名切り同盟

秋長 豊

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45、託されたガラス玉

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 守は1人で書術の鍛錬を積むことが多かったが、大半は次男、有之助、穂海も交えた共同鍛錬だ。だから書術をかけられるのは慣れていたが、やはり書術をかける人数が多いほど体力の消耗が激しい。自分を含め4人にかけるとなると、術の持続時間は持って1時間が限界だった。

 有之助は刀を構え、目の前でお札を加える守を見下ろしていた。慣れているとはいえ、彼の書術は何回でも見ていたかった。それほどまでに、書術というのは魅惑的に見えていた。

「書術、四大素語――水」

 守は書術本の四大素語に記された水という字の上に手を重ね唱えた。

 きた。

 有之助は彼の手元から目を外せなかった。字が影となって宙に浮かび、守は待ち構えていた右手でつかみ、つぶした。パキンと割れるような音が短く響く。

 大人1人分くらいの大きな文字が宙に出現した。


   水


 これも、有之助はこれまでの共同鍛錬で何度も見てきた光景だった。だが、なにもなかった場所に出現した字は不気味でもあった。

 文字は波打つように動きだす。やがて字は水滴のように飛び散り小さな水という字があちこちに分散した。

 一文字一文字、水という字が有之助たちの体に染み込んでいく。柔らかい水の中に浸っているような心地よい気分になった。頭のてっぺんからつま先まで、体全体に水の透明なベールが覆っていく。手に握る刀もかけられた水の書術によりにわかに光り輝いている。

 有之助は書術が安定したのを見て取り、大きく刀を振り払った。水のベールをまとった刀は光の残像を残し空を切る。近くにあった流木に狙いを定める。力を込めて横一筋に刀を振ると流木は真っ二つに断ち切れた。

 すさまじい。明らかに、刀の威力が倍増している。これが守の持つ間接型による書術の力だった。

 その後も、有之助は書術による力の補助を受けながら刀を振って鍛錬を続けた。水の書術が切れたのはそれから1時間ちょっとたってからだ。

 守は煙を上げる右手のひらを押さえて倒れ込んだ。穂海はお札をくわえたまま息を荒くする守の元に掛けより、焼け焦げた彼の手を取った。

「お疲れ様! 守! 今日の鍛錬はここまで、だね。さぁ、帰ろっか。守は手の手当て、しないとね」

 鍛錬で疲労困憊の2人は、のんびりと言う穂海を見て顔をほころばせた。

「今日の晩ご飯、楽しみだね。どんな料理が出るかな?」

 3人は海に背を向けて歩き出した。


 ついに訪れた作戦の前日、有之助たちは炎ノ獅子精社に訪れて精司の司と会うことにした。少し時間があったので敷地内を歩いていると、夫らしき男に肩を抱かれ泣きながら歩く女の人とすれ違った。気になって後をつけてみると、2人は本殿に真っすぐ歩いて行き女の人が泣き崩れた。

「真理っ、真理っ!」

 敷地内に悲痛な叫び声が響き渡った。

「あの子は炎ノ獅子の精様のお役に立つんだ」

「そんなのうそ! あなた、私たちの子なのよ?」

 この親子を見ていると心がざわつき息が詰まりそうになった。時間になって本殿に向かうと、さっきの件につて司はこう答えた。

「明日、生贄になる子どもの親子です。子どもの名前は真理。もう預かって社務所の部屋にいます」

「その子と話をさせてください」

 有之助は真っ先に言った。

「分かりました」

 社務所の裏にある小部屋に行くと、部屋の中はかわいらしい人形や子どもの好きそうなおもちゃであふれていた。おさげのかわいらしい小さな女の子は、有之助たちを見ると大きなぬいぐるみに身を隠した。

「大丈夫ですよ、この方たちは君のそばにいてくれる人です」司は穏やかに告げた。

「本当?」

「君が、真理だね」有之助は腰を低くして話し掛けた。

「うん」

「お願いがあるんだ。お兄ちゃんを、君のそばに置かせてもらえないかな? 君が不安にならないよう、見守る」

「うん……いいよ」

「ありがとう」

 そして訪れた夜、司は真理のいない部屋に4人を呼び出した。

「今、午後7時ちょうどです。なにが起こるのかは私にも予測がつきません。とにかく、計画通り有之助さんをひもであの子とつなげましょう」

「その前に、書術をかけさせてほしい」

 守はお札を取り出してから袖を払い言った。

「分かりました。私は書術に関して言えば無知ですが、そうしていただけるのであればありがたい」

「かけるのは書術”結界”。俺が書術をかけている間は効果が持続するが数時間しか持たない」

 守は立ち上がると真理がいる隣の部屋に入った。守を見た真理は不安そうな目を上げた。

「俺は書術師の守。君に今から悪いものがつかないように術をかける。いいか? すぐに終わる――」

 数分後、守は真理のいた部屋から戻ってくると元いた場所に座り、口にお札をくわえた。懐から書術本を開くと文字がずらっと書かれたページを何枚かめくり文字に手をかぶせた。

「書術――結界!」

 字から影が浮かび上がった。横に並んだ3人を見渡すと、守が導いた手の先からそれぞれ3人の額に「結界」という文字がすーっと溶け込んでなくなった。ふと手のひらを見てみると、さっきの文字がしっかりと張り付いていた。

「どんな意味が?」有之助は聞いた。

「こいつは精が嫌う臭いの結界みたいなもんだ。大した効果はないかもしれないけど、ないよりいいだろ。保険だと思え。一応あの女の子にもかけてはきた。でも、ここの守り主は強力なエネルギーを宿してる。それで――有之助、本当に棺桶にあの子と一緒に入るのか」

「あぁ。この目で直接確かめる」

「なにかあればすぐにたたいて知らせろ。俺たちが見張ってる」

 守はそう言って次男と穂海に視線を配った。

 精という目に見えない存在に対し、できることはやってみるしかない。刀が届くかは分からない。油の本にも詳しいことが書かれていないのだ。でも、一歩一歩答えに近づいているのだと有之助は信じるしかなかった。首には次男からもらった銀のペンダントが光っている。

”自分を信じよ”

 心の中でそう唱えた。

「有之助、これはお前が持っていろ」

 次男は自分の首にかけていたガラス玉を有之助の首にかけてよこした。
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