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11、石井道夫
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何げなく石段を下りた。遠く先を見下ろすと、鳥居の前に誰かが立っていた。
背の高い灰色の着物を着た若い男。癖のある黒い髪に、にこやかな表情を浮かべている。両脇には大きな荷物を抱えていて、手を振っていた。男女問わず、人を引き付ける魅惑的な雰囲気だ。
「そこの君! 運ぶのを手伝ってくれないかな?」
しまった、猫戦士の姿を見られた。空雄は急いでフードをかぶりしっぽを隠した。流太たちと過ごしていて忘れていたが、ここは一応参拝者が来る神社なのだ。
「隠れなくてもいいよ。君、猫戦士なんでしょ?」
正体を言い当てられて空雄は後退するのをやめた。もしかして、彼は猫戦士と関わりのある人間なのだろうか。そうと分かれば一気に安心して、空雄は石段を下りて行った。鳥居の前に着くと、男はグルグル肩を回した。
「ふぅ、重くて疲れちゃったよ。ありがとう、下りてきてくれて」
「あなたもここの人なんですか?」
「そうだよ。猫戦士だ」
「でも、耳もしっぽもありませんが」
「これは、しまえるものなんだよ」
「そうなんですか?」
「まぁ、今の君にはまだできないだろうけど。君、見掛けないけど最近入った子なの?」
「はい。空雄です。確か流太さんがグループチャットしたって言ってましたけど」
「まだ見てないんだ」
男は人がよさそうに笑った。疲れているのか顔が青白かった。
「大丈夫ですか?」
「最近体力がなくてね」
「荷物は俺が運びますから、ベンチで休んでいてください」
「ありがとう。でもせっかく会えたんだ。少しここで話をしよう」
荷物を持とうとした手を制し、男は先にベンチに座ると手招いた。空雄は彼の隣に腰掛け、同じようにだだっ広い草地を眺めた。
「君は猫が好き?」
「……かまれて憑依されるし。いきなり猫戦士になれなんて言われるし。ここの神様は随分と勝手です」
「嫌いなんだ」
「うまく答えられません。あなたは猫が好きですか?」
「好きだよ」
「すごいですね、猫に憑依されても好きだと言えるなんて」
「私は猫が好きだ。この世で一番、どんな動物よりも。でも、生あるものはいずれ死んでいく。私の大好きな猫たちも。それは悲しいことだ」
そうだよな、死ぬのは悲しいことだ。男の話を聞きながら空雄は妙に納得していた。
「あなたの言葉を、石男ってやつに聞かせてやりたいですよ」
「どうして?」
「猫を石に変えるようなやつですよ。ひどいでしょ。普通に生きていただけなのに、ある日、突然自由のない石に変えられてしまって。なにより、そいつのせいで俺は猫戦士なんてものにならなくちゃいけなくなった」
「何か目的があるのかもしれないよ」
「目的?」
空雄は眉をひそめた。
「生き物を石に変える目的なんて、どうせろくでもないです。やつは、不自由な猫や弱い猫を狙う。知ったとしても、きっと俺には理解できない。そもそも、やつがどんな姿をしているのかすら分かりません。あなたは、石男に会ったことがありますか?」
「あるよ」
「どんな姿を?」
男は少し考えた。
「君はどう思う?」
逆に質問され空雄は迷った。
「答えを教える前に、君はどう思う。石男の姿を」
石男の姿を想像して空雄は黙り込んだ。
「……顔が石像のように硬く灰色をしているとか。石男というくらいですから、姿は人間の男のようで、冷酷な目をし、猫や猫戦士には一切容赦がない、そんな感じですか?」
「それじゃあ、答え合わせだ」
男は爽やかに言った。
「意外にも、石男というのはその名にそぐわない容姿をしている。肌は白く、目はつり下がっているが、その瞳には優しさがある。ゆっくりとした話し方で、気品があり、なおかつ人間のりりしい少年のよう。一見無害そうに見えて、実は狂暴な面も持ち合わせている。そして、やつには理性という最大の武器がある。普通の邪物とは異なる、生きた人間に近しい感情を持っているんだ」
妙にリアルな表現だな、と思って横を向くと、ほほ笑む男の顔がすぐ近くにあった。いくらなんでも近すぎる。空雄は驚いてのけぞった。
「君や私のようにね」
空雄は視線を下げた。
「そういえばまだ、あなたの名前を聞いてませんでした」
「石井道夫だ」
想像していたよりも普通の名前だったので、空雄は彼の顔にはそぐわないと思った。この男には生まれもった花がある。自分のような普通の高校生なんかとは違い、目を見れば分かる。自分とはすむ世界が違う人間なのだと。ただ、こんな人のそばで同じ猫戦士として戦えることには安心感すらあった。この人なら、頼れるだろう。そんな期待もあった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
道夫は立ち上がり、袋の前に立った。空雄は片方の袋に手を掛けた。この袋には何が入っているのか。ずしりと重たい感覚が伝わった。
「道夫さん、これ、何が入っているんですか?」
空雄が一歩足を踏み出し、身をかがめた時、空間がゆがむような、正体の分からない気持ち悪さが足先から頭の先まで襲った。
なんだ、この感覚。ふいに首元がひやりとした。ゾワッと全身の毛が逆立つ。空雄は道夫に首をつかまれていた。彼の顔にはさっきと変わらない笑顔が張り付いている。つかまれた首元から冷たい感覚がじわじわと広がり、首の骨までも侵食されていくかのような怖ろしい感覚が伝う。声も出ない。
背の高い灰色の着物を着た若い男。癖のある黒い髪に、にこやかな表情を浮かべている。両脇には大きな荷物を抱えていて、手を振っていた。男女問わず、人を引き付ける魅惑的な雰囲気だ。
「そこの君! 運ぶのを手伝ってくれないかな?」
しまった、猫戦士の姿を見られた。空雄は急いでフードをかぶりしっぽを隠した。流太たちと過ごしていて忘れていたが、ここは一応参拝者が来る神社なのだ。
「隠れなくてもいいよ。君、猫戦士なんでしょ?」
正体を言い当てられて空雄は後退するのをやめた。もしかして、彼は猫戦士と関わりのある人間なのだろうか。そうと分かれば一気に安心して、空雄は石段を下りて行った。鳥居の前に着くと、男はグルグル肩を回した。
「ふぅ、重くて疲れちゃったよ。ありがとう、下りてきてくれて」
「あなたもここの人なんですか?」
「そうだよ。猫戦士だ」
「でも、耳もしっぽもありませんが」
「これは、しまえるものなんだよ」
「そうなんですか?」
「まぁ、今の君にはまだできないだろうけど。君、見掛けないけど最近入った子なの?」
「はい。空雄です。確か流太さんがグループチャットしたって言ってましたけど」
「まだ見てないんだ」
男は人がよさそうに笑った。疲れているのか顔が青白かった。
「大丈夫ですか?」
「最近体力がなくてね」
「荷物は俺が運びますから、ベンチで休んでいてください」
「ありがとう。でもせっかく会えたんだ。少しここで話をしよう」
荷物を持とうとした手を制し、男は先にベンチに座ると手招いた。空雄は彼の隣に腰掛け、同じようにだだっ広い草地を眺めた。
「君は猫が好き?」
「……かまれて憑依されるし。いきなり猫戦士になれなんて言われるし。ここの神様は随分と勝手です」
「嫌いなんだ」
「うまく答えられません。あなたは猫が好きですか?」
「好きだよ」
「すごいですね、猫に憑依されても好きだと言えるなんて」
「私は猫が好きだ。この世で一番、どんな動物よりも。でも、生あるものはいずれ死んでいく。私の大好きな猫たちも。それは悲しいことだ」
そうだよな、死ぬのは悲しいことだ。男の話を聞きながら空雄は妙に納得していた。
「あなたの言葉を、石男ってやつに聞かせてやりたいですよ」
「どうして?」
「猫を石に変えるようなやつですよ。ひどいでしょ。普通に生きていただけなのに、ある日、突然自由のない石に変えられてしまって。なにより、そいつのせいで俺は猫戦士なんてものにならなくちゃいけなくなった」
「何か目的があるのかもしれないよ」
「目的?」
空雄は眉をひそめた。
「生き物を石に変える目的なんて、どうせろくでもないです。やつは、不自由な猫や弱い猫を狙う。知ったとしても、きっと俺には理解できない。そもそも、やつがどんな姿をしているのかすら分かりません。あなたは、石男に会ったことがありますか?」
「あるよ」
「どんな姿を?」
男は少し考えた。
「君はどう思う?」
逆に質問され空雄は迷った。
「答えを教える前に、君はどう思う。石男の姿を」
石男の姿を想像して空雄は黙り込んだ。
「……顔が石像のように硬く灰色をしているとか。石男というくらいですから、姿は人間の男のようで、冷酷な目をし、猫や猫戦士には一切容赦がない、そんな感じですか?」
「それじゃあ、答え合わせだ」
男は爽やかに言った。
「意外にも、石男というのはその名にそぐわない容姿をしている。肌は白く、目はつり下がっているが、その瞳には優しさがある。ゆっくりとした話し方で、気品があり、なおかつ人間のりりしい少年のよう。一見無害そうに見えて、実は狂暴な面も持ち合わせている。そして、やつには理性という最大の武器がある。普通の邪物とは異なる、生きた人間に近しい感情を持っているんだ」
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「君や私のようにね」
空雄は視線を下げた。
「そういえばまだ、あなたの名前を聞いてませんでした」
「石井道夫だ」
想像していたよりも普通の名前だったので、空雄は彼の顔にはそぐわないと思った。この男には生まれもった花がある。自分のような普通の高校生なんかとは違い、目を見れば分かる。自分とはすむ世界が違う人間なのだと。ただ、こんな人のそばで同じ猫戦士として戦えることには安心感すらあった。この人なら、頼れるだろう。そんな期待もあった。
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「道夫さん、これ、何が入っているんですか?」
空雄が一歩足を踏み出し、身をかがめた時、空間がゆがむような、正体の分からない気持ち悪さが足先から頭の先まで襲った。
なんだ、この感覚。ふいに首元がひやりとした。ゾワッと全身の毛が逆立つ。空雄は道夫に首をつかまれていた。彼の顔にはさっきと変わらない笑顔が張り付いている。つかまれた首元から冷たい感覚がじわじわと広がり、首の骨までも侵食されていくかのような怖ろしい感覚が伝う。声も出ない。
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