名切り同盟

秋長 豊

文字の大きさ
43 / 52

43、青色の帯

しおりを挟む
「もうすぐ日が沈むな」

 隣に守が来て穏やかな口調で言った。

「うん」

「有之助の故郷は、どんな所なんだ?」

「故郷と呼べる場所は、父さんの出身地だけど、全然覚えてないんだ。いつか、行ってみたいとは思うけど」

「そっか」

「守の故郷は?」

「のどかな田舎町だよ。俺さ、書術師として独り立ちするために家を出たんだ。もう何年も前の話だけど、それ以来家族とも会ってない」

「会わないのか? 年に1度だけでも」

 守は遠い目で夕焼けを眺めた。

「母ちゃんと約束したからさ、一人前になって、すごい書術を見せてやるって。それまでは帰らないって。俺、たったの10語しか使えないんだ。普通で50、一流の書術師だったら90語は使えないといけない」

「たったの10? ”も”の間違いじゃないか? 1語でもできればすごいよ」

「そう言ってくれるのはうれしいけど、書術界では違うんだ。素振り、受け身だけできる剣士をすごいって言うようなもんだ。それに、故郷にはあんまりいい思い出がない。俺がいた頃は書術協会の支部だってあったんだけど、国にばれて多くの書術師が処刑された。だから、書術師を目指すには別の町に行った方が良かった」

 守は眉間にしわを寄せた。

「書術は人のために使われるべきものなのにどうして」

「国力の敵だと思われてる」

「じゃあ、僕らは似た者同士だな」

「え?」

「だって、僕と次男さんは名切り同盟に加盟している。国の敵だ」

「なぁ、有之助。お前は、この国の王を見たことあるか?」

「ない」

「俺もない」

 守はポツリと言ってからこう続けた。

「俺たちをしばりつける王ってのは、どんな面してるんだろうな。たくさんの人を平気で殺すように命じて。一度でいいからぜひその顔を見てみたいもんだ」

 2人は沈黙を共有し、同じように遠くの景色を見つめた。キラキラ輝く水平線も、オレンジ色の空も、雲も、守にはどんなふうに見えているのだろうか。有之助はぼんやりとする守の存在を近くに感じながらふとそう思った。

 彼にどんな夢があるのかを聞いた時のことを思い出した。もっとこう野心が強いものを言われると思っていた。でも、違った。

”大好きな紫が見てみたい”

 それが守の答えた夢。

 金だとか、地位だとか、名誉――そういったものを望む気配すら感じさせない、ただただ真っすぐな彼の言葉。かつて自分を踏みつけ、指折りその三つを数えていた男とは比べものにならないほど、純粋な思い。

 紫色、いつか見れるといいな。守は僕なんかよりずっと真っすぐだよ。

「なに笑ってるんだよ」

 守が横顔をじっと見ていた。

「なんでもないよ」

 そう言って頭をかいた。


 翌日、有之助は昨日の呉服屋に行って頼んでいたものを取りに行った。穂海も一緒に来るというので2人で店を訪れると、店員がすぐにできあがったものを箱に入れて持ってきてくれた。ドキドキしながら箱を開けてみると、見事な帯が2本折り畳まれていた。青地に銀の鶴がしっかりと見える。

「有之助、もしかしてこれがあなたの言っていたお兄さんの? でも、どうして帯だけなの?」

「実は、もう一度着物として使うにはあまりにも痛んでいたから、帯に形を変えてもらったんだ」

 有之助は帯に触れると穏やかな笑みを浮かべた。

「着けてみよう?」

 穂海に引っ張られて試着室まで行った。有之助は今着けている普通の帯を外して兄の着物で作った帯を腰に巻いた。

「鏡見て」

 穂海が姿見の横ではしゃぎたてた。鏡をのぞいてみると、赤色の着物に青色の生地が映えていた。

 不覚にも、目の奥が熱くなっていた。

 信。

 信之助――。

「似合ってる、とっても」

 有之助は帯の間に銀の刀をさし、優しく手を添えて笑んだ。

 信、僕は忘れない。命を懸けて守ってくれた思い。託してくれたこの刀も。


 生贄の儀式が行われるまで、有之助たちは港町で聞き込み調査をしたり店を回って観光地を巡ったりした。町の人々は開放的な感じのする人が多かった。道行く人々は皆幸せそうな笑顔だったし、一見すると治安も悪くは見えない。

 自由な時間ではあったが、心から気が休まるということはなかった。この土地に根付く守り主炎ノ獅子の精が人の命を生贄として食べているという話。それに、巷の人に聞く限りではそもそも生贄が奉納されていること自体知らないようだった。

「どうしてみんな、知らないんだ」

 ある茶屋に立ち寄ってお茶を飲みながら、有之助はお茶に映る自分を恨めしげにみつめた。

「見たくないものから目をそむけているだけだ」

 次男はいつもの冷静な目、口調で抹茶をすすりながら言った。

「いずれにしても、旅の期間は1年間と決めている。その間に有力な手掛かりが見つからなければ旅は解散だ」

「1年? ちょうど俺の契約期間と同じじゃないか。手掛かりでもなんでも、早く見つけないと」

 守は契約料500万全額をもらう気満々で言った。

「そう焦るな」

 出鼻を挫かれたような顔をする3人を見て、次男は抹茶を一口飲んでから言った。

「この町からは子どもが消えている。その事実に加え、生贄が半年に1度差し出されているという精司の証言がある限り、それが炎ノ獅子の仕業である可能性は高い。それに、油が見える人間が目の前に現れた時、精はどんな反応をするのか――なにも”見えない”という方が難しいだろう」

 次男はそう総括した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...