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33、書術師協会
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これから書術師協会の支部に行くと言うので、有之助と穂海は彼の後をついて歩いた。前をズンズン歩く彼の背中を見ると、いまだ心の大半を占める悲しみが思い出される。平気なわけがない。だけど彼はわざわざ悲しみを言葉に出さないだけだ。
一言も互いにしゃべらず大通りを通り過ぎ、細い裏路地を進んだ先に支部の入り口はあった。腐食した木の戸には
「塩売」と書かれたお札が貼られている。
「本当にここ?」
戸をトントンたたく次男の後ろで穂海は警戒心丸だしで言った。しばらく待ってみても反応がなく、3人はまちぼうけの状態になった。
「出直しましょうか、次男さん」
気を取り直して有之助が言った時、急に後ろから背の高い若い男が現れて、邪魔くさそうに3人を見てから戸を開けて中に入って行こうとした。奇抜な着物を着ていて、目が細く、髪がハリネズミのような男だ。
「待て」次男が呼び止めた。「支部長はいるか。約束は取り付けている。商屋だ」
「あぁ、話は聞いてるぜ。あんたが商屋か。そんな小さい声じゃあ奥まで聞こえねぇよ。入んな。俺は協会に所属している書術師の八百屋治郎吉(やおや・じろきち)だ」
「すまない、助かる」
八百屋と名乗る男についていくと、古本で足の踏み場もない廊下を歩かされた。壁には難しい書が書かれた和紙が大量に張られていて、正直気持ちが悪い。慣れれば問題ないのだろうが、部屋に充満する墨の臭いは駄目だった。廊下を抜けると広々とした部屋に長テーブルが何列も並んでいた。小さい子どもからお年寄りまで、ポツポツと協会員らしき人たちが座り、黙々と字を書いているところだ。壁には大きな横断幕に「100術打破せよ」と書かれている。
部屋の手前には書を教える先生らしき男が彼らの書いた字の添削をしていた。
「支部長、商屋さんが来てたからお通ししましたよ」
「……」
「支部長!」
やっと顔を上げた男はにこやかな顔で次男たちを見て腰を上げた。
「やぁ、どうも。これはこれは、あなたが商屋次男さんですね。遠方からよくお越しくださいました。顔を見るのは初めてですからねぇ。私はここの支部長をしている塩売誠です。さぁ、奥の部屋でお話ししましょう」
手招かれたまま奥の部屋に入ると温かいお茶を出された。
「見ての通り、うちはひっそりとやっている非認可の協会でして、あまりにおんぼろだから驚いたでしょう? お客様をもてなすには墨臭くてたまりませんよね」
塩売は楽しそうに自虐した。
「あのぉ」
穂海が首をすくめて言った。
「なんでしょうか、お嬢さん」
「書術師ってなに? 書道家? 習字の先生?」
極めて素人的な質問だったのか、塩売はきょとんとしてから笑った。
「書術師は、現、束(たばね)王国ができる前に誕生したとされる古き仕事です。束王国誕生前は国が二つに分かれていて、束と定(さだめ)という名字の王がそれぞれいました。束は当時から名前による支配制度で絶対的な権限を王が持っていました。束が定を打ち滅ぼし、国は一つになった。
殺される直前、定は完成させた書術本を精社にささげたとされます。それが――この書術100録。その時の精が、定の国の地に根付く墨ノ黒狐(すみのこくこ)。書術の100語を定めたのは定国の定礎(ていそ)で、単なる字ではなく術として使えるよう文字に命を与えたのが起源とされています。要するに、書道家でも習字の先生でもありませんね。私たちは極めて精的なエネルギーによって術を使えるのです」
「難しいね、有之助」
穂海は顔をしかめた。
「ってことは、書術師は精と深い関係があるんですね? 次男さん、だから刻印八太は書術師を頼れとあの本に書いたんですよ」
やっと意味が分かり、認識を覆された有之助は隣に座る次男に元気よく言った。
「さてと、今回は書術師1人の派遣でしたね。どんな術師にしましょうか。ご要望は?」
「俺たちの旅の目的は精を倒し、油を手に入れること。精に対抗しうる力のある者、熟練の者を要望する」
淡々と要点を述べる次男に塩売は頭を悩ませた。
「実際に油を求め、書術師を雇うお客様は多くいます。ですが、ことごとく1年もたたぬうちに契約は解除。不審な死をとげた者もいます。うちの協会員にも手に負えない領域になるということを、忠告しておきましょう。それでも利害関係が一致する限り、無下に断るわけにもいきません。うちの協会員たちは、あなたのような方に雇われるのを、首を長くして待っているのですから。分かりました、では3人紹介しましょう。皆、熟練の書術師たちです」
塩売は手をたたいて声を張り上げた。
「八百屋、庭園、柿屋! 入っておいで」
さっきのハリネズミみたいな髪をした男が先に入ってきた。次に、ダボッとした着物を着た眠そうな少年の庭園、勝ち気そうな目をした少女の柿屋。
一言も互いにしゃべらず大通りを通り過ぎ、細い裏路地を進んだ先に支部の入り口はあった。腐食した木の戸には
「塩売」と書かれたお札が貼られている。
「本当にここ?」
戸をトントンたたく次男の後ろで穂海は警戒心丸だしで言った。しばらく待ってみても反応がなく、3人はまちぼうけの状態になった。
「出直しましょうか、次男さん」
気を取り直して有之助が言った時、急に後ろから背の高い若い男が現れて、邪魔くさそうに3人を見てから戸を開けて中に入って行こうとした。奇抜な着物を着ていて、目が細く、髪がハリネズミのような男だ。
「待て」次男が呼び止めた。「支部長はいるか。約束は取り付けている。商屋だ」
「あぁ、話は聞いてるぜ。あんたが商屋か。そんな小さい声じゃあ奥まで聞こえねぇよ。入んな。俺は協会に所属している書術師の八百屋治郎吉(やおや・じろきち)だ」
「すまない、助かる」
八百屋と名乗る男についていくと、古本で足の踏み場もない廊下を歩かされた。壁には難しい書が書かれた和紙が大量に張られていて、正直気持ちが悪い。慣れれば問題ないのだろうが、部屋に充満する墨の臭いは駄目だった。廊下を抜けると広々とした部屋に長テーブルが何列も並んでいた。小さい子どもからお年寄りまで、ポツポツと協会員らしき人たちが座り、黙々と字を書いているところだ。壁には大きな横断幕に「100術打破せよ」と書かれている。
部屋の手前には書を教える先生らしき男が彼らの書いた字の添削をしていた。
「支部長、商屋さんが来てたからお通ししましたよ」
「……」
「支部長!」
やっと顔を上げた男はにこやかな顔で次男たちを見て腰を上げた。
「やぁ、どうも。これはこれは、あなたが商屋次男さんですね。遠方からよくお越しくださいました。顔を見るのは初めてですからねぇ。私はここの支部長をしている塩売誠です。さぁ、奥の部屋でお話ししましょう」
手招かれたまま奥の部屋に入ると温かいお茶を出された。
「見ての通り、うちはひっそりとやっている非認可の協会でして、あまりにおんぼろだから驚いたでしょう? お客様をもてなすには墨臭くてたまりませんよね」
塩売は楽しそうに自虐した。
「あのぉ」
穂海が首をすくめて言った。
「なんでしょうか、お嬢さん」
「書術師ってなに? 書道家? 習字の先生?」
極めて素人的な質問だったのか、塩売はきょとんとしてから笑った。
「書術師は、現、束(たばね)王国ができる前に誕生したとされる古き仕事です。束王国誕生前は国が二つに分かれていて、束と定(さだめ)という名字の王がそれぞれいました。束は当時から名前による支配制度で絶対的な権限を王が持っていました。束が定を打ち滅ぼし、国は一つになった。
殺される直前、定は完成させた書術本を精社にささげたとされます。それが――この書術100録。その時の精が、定の国の地に根付く墨ノ黒狐(すみのこくこ)。書術の100語を定めたのは定国の定礎(ていそ)で、単なる字ではなく術として使えるよう文字に命を与えたのが起源とされています。要するに、書道家でも習字の先生でもありませんね。私たちは極めて精的なエネルギーによって術を使えるのです」
「難しいね、有之助」
穂海は顔をしかめた。
「ってことは、書術師は精と深い関係があるんですね? 次男さん、だから刻印八太は書術師を頼れとあの本に書いたんですよ」
やっと意味が分かり、認識を覆された有之助は隣に座る次男に元気よく言った。
「さてと、今回は書術師1人の派遣でしたね。どんな術師にしましょうか。ご要望は?」
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塩売は手をたたいて声を張り上げた。
「八百屋、庭園、柿屋! 入っておいで」
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