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43、青色の帯
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「もうすぐ日が沈むな」
隣に守が来て穏やかな口調で言った。
「うん」
「有之助の故郷は、どんな所なんだ?」
「故郷と呼べる場所は、父さんの出身地だけど、全然覚えてないんだ。いつか、行ってみたいとは思うけど」
「そっか」
「守の故郷は?」
「のどかな田舎町だよ。俺さ、書術師として独り立ちするために家を出たんだ。もう何年も前の話だけど、それ以来家族とも会ってない」
「会わないのか? 年に1度だけでも」
守は遠い目で夕焼けを眺めた。
「母ちゃんと約束したからさ、一人前になって、すごい書術を見せてやるって。それまでは帰らないって。俺、たったの10語しか使えないんだ。普通で50、一流の書術師だったら90語は使えないといけない」
「たったの10? ”も”の間違いじゃないか? 1語でもできればすごいよ」
「そう言ってくれるのはうれしいけど、書術界では違うんだ。素振り、受け身だけできる剣士をすごいって言うようなもんだ。それに、故郷にはあんまりいい思い出がない。俺がいた頃は書術協会の支部だってあったんだけど、国にばれて多くの書術師が処刑された。だから、書術師を目指すには別の町に行った方が良かった」
守は眉間にしわを寄せた。
「書術は人のために使われるべきものなのにどうして」
「国力の敵だと思われてる」
「じゃあ、僕らは似た者同士だな」
「え?」
「だって、僕と次男さんは名切り同盟に加盟している。国の敵だ」
「なぁ、有之助。お前は、この国の王を見たことあるか?」
「ない」
「俺もない」
守はポツリと言ってからこう続けた。
「俺たちをしばりつける王ってのは、どんな面してるんだろうな。たくさんの人を平気で殺すように命じて。一度でいいからぜひその顔を見てみたいもんだ」
2人は沈黙を共有し、同じように遠くの景色を見つめた。キラキラ輝く水平線も、オレンジ色の空も、雲も、守にはどんなふうに見えているのだろうか。有之助はぼんやりとする守の存在を近くに感じながらふとそう思った。
彼にどんな夢があるのかを聞いた時のことを思い出した。もっとこう野心が強いものを言われると思っていた。でも、違った。
”大好きな紫が見てみたい”
それが守の答えた夢。
金だとか、地位だとか、名誉――そういったものを望む気配すら感じさせない、ただただ真っすぐな彼の言葉。かつて自分を踏みつけ、指折りその三つを数えていた男とは比べものにならないほど、純粋な思い。
紫色、いつか見れるといいな。守は僕なんかよりずっと真っすぐだよ。
「なに笑ってるんだよ」
守が横顔をじっと見ていた。
「なんでもないよ」
そう言って頭をかいた。
翌日、有之助は昨日の呉服屋に行って頼んでいたものを取りに行った。穂海も一緒に来るというので2人で店を訪れると、店員がすぐにできあがったものを箱に入れて持ってきてくれた。ドキドキしながら箱を開けてみると、見事な帯が2本折り畳まれていた。青地に銀の鶴がしっかりと見える。
「有之助、もしかしてこれがあなたの言っていたお兄さんの? でも、どうして帯だけなの?」
「実は、もう一度着物として使うにはあまりにも痛んでいたから、帯に形を変えてもらったんだ」
有之助は帯に触れると穏やかな笑みを浮かべた。
「着けてみよう?」
穂海に引っ張られて試着室まで行った。有之助は今着けている普通の帯を外して兄の着物で作った帯を腰に巻いた。
「鏡見て」
穂海が姿見の横ではしゃぎたてた。鏡をのぞいてみると、赤色の着物に青色の生地が映えていた。
不覚にも、目の奥が熱くなっていた。
信。
信之助――。
「似合ってる、とっても」
有之助は帯の間に銀の刀をさし、優しく手を添えて笑んだ。
信、僕は忘れない。命を懸けて守ってくれた思い。託してくれたこの刀も。
生贄の儀式が行われるまで、有之助たちは港町で聞き込み調査をしたり店を回って観光地を巡ったりした。町の人々は開放的な感じのする人が多かった。道行く人々は皆幸せそうな笑顔だったし、一見すると治安も悪くは見えない。
自由な時間ではあったが、心から気が休まるということはなかった。この土地に根付く守り主炎ノ獅子の精が人の命を生贄として食べているという話。それに、巷の人に聞く限りではそもそも生贄が奉納されていること自体知らないようだった。
「どうしてみんな、知らないんだ」
ある茶屋に立ち寄ってお茶を飲みながら、有之助はお茶に映る自分を恨めしげにみつめた。
「見たくないものから目をそむけているだけだ」
次男はいつもの冷静な目、口調で抹茶をすすりながら言った。
「いずれにしても、旅の期間は1年間と決めている。その間に有力な手掛かりが見つからなければ旅は解散だ」
「1年? ちょうど俺の契約期間と同じじゃないか。手掛かりでもなんでも、早く見つけないと」
守は契約料500万全額をもらう気満々で言った。
「そう焦るな」
出鼻を挫かれたような顔をする3人を見て、次男は抹茶を一口飲んでから言った。
「この町からは子どもが消えている。その事実に加え、生贄が半年に1度差し出されているという精司の証言がある限り、それが炎ノ獅子の仕業である可能性は高い。それに、油が見える人間が目の前に現れた時、精はどんな反応をするのか――なにも”見えない”という方が難しいだろう」
次男はそう総括した。
隣に守が来て穏やかな口調で言った。
「うん」
「有之助の故郷は、どんな所なんだ?」
「故郷と呼べる場所は、父さんの出身地だけど、全然覚えてないんだ。いつか、行ってみたいとは思うけど」
「そっか」
「守の故郷は?」
「のどかな田舎町だよ。俺さ、書術師として独り立ちするために家を出たんだ。もう何年も前の話だけど、それ以来家族とも会ってない」
「会わないのか? 年に1度だけでも」
守は遠い目で夕焼けを眺めた。
「母ちゃんと約束したからさ、一人前になって、すごい書術を見せてやるって。それまでは帰らないって。俺、たったの10語しか使えないんだ。普通で50、一流の書術師だったら90語は使えないといけない」
「たったの10? ”も”の間違いじゃないか? 1語でもできればすごいよ」
「そう言ってくれるのはうれしいけど、書術界では違うんだ。素振り、受け身だけできる剣士をすごいって言うようなもんだ。それに、故郷にはあんまりいい思い出がない。俺がいた頃は書術協会の支部だってあったんだけど、国にばれて多くの書術師が処刑された。だから、書術師を目指すには別の町に行った方が良かった」
守は眉間にしわを寄せた。
「書術は人のために使われるべきものなのにどうして」
「国力の敵だと思われてる」
「じゃあ、僕らは似た者同士だな」
「え?」
「だって、僕と次男さんは名切り同盟に加盟している。国の敵だ」
「なぁ、有之助。お前は、この国の王を見たことあるか?」
「ない」
「俺もない」
守はポツリと言ってからこう続けた。
「俺たちをしばりつける王ってのは、どんな面してるんだろうな。たくさんの人を平気で殺すように命じて。一度でいいからぜひその顔を見てみたいもんだ」
2人は沈黙を共有し、同じように遠くの景色を見つめた。キラキラ輝く水平線も、オレンジ色の空も、雲も、守にはどんなふうに見えているのだろうか。有之助はぼんやりとする守の存在を近くに感じながらふとそう思った。
彼にどんな夢があるのかを聞いた時のことを思い出した。もっとこう野心が強いものを言われると思っていた。でも、違った。
”大好きな紫が見てみたい”
それが守の答えた夢。
金だとか、地位だとか、名誉――そういったものを望む気配すら感じさせない、ただただ真っすぐな彼の言葉。かつて自分を踏みつけ、指折りその三つを数えていた男とは比べものにならないほど、純粋な思い。
紫色、いつか見れるといいな。守は僕なんかよりずっと真っすぐだよ。
「なに笑ってるんだよ」
守が横顔をじっと見ていた。
「なんでもないよ」
そう言って頭をかいた。
翌日、有之助は昨日の呉服屋に行って頼んでいたものを取りに行った。穂海も一緒に来るというので2人で店を訪れると、店員がすぐにできあがったものを箱に入れて持ってきてくれた。ドキドキしながら箱を開けてみると、見事な帯が2本折り畳まれていた。青地に銀の鶴がしっかりと見える。
「有之助、もしかしてこれがあなたの言っていたお兄さんの? でも、どうして帯だけなの?」
「実は、もう一度着物として使うにはあまりにも痛んでいたから、帯に形を変えてもらったんだ」
有之助は帯に触れると穏やかな笑みを浮かべた。
「着けてみよう?」
穂海に引っ張られて試着室まで行った。有之助は今着けている普通の帯を外して兄の着物で作った帯を腰に巻いた。
「鏡見て」
穂海が姿見の横ではしゃぎたてた。鏡をのぞいてみると、赤色の着物に青色の生地が映えていた。
不覚にも、目の奥が熱くなっていた。
信。
信之助――。
「似合ってる、とっても」
有之助は帯の間に銀の刀をさし、優しく手を添えて笑んだ。
信、僕は忘れない。命を懸けて守ってくれた思い。託してくれたこの刀も。
生贄の儀式が行われるまで、有之助たちは港町で聞き込み調査をしたり店を回って観光地を巡ったりした。町の人々は開放的な感じのする人が多かった。道行く人々は皆幸せそうな笑顔だったし、一見すると治安も悪くは見えない。
自由な時間ではあったが、心から気が休まるということはなかった。この土地に根付く守り主炎ノ獅子の精が人の命を生贄として食べているという話。それに、巷の人に聞く限りではそもそも生贄が奉納されていること自体知らないようだった。
「どうしてみんな、知らないんだ」
ある茶屋に立ち寄ってお茶を飲みながら、有之助はお茶に映る自分を恨めしげにみつめた。
「見たくないものから目をそむけているだけだ」
次男はいつもの冷静な目、口調で抹茶をすすりながら言った。
「いずれにしても、旅の期間は1年間と決めている。その間に有力な手掛かりが見つからなければ旅は解散だ」
「1年? ちょうど俺の契約期間と同じじゃないか。手掛かりでもなんでも、早く見つけないと」
守は契約料500万全額をもらう気満々で言った。
「そう焦るな」
出鼻を挫かれたような顔をする3人を見て、次男は抹茶を一口飲んでから言った。
「この町からは子どもが消えている。その事実に加え、生贄が半年に1度差し出されているという精司の証言がある限り、それが炎ノ獅子の仕業である可能性は高い。それに、油が見える人間が目の前に現れた時、精はどんな反応をするのか――なにも”見えない”という方が難しいだろう」
次男はそう総括した。
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