28 / 30
第28話
しおりを挟む
「あの晩の事は、謝る。俺が悪かった。俺にはオマエが必要なんだ」
ようやく口にしたセリフだったが、柊一は変わらないままの表情で、多聞を見上げている。
「…謝っても、ダメか?」
「いや。アンタでも謝れるんだと思って、ビックリしただけ」
「なんだよ、それ」
自分の意図したものと、柊一の視点とのズレに気付き、多聞は微かにムッとしたような顔になった。
「マスコミに報道されている事が、全部真実ってワケじゃないだろうけど。でも、全部が嘘ってワケでもないんだろ?」
「何の話をしてるんだ?」
ますます顔をしかめる多聞から離れて、柊一は壁により掛かるようにして、多聞をジッと見つめてくる。
「俺が言いたいのは、こんな所で俺に謝ってる場合じゃないって、事だよ」
「どういう、意味?」
「アンタ、奥さんに謝ったのか?」
柊一の言葉に、多聞は思わず顔をしかめた。
「何でそんな話になるんだよ。俺にとって必要なのは、オマエであって巧実じゃねェよ。どうしてそれが解らねェんだ?」
多聞が強く腕を掴んでも、柊一の態度は変わらなかった。
「アンタこそ、なんにも解ってない。アンタはあの晩、俺に出て行けって言ったよな。それから一度も連絡を寄越さなかった。俺はもう、てっきりアンタが俺に飽きたんだと思ったぜ? だって、今までずっとそうしてきたんだろ?」
「じゃあ何で、俺が今夜こんな所まで来て、オマエに謝ったと思ってんだよっ! 俺にとって、オマエが絶対に必要だからだろっ!」
激情する多聞を、柊一は冷ややかな瞳で見据えている。
「アンタにとって必要でも、俺にとって必要とは限らない。…この間もそう言ったら、アンタは俺に出て行けって言ったんだよな?」
事実を指摘され、多聞は思わず反論できなかった。
「俺はアンタに言ったよな。もっとちゃんと目を開けて、周りを見ろって。…俺は別に、アンタに説教がしたいワケじゃない。ただ俺は、誰かの言いなりになるのなんかごめんだし、対等じゃない相手と一緒には居られない。俺は俺なりにアンタに歩み寄ったつもりだぜ? だからココでアンタが歩み寄ってくれなくちゃ、必ず同じ部分で衝突するに決まってるだろ?」
柊一が、目の前にいるのに。
しかし今の多聞には、それがまるでものすごく遠い手の届かない場所に立っているようにすら思えた。
こんなにも必死になって手を伸ばしているのに、それでは足りないと柊一は言う。
多聞はもう、怒鳴り散らそうとする気力すらなくなってしまった。
あるのは、柊一が欲しい気持ちと、それが叶わない惨めな気持ちだけだ。
「…どうしたら、オマエは戻ってきてくれる? どうすれば、俺のモノになってくれるんだ?」
ひどく情けない声音で、多聞は言った。
それを繕う事さえ出来ないほど、気持ちは沈みきっている。
「アンタが、嫌な事だの面倒な事だのを、全部他人任せにするのをやめたら、少しは考えてやる」
「謝っただけじゃ、ダメなのかよ?」
思わず、犬のような縋る目をしている事に、多聞は全く気付いていなかった。
「俺が欲しいのは、謝罪じゃない」
「じゃあ一体、何が欲しいって…っ!」
強く訴えるように口を開いた多聞を、遮るようにして柊一が手を挙げる。
「それは、アンタが考えて、アンタが結論を出すべき事だ。とりあえず、最初に練習問題から解いてみな」
柊一は多聞の側に歩み寄ると、少し意地の悪い感じの笑みを浮かべた。
「練習問題?」
「そうさ。アンタの側には、俺なんかよりよっぽど解りやすい態度で、アンタに欲しいモノを要求してるヤツが居るじゃん。先に、そっちから考えてみればいい」
ジッと自分の顔を見つめる多聞の鼻を指で弾いて、柊一はそのまま楽屋口の方へと歩き出した。
「おいっ!」
「アンタが謝らなきゃなんないのは、泣かしたオンナなんじゃないの?」
一言残し、柊一はスルリと視界からいなくなってしまった。
取り残された多聞は、後を追うことも出来ず、ただその場に立ちつくしていた。
ようやく口にしたセリフだったが、柊一は変わらないままの表情で、多聞を見上げている。
「…謝っても、ダメか?」
「いや。アンタでも謝れるんだと思って、ビックリしただけ」
「なんだよ、それ」
自分の意図したものと、柊一の視点とのズレに気付き、多聞は微かにムッとしたような顔になった。
「マスコミに報道されている事が、全部真実ってワケじゃないだろうけど。でも、全部が嘘ってワケでもないんだろ?」
「何の話をしてるんだ?」
ますます顔をしかめる多聞から離れて、柊一は壁により掛かるようにして、多聞をジッと見つめてくる。
「俺が言いたいのは、こんな所で俺に謝ってる場合じゃないって、事だよ」
「どういう、意味?」
「アンタ、奥さんに謝ったのか?」
柊一の言葉に、多聞は思わず顔をしかめた。
「何でそんな話になるんだよ。俺にとって必要なのは、オマエであって巧実じゃねェよ。どうしてそれが解らねェんだ?」
多聞が強く腕を掴んでも、柊一の態度は変わらなかった。
「アンタこそ、なんにも解ってない。アンタはあの晩、俺に出て行けって言ったよな。それから一度も連絡を寄越さなかった。俺はもう、てっきりアンタが俺に飽きたんだと思ったぜ? だって、今までずっとそうしてきたんだろ?」
「じゃあ何で、俺が今夜こんな所まで来て、オマエに謝ったと思ってんだよっ! 俺にとって、オマエが絶対に必要だからだろっ!」
激情する多聞を、柊一は冷ややかな瞳で見据えている。
「アンタにとって必要でも、俺にとって必要とは限らない。…この間もそう言ったら、アンタは俺に出て行けって言ったんだよな?」
事実を指摘され、多聞は思わず反論できなかった。
「俺はアンタに言ったよな。もっとちゃんと目を開けて、周りを見ろって。…俺は別に、アンタに説教がしたいワケじゃない。ただ俺は、誰かの言いなりになるのなんかごめんだし、対等じゃない相手と一緒には居られない。俺は俺なりにアンタに歩み寄ったつもりだぜ? だからココでアンタが歩み寄ってくれなくちゃ、必ず同じ部分で衝突するに決まってるだろ?」
柊一が、目の前にいるのに。
しかし今の多聞には、それがまるでものすごく遠い手の届かない場所に立っているようにすら思えた。
こんなにも必死になって手を伸ばしているのに、それでは足りないと柊一は言う。
多聞はもう、怒鳴り散らそうとする気力すらなくなってしまった。
あるのは、柊一が欲しい気持ちと、それが叶わない惨めな気持ちだけだ。
「…どうしたら、オマエは戻ってきてくれる? どうすれば、俺のモノになってくれるんだ?」
ひどく情けない声音で、多聞は言った。
それを繕う事さえ出来ないほど、気持ちは沈みきっている。
「アンタが、嫌な事だの面倒な事だのを、全部他人任せにするのをやめたら、少しは考えてやる」
「謝っただけじゃ、ダメなのかよ?」
思わず、犬のような縋る目をしている事に、多聞は全く気付いていなかった。
「俺が欲しいのは、謝罪じゃない」
「じゃあ一体、何が欲しいって…っ!」
強く訴えるように口を開いた多聞を、遮るようにして柊一が手を挙げる。
「それは、アンタが考えて、アンタが結論を出すべき事だ。とりあえず、最初に練習問題から解いてみな」
柊一は多聞の側に歩み寄ると、少し意地の悪い感じの笑みを浮かべた。
「練習問題?」
「そうさ。アンタの側には、俺なんかよりよっぽど解りやすい態度で、アンタに欲しいモノを要求してるヤツが居るじゃん。先に、そっちから考えてみればいい」
ジッと自分の顔を見つめる多聞の鼻を指で弾いて、柊一はそのまま楽屋口の方へと歩き出した。
「おいっ!」
「アンタが謝らなきゃなんないのは、泣かしたオンナなんじゃないの?」
一言残し、柊一はスルリと視界からいなくなってしまった。
取り残された多聞は、後を追うことも出来ず、ただその場に立ちつくしていた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Please,Call My Name
叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。
何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。
しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。
大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。
眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる