MAESTRO-K!

琉斗六

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S3:猫と盗聴器

18.パティシエ白砂聖一

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「しかし、スペインふうバルの店を、私は見た記憶が無いのだが?」
「あ、看板ちっさい上に、店の入口が階段で……」

 店のまえで俺が階段を示すと、白砂サンは「ほう」と頷いた。

「これは確かに、見落としそうな店だね」

 階段も狭く、壁には店のメニューではなく "足元にお気をつけて!" ってな注意書きが貼られている他に "bienvenido LAGRIMA REAL!(王様の涙へようこそ!)" と書かれたものがあった。
 たぶん "王様の涙" が店名なんだろう。
 階段下の扉を開けると、店内もまた狭かったが、活気のある感じの店だ。
 給仕をしている背の高い美人が「いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ!」と声をかけてくる。
 だが結構な繁盛店らしく、席はカウンターしか空いていなかった。
 メニューはスペイン語表記の下に、日本語で詳しくどんな料理かが解説されている感じだし、俺一人だったらキョドりそうだが、白砂サンがじっくりと内容を吟味してくれているので、心にもちょっと余裕がある。

「ふむ……、多聞君はお酒を?」
「まぁ、出来れば」
「では、こちらのタパス4種はどうだろう?」
「たぱす? ってなんです?」
「スペイン料理で出てくる、小皿料理だね。この店は、10種類の中から4種を自由に組み合わせて頼めるようだ」

 見せてもらったメニューには、アヒージョとかフリット、チョリソーやトルティージャと言った俺の知ってる名称から、ボケロネスとかブティファラなんていう、知らない名称が並んでいた。
 一つ一つにちゃんと解説があったので、俺はアヒージョと内臓の煮込み料理それにブティファラというソーセージと鱈のコロッケを選んだ。
 白砂サンも同じくタパス4種を頼んだが、イワシの酢漬けとフリットとトルティージャ、マッシュルームを逆さまにしてオリーブオイルと生ハムににんにくを詰め込んで焼いたものを頼んでいた。
 そして俺には白ワインをチョイスしてくれたのに、自分はペリエを注文している。

「ワイン、頼まないんですか?」
「私、お酒はちょっとね」

 意外だな……と思いつつも、酒なんて究極の嗜好品だから、そこはあえて探求しなかった。

「そういえば、ランチの残りを夕食にしてるんですか?」

 料理を頼んで待つ間、なんとなく他に話題が思いつかずに俺は問うた。

「翌日、お客様にお出しする|わけにはいかないからね。それほど大量に余らせるようなことはしていないが……。というか、君にも手伝ってもらっているのだがね」

 返された答えに、俺はキョトンとしてしまった。

「俺が?」
「うむ。ランチのセットそのままの形で出していないので、気付いていなかったかもしれないが。昨晩も、マスを夕食に出したと思う」
「あ~……」

 言われてみれば、ランチのメインはマスのムニエルだったし、夕食のテーブルにもマスがいたと思う。
 だけど夕食で出てきたマスは、玉葱とかほうれん草がホワイトソースと一緒にパイ皮に包まれていて、かっこが変わっていたから全然気が付かなかったのだ。

「昨日のパイ包み、ホワイトソースがすごく美味かったなぁ」
「客層に若い女性が増えているので、ホワイトソースにクリームチーズを混ぜ込んでみたのだ」
「え、でもランチはムニエルだったよね?」
「試食だね。なかなか好評価だったので、今度出してみる予定だ」

 なるほど、と、俺は頷いた。
 白砂サンはパティシエだけど、料理の基礎ってのをみっちり勉強しているのだそうだ。

 というのも、白砂サンの師匠は個人経営の洋菓子店の経営者だが、パティシエの資格を持ってなくて、それで随分肩身の狭い思いをしてきたために、才能のある弟子の白砂サンにはパティシエになって欲しいといって、そういう勉強をばんばんさせてくれたらしい。
 俺は知らなかったのだけど、パティシエってのはフランスの国家資格の名称で、当然ながら国家試験をパスしないと名乗れない肩書なんだそうだ。
 白砂サンの師匠は、日本の菓子製造技能士の資格を持っていたけど、色々な都合が重なってフランスまで行けなかったという。
 とはいえ、白砂サンも師匠の元で働きながらの受験だったから、フランスへは受験する時だけったらしい。
 受験のための準備に、師匠のツテでどっかのホテルの厨房で一年ほど修行をしつつ、空き時間は師匠の菓子店で働くような、ブラックを通り越した年中無休の24時間勤務……みたいなこともしたらしい。

 そんなすごい修行を経た現在の白砂サンは、パティシエだけど調理師免許もちゃんと持ってて、シェフというかコックとしても非常に有能だ。
 昨日のパイ包みも、くだんの説明の通りホワイトソースにクリームチーズの酸味が加わってコクがあるけどさっぱりしていて、アブラの乗ったマスに玉葱やほうれん草の甘みがほどよくからむ、実に旨い一品だった。
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