My Sweet Teddy bear

琉斗六

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 翌日、俺は少し寝不足気味の顔でスタジオに向かった。
 ミュージシャンという職業柄、ありがたい事にラッシュでもみくちゃにされるような時間ではなかったが、それにしたって馴れない交通機関を使っての移動は時間が読めない。
 俺がスタジオに着いたのは、集合時間に辛うじてギリギリってくらいだった。

「シノさん」

 少し足早に廊下を歩く俺に、後ろからのんきな声を掛けてくるヤツが居る。
 振り返ると、俺より頭一つでかい見慣れた男が、とても遅刻寸前とは思えない態度でノコノコ歩いていた。

「オマエも遅刻かよ?」

 俺がそう問いかけると、レンはさもさもビックリしたような顔をして、おもむろにポケットから懐中時計を取り出してみせる。

「別に、遅刻って程の時間でもないじゃん。ところで今朝は、どうしたの?」

 レンの態度を見ていたら、なんだか必死になって時間までにスタジオに入ろうとしていた自分が莫迦みたいに思える。
 俺は歩く速度を落とし、レンと並んで廊下を進んだ。

「どうしたのって、なにが?」

 訊ね返す俺に対して、レンはチラリと廊下を振り返ってから改めて目線を戻してくる。

「えらく寝不足って顔してるからさ、折角の美貌が台無しじゃない。それに、いつものナイトはどうしたの?」
「はぁ? 誰?」
「シノさんのナイトっていったら、ハルカでしょ? どうしたのよ?」
「ああ」

 寝不足で少々苛立っていた俺は、ふざけてみせるレンに合わせてノッてやれる程の余裕はなく、少し刺々しい感じで答える。

「今日は来ないよ」

 そんな俺の様子に、レンは『おやっ?』って顔をして見せた。
 ギスギスに痩せているクセに、身長だけは190センチ以上あるマッチ棒のようなオトコ。
 それがレンだ。
 マッチの火薬部分に相当する顔は、一見かなり凶暴そうに見える。
 しかも本人がファッションにこだわるお洒落な一面をもつが故に、その恐ろしい顔の眉毛を短く整えてあったり、髪を一分の隙もなく逆立てていたりするから、余計に『凶暴そう』に演出されていたりもする。
 しかし実のところ、コイツには『凶暴』のカケラも無い。
 ケンカどころか、他人の殴り合いをみただけでビビッてしまうような、温厚な平和主義者だし。
 顔だって、よく見ると妙に穏やかな目つきをしてたりするから、見慣れると変に味わい深いと感じたりする、なかなか面白いヤツなのだ。
 時々、変に皮肉めいた顔をして「俺の自称は『普通のオトコ』だから」なんて、ハルカが言うが。
 確かにこのマッチ棒と比較したら、誰だって『普通』だろう。
 自称から窺い知れるように、ハルカはレンに対して結構根の深いコンプレックスを持っているらしいのだが、しかしその反面、レンの一番の悪友だったりもする。
 まぁ、悪友とか腐れ縁の友人なんてものに限って、知りたくもないのに相手の事を良く知っていて、いらぬ羨望だの嫉妬だのをしたりするものだが。
 少し度のキツイ眼鏡を掛けているとはいえ、ハンサムフェイスと呼ぶに相応しい整った顔立ちと、耳元で愛の言葉なんかを囁かれたら『どんな女もイチコロ』てな甘く響くハイトーンの声。
 レンと比べれば論外だが、だからって別段チビな訳でもなく。
 温厚で誠実な性格と、現在売れ始めているバンドの現状を合わせて考えれば、ハルカが女にもてない筈はない。
 一般的な見地から言えば、ハルカがレンにコンプレックスを抱く必要なんかほとんど皆無だ。
 でも、レンという人間は才能が服を着て歩いているような、とんでもない発想力と音楽の構成力を持つ、ギターの申し子みたいなオトコで。
 その天才と称する事に躊躇を感じさせない才能に、時として他人の事には無関心な俺でさえもが嫉妬したくなる。
 とはいえ、そうして羨まれているレンだって、ハルカに対してそれなりに思うところがあるらしいから、どっちもどっちなんだろう。

「ちょっとって、どうかしたの?」
「なんかオフクロが入院したとか、言ってた」
「それはまた…。…でも、それじゃあなんで、シノさんがココにいるの?」
「なんでって、なんで?」

 不思議そうに俺を見下ろしてくるレンを、俺は怪訝な顔で見上げてしまった。

「だって、ハルカの一番のタカラモンだろ。持って行かなかったのかなって」
「バカ言ってんじゃねェよ」

 俺は呆れて、レンを睨み付ける事さえしなかった。
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