MAESTRO-K!

琉斗六

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S4:冷めた子供とプラチナリング

7.正義のリング

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 店休日の前日、午後からシノさんが厨房を引き受けて、白砂サンはミナトを連れて鎌倉に行ってしまった。



 白砂サンの腕前に惚れ込んだ椿サンが、友人を集めてアフタヌーンティーを出したいと、出張サービスをリクエストしてきたからだ。

 それまで、俺はシノさんが言う "セイちゃんは、ケイちゃんのおとっつぁんにベタ惚れ" を、話半分にしか聞いてなかったのだが……。

 だが、出発直前の白砂サンの様子を見ていたら、ものすごく納得してしまった。

 お父さんの晩酌に出すツマミやら、夕食の献立でお父さんの好物とか、敬一クンに事前調査をし、出かける直前など浮足立っているのが見て取れたからだ。



 そんなこんなで、閉店後に俺がアナログレコードの注文チェックをしていると、人の話し声が聞こえてくる。

 最初は現象かとビビッたが、白砂サンが居ない厨房をエビセンとホクトが片付けると言っていたのを思い出し、ホッと胸をなでおろした。



「なあ天宮、オマエ、中師とエッチする時に、中師の服を脱がせたコトあるか?」



 ホッとしたのもつかの間、声が筒抜けの部屋に俺が居る事に気付いていないのか、またはこの部屋に厨房の音が筒抜けなのを知らないのか、二人が生々しくも赤裸々な話をしているのに気付き、俺は再び固まった。



「いや、無い。ケイは "男の子にパンツを脱がされちゃダメだと、おかあさんに言われた" とか言って、必ず自分で脱いじゃうんだよな」

「やっぱりそうか。俺にも同じコト言ってたぜ。脱がすのも楽しみなのに、融通効かねェったら。ありゃ一体なんなんだ?」

「なんだろうな……。ケイさ、時々 "おかあさんに言われた" ってセリフが出てくるだろ? 一種のマザコンなのかな?」



 と、そこまで話が進んだところで、いきなり壁の小窓がバンッと開いた。



「多聞サンはどー思います?」

「わああっ!」



 注文を管理しているパソコンのすぐ脇からエビセンの顔がニュッと出てきて、俺は悲鳴を上げた。

 アナログレコードを管理している部屋は、元は初代のビルのオーナーがパンの袋詰めなどに使っていた作業部屋らしく、厨房との間の壁にかなり大きめの窓がある。

 現在は全く使っておらず、レコード部屋側にはカーテンを付けてあるので、意識の中でそこに窓が有る事を俺は完全に忘れていたのだ。



 考えてみれば、赤レンガの壁で仕切られている向こうの部屋の声が聞こえる理由なんて、壁よりも薄い部分がなきゃ、無理に決まってる。

 そして、当たり前だけどそっちの音が筒抜けって事は、こっちの音も筒抜けになっていて、察しの良いエビセンは、俺がココで作業をしている事に気付いていたのだろう。



「そんなに驚くコト、ないっしょ?」

「いや、そこに窓があるコト、忘れてたから……」

「あっそ。そんで、多聞サンはどー思います?」

「え? ……えーと、えと、えと……。俺はアレ、マザコンってゆーのとは、ちょっとチガウって思う……」

「なぜですか?」

「だって敬一クンって、確かに年功序列重視の体育会系だけど、それにしたってシノさんがメッチャクチャなコトを言っても、何でも素直に感心して鵜呑みにしてるでしよ。でもシノさんのあの性格、実はおかあさんの椿サンにそっくりってゆーか、シノさんが椿サンのクローンつーか。敬一クンがシノさんの言動に驚かないのは、椿サンで免疫が出来てるからかな~って……」

「免疫か。言われてみれば確かに、お兄さんの面白すぎるトコ、中師のお義母さんと似てるな。てか、思い返すと顔も似てるよーな?」



 エビセンはどうやら椿サンと面識があるらしい。



「顔は、そうだね、似てると思うよ。でも中身の方がもっとそっくりだけど」

「でもさ、ケイは人の言いなりになるタイプじゃないぞ?」

「一見そー思えるが、アイツ時々モーレツに抜けてて、その抜けてる所を突かれると、コロッと丸め込まれちまうんだよ。そーいう意味じゃお兄さんのキャラは、刷り込み力が絶大だぞ」



 エビセンの言葉に俺は改めて、敬一クンのアレは免疫なんての通り越して、椿サンのキャラや言動に刷り込みされちゃってるのだと確信した。



「あーそうだ。おい天宮」

「なんだよ」

「アレ、受け取ったぞ」

「え? いつ?」

「今日の午前中、鎌倉に行く前に白砂サンが渡してくれた。今晩決行するぜ」

「よし、作戦通りにな」



 最後ビミョ~に聞きたくない話まで聞かされてしまい、俺はげんなりしつつ梱包作業に戻った。



§



 翌日、俺はシノさんにゲームの相手を頼まれて、朝からペントハウスのテレビの前に居た。



「敬一クンはどうしたの?」

「ケイちゃんは、エビちゃんとアマホクに誘われて、お勉強会じゃ」

「もしかして、一緒にゲームしてくれる相手が他に居なかったの?」

「オンライン上にはいくらでも相手が居るンだけどなぁ。ヘッドセット付けてゲームするの、煩わしいんよ。声しか聞こえんから、相手の様子もワカランのが面倒だし」

「それって、オンラインゲームのオンラインたる根底をひっくり返す発言なんじゃ?」

「バーチャルはあくまで、バーチャルの域を出ないってこっちゃね」



 そこでシノさんとお菓子をつまみながらゲームをしていると、玄関が開く音がした。



「柊一、居るかね?」



 テレビは引っ込んだ場所に置かれているので、リビングに入ってきた白砂サンはちょっと大きな声で呼びかけてきた。



「おう、セイちゃんお帰り!」

「え? 白砂サン、帰ってきたの?」



 時計を見たら、てっきり昼飯時になっていた。

 ミナトを疲れさせないように配慮して、白砂サンは昼には戻ると言い置いていたが、俺はまだ10時前の感覚でいたのだ。



「頼まれていた干物を持ってきたが、冷蔵庫に入れておくかね?」

「うん、よろっ!」



 白砂サンはそのまま真っ直ぐキッチンに行ってしまったが、後ろから付いてきていたミナトは、こちらにやってきてストンと俺とシノさんの間に座った。



「メシマズ、セイちゃんのアフタヌーンティー、お仲間に大自慢だっただろ?」

「うん、すっごく。でもおばあちゃんの友達は、おばあちゃんが自慢する前から、聖一の料理を褒めちぎってたよ」

「おお~う、メシマズも "おばあちゃん" と呼ばれる歳か!」

「いや、たぶん、俺やシノさんが言ったら、回し蹴りされると思う」

「だろうなぁ」



 シノさんはニシシと笑ってゲームを止め、それを合図に俺達は場所をいつものグリーンのソファに移動した。

 お土産その他を冷蔵庫やストックボックスに片付けた白砂サンは、こちらにやってくると改めて俺達の顔を見て、それからテレビの方に振り返り、最後にシノさんの健康器具セットの方も確かめてから、口を開く。



「敬一は、どうしたのかね?」

「キャンパスチームはお勉強会ヨ。なんか、用事あんの?」

「いや、実はその……敬一のアレを知った母上が、いたくご不満で……。つまり、親しくお付き合いするなら、相手は一人に決めるようにとのお達しなのだ」



 白砂サンらしからぬ歯切れの悪い表現をするのは、さすがの白砂サンも子供の前では、敬一クンの "ご乱行" について、あからさまにしたくないようだ。



「そんじゃ、帰ってきたらそう伝えとくヨ。そんでセイちゃん、鎌倉はどうじゃった?」

「父上にも母上にも、本当に良くして頂いたよ。それから……」



 白砂サンが、鎌倉での出来事をオタク的な早口で語り始めようとしたその時、玄関の扉が開くスゴイ音が響いた。



「兄さん聞いてください! あいつら、悪ふざけにも程がある!」



 普段は動作の穏やかな敬一クンが、語気と足音も荒々しくリビングに飛び込んできた。



「おうケイちゃん、ようやくお目覚めか」

「お目覚めって、敬一クン、お勉強会とか言ってたんじゃ……」

「三人でセックスしてそのまま海老坂のベッドで寝てたら、あいつら共謀して俺の性器に変な物を取り付けて、いくら言ってもそうとしないんです!」



 カンカンに腹を立ててるらしい敬一クンは、あんぐり口を開けて敬一クンを見上げているミナトが全く視界に入ってないらしく、シノさんに向かって、ぶったまげの発言をした。



「ミナト、どうやら取り込んできたようだ。しよう」



 敬一クンのトンデモ発言に表情も変えず、白砂サンは半口開けたままのミナトをヒョイと抱き上げると、暇乞いもせずに部屋から出ていった。



「変な物って、なんじゃい?」

「見た事も無い変な物です!」

「そう言われても、俺にもワカランよ」



 如何にも不思議そうな顔で小首をかしげ、パチパチ瞬きをしながら敬一クンを見ているシノさんは、敬一クンが何を言わんとしてるのか、とうの昔に気付いているのだろうに。

 毎度おなじみの野次馬根性というか、なんでも面白がる悪いクセを発揮して、判らないフリをしている。



「口で説明出来ないなら、見せてみ?」

「えっと……此処ではちょっと……」



 怒りのテンションが少し落ちてきたのか、敬一クンはようやく他人の存在に気付いたように、俺の方をチラッと見る。

 シノさんは立ち上がって敬一クンの肩に腕を回し、俺に背中を向けさせた。



「兄さんにだけ、コソッと見せてみぃ」

「えっと……、これです……」



 背中越しにゴソゴソやっているので様子は見えないが、敬一クンがスウェットパンツのゴムを引っ張って、シノさんが中を覗き込んでいるのは容易に察しがついた。



「おお~、コレか!」

「こんな変な物がくっついてたら、よそでおちおちトイレにも行けない!」

「用を足す時、変に隠したりしないでサラっとやっときゃ、バレやせんよ。それよっかケイちゃん、問題はトイレではナイ」

「トイレで人に見られる以上に、まだ何か問題が?」

「そりゃあ大問題だろが、それが付いてたら、こっそりマスも掻けぬぞよ」

「升を描く? なぜ四角を描くのが問題に?」

「ケイちゃん。四角い升ではなく、マスターベーションを略したマスじゃい。性欲が高まって来た時に、ソレの解錠番号を知ってる奴が一緒に居ないと、どエライ目に遭うつーの」

「どえらい……?」



 未だ意味が判らないらしく、敬一クンは不思議そうに首を傾げた。



「考えてみぃ、勃起してもリングの直径は変わらないんだぞ。締め付けられて、射精出来ないだろーが。解錠番号を知らない奴とセックスなんかしたら、ますますどエライ事態になる。早い話が、ソレは貞操リングだ」



 具体的に説明されて、敬一クンはようやく器具の本来の目的を理解したようだ。



「なぜ俺にそんな物を!」

「そりゃ、二人はケイちゃんに他の奴とエッチさせたくないんだろ。それにしても、今どきの貞操帯はそんなスマートなデザインになってんだなぁ。あんましおシャレで、兄さんビックリ」

「兄さん! そんな事に感心しないで!」

「だからって、兄さんは解錠番号を知らないから外してやるコトは出来んよ。ムリヤリ引っ張ったりしたら、リングより先に、ナニが取れてしまうかもしれん」

「ますます腹が立ってきた! あいつらとはもう二度とセックスしない!」

「そんなコト言ったら、キモチイイコトが全然出来なくなっちゃうゾ。それにセイちゃんから伝言されたんじゃが、メシマズが、エッチをする相手は一人に決めるようにってさ」

「え? おかあさんが?」

「うむ。色んな相手と試すのは面白いし、刺激的だけどなぁ。あんまし気軽にお試ししちると、危ないコトもあるんじゃよ」

「危ない?」

「エッチは気持ちイーが、おかしなビョーキを貰うリスクもあるからなぁ。それに人間関係のトラブルは、思わぬ暴力沙汰に発展する可能性もある。ケイちゃんも気ィつけなきゃいかんぞよ」



 無知過ぎる敬一クンを、もっとガッチリ戒めた方が良いんじゃないかと思うけど、シノさんに窘める資格があるのかと訊かれたら、俺は返事に詰まる。

 それに普通ならしくじり先生の言葉には説得力があるケド、残念ながら敬一クン相手では、コトの重要さがどれだけ伝わってるのかも怪しかった。

 なぜなら、ここしばらくの経緯を見聞きしていて解ってしまったのだが、敬一クンにはいわゆる "恋愛感情" が、まだ芽生えていないのだ。

 温室育ちで天然で、幼少期に女の子に噛みつかれる……などというイミフなトラウマ体験まである敬一クンは、親もしくはそれに近い存在の女性以外は、恐怖の対象になっているらしい。

 それじゃあ初恋もヘッタクレも無かろうし、恋愛感情どころか、独占欲すらまともに理解出来てないだろう。

 これじゃ、シノさんの重みがアルのかナイのかビミョ~な言葉に、敬一クンが納得いかない顔をしてるのも、無理からぬ事だ。

 俺は今後の成り行きが、ビミョ~に思いやられた。
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