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50、勝利の朝日
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男の子の姿をしていた獅子は皮膚に太い血管を浮かべて言った。獅子は男の子の姿からたてがみのある獅子の姿に戻ると、サッと地面に降り立った。
最初に感じていた殺気は瞬く間に消え失せ、そのまま歩いて行った先にある大樹の前でフッと息を吹きかけた。木は中心部から赤い光を発すると徐々に広がりやがて葉がすべて炎に代わった。木の根が血管のように透けて見えた。有之助は大地に根付く脈を見て圧倒された。
「持っていくがいい」
獅子はそう言うと社殿の屋根に舞い上がり足を伸ばした。振り返ると、いつの間にか夜が明けていた。炎の木も、炎の獅子も、燃えていた屋敷も、赤い空も一瞬にしてなくなっていたのである。
有之助はかばんから赤の油を入れる卵形のビンを見に戻った。かばんを開けるころには既にビンの中には赤く光る油が入っていた。
「次男さん、赤い油が……」
結界が完全に解けた。お札を必死でくわえていた守がドサッと倒れた。
「守!」
有之助は右手にやけどを負い体力をすり減らした守を支えた。
「お前がいてくれなかったら、僕は」
守は静かに目を開けるとかすかに笑った。
「泣きたいのは俺の方だって」
有之助は守を引き寄せて力を込めた。
「穂海が気付かなかったら、俺はたぶん持たなかった」守は言った。
「この眼鏡をかけて、心臓が見えた。見えなければ心臓を貫くことはできなかった。穂海、ありがとう。こんなことに、気付けなかったなんて」
有之助は眼鏡を外して穂海に言った。
「あの精は、死んだのか?」
守は言った。
「精は、死にません」司はやりきれない目で言った。
「司さん。僕は、あの子を――助けられなかった」
有之助が途切れるような声で言うと、司はゆっくりと近づいて肩に手を置いた。
「言ったでしょう。針の痕がある者は助からないと。あなたたちは勝ったんです。精に。だから、あなたはあなたの目的を忘れず、このまま進み続けてください」
「その通りだ」
次男の声と同時に、ドサッと刀を地面に突きさす音がした。ハッとして顔を上げると、朝日を見つめながら次男が風を浴びていた。陽光を帯びて黒く光る折れた刃は、さみしさをたたえているようにも見えた。
「前に進め。進むしか、ないんだ」
次男は朝日から目を背けて言った。
「こんな目に遭っても、それでも、進むっていうのか」
守は傷だらけの右手をグッとにぎりしめて言った。
「進むよ」
そう言って有之助は守の右手をしっかり握った。守は長い前髪の隙間からその真っすぐで力強い目を見返した。守はとっさに腰から小刀を抜き取ると、前髪をわしずかみにしてバッサリ切った。
「なにするんだ! 守、それはお前の大切な……」
パラパラとぬれがらす色の髪が風に舞った。守はあらわになった両目でしっかり有之助を見つめ、今度は残りの前髪もすべて手でバッとかき上げた。
「これで見えただろ」
驚く有之助に守は目をそらさなかった。守の力強いまなざしを有之助は受け止めて静かにうなずいた。
「あぁ……ちゃんと、見えた」
守は短刀をしまうと血で濡れた口元を拭った。
「今の言葉でハッとしたよ。俺が今まで守ってきたのは、くだらない自尊心だった。自分のおりにこもって、傷つかないように肩を小さくして」
守は今にも泣きたいようなうれしいような顔になって目を細めた。
次男が先に石段を下り始め、穂海も同じように背を向けて歩いた。守はじっと朝日を浴びながら遠ざかっていく2人の背中を見つめ、やがて目の前の有之助に目を戻した。
守はいきなり有之助を背負った。
「うわっ!」
「けがしてるだろ」
「はぁ? けがならお前だって!」
「そんな足で100段の階段を下りられるかよ」
「皆さん、どうかお元気で。また、いつでも立ち寄ってください。特に有之助さん、あなたは生かされた人です。その命をこれからも大切に、生きていってください」
そう言う司に有之助は深々と頭を下げた。
「はい。ありがとうございました」
守は有之助を抱えたまま石段を下り始めた。有之助が足首を捻挫しているのは図星だったようだ。少し恥ずかしくなりながらおとなしく彼の背中に身を預けた。
「次男! 穂海!」
守の叫び声に2人は振り返った。有之助を背負い駆け下りてくる守を見た瞬間次男はギョッとした。朝日が遠くに見える街並みをきれいに照らしていた。
最初に感じていた殺気は瞬く間に消え失せ、そのまま歩いて行った先にある大樹の前でフッと息を吹きかけた。木は中心部から赤い光を発すると徐々に広がりやがて葉がすべて炎に代わった。木の根が血管のように透けて見えた。有之助は大地に根付く脈を見て圧倒された。
「持っていくがいい」
獅子はそう言うと社殿の屋根に舞い上がり足を伸ばした。振り返ると、いつの間にか夜が明けていた。炎の木も、炎の獅子も、燃えていた屋敷も、赤い空も一瞬にしてなくなっていたのである。
有之助はかばんから赤の油を入れる卵形のビンを見に戻った。かばんを開けるころには既にビンの中には赤く光る油が入っていた。
「次男さん、赤い油が……」
結界が完全に解けた。お札を必死でくわえていた守がドサッと倒れた。
「守!」
有之助は右手にやけどを負い体力をすり減らした守を支えた。
「お前がいてくれなかったら、僕は」
守は静かに目を開けるとかすかに笑った。
「泣きたいのは俺の方だって」
有之助は守を引き寄せて力を込めた。
「穂海が気付かなかったら、俺はたぶん持たなかった」守は言った。
「この眼鏡をかけて、心臓が見えた。見えなければ心臓を貫くことはできなかった。穂海、ありがとう。こんなことに、気付けなかったなんて」
有之助は眼鏡を外して穂海に言った。
「あの精は、死んだのか?」
守は言った。
「精は、死にません」司はやりきれない目で言った。
「司さん。僕は、あの子を――助けられなかった」
有之助が途切れるような声で言うと、司はゆっくりと近づいて肩に手を置いた。
「言ったでしょう。針の痕がある者は助からないと。あなたたちは勝ったんです。精に。だから、あなたはあなたの目的を忘れず、このまま進み続けてください」
「その通りだ」
次男の声と同時に、ドサッと刀を地面に突きさす音がした。ハッとして顔を上げると、朝日を見つめながら次男が風を浴びていた。陽光を帯びて黒く光る折れた刃は、さみしさをたたえているようにも見えた。
「前に進め。進むしか、ないんだ」
次男は朝日から目を背けて言った。
「こんな目に遭っても、それでも、進むっていうのか」
守は傷だらけの右手をグッとにぎりしめて言った。
「進むよ」
そう言って有之助は守の右手をしっかり握った。守は長い前髪の隙間からその真っすぐで力強い目を見返した。守はとっさに腰から小刀を抜き取ると、前髪をわしずかみにしてバッサリ切った。
「なにするんだ! 守、それはお前の大切な……」
パラパラとぬれがらす色の髪が風に舞った。守はあらわになった両目でしっかり有之助を見つめ、今度は残りの前髪もすべて手でバッとかき上げた。
「これで見えただろ」
驚く有之助に守は目をそらさなかった。守の力強いまなざしを有之助は受け止めて静かにうなずいた。
「あぁ……ちゃんと、見えた」
守は短刀をしまうと血で濡れた口元を拭った。
「今の言葉でハッとしたよ。俺が今まで守ってきたのは、くだらない自尊心だった。自分のおりにこもって、傷つかないように肩を小さくして」
守は今にも泣きたいようなうれしいような顔になって目を細めた。
次男が先に石段を下り始め、穂海も同じように背を向けて歩いた。守はじっと朝日を浴びながら遠ざかっていく2人の背中を見つめ、やがて目の前の有之助に目を戻した。
守はいきなり有之助を背負った。
「うわっ!」
「けがしてるだろ」
「はぁ? けがならお前だって!」
「そんな足で100段の階段を下りられるかよ」
「皆さん、どうかお元気で。また、いつでも立ち寄ってください。特に有之助さん、あなたは生かされた人です。その命をこれからも大切に、生きていってください」
そう言う司に有之助は深々と頭を下げた。
「はい。ありがとうございました」
守は有之助を抱えたまま石段を下り始めた。有之助が足首を捻挫しているのは図星だったようだ。少し恥ずかしくなりながらおとなしく彼の背中に身を預けた。
「次男! 穂海!」
守の叫び声に2人は振り返った。有之助を背負い駆け下りてくる守を見た瞬間次男はギョッとした。朝日が遠くに見える街並みをきれいに照らしていた。
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