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9、救いの手
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「お会いできて光栄です。あなたが商屋龍太郎さんで?」細見男の声だ。「お聞きしていた外見よりも、ずいぶんお若い方で驚きました。では、さっそく例の荷をお見せしましょう。こっちのたるにあるのが働き者の青年――」
説明する声が順に迫ってくる。
「こちらの子は、使用人をしていたようです」
ついにふたが開けられた。船内の光が上から差し込み、商人のいで立ちをした若い青年がのぞきこんだ。黒髪に、白い肌、冬にたれこめる雲のようにくすんだ灰目。特に目を引いたのは、首元にさがる透明なガラス玉だった。
中に赤色のきれいな液体が波立っている。彼の目は細見男とは違う。単なる物を見る目ではなかった。有之助にはその違いが分かった。だから有之助は最後の望みをかけて青年に熱い視線を注いだ。
青年は無言で細身男に詰め寄ると、腰に下げていた見たこともない黒い刀の柄で男の腹を突いた。細身の男は床に倒れ泡を吹いて倒れた。わずか数秒の出来事。刀を抜いていないにもかかわらず風を切るような速さだ。
やがて他の船員を呼びつけると青年は手を払って言った。
「この男は警察に連れていけ」
「次男さん、しばられた子どもたちは?」
「協会に連れていけ」
次男? あのおじいさんが言っていた名前の青年ではないか。そういえばさっき、細見男が商屋龍太郎とも言っていた。彼があの商屋次男だろうか?
「ふんっ、ふが、ふむ」
有之助は暴れてたるを倒し、はいつくばって次男に向って叫んだ。船員に口のなわを解いてもらったところでようやく自由にしゃべれるようになった。
「協会だけはっ、協会だけはやめてください!」
青年はしばりつけられて床に転がる有之助を見て数秒立ち止まると、なにも言わずに船を出て行った。
「お願いです! 待って……」
叫びもむなしく彼は戻ってこなかった。すると気の毒に思った船員の男がなわを解いて話を聞いてくれた。
「すまないな。今は忙しいみたいだ」
「さっきの人、商屋次男さん?」
「あぁ、そうだよ。にしても、お前は本当に運がよかった。この船じゃなきゃ知らない国に売り飛ばされていたところだ。あの人は若いけど業界では有名な大商人の息子さ。もう何人も闇業者を追い払って人を助けてる。
巷では平気でこういうやばい取引が行われている。まぁ、今回のやつはばかな連中だよ。次男さんが摘発魔だと知らないなんて。ぼうやも気を付けなよ。夜道は危険だ。にしても、どうして協会は駄目なんだ?」
「協会だけは……協会だけは! 勘弁してください」
「そ、そうか。なにがあったのかは知らないが、そうしたいならそうすればいい」
「そうだ、母さん! 一緒にいたはずなんだ」
有之助は急いで他の積み荷をくまなく開けて回った。
「母親って、もしかしてあの人かい?」
船員は解放された人々の中から同じ赤い髪をした女性のそばに寄って言った。
「母さん! よかった。ごめん、またこんな危険な目に遭わせてしまうなんて」
有之助は母を抱き締めると改めて船員を見た。
「彼に会わせてください」
「あぁ、分かったよ」
「金の盾って店に行けば会えるって聞きました」
「今連れて行ってやる。次男さんの経営してる店だからな」
有之助はこの善良な船員について町に出た。夜とはうって変わってにぎやかな人の流れ、少しも危険な感じはしなかった。新鮮な魚市場に青果売り場、すべてがキラキラ輝いている。船員は大通りから少しずれた場所にある2階建ての店を案内した。それがまた、驚くような広い屋敷だった。宝屋の屋敷の3倍はある。屋敷兼店舗といった感じで、金の盾とおぼしき店は敷地内の一角に立っていた。屋敷の正門には商屋と書かれた表札があり、中に入ると石庭や池などが広がっていた。
金の盾に入ると若い女性が現れた。つやのある黒髪を結わえ、美しい花のかんざしを着けている。見ただけでドキッとするような上品で端整な顔立ちをしていた。
「やぁ、花さん。この子が次男さんに会いたいって。闇市に引っ掛かりそうになって、次男さんが助けてくれた。協会には戻らないそうだから」
「次男さんならまだ戻っていません。仕事の合間に抜け出してお昼を食べにくると思いますが。ここで待っていて構いませんよ」
有之助と母は親切な花に連れられ店の裏側に通された。
「私はこの店で働いている接見花と申します」
「使有之助です」
「なにがあったのですか」
花は、怯える目をした有之助を優しくのぞきこんで尋ねた。
「母が、協会に処刑されそうになって、逃げてきたんです、ここまで」
あぁ。この花という人は、ちゃんと他人の痛みが分かる目をしている。有之助はそれだけで救われたような気になって、包み隠さず話せる勇気をもらえた。
「主人だった宝屋は母を捨てました。守ろうとしてくれた兄は、協会に裏切られて――殺されたんです。僕と母を、守るために……」
花は嫌悪感に顔をゆがませた。
「協会で、親切な方から、名切り同盟を頼ればいいと教えてくれました。だから、ここまで来たんです。どうか、母を助けてください。突然声も出なくなって、脚も動かせないんです」
「状況は分かりました。ですが、全ては次男さんに聞いてみなければ分かりません。まずは、お風呂で体を清潔な状態にしてから手当てしましょう。協会に戻らない判断は賢明でしたね」
突然奥の部屋から小柄な少年が現れた。活発そうな顔に、ひょろりと細い体。鉛色の癖の強い髪を一つにしている。
「花様、この方たちは?」
「使有之助さんと、お母様です。協会から逃げてきたのです。いずれ次男さんに話して、ここにしばらくいさせてあげたいと思っています」
まだ血のついた髪、傷だらけになった有之助の顔を見て、少年は物分かりよさそうにうなずいた。
「はじめまして、僕は白知丸(びゃくちまる)です。花様と一緒に働いてます。ここに来るまで大変でしたね。でも、もう大丈夫。花様も、次男様も、みんなお優しい方たちですから」
白知丸は元気に拳を握って言うとニッコリ笑った。有之助は残った気力でなんとかお風呂で汚れを落とし、貸してくれた着物を着た。白知丸という少年は、疲れ切った有之助をかいがいしく世話してくれた。気付いたら疲れと眠気に負けて窓辺の座布団の上で眠っていた。
説明する声が順に迫ってくる。
「こちらの子は、使用人をしていたようです」
ついにふたが開けられた。船内の光が上から差し込み、商人のいで立ちをした若い青年がのぞきこんだ。黒髪に、白い肌、冬にたれこめる雲のようにくすんだ灰目。特に目を引いたのは、首元にさがる透明なガラス玉だった。
中に赤色のきれいな液体が波立っている。彼の目は細見男とは違う。単なる物を見る目ではなかった。有之助にはその違いが分かった。だから有之助は最後の望みをかけて青年に熱い視線を注いだ。
青年は無言で細身男に詰め寄ると、腰に下げていた見たこともない黒い刀の柄で男の腹を突いた。細身の男は床に倒れ泡を吹いて倒れた。わずか数秒の出来事。刀を抜いていないにもかかわらず風を切るような速さだ。
やがて他の船員を呼びつけると青年は手を払って言った。
「この男は警察に連れていけ」
「次男さん、しばられた子どもたちは?」
「協会に連れていけ」
次男? あのおじいさんが言っていた名前の青年ではないか。そういえばさっき、細見男が商屋龍太郎とも言っていた。彼があの商屋次男だろうか?
「ふんっ、ふが、ふむ」
有之助は暴れてたるを倒し、はいつくばって次男に向って叫んだ。船員に口のなわを解いてもらったところでようやく自由にしゃべれるようになった。
「協会だけはっ、協会だけはやめてください!」
青年はしばりつけられて床に転がる有之助を見て数秒立ち止まると、なにも言わずに船を出て行った。
「お願いです! 待って……」
叫びもむなしく彼は戻ってこなかった。すると気の毒に思った船員の男がなわを解いて話を聞いてくれた。
「すまないな。今は忙しいみたいだ」
「さっきの人、商屋次男さん?」
「あぁ、そうだよ。にしても、お前は本当に運がよかった。この船じゃなきゃ知らない国に売り飛ばされていたところだ。あの人は若いけど業界では有名な大商人の息子さ。もう何人も闇業者を追い払って人を助けてる。
巷では平気でこういうやばい取引が行われている。まぁ、今回のやつはばかな連中だよ。次男さんが摘発魔だと知らないなんて。ぼうやも気を付けなよ。夜道は危険だ。にしても、どうして協会は駄目なんだ?」
「協会だけは……協会だけは! 勘弁してください」
「そ、そうか。なにがあったのかは知らないが、そうしたいならそうすればいい」
「そうだ、母さん! 一緒にいたはずなんだ」
有之助は急いで他の積み荷をくまなく開けて回った。
「母親って、もしかしてあの人かい?」
船員は解放された人々の中から同じ赤い髪をした女性のそばに寄って言った。
「母さん! よかった。ごめん、またこんな危険な目に遭わせてしまうなんて」
有之助は母を抱き締めると改めて船員を見た。
「彼に会わせてください」
「あぁ、分かったよ」
「金の盾って店に行けば会えるって聞きました」
「今連れて行ってやる。次男さんの経営してる店だからな」
有之助はこの善良な船員について町に出た。夜とはうって変わってにぎやかな人の流れ、少しも危険な感じはしなかった。新鮮な魚市場に青果売り場、すべてがキラキラ輝いている。船員は大通りから少しずれた場所にある2階建ての店を案内した。それがまた、驚くような広い屋敷だった。宝屋の屋敷の3倍はある。屋敷兼店舗といった感じで、金の盾とおぼしき店は敷地内の一角に立っていた。屋敷の正門には商屋と書かれた表札があり、中に入ると石庭や池などが広がっていた。
金の盾に入ると若い女性が現れた。つやのある黒髪を結わえ、美しい花のかんざしを着けている。見ただけでドキッとするような上品で端整な顔立ちをしていた。
「やぁ、花さん。この子が次男さんに会いたいって。闇市に引っ掛かりそうになって、次男さんが助けてくれた。協会には戻らないそうだから」
「次男さんならまだ戻っていません。仕事の合間に抜け出してお昼を食べにくると思いますが。ここで待っていて構いませんよ」
有之助と母は親切な花に連れられ店の裏側に通された。
「私はこの店で働いている接見花と申します」
「使有之助です」
「なにがあったのですか」
花は、怯える目をした有之助を優しくのぞきこんで尋ねた。
「母が、協会に処刑されそうになって、逃げてきたんです、ここまで」
あぁ。この花という人は、ちゃんと他人の痛みが分かる目をしている。有之助はそれだけで救われたような気になって、包み隠さず話せる勇気をもらえた。
「主人だった宝屋は母を捨てました。守ろうとしてくれた兄は、協会に裏切られて――殺されたんです。僕と母を、守るために……」
花は嫌悪感に顔をゆがませた。
「協会で、親切な方から、名切り同盟を頼ればいいと教えてくれました。だから、ここまで来たんです。どうか、母を助けてください。突然声も出なくなって、脚も動かせないんです」
「状況は分かりました。ですが、全ては次男さんに聞いてみなければ分かりません。まずは、お風呂で体を清潔な状態にしてから手当てしましょう。協会に戻らない判断は賢明でしたね」
突然奥の部屋から小柄な少年が現れた。活発そうな顔に、ひょろりと細い体。鉛色の癖の強い髪を一つにしている。
「花様、この方たちは?」
「使有之助さんと、お母様です。協会から逃げてきたのです。いずれ次男さんに話して、ここにしばらくいさせてあげたいと思っています」
まだ血のついた髪、傷だらけになった有之助の顔を見て、少年は物分かりよさそうにうなずいた。
「はじめまして、僕は白知丸(びゃくちまる)です。花様と一緒に働いてます。ここに来るまで大変でしたね。でも、もう大丈夫。花様も、次男様も、みんなお優しい方たちですから」
白知丸は元気に拳を握って言うとニッコリ笑った。有之助は残った気力でなんとかお風呂で汚れを落とし、貸してくれた着物を着た。白知丸という少年は、疲れ切った有之助をかいがいしく世話してくれた。気付いたら疲れと眠気に負けて窓辺の座布団の上で眠っていた。
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