視聴の払霧師

秋長 豊

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19、也草と龍太郎

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 新幹線で過ごす時間は快適だった。

 窓の向こうでは、ギラギラした光が住宅の屋根を照りつける。外は暑そうだが、優れた空調のおかげで汗一つかかずに済んだ。携帯で天気予報を確認すると、きょうの東京は最高気温33・1度。村は盆地なので夏は暑いが、都会の暑さはわけが違う。

 都心に近づくほど建物は多くなっていき、山も川も見えなくなった。地方都市とは比べものにならないくらいたくさんの人が行き交い、座席も8割方埋まった。昼になって駅弁を食べていると、髪がレインボー色をした男が隣に座った。彼は見た目の派手さとは裏腹に、老人の荷物を棚に上げてあげる優しい人だった。

 13時30分、ついに新幹線は東京駅に到着。外に出るとむわっとした暑さが肌にまとわりついてくる。人、人、人――みんな一直線にエスカレーターになだれ込んでいく。具視は人が落ち着いてから階段を使って下りた。

 具視は人の流れに従って改札口を出た。この辺りで也草がプラカードを持って立っているはずなのだが、それらしき人は見当たらない。いったいどこにいるのだろう。そのうち来る時間と場所を間違えたんじゃないかと思って焦った。しかし、何度確認しても約束の時間と場所に間違いはない。

 もう少し待ってみるか。向こうだってこちらの顔を知らないはずだし、いざとなれば伝えてある携帯番号に電話がかかってくるはずだ。それとも、こちらからかけてみようか。具視は手紙に記されていた彼の番号を携帯に登録していたのを思い出し、ポケットをまさぐった。

 人の邪魔になると思って改札口前のベンチに座ろうと思ったが、あいにく先客がいた。ワインレッド色のブレザーに紺のズボン、ジャラジャラと銀のアクセサリーを身に着けた若い男。足を投げ出して座っている。何だか感じ悪い。近づかないでおこう。具視は避けようとしたところで自分の目を疑った。

 波江具視

 確かにそう書かれたプラカードを彼は横に置いていた。

(いやいや、うそだろ。也草さんがこんな柄の悪そうな男なわけないじゃないか。だって彼、文面丁寧だし、爽やかそうだし、いい先輩風だったし)

 しかし、何回見ても、1画違わず自分の名前だ。具視はゴクリと唾をのみ、最後の手段として電話をかけることにした。 

  祈る思いで待っていると、目の前で男が携帯を取り出し、電話に出た。

「もしもし」

 耳に響く、その言葉。

「波江具視です。也草さんですか?」

 目が合った。

 よく見てみれば、確かに兄の也信に似ている。赤みがかった黒く短い髪に、白い肌。ただ目つきが悪すぎる。

 男は携帯をしまうとプラカードを肩にかけ、テクテク歩いてきた。あれ? こう見ると意外に身長が……具視は160センチちょうどだが、彼は5センチくらい低い。

「あの、は、初めまして」

 かなりぎこちなく、具視は笑顔であいさつした。

「具視か」

「はい」

「藤原也草だ」

 ポツ、ポツ、ポツ。沈黙が流れる。

「……なんか、こうやって会うのって初めてですね。也草さん。3年も手紙でやりとりしていたのに、なんだか変な感じです。こっちに来てびっくりしちゃいましたよ。村も暑いですけど、こっちはサウナみたいにむしむししてますね」

 完全に世間話。だけど、この緊張感を和らげるためには必要な緩和剤だ。

「都会の夏はこんなもんだ」

 也草がプラカードをクルクル回しながら歩きだしたので、具視は置いて行かれないように付いていった。

「どこに行くんですか?」

「ロータリーだ。龍太郎が待ってる」

 也草の手紙に何度も登場した名前。地獄谷龍太郎。也草が居候している先輩払霧師の男で、とにかく底なしに明るいとか。

「俺のことは也草と呼んでくれて構わない」

 小さな歩幅で歩きながら也草は言う。

「それはちょっと。だって也草さんは俺より年上ですし」

 人の波にもまれながら駅のロータリーに来ると、大型バスやタクシーで混み合っていた。いくら都会出身とはいえ、3年も田舎で暮らしていたのですっかりその感覚を忘れていた。木陰で待機する2人の目の前に黒塗りの車がスーッと登場。いきなり助手席の窓が開いて運転席からニコニコ笑う男が手を振った。

「おーい! こっちこっち」

 予想を裏切らない能天気そうな声の男が、車から降りてわざわざ出迎えてくれた。彼は漆黒のスーツに、パリッとしたワイシャツ、革靴を履いていた。具視より20センチは高い背に、分厚い胸板。笑顔が染みついた人たらしらしい顔、ムキムキの上腕二頭筋、そしてフサフサの黒髪は後ろで結われている。

「俺、地獄谷龍太郎。よろしく」

「はい。俺は波江具視です。龍太郎さんのことは也草さんから聞いてます。これからお世話になります」

「おぉ、いいってことよ。まぁ乗りな。荷物は後ろでいいな」
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