視聴の払霧師

秋長 豊

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72、姉が消えた

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 同時刻、払霧師大学構内では具視が構造物科の講義を受けていた。教授が、目の前で建物の構造について説明している。都会のビル群で戦う払霧師にとって、建物の構造を把握することは戦場を知ることと同義、そう言われた。

(とは言っても、こんなの本当に役に立つのか)

 構造物科専門の教授が目の前で呪文のような言葉を唱える中、突然教室のドアが開いた。そこには息を切らし、血相を変えた連次の姿があった。

「なんだね?」

 教授は突然現れた他の学生である連次に眉をひそめた。

「表に出ろ」

「またあなたですか」

 具視はイラッとして立ち上がった。

「一方的にずけずけと。俺は今講義中――」

 強引に廊下へ連れ出された具視は迷惑な顔でにらみ返した。

「けんかなら買いませんよ」

 どうも様子がおかしい。冷静沈着なはずの彼の目には、ありありと動揺の色が浮かんでいた。

「陽が消えた」

 すぐにのみこめなかった。
 消えた? 

「はては、お姉さんに愛想つかされましたか」

 少し冗談交じりに言ってみたものの、彼は顔を真っ青にしたままだ。そのうち連次は力が抜けたのかガクッと膝を折り、頭に手を当てた。

「昨日、先に帰ると言って俺は家に帰ったんだ。だけど、陽は帰らなかった」

「それはつまり、家出……」

「そんなわけない」

 具視はビクッとした。

「姉上は、そんなことしない」

「一緒の家に住んでるんですか」

「そうだ」

 具視は考え込んだ。弟の連次がここまで言うんだ、家出という可能性がないというならば、考えられるのは――何か事件にでも巻き込まれた?

「お前、何か知らないか。姉上に気に入られていただろ」

 具視はあんぐりと口を開けた。

「どういう意味ですか?」

「ウスノロ。気付いてなかったのか」

 具視はカチンときた。

「本当に何も知らないのか」

「知りません。ここ数日は会ってもいませんから」

 だが、あまりにも死にかけた猫みたいになっているので、具視はさすがにかわいそうになって連次に肩を貸した。

「ほら、立って。お姉さんを捜しに行きますよ。ちなみに、他の人たちはこのことを知っているんですか?」

「一部の協会員しか知らない。母上は昨日の夜から捜しに出たきり戻らない。きょう中に見つからなければ警察に協力をあおぐつもりだ」

 東京は人がウジャウジャいる。その中から、ピンポイントで陽だけを捜すなんて情報がなければ不可能に近いだろう。

 具視の影から聴具がすっと出てきた。

「陽ちゃんが見つからないの?」

「陽ちゃんって、お姉ちゃん、いつの間に陽さんと仲良くなってるんですか」

「この間、具視が講義受けている間にいろいろお話したんだ」

 聴具は平然と言う。さすが究極の人たらしお姉ちゃん。人の懐に入るのは造作でもないようだ。

「何か気に掛かることとか、言ってませんでしたか?」

「うーん、特に。ただの恋ばなだったもん」

「恋ばな? それって誰のこと……」

 具視が真剣な顔で聞くと、横から連次が具視の耳たぶをギュッと引っ張った。

「いててて! とにかく、このことは龍太郎さんや也草さんにも知らせておきます。いいですか?」

「構わない」

 具視は素早くメールを打ち始めた。

「連次さん、それじゃあ行きましょうか。昨晩からかなりの時間がたっていますが、まずは大学周辺で聞き込みでもしましょう。払霧師大学の制服は目立ちますから、誰かが目撃している可能性だってあります」

「君たち! どこに行くんだね! 講義はまだ途中だぞ!」

 教室から教授が教本を持って怒鳴り散らした。

「す、すみません。ちょっと大事な用事ができて」

 教授には申し訳ないことをしたと思ったが、陽が行方不明になったと聞いて放っておくことはできない。彼女とはそこまで深い仲ではなかったが、最初に声を掛けてくれた大学生。入学してからも時々一緒にご飯を食べたり、勉強を教えてもらったりもした。

 具視と連次は駆け足で大学の外に出た。2人とも払霧師生の制服を着ていたので目立つことこの上なしだが、そんなの気にしている場合ではなかった。2人は近場の駅や通りを歩き回り、なるべくいつも固定の位置にいる店員や警備員に話を聞いた。

「払霧師大学の学生? あぁ、この辺歩いてるよね。目立つからよく分かるよ」

「黒髪のセミロングをした14歳くらいの女性です。姉で……この顔に見覚えは?」

 連次は言った。

「知ってるさ。だって、いつも君と一緒に歩いてる子だろ? なに、姉弟だったの?」

「はい」

「ただ、昨日は見てないね。もっと他の人にも聞いてみた方がいい。俺も、一応声掛けて知り合いに聞いてみるからさ」

 警備員の男はいい人だった。それから何人もの人に聞き込みを行い、具視たちは必死に情報を集めた。だが、ひとしきり周辺の店を当たってみても、有力な目撃証言は得られなかった。

 夕暮れになり、駅から仕事帰りのサラリーマンがあふれる中、2人はポツンとベンチに座っていた。連次はこの世の終わりとばかりにがっくり頭を下げ、燃え尽きていた。具視も連次も双子の姉を持つ弟だ。姉がどれだけ身近で大切な存在なのか、そんなのは言葉で言わなくたって分かる。タイムリミットは迫っている夜になれば、陽の件は警察へ届けだされるのだ。
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