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44、鍛錬×鍛錬
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生贄の儀式が行われる日まで、有之助たちは白門荘を拠点にして生活することになった。炎ノ獅子精社の精司とは数週間に1度のペースで会って話をし、儀式当日に関する計画を進めていった。誰1人本物の精と対面したことがないために、全ては試行錯誤の連続だった。
有之助は刀の鍛錬を欠かさなかったが、守も書術の鍛錬を毎日のように続けた。書術の鍛錬には誰もいない環境が必要だった。協会に従事していた頃は広い空き地を鍛錬所として使っていたらしいが、公共の場で書術を使うのはためらわれる。国に認められた公式の仕事ではないために、人目についてはいつ通報されるかも分からないのだ。
「お疲れ、有之助。少し休んだら?」
千回の素振りを終え、砂浜に突っ伏して呼吸を荒くする有之助の元に、穂海が現れて冷たいジュースビンを差し出した。
「ありがとう!」
有之助はありがたくビンを受け取ってガブガブ飲んだ。
「毎日頑張ってるね」
「まだまだだよ。それに、守の方がもっと頑張ってる」
有之助は汗だくになった上半身をタオルで拭い、海に向かってあぐらをかき集中する守の後ろ姿を見つめた。
季節は夏だ。照りつける太陽が肌を焦がし、じわじわと汗が吹き出る。
「どうして次男さんはあんなに強いんだろう。もう何回も稽古をつけてもらっているのに、彼から1本も取れないんだ」
「丈夫だよ」
穂海は流木の破片を引っ張ってくると、有之助の隣に置いて腰掛けた。2人は夏の輝くような青い海を眺めた。
「有之助、よく頑張ってると思うな。1人で不安でも、仲間がいれば心強い。ね?」
「ありがとう」
穂海はフフッと笑った。
「少し肌焼けた?」
「そうかな」
波のさざめく音に、彼女の声が心地いい。初めて彼女と会ったのは寝台特急の食堂車だった。殺し屋として与えられた仕事に失敗し、他の生き方を知らず路頭に迷っていた少女。駅のホームで母親と決別して以降、彼女は一度も過去を語ることはなかった。冷たかった表情も、今は柔らかく生き生きとしている。きっと陽気な夏のせいだけではないだろう。
砂を踏みつけながら、書術本を抱えた守がやってきた。もうだいぶ書術を使ったせいか、彼の右手は焦げていた。
「有之助! もう1回だけ頼む!」
「守、もう1回って……その手、大丈夫じゃないだろ。鍛錬するのは1日に30回が限界だって言ってたじゃないか。今日はもう40回もやってる」
しかし、守はこんな言い方をして素直にうなずく質ではない。彼と出会ってからもう数カ月がたっていたが、そのくらいのことなら理解していた。
「雇ってもらっている以上、失敗はできない。生贄の儀式が行われる日、なにが起こるか分からないんだ。最悪の事態を考え、対処できるようにしておく。それが俺にできることだ」
「少し休んだ方がいい」
「精は、きっと強いんだ。俺の書術だって、そいつに太刀打ちできるか分からない。何人も人が死んでるんだ。町中聞いて回っただろ? 誰も精を見た人間はいなかった。やつは滅多なことがない限り、人の前には現れない。俺も、お前たちも生身の人間だ。だが、俺には書術が使える。書術師として選んでくれた以上、その期待に応えたい」
書術本をギュッと握りしめる守を見て、有之助は揺れる心に負けた。
「分かった」
「それじゃあ、水の書術からだ!」
「その前に、一つ聞いてもいいか? 守は他の書術師と術の使い方が違うのは、どうしてなんだ? 前に、文字を人に送り込むことができるって言ってたけど」
「俺の書術。通常の書術は、文字からエネルギーを具現化する直接型なんだ。俺のは間接型。正式な名前ではないから、あくまで俺が考えた分類法。これでも一応、書術師試験に合格したんだ。直接型ももちろん使えるさ。ただ、1人じゃ精に勝てないと思うんだ。間接型でお前たちに術をかけることで、相乗的に効果を高めることができる」
ここまで次男が見込んで雇っていたとしたら、彼は相当頭が回る人だ。有之助は心の中で感心しながら守の話を聞いていた。
「どうして、守には書術が使えるのかな。私と有之助も文字、書けるのにね? ずっと気になってた」
「俺が昔、お世話になった先生から聞いた話だと、精が選ぶんだって」
「精が選ぶ?」有之助はオウム返しした。
「はっきりと答えられればいいんだけど、あいにく俺が話せるのはその程度のことだ。有之助に油が見えるのと同じで、目に見えて判断がつくわけじゃない」
今の例え話を聞いてようやく腑に落ちた気がした。油が見える理由をはっきりと説明することができないように、守もまた書術師になれた理由をはっきりと示すことはできないのだ。世の中のこと全てを説明できるほど、人間は賢くない。
有之助は刀の鍛錬を欠かさなかったが、守も書術の鍛錬を毎日のように続けた。書術の鍛錬には誰もいない環境が必要だった。協会に従事していた頃は広い空き地を鍛錬所として使っていたらしいが、公共の場で書術を使うのはためらわれる。国に認められた公式の仕事ではないために、人目についてはいつ通報されるかも分からないのだ。
「お疲れ、有之助。少し休んだら?」
千回の素振りを終え、砂浜に突っ伏して呼吸を荒くする有之助の元に、穂海が現れて冷たいジュースビンを差し出した。
「ありがとう!」
有之助はありがたくビンを受け取ってガブガブ飲んだ。
「毎日頑張ってるね」
「まだまだだよ。それに、守の方がもっと頑張ってる」
有之助は汗だくになった上半身をタオルで拭い、海に向かってあぐらをかき集中する守の後ろ姿を見つめた。
季節は夏だ。照りつける太陽が肌を焦がし、じわじわと汗が吹き出る。
「どうして次男さんはあんなに強いんだろう。もう何回も稽古をつけてもらっているのに、彼から1本も取れないんだ」
「丈夫だよ」
穂海は流木の破片を引っ張ってくると、有之助の隣に置いて腰掛けた。2人は夏の輝くような青い海を眺めた。
「有之助、よく頑張ってると思うな。1人で不安でも、仲間がいれば心強い。ね?」
「ありがとう」
穂海はフフッと笑った。
「少し肌焼けた?」
「そうかな」
波のさざめく音に、彼女の声が心地いい。初めて彼女と会ったのは寝台特急の食堂車だった。殺し屋として与えられた仕事に失敗し、他の生き方を知らず路頭に迷っていた少女。駅のホームで母親と決別して以降、彼女は一度も過去を語ることはなかった。冷たかった表情も、今は柔らかく生き生きとしている。きっと陽気な夏のせいだけではないだろう。
砂を踏みつけながら、書術本を抱えた守がやってきた。もうだいぶ書術を使ったせいか、彼の右手は焦げていた。
「有之助! もう1回だけ頼む!」
「守、もう1回って……その手、大丈夫じゃないだろ。鍛錬するのは1日に30回が限界だって言ってたじゃないか。今日はもう40回もやってる」
しかし、守はこんな言い方をして素直にうなずく質ではない。彼と出会ってからもう数カ月がたっていたが、そのくらいのことなら理解していた。
「雇ってもらっている以上、失敗はできない。生贄の儀式が行われる日、なにが起こるか分からないんだ。最悪の事態を考え、対処できるようにしておく。それが俺にできることだ」
「少し休んだ方がいい」
「精は、きっと強いんだ。俺の書術だって、そいつに太刀打ちできるか分からない。何人も人が死んでるんだ。町中聞いて回っただろ? 誰も精を見た人間はいなかった。やつは滅多なことがない限り、人の前には現れない。俺も、お前たちも生身の人間だ。だが、俺には書術が使える。書術師として選んでくれた以上、その期待に応えたい」
書術本をギュッと握りしめる守を見て、有之助は揺れる心に負けた。
「分かった」
「それじゃあ、水の書術からだ!」
「その前に、一つ聞いてもいいか? 守は他の書術師と術の使い方が違うのは、どうしてなんだ? 前に、文字を人に送り込むことができるって言ってたけど」
「俺の書術。通常の書術は、文字からエネルギーを具現化する直接型なんだ。俺のは間接型。正式な名前ではないから、あくまで俺が考えた分類法。これでも一応、書術師試験に合格したんだ。直接型ももちろん使えるさ。ただ、1人じゃ精に勝てないと思うんだ。間接型でお前たちに術をかけることで、相乗的に効果を高めることができる」
ここまで次男が見込んで雇っていたとしたら、彼は相当頭が回る人だ。有之助は心の中で感心しながら守の話を聞いていた。
「どうして、守には書術が使えるのかな。私と有之助も文字、書けるのにね? ずっと気になってた」
「俺が昔、お世話になった先生から聞いた話だと、精が選ぶんだって」
「精が選ぶ?」有之助はオウム返しした。
「はっきりと答えられればいいんだけど、あいにく俺が話せるのはその程度のことだ。有之助に油が見えるのと同じで、目に見えて判断がつくわけじゃない」
今の例え話を聞いてようやく腑に落ちた気がした。油が見える理由をはっきりと説明することができないように、守もまた書術師になれた理由をはっきりと示すことはできないのだ。世の中のこと全てを説明できるほど、人間は賢くない。
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