ギョーザとビールとロックンロール

琉斗六

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第30話

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 裁判所を出て、多聞は大きく息をついた。
 肩の荷が下りたという感じは、しない。
 ただ、柊一から与えられたクイズに、正解が一つ出たと言うだけだ。
 それをこなせば、柊一が戻る保証もない。
 それでも、微かな望みでもすがりつきたい気持ちだった。
 駐車場に向かって歩き出した多聞は、停めてある自分の車の側に人が立っている事に気がついた。
 そのしなやかな人影は多聞に気付いた風もなく、磨き上げられたジャガーのボンネットに、無造作に座り込んでいる。

「柊一っ!」

 慌てて駆け寄った多聞は、自分でも気付かぬうちにかなり大きな声でその名前を呼んでいた。

「よお、終わったか?」

 振り返った柊一は、まるで何事もないような顔で穏やかに笑う。

「何で、オマエ…ッ!」
「うん、ああ。ショーゴさんに訊いた。今度の調停の日と、アンタがどんな様子だったかってさ」
「…なんだよ、それェ…」

 不満そうに眉を寄せた多聞に構わず、柊一はストンとボンネットから降り立った。

「訊くまでもないと思うけど、終わったのか?」
「ああ、終わったよ」

 少しふくれっ面で答えた多聞を、柊一はまるで子供かなにかのように頭を撫でる。

「…ンなコトより、オマエがココに来たのはなんの為だよ? …俺の話を、少しは考えてくれたのか?」

 強気に出たいけれど、強引に手を出せばスルリといなくなってしまうのは解っている。
 強い口調で言い募りながら、妙に腰が引けているその口調は、多聞自身でさえ子供のようだと感じた。

「俺、なんか考えなくっちゃいけないコトなんて、あったっけ?」

 しれっと答える柊一に、さすがにこれ以上は我慢が出来なくなった多聞は、思わず腕をつかんでしまった。

「オマエが、言ったんだろう? オマエを俺のモノにするには、どうしたら良いって訊ねた時に、まずは巧実に欲しいモノをやれって…っ!」

 自分ばかりが振り回されている。そんな理不尽を感じて、多聞は苛立ちを隠せない。

「莫迦だな、アンタ。他人を所有するコトなんて、出来る訳ないだろう? 特にそれが、ただそいつの身体を望んでいるだけならまだしも、愛情を望むなら尚更だ。例え監禁したって、手に入れられっこないじゃんか」
「…っ!」

 返された答えに、多聞は言葉を失った。
 もしかして、ただからかわれただけなのかと思い、憤りすら感じてくる。
 しかし。

「んな、怖ェ顔するんじゃねェよ」

 ニィッと笑った柊一は、なんの躊躇もなく多聞の鼻を指で弾いた。

「オマエはっ…」

 叫びかけた多聞を、柊一は人差し指を立てるだけで黙らせる。

「俺はアンタのモノにはならない。俺は、物じゃないからな。でも、以前みたいにアンタと付き合ってやる事は出来る。アンタがそうやって、周りを見る目をなくさないでいるならな」

 柊一を前にひたすら激情していた多聞は、なんだか肩すかしを食わされたような気分で、唖然と柊一の顔を見つめた。

「それって一体、どういう事だよ? 俺、オマエの言いたい事がちっとも解んねェぞ」
「つまり俺は、アンタと対等に付き合いたいんだよ。俺はアンタに言いたい事を言うし、アンタも俺に、言いたい事を言えばいい。衝突したら、その度にひとつひとつ話し合えばいいだろ? どっちかが主導権を握ったまんまじゃ、なんの刺激も無くってつまんねェじゃん。そう、思わねェ?」

 狐につままれたような顔をして、呆然としている多聞に対し、不意に柊一は腕を伸ばすと、多聞の口唇に噛みつくようなキスを一つくれる。
 その時になって多聞は、ようやく理解した。
 柊一は、あの夜の事も何もかも、ひとつも怒ってなどいなかったのだ。
 自分が一人で思いこんで、一人で勝手に決めつけていただけで、あの時すぐに追いかける事が出来たならば、こんな遠回りをする必要など無かったのだ。
 柊一は、自分の為に存在する天使だから。
 時に厳しい言葉で窘められる事はあっても、決してこの腕の中からいなくなったりはしない筈なのだ。

「なぁ、腹減ったよ。飯でも食いに行こうぜ」

 乱暴なキスは、始まりと同じく唐突に終わった。
 そして、多聞にとっては「運命の人」に価する天使は、そうした多聞の期待や理想とはかけ離れた、現実的な言葉を喋る。
 多聞はため息をつき、それでもこの天使を手放す事など決して出来ない事実も解っているから、現実に立ち戻る事でどうにか平常心を取り戻した。

「飯の後、付き合えるんだろうな?」
「夕方までな」

 柊一の態度は、素っ気ない。

「なんだよ、わざわざこんな所まで出てきて、夕方までしか付き合えねェなんて。つまんねェの」
「何度も言わすな。俺はアンタみたいに、遊んでいられねェんだよ」
「バイトだかギグだか知らねェケド、辞めちまえよ」
「またそういうコト、言うし。俺には、俺の都合が…」

 言いかけた柊一の口に手を当てて、多聞は無理に言葉を遮った。

「良いから、聞けってっ! 俺のヴォーカルは弱いって、オマエ自分がそう言ったの覚えてるか?」

 口を塞がれている柊一は、頷く事でそれを肯定する。

「じゃあ、そんなところで余所様のバンドから人借りて、ぎこちないステージやってる場合じゃねェだろう? オマエには、やらなきゃならないコトがあるって、どうして判らねェんだよ?」
「…それって、俺に歌えって言うの? アンタと一緒に」

 手を離された柊一は、少し驚いた顔を多聞に向けた。

「演りたくねェって言っても、こればっかりは譲れねェぞ」
「いや、…言わねェ。ぜひ、演らせてもらうよ。せっかくの、チャンスだからな」

 柊一の答えに、多聞は嬉しそうに頷いた。
 考えてみれば、多聞が期待した答えを、初めて柊一が素直に返してくれたのだ。
 この先もきっと、こうした会話は滅多に成り立つ物ではないだろう。
 それでも。
 多聞は、柊一を自分の天使だと確信しているから。
 もう二度と、手放すような事はしないと、多聞は心に誓った。


*:おわり*
First update:07.09.28.
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