88 / 122
S5:ハトコとゴリラ
5.正義感
しおりを挟む
結局、夏休みの間に、ミナトは "それなり" に泳げるようになったらしい。
なぜ "らしい" なのかというと、俺はアレ以降、一緒に泳ぎに行ってないからだ。
エビセンはこまめにミナトをプールに誘い、ミナトも渋々といった様子ではあったが一緒に通い、その過程でエビセンがミナトからナニカを聞き出したようだが、保護者でもなんでもない俺には、報告なんか来ない。
わかってることと言えば、プールに行くと必ず、初回に買った大福を買ってくるので、「ああ、行ったんだな」と判明することだけだ。
ペントハウスで夕食の後片付けをしている時に、エビセンが白砂サンになんらかの報告をしている場に居合わせて、ちょこっと耳にした程度の情報から、どうやら人並みの泳法を身に付けたらしいってことは憶測したが、それ以外は何も知らない。
だが俺自身がその案件にそれ以上の興味も無かったし、白砂サンが食後の団らんで「当初の目標には届いた」と言っていたので、25メートルを "叫ばずに" 泳ぎ切ることが出来るようになったんだろう。
そんなこんなで夏休みが終わり、初登校日の翌日。
店の奥の、いつもは敬一クンが小学生達の勉強に使っている席で、今はシノさんとスバルが向かい合っている。
ミナトは学校に行っていて、スバルも朝一緒に登校したのだが、二時間ほど前に学校から「保護者が来い」と電話が掛かってきて、シノさんが出掛けていった。
そして、なんだか判らないまま、二人は向かい合って座っているという訳だ。
スバルはそこで、強情を張るみたいに自分のスニーカーのつま先をトントンしてるが、シノさんはいつも通りにダラダラしながら、タブレットでマンガを読んでいた。
店に客はおらず、俺はいつもの定位置に立って素知らぬ顔をしていたが、目以外の全ての神経が全部、そっちに向いている。
「柊一……怒らないの?」
しばらくして、とうとうスバルがしびれを切らしたみたいに口を開いた。
「なんか、怒られるコトしたんか?」
「してないよ!」
「なら、怒らンよ。ムダに怒るとムダに疲れるからのう」
シノさんの答えに、スバルはビックリしたようだ。
「だって、柊一は先生に謝ってたじゃん!」
「そりゃ、あの女教師がヒステリックにイライラしてたからだヨ。あーいうのには、関わらんほーがえーし、おまえの "保護者" の俺が頭下げときゃ、納得すんじゃろ」
「だって僕、あの先生に帰って反省しろって言われたんだよ?」
「何が原因で、そー言われたン?」
「それは……僕がクラスのヤツを殴ったからだと思う……」
「なんで殴ったン?」
「アイツが、ミナトの悪口を言うから、腹が立って……」
俺は、スバルの言葉にちょっと驚いた。
ミナトはスバルの謝罪を受け入れたあとも距離をとっていたし、スバルはそのことに微妙な不満を持っていたように見えていた。
だからそんなスバルが、ミナトをかばって誰かと諍うなんて、想像も出来なかったからだ。
「殴って後悔してるンか?」
「全然! だってアイツのほーが悪いモン!」
そのスバルの答えに、俺はなるほどと腑に落ちた。
顔はそっくりだが、ミナトとスバルは性格にかなりの違いが有る。
可愛げのないミナトは、人見知りで常に周りを冷めた目で観察している陰キャだが、それ故に慎重で軽率な発言などはしないし、危機管理能力も高い。
一方、開けっぴろげな陽キャのスバルは、自己主張が激しく放任されきったセレブの息子にありがちな、KYで自己中のケがあるが、同じ理由で物怖じをせずに率直な意見をハッキリと口に出して発言出来る。
アニメを見ている時の発言などからも、好むキャラクターはミナトがクールなサブキャラなら、スバルは熱血のメインキャラで、かなりの正義感だと憶測出来る。
つまり、ミナトを罵った同級生に対して、スバルはその "正義感" でもって腹を立てたのだろう。
「うむ。だが、ヒトツだけ訂正せねばならんな」
「なにを?」
「ミナトのコトをそんな風に言ったヤツに、ムカッとしたのは解る。ソイツを殴って後悔してないのも、俺は大いに賛同しちゃる。だが鉄拳は、教室でやっちゃイカン」
俺は慌てて振り返ると、シノさんに向かって言った。
「ちょっと、シノさん! そこは、殴っちゃダメって言うところだよねェ!」
「んなワケあるけェ。許せないヤツに制裁を加えたいと思ったら、やりゃエエんじゃ。ただし、うるせェ教師やチクリ屋の目に付くようなトコで、やっちゃイカン」
タブレットから顔を上げたシノさんは、得意の妖怪っぽい笑みを浮かべている。
「そうなの?」
「そんなワケないでしょっ!」
「そんなワケあるに決まってるじゃろ。それが証拠に、スバルは正義の鉄槌を下したのに、ヒスの女教師に怒られたではないか。ちゅーかそもそも、鉄拳制裁とゆーのは、二度と逆らってこないようにギッタギタにしたいんじゃない限り、夜道や人通りの少ない道で後ろから襲いかかり、顔を見られる前に脱兎の如く逃げる、ヒットエンドランが基本なのだ」
「僕、走るのは得意だけど、全然顔見られないで逃げるのは、ムリだと思う」
「いや、だから、それはやっちゃダメだから!」
スバルは先刻までの俯いた態度が嘘みたいに、シノさんの顔をキラキラした目で見つめていて、俺の訂正なんて全然聞いてない。
「タモンレンタロウ君は、うるせーなぁ」
「ケンカする前に、やるコトいっぱいあるよねぇっ? 話し合いとかっ!」
俺の意見に、シノさんは今度、呆れ顔で肩を竦めてみせる。
「あのなぁ、タモンレンタロウ君。話し合いちゅーのは、相手と自分と、それを公明正大に判定してくれる第三者が必要なんだぞ。じゃが、あのオンナキョーシは、既にワル~イ刷り込みがされておる。スバルが正当な評価をもらうのは難しいのう」
「ワルイ刷り込み……?」
俺の問いかけに、シノさんは人差し指を立てて左右に振りながら、T-1000みたいに「チッチッチッ」と言った。
シノさんの態度から、俺はつけたくもない察しが付いてしまった。
なぜかというと、シノさんが手続きのために小学校に赴いた時に、職員室の空気が変にピリピリしていて、応対に出た担任ってのが箸にも棒にもかからない……って話を、事前に聞いていたからだ。
向こうの手続きをしたのはスバルの父の秘書だが、その人物とシノさんやホクトが直にやり取りをしていないので、学校側にどういう話をしたのか判らない。
ただ、職員室の様子からすると、スバルに直接関わりを持たないような教師にまで、 "警察沙汰のトラブルを起こして、私立の学校に居づらくなってしまったからこっちにきた" って話が、伝わっているっぽいとシノさんは言った。
ぽい……というのは、あくまでもシノさんの憶測だからだ。
最大の根拠は、シノさんが「なぜ、親族であるミナトとスバルが同じクラスに編入されているのか?」と問うたら、担任からの返事が「スバルがトラブルを起こしたらミナトがフォロー出来るだろう」的なものだったから。
元々学校やら教師やらってモノを敵だと思っているシノさんは、その担任の言葉によほど腹を立てているらしい。
簡単に言えば、件の女教師は、最初からスバルを一方的に "不良品" 認定しているから、話し合いなど持ったところで、それは単なるスバル糾弾の場になるだけってことなのだろう。
「僕も、やっつけちゃったほーがイイと思う!」
俺が返事に詰まってまごまごしている間に、別の意味で "ワルイ刷り込み" をされたスバルが、シノさんの意見に賛同の意を表してしまった。
「じゃが、スバルには無理だなぁ」
「なんで?」
シノさんは立ち上がると、座っているスバルの背後に回り、両手を持ってバンザイポーズを取らせた。
「見よ、この細腕をっ!」
「それって、誰に見せてるのよ?」
「スバル本人に決まっとろーが」
俺のツッコミに、シノさんは不満そうに返事をする。
「そんなに細いかなぁ?」
「マッチ棒のよーに、か細いのう。こんなんでは、ケンカは出来ん」
「でも、柊一だってコグマみたくマッチョじゃないじゃん」
「ケンカの極意を知っていれば、体格差は埋められるのじゃ」
「柊一は知ってるの?」
「当然、知っちる。てか、俺は百戦錬磨のツワモノだからナ。まずタイマン勝負をする時は、勝てる相手としかやっちゃイカンのだ」
「たいまんって、なに?」
「一対一のコトじゃな」
「じゃあ柊一は、コグマとはケンカしないの?」
「いくら筋肉があっても、性根がビビリではケンカには勝てん」
「どうやるの?」
「コグマが相手なら、最初に一発先制攻撃をブチかましておけばオッケーだナ。つまり、相手がビビリかどーかを見抜くのも、ケンカの極意のひとつなのじゃ」
「いや、それ、子供に教えちゃダメなやつ……」
ノリノリのシノさんが、俺なんか眼中にあるはずもなく、俺は完全に蚊帳の外にされた。
「それがわかんなかったら、どうするの?」
「絶対勝利を狙うなら、人通りの少ない夜道で後ろから突然襲いかかり、反撃の隙を与えずにフルボッコだナ。スバルのよーな若輩では、一人ではココロモトナイので、ミナトと二人掛かりでやるほーが確実じゃろ。てか、すごく気になってるんじゃが、オマエは一体、ミナトがなんて言われて腹が立ったんじゃ?」
「アイツら、ミナトのコトを "ホモの子" とか言うんだもん。でも、ミナトはあんなヤツら放っとけって言って、僕に全然協力してくれなかったよ?」
「そんなら暴力には訴えず、スマホで向こうの失礼な発言を録音してきて、ネットに流すのがええんじゃね? 相手の親が著名人だった場合なんかは、一番効果があるぞ」
「えー、僕、そーいう卑怯な感じのはイヤだなぁ」
「どーしても自分のコブシで勝利を勝ち取りたいなら、まずはスバルがケンカに強くなるしかなかろ。まぁ、ケンカちゅーのはスポーツと違ってルール無用の勝てば官軍だが……。法に触れずに相手をギッタギタにするには、やっぱり下準備と根回しは必要だからナ。録音をリークするほーが簡単だと思うぞ」
「シノさん、その指導は根本から間違って……」
シノさんのメチャクチャなアドバイスを止めさせようとした俺は、ものすごく強張った顔で立っている白砂サンに気付き、口を噤んだ。
「おや、セイちゃん。どしたん?」
「スバル、今の話は本当かね? ミナトは、私の所為で "いじめ" にあっているのかね?」
「別に、聖一のせいじゃないよ。ミナトが転入してすぐの時、国語の時間に抜き打ちの漢字テストがあったんだって。それにミナトだけが100点取ったから、反感買ったみたい。でも書き取りの小テストなんて、私立じゃ毎日やってたし、必ず100点取るためにカテキョがいたんだもん。僕もそうだったし、ミナトも名古屋で同じようだったって、前に言ってた。クラスのヤツはそーいうの、全然解ってナイんだ。バカみたい」
「ミナトはうっかり、悪目立ちしちったんだなぁ」
そう言われても、いじめっ子の罵り言葉が "ホモの子" だったショックは、抜けないようだ。
白砂サンは、フラフラとこちらに歩み寄ると、シノさんの傍の椅子にペタンと座った。
「セイちゃん、子供はいざとなったら先祖がピテカントロプスだって言って、囃し立てるモンだよ。気にするな」
「私は、私自身が己の主義主張を如何様に詰られても、それは私自身のことであるし、相互理解が得られない者とは距離を置いたりすることで乗り越えてきた。だが、私の所為でミナトが詰られるのは、あまりにも理不尽だし、不憫だ」
「そんでも、アマミーの息子だった時より、セイちゃんの息子になってる今のほーが、ミナトはきっと幸せだから。気に病むでナイ。ハッキリ言うが、クラスメイトなんて人生のモブキャラのよーなモンだぜ。それにスバルにも言ったが、あんまり腹が立つのであれば、ギッタギタにするのを手伝うコトも出来るぞ」
「いや、それは、やっちゃダメでしょ」
「やるかやらぬかではない。やり遂げるのじゃ」
「そんなトコで似非ヨーダになっても、ダメなモンはダメっ!」
「ヘタレンは、そんなんだからヘタレンなんじゃぞ?」
「イマドキの学校は、暴力とかセクハラとか、ものすごくうるさいんだから! スバル、シノさんの言うことを真に受けちゃ絶対ダメだよ!」
「でも、ヘタレンが言ってるコトより、柊一が言ってるコトのほーが、スッキリする」
有言実行マイルールのシノさんは、ホクトへの宣言通りにスバルを洗脳して、見事に子分にしてしまったようだ。
なぜ "らしい" なのかというと、俺はアレ以降、一緒に泳ぎに行ってないからだ。
エビセンはこまめにミナトをプールに誘い、ミナトも渋々といった様子ではあったが一緒に通い、その過程でエビセンがミナトからナニカを聞き出したようだが、保護者でもなんでもない俺には、報告なんか来ない。
わかってることと言えば、プールに行くと必ず、初回に買った大福を買ってくるので、「ああ、行ったんだな」と判明することだけだ。
ペントハウスで夕食の後片付けをしている時に、エビセンが白砂サンになんらかの報告をしている場に居合わせて、ちょこっと耳にした程度の情報から、どうやら人並みの泳法を身に付けたらしいってことは憶測したが、それ以外は何も知らない。
だが俺自身がその案件にそれ以上の興味も無かったし、白砂サンが食後の団らんで「当初の目標には届いた」と言っていたので、25メートルを "叫ばずに" 泳ぎ切ることが出来るようになったんだろう。
そんなこんなで夏休みが終わり、初登校日の翌日。
店の奥の、いつもは敬一クンが小学生達の勉強に使っている席で、今はシノさんとスバルが向かい合っている。
ミナトは学校に行っていて、スバルも朝一緒に登校したのだが、二時間ほど前に学校から「保護者が来い」と電話が掛かってきて、シノさんが出掛けていった。
そして、なんだか判らないまま、二人は向かい合って座っているという訳だ。
スバルはそこで、強情を張るみたいに自分のスニーカーのつま先をトントンしてるが、シノさんはいつも通りにダラダラしながら、タブレットでマンガを読んでいた。
店に客はおらず、俺はいつもの定位置に立って素知らぬ顔をしていたが、目以外の全ての神経が全部、そっちに向いている。
「柊一……怒らないの?」
しばらくして、とうとうスバルがしびれを切らしたみたいに口を開いた。
「なんか、怒られるコトしたんか?」
「してないよ!」
「なら、怒らンよ。ムダに怒るとムダに疲れるからのう」
シノさんの答えに、スバルはビックリしたようだ。
「だって、柊一は先生に謝ってたじゃん!」
「そりゃ、あの女教師がヒステリックにイライラしてたからだヨ。あーいうのには、関わらんほーがえーし、おまえの "保護者" の俺が頭下げときゃ、納得すんじゃろ」
「だって僕、あの先生に帰って反省しろって言われたんだよ?」
「何が原因で、そー言われたン?」
「それは……僕がクラスのヤツを殴ったからだと思う……」
「なんで殴ったン?」
「アイツが、ミナトの悪口を言うから、腹が立って……」
俺は、スバルの言葉にちょっと驚いた。
ミナトはスバルの謝罪を受け入れたあとも距離をとっていたし、スバルはそのことに微妙な不満を持っていたように見えていた。
だからそんなスバルが、ミナトをかばって誰かと諍うなんて、想像も出来なかったからだ。
「殴って後悔してるンか?」
「全然! だってアイツのほーが悪いモン!」
そのスバルの答えに、俺はなるほどと腑に落ちた。
顔はそっくりだが、ミナトとスバルは性格にかなりの違いが有る。
可愛げのないミナトは、人見知りで常に周りを冷めた目で観察している陰キャだが、それ故に慎重で軽率な発言などはしないし、危機管理能力も高い。
一方、開けっぴろげな陽キャのスバルは、自己主張が激しく放任されきったセレブの息子にありがちな、KYで自己中のケがあるが、同じ理由で物怖じをせずに率直な意見をハッキリと口に出して発言出来る。
アニメを見ている時の発言などからも、好むキャラクターはミナトがクールなサブキャラなら、スバルは熱血のメインキャラで、かなりの正義感だと憶測出来る。
つまり、ミナトを罵った同級生に対して、スバルはその "正義感" でもって腹を立てたのだろう。
「うむ。だが、ヒトツだけ訂正せねばならんな」
「なにを?」
「ミナトのコトをそんな風に言ったヤツに、ムカッとしたのは解る。ソイツを殴って後悔してないのも、俺は大いに賛同しちゃる。だが鉄拳は、教室でやっちゃイカン」
俺は慌てて振り返ると、シノさんに向かって言った。
「ちょっと、シノさん! そこは、殴っちゃダメって言うところだよねェ!」
「んなワケあるけェ。許せないヤツに制裁を加えたいと思ったら、やりゃエエんじゃ。ただし、うるせェ教師やチクリ屋の目に付くようなトコで、やっちゃイカン」
タブレットから顔を上げたシノさんは、得意の妖怪っぽい笑みを浮かべている。
「そうなの?」
「そんなワケないでしょっ!」
「そんなワケあるに決まってるじゃろ。それが証拠に、スバルは正義の鉄槌を下したのに、ヒスの女教師に怒られたではないか。ちゅーかそもそも、鉄拳制裁とゆーのは、二度と逆らってこないようにギッタギタにしたいんじゃない限り、夜道や人通りの少ない道で後ろから襲いかかり、顔を見られる前に脱兎の如く逃げる、ヒットエンドランが基本なのだ」
「僕、走るのは得意だけど、全然顔見られないで逃げるのは、ムリだと思う」
「いや、だから、それはやっちゃダメだから!」
スバルは先刻までの俯いた態度が嘘みたいに、シノさんの顔をキラキラした目で見つめていて、俺の訂正なんて全然聞いてない。
「タモンレンタロウ君は、うるせーなぁ」
「ケンカする前に、やるコトいっぱいあるよねぇっ? 話し合いとかっ!」
俺の意見に、シノさんは今度、呆れ顔で肩を竦めてみせる。
「あのなぁ、タモンレンタロウ君。話し合いちゅーのは、相手と自分と、それを公明正大に判定してくれる第三者が必要なんだぞ。じゃが、あのオンナキョーシは、既にワル~イ刷り込みがされておる。スバルが正当な評価をもらうのは難しいのう」
「ワルイ刷り込み……?」
俺の問いかけに、シノさんは人差し指を立てて左右に振りながら、T-1000みたいに「チッチッチッ」と言った。
シノさんの態度から、俺はつけたくもない察しが付いてしまった。
なぜかというと、シノさんが手続きのために小学校に赴いた時に、職員室の空気が変にピリピリしていて、応対に出た担任ってのが箸にも棒にもかからない……って話を、事前に聞いていたからだ。
向こうの手続きをしたのはスバルの父の秘書だが、その人物とシノさんやホクトが直にやり取りをしていないので、学校側にどういう話をしたのか判らない。
ただ、職員室の様子からすると、スバルに直接関わりを持たないような教師にまで、 "警察沙汰のトラブルを起こして、私立の学校に居づらくなってしまったからこっちにきた" って話が、伝わっているっぽいとシノさんは言った。
ぽい……というのは、あくまでもシノさんの憶測だからだ。
最大の根拠は、シノさんが「なぜ、親族であるミナトとスバルが同じクラスに編入されているのか?」と問うたら、担任からの返事が「スバルがトラブルを起こしたらミナトがフォロー出来るだろう」的なものだったから。
元々学校やら教師やらってモノを敵だと思っているシノさんは、その担任の言葉によほど腹を立てているらしい。
簡単に言えば、件の女教師は、最初からスバルを一方的に "不良品" 認定しているから、話し合いなど持ったところで、それは単なるスバル糾弾の場になるだけってことなのだろう。
「僕も、やっつけちゃったほーがイイと思う!」
俺が返事に詰まってまごまごしている間に、別の意味で "ワルイ刷り込み" をされたスバルが、シノさんの意見に賛同の意を表してしまった。
「じゃが、スバルには無理だなぁ」
「なんで?」
シノさんは立ち上がると、座っているスバルの背後に回り、両手を持ってバンザイポーズを取らせた。
「見よ、この細腕をっ!」
「それって、誰に見せてるのよ?」
「スバル本人に決まっとろーが」
俺のツッコミに、シノさんは不満そうに返事をする。
「そんなに細いかなぁ?」
「マッチ棒のよーに、か細いのう。こんなんでは、ケンカは出来ん」
「でも、柊一だってコグマみたくマッチョじゃないじゃん」
「ケンカの極意を知っていれば、体格差は埋められるのじゃ」
「柊一は知ってるの?」
「当然、知っちる。てか、俺は百戦錬磨のツワモノだからナ。まずタイマン勝負をする時は、勝てる相手としかやっちゃイカンのだ」
「たいまんって、なに?」
「一対一のコトじゃな」
「じゃあ柊一は、コグマとはケンカしないの?」
「いくら筋肉があっても、性根がビビリではケンカには勝てん」
「どうやるの?」
「コグマが相手なら、最初に一発先制攻撃をブチかましておけばオッケーだナ。つまり、相手がビビリかどーかを見抜くのも、ケンカの極意のひとつなのじゃ」
「いや、それ、子供に教えちゃダメなやつ……」
ノリノリのシノさんが、俺なんか眼中にあるはずもなく、俺は完全に蚊帳の外にされた。
「それがわかんなかったら、どうするの?」
「絶対勝利を狙うなら、人通りの少ない夜道で後ろから突然襲いかかり、反撃の隙を与えずにフルボッコだナ。スバルのよーな若輩では、一人ではココロモトナイので、ミナトと二人掛かりでやるほーが確実じゃろ。てか、すごく気になってるんじゃが、オマエは一体、ミナトがなんて言われて腹が立ったんじゃ?」
「アイツら、ミナトのコトを "ホモの子" とか言うんだもん。でも、ミナトはあんなヤツら放っとけって言って、僕に全然協力してくれなかったよ?」
「そんなら暴力には訴えず、スマホで向こうの失礼な発言を録音してきて、ネットに流すのがええんじゃね? 相手の親が著名人だった場合なんかは、一番効果があるぞ」
「えー、僕、そーいう卑怯な感じのはイヤだなぁ」
「どーしても自分のコブシで勝利を勝ち取りたいなら、まずはスバルがケンカに強くなるしかなかろ。まぁ、ケンカちゅーのはスポーツと違ってルール無用の勝てば官軍だが……。法に触れずに相手をギッタギタにするには、やっぱり下準備と根回しは必要だからナ。録音をリークするほーが簡単だと思うぞ」
「シノさん、その指導は根本から間違って……」
シノさんのメチャクチャなアドバイスを止めさせようとした俺は、ものすごく強張った顔で立っている白砂サンに気付き、口を噤んだ。
「おや、セイちゃん。どしたん?」
「スバル、今の話は本当かね? ミナトは、私の所為で "いじめ" にあっているのかね?」
「別に、聖一のせいじゃないよ。ミナトが転入してすぐの時、国語の時間に抜き打ちの漢字テストがあったんだって。それにミナトだけが100点取ったから、反感買ったみたい。でも書き取りの小テストなんて、私立じゃ毎日やってたし、必ず100点取るためにカテキョがいたんだもん。僕もそうだったし、ミナトも名古屋で同じようだったって、前に言ってた。クラスのヤツはそーいうの、全然解ってナイんだ。バカみたい」
「ミナトはうっかり、悪目立ちしちったんだなぁ」
そう言われても、いじめっ子の罵り言葉が "ホモの子" だったショックは、抜けないようだ。
白砂サンは、フラフラとこちらに歩み寄ると、シノさんの傍の椅子にペタンと座った。
「セイちゃん、子供はいざとなったら先祖がピテカントロプスだって言って、囃し立てるモンだよ。気にするな」
「私は、私自身が己の主義主張を如何様に詰られても、それは私自身のことであるし、相互理解が得られない者とは距離を置いたりすることで乗り越えてきた。だが、私の所為でミナトが詰られるのは、あまりにも理不尽だし、不憫だ」
「そんでも、アマミーの息子だった時より、セイちゃんの息子になってる今のほーが、ミナトはきっと幸せだから。気に病むでナイ。ハッキリ言うが、クラスメイトなんて人生のモブキャラのよーなモンだぜ。それにスバルにも言ったが、あんまり腹が立つのであれば、ギッタギタにするのを手伝うコトも出来るぞ」
「いや、それは、やっちゃダメでしょ」
「やるかやらぬかではない。やり遂げるのじゃ」
「そんなトコで似非ヨーダになっても、ダメなモンはダメっ!」
「ヘタレンは、そんなんだからヘタレンなんじゃぞ?」
「イマドキの学校は、暴力とかセクハラとか、ものすごくうるさいんだから! スバル、シノさんの言うことを真に受けちゃ絶対ダメだよ!」
「でも、ヘタレンが言ってるコトより、柊一が言ってるコトのほーが、スッキリする」
有言実行マイルールのシノさんは、ホクトへの宣言通りにスバルを洗脳して、見事に子分にしてしまったようだ。
10
あなたにおすすめの小説
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる