名切り同盟

秋長 豊

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37、炎ノ獅子精社

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 書術師が旅の仲間になるというのは不思議な感覚だった。もはや超常現象に近い書術という極めて奇妙な術を目の前で見せつけられたのだ。有之助の中には、もう胡散臭いとかいう疑う気持ちはまっさらなくなっていた。

 その夜、次男は宿の部屋でみんなを集めるとこう切り出した。

「俺たちの目的は油を集めること。赤の油がこの町にあると聞いてきた。油を手にするためには、精を倒す必要がある」

「話は支部長から聞いてる。俺は俺にできることを全うするまでだ」守は言った。

「炎ノ獅子(えんのしし)の精はこの町にいるはずだ。そいつが赤の油の主」

「俺だって、炎ノ獅子の精を見たことはない。だから想像でしかものは言えないが、書術師を雇うことは理にかなっている。なぜなら、書術も精のエネルギーによって成り立つ術だからだ。でも、普通の人間には油が見えない。見えないものを集めるっていうのは……」

 有之助は次男を引っ張ってくると、守にグイッと詰め寄ってガラス玉を見せた。

「僕には見える。このガラス玉には赤の油が入っているんだ」

 守はガラス玉を見ながら眉をひそめ、花や次男が驚いた時と同じように目を見開いた。

「いやいや、そんな話は聞いてないぞ。それに、どうして赤色だと分かる。でまかせ言ったって確かめようはないじゃないか」

「有之助が初めてこのガラス玉を見たとき、迷いもせずに赤色と答えた。偶然、本に記されたガラス玉の色と一致するとは思えない」

 ありがたいことに次男は有之助の目が本物であることを言葉で説得してくれた。

「それじゃあ、あんたたちはこれまで油を探しにやってきた連中とはわけが違うってことか。でも、どんなふうに見えてるんだ? 俺には少なくともからっぽのガラス玉に見えるんだけど」

 そこで有之助は自分がどんなふうに油が見えているのかを事細かに説明し始めた。ガラス玉の中に、ゆらゆら波打っている様子とか、どんな色に見えるのかまで、とにかく信じてもらいたい一心で言葉を選んだ。

 一生懸命説明する有之助のことをじっと見ていた守は、やがて腕を組んで深く物思いにふけった。

「信じてくれたか?」

 少し息を切らして有之助は尋ねた。

「……んん、9割5分ってとこか」

「それって! ほとんど信じてくれたってことだよね? よかったね、有之助」

 にっこりほほ笑む穂海に有之助はホッと胸をなでおろした。

「で、これからの予定はちゃんと計画してるのか?」

 守の質問に次男はうなずいた。

「近々、炎ノ獅子精社に行く。そこで精司から精に関する話を直接聞こうと思う。お前は精社に足を運んだことはあるのか」

「俺はない。でも、仕事だったらどこへでもお供する。要するに、炎ノ獅子に接触できれば御の字ってわけだろ。あんたが提示した500万、必ずもらってやるつもりだ。だから、炎ノ獅子も必ず見つけ出す。油が見える人間が1人いれば、接触できる可能性は上がるだろ」

「そうか」

 理解の足りない有之助は眉をひそめて言った。

「俺の予感さ。でも、まずはちゃんと認知してもらわないと相手だって姿を現わしてくれないぜ?」

 炎ノ獅子精社はこの町に根付くとされる炎ノ獅子を祭る精社だ。山の上にあり、白門荘から徒歩で2時間30分、車で25分ほどの所にある。

 宿の部屋は3室もあったので、4人はそれぞれ好きな場所に布団を敷いて寝た。守はいつも背負っている大きな筆を枕元に置いて寝ていた。明日からまた、忙しくなるだろう。有之助はいろいろあった今日一日を振り返りながら眠りについた。


 翌朝、有之助たちは車を借りて炎ノ獅子精社までの道のりを走った。次男が運転する姿には驚いた。彼は豊に身の回りの世話をさせていた節があったので、こういった運転も他人に一任させるのかとばかり思っていたのだ。でも彼の運転はうまかったし、なんなら安心してうたたねもできるくらいだった。朝の道路は込んでいて、運転席に座る次男は途中で大きなあくびをかいた。助手席には有之助が地図を持って座り、一向に進まない車の列を見てげっそりした。

 渋滞での浪費時間を考えればとても20分ちょっとではたどり着かない。4人が乗った車が山道に差し掛かり、精社の駐車場に着くころには予定を30分も超していた。

「うっ、少し酔っちゃったかも」

 うつむきながら穂海は言った。

「そんなに荒っぽく運転したつもりはない」

「いや、次男さん。多分穂海は車酔いしやすいだけだと思います。だって僕、隣にいて寝ちゃいそうになるくらい、
心地いい運転でしたから!」

「そうか」

 有之助はうずくまる穂海を外に出し、近くにあったいすに座らせた。落ち着くのを待って外の空気を吸っていたら、なにやら守が両手に四つのビンを抱えて小走りに戻ってきた。

「そこの売店で飲み物買ってきたぜ」

 次男、有之助、穂海の順に渡すと守はフタを開けてグイッと飲んだ。シュワッとはじける音がしたので、よく見ると炭酸飲料だった。

「ありがとう、守」

 うれしくなってお礼を言うと、守は気にするなと手を振った。前髪が長いせいで彼の心は読み取りづらかったが、口元を見ればなんとなくうれしそうにしているのが分かった。

「ここが炎ノ獅子精社か」

 守は巨大な門の奥に続く立派な石段を見つめて言った。数百段はあるだろう。両脇には太い杉の木が生い茂り、近くには竹やぶも見える。一段目の石段より先には荘厳な空気が感じられ、畏敬の念さえも感じる。昨日まで精を倒すなんて言っていた口が、今では重々しく開くことさえためらわれる。
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