クロスオーバーKAGURAZAKA

琉斗六

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とある緊縛師の独白。

7.

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 店で披露していたショーを見た人物が、関西に出す店で同じようなショーを演ってくれないかと連絡してきた。
 専属であの店のショーをしている訳では無いし、少しマンネリ化しているステージに常連達が飽きてきている事もなんとなく感じていたので、私はその話を許諾する事にした。

「失礼します」

 オフィスの扉にノックの音がして、時間通りに彼が現れた。

「ああ、聖一クン。今日は着替える前に、ココに来て座ってくれ」

 私は自分が座っている椅子の隣に席を用意していた。
 ちょっとびっくりした顔をした後に、彼は言われるままに椅子に腰を降ろした。

「実は、急な話なのだが、私は仕事の場所を関西に移す事になった」
「え……? それは、短期の仕事では無く、完全に仕事の場をそちらに移す…と言うお話なのでしょうか?」
「そうだよ」
「では、ショーはどうされるのですか?」
「あの店での仕事は、正直そろそろ限界を感じている。それは、私がどう…と言う問題ではなく、店に馴染んだ常連客には、私の行うショーはマンネリ化してきていると感じているからだが。先日、関西にあそこと同じような趣旨の店を出すために、あの店を見学に来ていた人がいて、その方が私に自分の店でショーを演ってくれないかと言ってくれたんだ。条件もかなり良いので、いい機会だから移ろうと考えた」
「ですが、レッスンは……?」
「うん。それに関しては、個別に話をする場を設けて、どうするかを決めている。大人数の一括で講習を受けている生徒のほとんどは、申し訳ないが縁が無かったと諦めているが。個人レッスンをしている者は、みな私に着いて来てくれると言ってくれている。それで、キミにも是非、残ってもらいたいと思っているのだが…」
「………それは、いつ頃のお話なんでしょうか?」
「急に決まったので、あまり時間は無いんだ。最長でも明後日には出発をしなければならない」
「明後日……っ!」

 彼は、明らかに戸惑った顔をした。
 この話を貰ったのは、実を言えばかなり前だ。
 当たり前だが、彼の危惧する通り、レッスンをしている生徒や店と…と言うよりは、あそこのママとの付き合いも壊したくは無いから、時間的余裕は必要だった。
 だが、彼にだけは言うのをギリギリまで先延ばしにしていた。
 それは、あまり時間が無い状況で、考える余裕を与えずに、半ば脅迫に近いようにせっつく事で、彼の判断を鈍らせるためだ。
 時間が迫っている中で、直接顔を合わせた状況での話となると、合理的な考え方よりも情やその場の欲求に惑わされてしまうものだ。

「大変急な話で、本当にすまないとは思っているんだが。アシスタントを一人、連れて行くと先方には話を通してある。今までと違い、キミの事は正式に雇用する事が出来る」

 手を伸ばし、私は彼の手を取った。
 人肌の温もりや、彼の捻れた父親への気持ちを掻き立てるためだ。
 彼は私の顔と自分の手許の間を何度も視線を往復させて、しばらく逡巡していた。

「あ…先生……」
「ああ、なんだい?」
「あの…ありがとうございます」

 彼は椅子から立ち上がると、最初の時と同じように、深々と頭を下げた。

「うん」
「先生のご指導には、大変感謝をしています。本当に、今までありがとうございました」

 彼の告げた言葉に、私は目を見開いた。

「聖一クン?」
「お誘いは、大変光栄ですが。昨日、洋菓子店のご主人にようやく弟子入りを許可して頂けました。パティシエの修行中は、全身全霊を掛けて修行をするように言いつけられ、実は本日、レッスンの暇乞いを申し出るつもりでした」
「じゃあ…」
「はい。申し訳ありませんが、お供をする事は出来ません。レッスンを受け始めて間もない頃、先生は私に、私自身が己の性癖を自覚しなければダメだと仰いました。私は父に罵倒された言葉に束縛されていました。ソドミー行為に及ぶ自分を卑下もしていた。でも、先生のレッスンを受けて、そういう自分を受け入れなければ、父の束縛からも逃れる事は出来ないと解ったんです。あの頃、私は父とは訣別するつもりで家を出たばかりでした。しかし、家を出た事で父の束縛から逃れられた訳じゃなかった。自由になったつもりで、何も変わってはいなかった。でもこちらで先生の指導を受け、私自身が私の全て…性癖や、ソドミー行為、それに先生が仰る通り少々過激なSMプレイは、セックスのスパイスになる事を認める事で、私はようやく父の束縛から逃れる事が出来ました。本当に、感謝しています。ありがとうございました」

 彼は、もう一度深々と頭を下げると、むしろ晴々とした顔で、言葉通り暇乞いを告げ、オフィスを出て行った。
 私は、彼の言葉の半分も聞いていなかった。
 すっかり手中に収めたと思っていたのは、幻想だったのか?
 だが、ところどころに思い当たる節がある。
 彼が、ステージでアシスタントを務める事に、ほとんどなんの抵抗も見せなかった事や、少々ズレた…と感じさせる、図解入りの企画書を持ってきた事。
 彼の探究心と好奇心、それに向上心と徹頭徹尾拘った美観。
 細部にまで理解を及ばせなければ納得が出来ないオタク気質と、あの詳細に解説と考察を書き込んだノート!
 つまり、彼に取って私との時間は、額面通り ”レッスン” だったのだ。
 細部にまで拘ったコスプレと同様に、彼は私のレッスンに足を運び、真剣にSMごっこをしていたに過ぎなかった。
 私だけが、年甲斐もなく本気になっていたのだと、彼が去って初めて私は気付いたのだった。




*とある緊縛師の独白。:おわり*
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