ギョーザとビールとロックンロール

琉斗六

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第29話

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 数日後、多聞は何回目かの裁判所の呼び出しに応じて、出頭していた。

「弥勒寺センセイ、巧実のいる部屋、何処か判ります?」

 いつもなら、時間になるまで部屋から出ようともしない多聞だったから、弥勒寺弁護士は少しだけ驚いて、手元の書類から顔を上げた。

「それは、判りますが。お会いになるんですか?」
「開廷する前に、ちょっとだけ言いたい事があるんで」

 怪訝な顔でしばらく多聞を見つめていた弥勒寺弁護士は、それでも見習いの年若い秘書に、多聞を案内するように言付けた。
 多聞が割り振られている控え室と同じ、木製の扉の前に案内される。
 少し間を置いてから、多聞はその扉をノックした。
 答えの後、足音が近づいてきて、扉が開く。
 出てきたのは、巧実嬢の弁護士だった。

「なにか?」
「一言だけ、話があるんですけど。いいですか?」

 弁護士は少し戸惑ったような顔をしたけれど、多聞の態度がいつもの尊大な物と少し違う事に気づいて、多聞を中に入れてくれた。

「どうしたの? お話なら、これから先生方を交えてゆっくり出来るじゃない」

 出迎えてくれた巧実嬢を、多聞はしばし黙って見つめた。
 白のスッキリとしたブラウスと茶色のタイトスカートが、とてもよく似合っている。
 甘いキャンディボイスと、ファニーフェイスに似合わない気っ風のいい男勝りの性格。
 出会って間もない頃は、そんな巧実嬢に夢中だった事を思いだした。

「多聞クン?」

 ジッと自分を見つめたまま、何も言わない多聞に向かって、巧実嬢が怪訝な顔をする。

「偉そうな先生方なんぞ交えなくても、出来る話がしたかったんだよ」
「最初に私がそれを望んだ時、断ったのは多聞クンでしょ?」

 いつものごとく、少し嫌み混じりのきつい言葉を返した巧実嬢は、その後応酬されるであろう反論を待ったが、意外にもそうした言葉は何もなく、多聞はただ少し俯いただけだった。

「あの時は、な」

 微かに口元に浮かべた笑みは、まるで自嘲しているような印象を持つ。
 顔を上げ、巧実嬢に向けられた目線でさえ、同じ感情が読みとれた。

「…タクミちゃん、俺、スッゲェ迷惑かけた。ゴメン」

 言葉と共に頭を下げた多聞を、タクミ嬢はしばしの間何も言えずに見つめていた。
 あまりに唐突な出来事に、何が起こったか理解が出来なかったのだ。

「多聞クン…、どうして急に謝ったりするの?」
「今度の事、俺が悪いって気がついた。タクミちゃんを、いっぱい傷つけたろ。だから…」
「だから?」
「…だから、やっぱり俺とは別れて下さい。タクミちゃんの為に」

 微かなため息が聞こえ、多聞の肩に巧実嬢の手が触れる。
 顔を上げると、巧実嬢が笑っていた。

「莫迦ね、なによそれ。…別れるのは、私の為じゃないわ。二人の為よ。そうでしょう? たった一度の人生だモン、どっちも、幸せを掴む為のチャンスを逃がす訳にいかないわ」

 巧実嬢の右手が、多聞に向けて差し出された。
 多聞は身体を起こすと、その手をギュッと握り返す。

「俺、タクミちゃんがどうしてサインをしなかったのか、ずっと解らなかった。…でもな、ヒントをもらって考えたんだ。俺に向かって、何が一番欲しいのか、タクミちゃんはきちんとアピールしてくれてるって。それで、ようやく気が付いたんだよ」
「良かった。…これで私、多聞クンと別れてあげる決心ついた。だって多聞クンには、まだ多聞クンの事を親身になって心配してくれる友達がいるんですモノね。…これで、私は多聞クンが好きだった事を、恥ずかしいなんて思わずに済む。ありがとう、多聞クン」

 向けられた笑顔に、多聞も穏やかな笑みを返した。
 その日、裁判の一つが穏やかな和解で終わりを告げた。
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