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第20話

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 翌朝、スタジオに姿を現した多聞の隣には、眠たげな顔の柊一がいた。
 深夜と言うよりはもう早朝に近い時間まで働いていた柊一にしてみれば、なにより睡眠が恋しかったが、宣言通り閉店時間きっかりに現れた多聞を、無碍に追い払う事が出来なかったのだ。

「よう、おはようショーゴ」

 多聞の声に振り返った松原は、微かに不審な表情を浮かべてみせる。

「そちらさん、どちらさん?」

 松原の問いに、多聞は薄気味が悪いほどにんまりと笑んで、グッと顔を寄せた。

「俺の、天使」
「はぁ?」

 多聞は、柊一の腕をつかむと、
「東雲柊一君。俺のハニーちゃん。後学の為に連れてきたんだ」

 と、厚顔にも言い放った。
 挙げ句、その紹介に対して何かを言おうとしたらしい柊一の口唇を、己の口唇で塞いでしまったのだ。
 いきなりのキスシーンに松原がギョッとなっていたのもつかの間、次の瞬間、柊一の拳によって蹌踉めく多聞を、今度は唖然とした顔で眺める。

「いい加減にしろっ、この変態!」

 なんだか良く分からないが、松原は黙ってその場を離れた。
 つまりこれは、いつもの多聞の病気の一環なのだろう。
 でも、だからといってそれは、自分には関係のない事だ。
 例えどんなに理不尽な、問題のある状況であっても、多聞はボスで、自分はただの楽器なのだから。
 だから何をどう感じていようとも、松原は多聞に何も言わなかった。

 いくつかのテイクを繰り返して、ふと時計を見上げたらすでに昼を回っていた。
 アレンジに余念のない多聞の様子から、しばらく休憩をとっても問題は無いと判断し、松原はベースを肩から降ろした。
 そして部屋を出ようとした時、ミキシングルームの片隅で、柊一がすっかり白河夜船と化している姿を、視界の端に見つけてしまったのだった。

「…やれやれ、だ…」

 関わるつもりはないし、関わりたくもない。
 でも柊一がモゾモゾと動いて、自身を抱きしめるような仕草をした事で、冷房が効きすぎている事に気付いてしまったから。
 松原は辺りを見回すと、側の椅子にかけてあった誰かの上着を手に取った。

「…っ? あ…」

 上着の感触で覚醒したのか、柊一が顔を上げてくる。
 真っ直ぐに顔を見られては、無言でいる訳にもいかなくて、松原は渋々口を開いた。

「…風邪ひくぜ」

 すると柊一は、意外にも遠慮がちな口調で返してきたのだった。

「どうもスミマセン…、俺みたいな部外者、迷惑でしょう?」

 多聞の連れてきた人間が、多聞と同種の人間……赤の他人の前でイチャついてはばからないような、無神経で頭のゆるいオンナノコだったりすれば、こちらも気兼ねなく無視を決め込める。
 しかし相手がまともな反応を返してくれちゃったりすると、こちらもまともに返事をしなきゃいけないような気になってしまう。

「ま…、気にするコトないんじゃない。どっちにしてもここにゃ、お山の大将のやる事に逆らえるヤツ、いないんだから」
「…お山の大将?」

 松原はガラス張りの部屋の向こうにいる多聞に視線をやる事で、答えを返した。

「ああ…なるほど」

 頷いて、柊一は目線を多聞から松原の方へと戻してくる。

「でも、そんな言い方するって事は、…えーと…」
「松原。…ココの連中は、ショーゴって名前で呼ぶけどね」
「俺がそう呼んじゃ、なんか馴れ馴れしくないっすか?」
「別にいーんじゃねェの。…こーいっちゃ気分が悪くなるかもしんないけど、君はレンが連れてきた特別な客だし」

 微かに眉をひそめて、柊一は困ったような顔をしてみせる。

「やっぱ、帰って寝た方が良かったかも」
「レンに、そー言ったの?」
「ヒトの話なんて聞きゃしないっすよ。あの変態は」

 ブスくれて、吐き捨てるように言った柊一の様子に、思わず松原は苦笑してしまった。
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