、信号の色の所為だけではなく紅く染まっているように見える。
 そんなハルカを俺がしげしげと見つめていると、ハルカはまるで運転に集中するような素振りで顔を背けてしまった。

「……………」
「…なんだよ?」

 話をしかけたまま、口を噤んでしまったハルカに焦れて、俺は問いつめるような口調で訊ねた。

「…シノさんって…、男とも恋人付き合いするって、本当?」

 ハルカの返事を聴いた瞬間、俺はかなりあからさまにウンザリした顔をして見せたと思う。
 なぜなら俺はその時、ハルカがよくある正義を振りかざして俺に説教をしようとしているのだと思ったからだ。

「そんなの、ハルカに関係ないだろ。別に俺が誰と付き合おうが、俺はハルカに迷惑なんか掛けて無いぞ」
「そうじゃなくてっ!」

 かなりぶっきらぼうに怒ったような口調で答えた俺に対し、ハルカは吃驚するほど大きな声を出して、急にまた俺の顔を見つめてきた。

「そんなんじゃなくて、俺が言いたいのは…っ」

 信号が青に変わり、後続の車にクラクションを鳴らされる。
 ハルカは慌ててハンドルを握り直すと、乱暴に急発進をした。

「…俺が、言いたいのは…。…今フリーなら、シノさん…俺と、付き合って…」
「ハルカッ、前っ!」

 運転中だっていうのに俯いてしまったハルカは、カーブに気付かずそのままガードレールに直進しようとしていたのだ。
 俺の声にハンドルを切って、どうにか衝突だけは免れ、車は路肩に止まったけれど、心臓に悪いったらありゃしない。

「カンベンしろよ。こんなトコで、ハルカと心中する気は無いぜ?」
「ゴメン…」

 ハンドルを両手で掴んだまま、ハルカはまるで落ち込んでいるみたいな感じで俯いたままだ。
 俺は、ことさら大きな溜息をついた。

「あの…、シノさん?」

 伺うような、それでいて酷く真剣な顔をして、ハルカはそっと俺に視線を寄越す。

「オマエ、俺と付き合いたいの?」

 危うく殺されかけた所為もあって、愛想があるとは言いかねるような口調だったけど、それでも先程よりは不快感が薄れていた俺は、ハルカに問いかけるだけの余裕があった。
 それに対し、ハルカは黙ったまま激しく頷くだけで、言葉を選んだり体裁を繕ったりする事も出来ない様子で…。

「ふうん」

 試すみたいに曖昧な態度をとってみせると、ものすごくせっぱ詰まった顔でジッとこちらを見つめてくる。
 それだけで、俺は少し楽しくなった。
 なんかよく解らないけど『こういうシチュエーションも悪くないじゃん』みたいな、ワクワクした感じがして、むやみに口元が弛みそうな感じ、とでも言えばいいのか。
 俺は、気を持たせるように答えを返さず、じっくりとハルカの様子を観察した。

「なんで?」

 たぶんその時の俺の顔は、ひどく意地悪く笑っていたと思う。
 でもハルカは、そんな風に俺が楽しんでいるなんて事に気づけないくらいに、追いつめられていたんだろう。

「だっ、だってシノさんッ。…俺、シノさんみたいに綺麗な人、今まで見たコト無いよ。俺は、…その、お、男とそんな風に付き合ったコト無いケド、でもシノさんは凄く魅力的でっ。…俺、こんな風に強く惹かれたのなんて、生まれて初めてだよ! シノさんに触れられるんなら、どんな事でもしようって思ってるんだっ! それに…っ!」

 ここでアピール出来なかったらもう後がないみたいに、堰を切って喋りだしたハルカの口元に、俺はそっと人差し指をあてる。
 ビックリしたみたいに黙り込んだのを見計らって顔を近づけ、強ばって「へ」の字になっている口元に俺の唇を押しつけ、最後にそっと唇を舐めてやった。
 街灯の薄暗い明かりの中でも、ハルカの顔が真っ赤に染まっているのが判る。
 吃驚したような顔をしながら、それでもハルカは俺から視線を外さない。

「…いいよ」
「え…」
「別に、いいよ。ハルカがそうしたいなら、付き合うよ。なんならこれから、ハルカのトコに行ってもいいし」
「ほ、本当?」
「ああ、別に、構わねェよ」

 キスの意味を理解して、ハルカは急にパッと明るい表情になると、座り直してからアクセルを踏んで、車をクルリとUターンさせた。

 その晩俺は、ハルカのマンションに泊まった。
 ガールフレンドとは、それなりにつき合っているって話をちらほら聞いていたから、それなりにこなれたヤツなんだろうって思っていたし。
 ホントの所は『こなれて』いたんだけど。
 その晩のハルカときたら今では笑い話になる程に緊張しまくっていて、まるで高校生か中学生みたいだったんだ。
 ぎこちない態度で俺をベッドに誘ったハルカは、結局行為らしい行為をしなかった。
 俺の身体に触れて、隅々までを愛撫して…、それで終わり。
 あまりの事に、俺は呆れてなんにも言えなかった。
 それこそティーンエイジの初恋みたいなハルカの愛情に、俺ははっきり言って『長くは保たねェな』とすら思っていた。
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