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27、寝台列車の殺し屋
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列車が走り始めて数時間がたち、2人は花お手製の朝食をまったり食べた。サケとおかかのおにぎりに漬物と玉子焼きが一緒になっていた。屋敷ではもう何度も花の手料理を食べているが、彼女は驚くほどに腕がよく、普通のおにぎりでさえ、絶妙な塩加減で素材のうま味が引き出されている。
お穏やかな時間の中に身をゆだねていると、列車の旅も思いのほか悪くないと思えた。こうして誰かと一緒に旅をすることはなかったので、新鮮でうれしい気持ちになった。
列車に揺られる隣の次男を見てみると、彼はすやすや仮眠をとって目をつむっていた。ぼんやり彼の横顔を見ていると、どうしてだろう、兄の信之助と面影が重なった。そういえば、信之助と次男は同い年の18歳だった気がする。次男は冷静沈着な一面があるが、信之助は陽気でいつもニコニコしていた。性格はまるで違う2人だが、有之助は次男といるだけで兄と一緒にいるような安心感を覚えていた。
列車はたくさんの乗客を乗せて順調に進んでいた。次男が途中で目を覚ましたので、2人はもう何度も話し合って決めたことを改めて個室の中で確認することにした。テーブルの上には油の本が開かれて置かれている。有之助は赤の章のページを開いてこう読み上げた。
「……赤の油は1台白門半島に眠る。その地に根付く、赤き守り主は立派なたてがみをした赤色の獅子。この獅子こそ赤の油に宿る精だ――何回読んでも難しくてよく分からないですね」有之助はぼんやり言った。「赤の油を手に入れるには、この獅子を倒さなければいけない。そう書かれています。さもなくば人間の肉を与えるとも。でも、どうして倒さないといけないんでしょう」
「ただで油(血)をもらえるはずがない。それなりの代償が必要ということさ」
「具体的にどう倒せば?」
「刀で戦えばいい。それに、書術師を雇うんだ」
お昼になったので、2人は食堂車へご飯を食べに行った。駅弁という選択肢もあったが、せっかくの食堂車付き寝台列車なのだ。有之助がおねだりして食べに行くことにした。
2両編成の食堂車は既にたくさんの客で埋まっていたが、いくつか空いている席もあった。2人は隅の席に座った。隣の人は高そうな懐石料理を食べている。おいしそうだ。ワクワクしながらメニュー表を見ていると、やけに周囲をキョロキョロする少女が有之助の空いている隣の席に座ってきた。全身喪服みたいに真っ黒な着物で、外套のフードを目深にかぶっている。わずかにのぞくやや癖のある髪は秋に田を染める稲穂色をしていた。
いきなりのことでポカンと口を開けていると、少女は上目遣いで見つめてきた。
「お願い、ここにいさせて」
「あぁ、うん」
こんな顔でお願いされたら無下に断るわけにもいかず、有之助はうなずくしかなかった。
「次男さんはなに食べますか?」
そう言ってメニュー表を彼に渡そうとした時、食堂車に3人組の人相の悪い男たちが入ってきた。男たちは一つ一つ席を確認して回ってきて、少女が座る席までやってきた。
「こいつだ!」
大男が少女をつかみかかろうとした時、瞬時に次男がその手を払った。
「あぁ? なんだてめぇ」
「ここは食堂車だ。静かにしてもらおう」
「関係のないやつは黙っていろ!」
大男が殴りかかろうとしたのと同時に次男は腰をかがめ相手の懐に入り込んだ。瞬きをしている間に、自分より大きな男を背負い投げしていた。ざわつく食堂車の中に、警備員が来る気配を感じ取り、次男は有之助と少女の手を引いて走った。3人はしばらく真っすぐの通路を進み個室に駆け込んだ。
「さっきのはなに?」
有之助は息を切らして少女に尋ねたが、彼女は言いたくなさそうにうつむいたままだった。穏やかな旅路になると思いきや、開始早々こんな展開になるとは思いもしなかった。
「しばらくは外に出られないよ」
「盗みか」次男は唐突に言った。
「次男さん、この子、すごく怯えているみたいですよ」
有之助は少女を擁護するように言った。次男の冷たい目が少女の手に移ったとき、彼女は隠すように腕を引っ込めた。
「なるほど。こいつは殺し屋だ。普通は手の甲にある職業の証がない。特殊な職業をなりわいとする人間は指に傷がある。こいつの場合は殺し屋だ」
「えっ?」
有之助はポカンと口を開けた。
少女はさらに顔をそむけた。
「事態が落ち着いたら、早く出て行くがいい」
次男がいつもより強い口調で言うと、少女は両手で顔を覆いしゃがみこんだ。
「私、誰も殺してない!」
「殺し屋のくせに人を一人も殺していないなど、信じられるわけがないだろう」
「私、人を殺せない」
「君のことを教えて」
有之助が優しく尋ねると少女は救いを求めるように顔を上げた。
「ある男を殺せとお願いされた。私の仕事が殺し屋だから。でも、結局なにもできなかった。人を殺すことなんて、そんなの無理」
「つまり君は、殺し屋だけど、人を殺せないって言うのか」
少女はコクリとうなずいた。少しずつ状況が見えてきたのと同時に、この少女を見ていると同情にも等しい感情が胸の中に芽生えた。生まれたときから仕事を選べない。それが使用人や商人じゃなく、人を殺さなければならない仕事だったとしたら? 有之助はそう考えただけで憤りを覚えるのだった。
お穏やかな時間の中に身をゆだねていると、列車の旅も思いのほか悪くないと思えた。こうして誰かと一緒に旅をすることはなかったので、新鮮でうれしい気持ちになった。
列車に揺られる隣の次男を見てみると、彼はすやすや仮眠をとって目をつむっていた。ぼんやり彼の横顔を見ていると、どうしてだろう、兄の信之助と面影が重なった。そういえば、信之助と次男は同い年の18歳だった気がする。次男は冷静沈着な一面があるが、信之助は陽気でいつもニコニコしていた。性格はまるで違う2人だが、有之助は次男といるだけで兄と一緒にいるような安心感を覚えていた。
列車はたくさんの乗客を乗せて順調に進んでいた。次男が途中で目を覚ましたので、2人はもう何度も話し合って決めたことを改めて個室の中で確認することにした。テーブルの上には油の本が開かれて置かれている。有之助は赤の章のページを開いてこう読み上げた。
「……赤の油は1台白門半島に眠る。その地に根付く、赤き守り主は立派なたてがみをした赤色の獅子。この獅子こそ赤の油に宿る精だ――何回読んでも難しくてよく分からないですね」有之助はぼんやり言った。「赤の油を手に入れるには、この獅子を倒さなければいけない。そう書かれています。さもなくば人間の肉を与えるとも。でも、どうして倒さないといけないんでしょう」
「ただで油(血)をもらえるはずがない。それなりの代償が必要ということさ」
「具体的にどう倒せば?」
「刀で戦えばいい。それに、書術師を雇うんだ」
お昼になったので、2人は食堂車へご飯を食べに行った。駅弁という選択肢もあったが、せっかくの食堂車付き寝台列車なのだ。有之助がおねだりして食べに行くことにした。
2両編成の食堂車は既にたくさんの客で埋まっていたが、いくつか空いている席もあった。2人は隅の席に座った。隣の人は高そうな懐石料理を食べている。おいしそうだ。ワクワクしながらメニュー表を見ていると、やけに周囲をキョロキョロする少女が有之助の空いている隣の席に座ってきた。全身喪服みたいに真っ黒な着物で、外套のフードを目深にかぶっている。わずかにのぞくやや癖のある髪は秋に田を染める稲穂色をしていた。
いきなりのことでポカンと口を開けていると、少女は上目遣いで見つめてきた。
「お願い、ここにいさせて」
「あぁ、うん」
こんな顔でお願いされたら無下に断るわけにもいかず、有之助はうなずくしかなかった。
「次男さんはなに食べますか?」
そう言ってメニュー表を彼に渡そうとした時、食堂車に3人組の人相の悪い男たちが入ってきた。男たちは一つ一つ席を確認して回ってきて、少女が座る席までやってきた。
「こいつだ!」
大男が少女をつかみかかろうとした時、瞬時に次男がその手を払った。
「あぁ? なんだてめぇ」
「ここは食堂車だ。静かにしてもらおう」
「関係のないやつは黙っていろ!」
大男が殴りかかろうとしたのと同時に次男は腰をかがめ相手の懐に入り込んだ。瞬きをしている間に、自分より大きな男を背負い投げしていた。ざわつく食堂車の中に、警備員が来る気配を感じ取り、次男は有之助と少女の手を引いて走った。3人はしばらく真っすぐの通路を進み個室に駆け込んだ。
「さっきのはなに?」
有之助は息を切らして少女に尋ねたが、彼女は言いたくなさそうにうつむいたままだった。穏やかな旅路になると思いきや、開始早々こんな展開になるとは思いもしなかった。
「しばらくは外に出られないよ」
「盗みか」次男は唐突に言った。
「次男さん、この子、すごく怯えているみたいですよ」
有之助は少女を擁護するように言った。次男の冷たい目が少女の手に移ったとき、彼女は隠すように腕を引っ込めた。
「なるほど。こいつは殺し屋だ。普通は手の甲にある職業の証がない。特殊な職業をなりわいとする人間は指に傷がある。こいつの場合は殺し屋だ」
「えっ?」
有之助はポカンと口を開けた。
少女はさらに顔をそむけた。
「事態が落ち着いたら、早く出て行くがいい」
次男がいつもより強い口調で言うと、少女は両手で顔を覆いしゃがみこんだ。
「私、誰も殺してない!」
「殺し屋のくせに人を一人も殺していないなど、信じられるわけがないだろう」
「私、人を殺せない」
「君のことを教えて」
有之助が優しく尋ねると少女は救いを求めるように顔を上げた。
「ある男を殺せとお願いされた。私の仕事が殺し屋だから。でも、結局なにもできなかった。人を殺すことなんて、そんなの無理」
「つまり君は、殺し屋だけど、人を殺せないって言うのか」
少女はコクリとうなずいた。少しずつ状況が見えてきたのと同時に、この少女を見ていると同情にも等しい感情が胸の中に芽生えた。生まれたときから仕事を選べない。それが使用人や商人じゃなく、人を殺さなければならない仕事だったとしたら? 有之助はそう考えただけで憤りを覚えるのだった。
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