27 / 85
25、ここまではい上がって来い
しおりを挟む
「波江具視です。あいさつに来ました」
男は振り返った。
夏だというのに、黒のハイネックセーターを身に着けている。地味な色の服とは正反対に、燃えるように赤い長髪。耳にはシルバーのピアス、フサフサとした前髪にかかった鋭い黄土色の瞳。だけど、そこに親しみやすさはなく、ただ冷たい気配だけが醸し出されていた。
「橋本南薺だ」
南薺は具視の前に歩み寄ると、手を差し伸べた。具視は慌ててその手を握り返した。大きな手で、ゴツゴツしていて冷たい。
「あの、橋本さんがここに呼んでくれたって……」
「そうだ」
南薺は具視に席を案内すると、向かいに座って長い足を組んだ。どうもこの男、世間話なんてするつもりはないらしく、その真剣な目の奥には本題を切り出すための言葉がすでに浮かんでいるように見えた。
「ここに来たからには、もう覚悟はできているんだな」
いきなり吹っかけられ、具視はドキッとした。
「……はい」
緊張する具視の前で、南薺はテーブルに両手の指をそっと置いた。
「波江具視、払霧師になれ」
心の準備ができていたとはいえ、実際目の前で言われると全身が震えた。
「そのつもりで、ここに来ました。ただ一つ、分からないことが」
ピクリと南薺の眉が動く。
「どうして橋本さんは、俺に払霧師としての資質があるなんて思うんですか。俺は普通の人と違って、霧を吸っても溶けなかったような人間です。そんな人間が、払霧師になれるだなんて、考えもしませんでしたから」
「お前が人と違い、霧に耐性を持っているからだ」
「それだけ、ですか?」
「そうだ」
南薺は短く言葉を切った。
「それが……俺の資質なんですか?」
「霧を吸っても溶けることがない、それは奇跡にも等しい”能力”だ。払霧師というのは、霧を吸わないための特殊マスクを着けて戦場に出る。数十分吸っただけで人間の体は溶ける。そのリスクを背負わずに、戦うことができる」
南薺は鋭い目で具視を見つめた。
会話の中に、一言も「化け物」という言葉は出てこなかった。具視は肩透かしを食らった気分で、力なく背もたれに寄りかかることしかできなかった。払霧師の資質があると言われて、自分には何か素晴らしい才能があるのだと、そう思っていたからだ。
だけど、実際資質と呼ばれたものは、自分を化け物にした体質のことだった。霧を吸っても死なない、たったそれだけのことで、具視は死ぬよりもつらい現実に直面した。家族が死んで、自分だけが生き残るという地獄を。それが、資質だって?
具視は自分が葛藤してきたものの重みと、今の状況を照らし合わせ、唇を強くかんだ。
「最強の払霧師になれ、波江具視」
南薺は迷いのない声で言った。
「ここまではい上がって来い」
男は振り返った。
夏だというのに、黒のハイネックセーターを身に着けている。地味な色の服とは正反対に、燃えるように赤い長髪。耳にはシルバーのピアス、フサフサとした前髪にかかった鋭い黄土色の瞳。だけど、そこに親しみやすさはなく、ただ冷たい気配だけが醸し出されていた。
「橋本南薺だ」
南薺は具視の前に歩み寄ると、手を差し伸べた。具視は慌ててその手を握り返した。大きな手で、ゴツゴツしていて冷たい。
「あの、橋本さんがここに呼んでくれたって……」
「そうだ」
南薺は具視に席を案内すると、向かいに座って長い足を組んだ。どうもこの男、世間話なんてするつもりはないらしく、その真剣な目の奥には本題を切り出すための言葉がすでに浮かんでいるように見えた。
「ここに来たからには、もう覚悟はできているんだな」
いきなり吹っかけられ、具視はドキッとした。
「……はい」
緊張する具視の前で、南薺はテーブルに両手の指をそっと置いた。
「波江具視、払霧師になれ」
心の準備ができていたとはいえ、実際目の前で言われると全身が震えた。
「そのつもりで、ここに来ました。ただ一つ、分からないことが」
ピクリと南薺の眉が動く。
「どうして橋本さんは、俺に払霧師としての資質があるなんて思うんですか。俺は普通の人と違って、霧を吸っても溶けなかったような人間です。そんな人間が、払霧師になれるだなんて、考えもしませんでしたから」
「お前が人と違い、霧に耐性を持っているからだ」
「それだけ、ですか?」
「そうだ」
南薺は短く言葉を切った。
「それが……俺の資質なんですか?」
「霧を吸っても溶けることがない、それは奇跡にも等しい”能力”だ。払霧師というのは、霧を吸わないための特殊マスクを着けて戦場に出る。数十分吸っただけで人間の体は溶ける。そのリスクを背負わずに、戦うことができる」
南薺は鋭い目で具視を見つめた。
会話の中に、一言も「化け物」という言葉は出てこなかった。具視は肩透かしを食らった気分で、力なく背もたれに寄りかかることしかできなかった。払霧師の資質があると言われて、自分には何か素晴らしい才能があるのだと、そう思っていたからだ。
だけど、実際資質と呼ばれたものは、自分を化け物にした体質のことだった。霧を吸っても死なない、たったそれだけのことで、具視は死ぬよりもつらい現実に直面した。家族が死んで、自分だけが生き残るという地獄を。それが、資質だって?
具視は自分が葛藤してきたものの重みと、今の状況を照らし合わせ、唇を強くかんだ。
「最強の払霧師になれ、波江具視」
南薺は迷いのない声で言った。
「ここまではい上がって来い」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
モブ高校生と愉快なカード達〜主人公は無自覚脱モブ&チート持ちだった!カードから美少女を召喚します!強いカード程1癖2癖もあり一筋縄ではない〜
KeyBow
ファンタジー
1999年世界各地に隕石が落ち、その数年後に隕石が落ちた場所がラビリンス(迷宮)となり魔物が町に湧き出した。
各国の軍隊、日本も自衛隊によりラビリンスより外に出た魔物を駆逐した。
ラビリンスの中で魔物を倒すと稀にその個体の姿が写ったカードが落ちた。
その後、そのカードに血を掛けるとその魔物が召喚され使役できる事が判明した。
彼らは通称カーヴァント。
カーヴァントを使役する者は探索者と呼ばれた。
カーヴァントには1から10までのランクがあり、1は最弱、6で強者、7や8は最大戦力で鬼神とも呼ばれる強さだ。
しかし9と10は報告された事がない伝説級だ。
また、カードのランクはそのカードにいるカーヴァントを召喚するのに必要なコストに比例する。
探索者は各自そのラビリンスが持っているカーヴァントの召喚コスト内分しか召喚出来ない。
つまり沢山のカーヴァントを召喚したくてもコスト制限があり、強力なカーヴァントはコストが高い為に少数精鋭となる。
数を選ぶか質を選ぶかになるのだ。
月日が流れ、最初にラビリンスに入った者達の子供達が高校生〜大学生に。
彼らは二世と呼ばれ、例外なく特別な力を持っていた。
そんな中、ラビリンスに入った自衛隊員の息子である斗枡も高校生になり探索者となる。
勿論二世だ。
斗枡が持っている最大の能力はカード合成。
それは例えばゴブリンを10体合成すると10体分の力になるもカードのランクとコストは共に変わらない。
彼はその程度の認識だった。
実際は合成結果は最大でランク10の強さになるのだ。
単純な話ではないが、経験を積むとそのカーヴァントはより強力になるが、特筆すべきは合成元の生き残るカーヴァントのコストがそのままになる事だ。
つまりランク1(コスト1)の最弱扱いにも関わらず、実は伝説級であるランク10の強力な実力を持つカーヴァントを作れるチートだった。
また、探索者ギルドよりアドバイザーとして姉のような女性があてがわれる。
斗枡は平凡な容姿の為に己をモブだと思うも、周りはそうは見ず、クラスの底辺だと思っていたらトップとして周りを巻き込む事になる?
女子が自然と彼の取り巻きに!
彼はモブとしてモブではない高校生として生活を始める所から物語はスタートする。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる