星物語

秋長 豊

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第9章 シクワ=ロゲン祭<開幕>

34、気の抜けない3日間

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 三日後、エシルバたち使節団は屯所会議室で緊急会議に出席した。使節団が祭りの警備担当として仕事を与えられたことを受け、エリアごとに見回りグループを編成する他、銀の卵の厳重管理もするとのことだ。

「銀の卵は第一炎の間の広場中央に一般展示される。規制線は張られるも、盗難や襲撃といった最悪の事態を想定すれば人の目による監視が必要不可欠となる。そこで銀の卵を監視するメンバーを検討し、五名選出したので発表する」

 エレクンは団員たちを見渡してからこう続けた。

「午前のメンバーはシィーダー、セム、ルバーグ、エーニヒィ、ジャキリーン。午後のメンバーはジグ、ルゼナン、ウルベータ、エシルバ、リフ。最初に呼ばれた団員は監督として他メンバーを統括するように。三日間の日程では午前、午後の交代制で任務を行い、今呼ばれなかったメンバーは他警備エリアへの巡回に努めること。私からは以上だ」

 ここで奥の席に座っていたグリニアが手を上げてから立ち上がった。

「平穏なシクワ=ロゲン祭の進行に努めることはもちろんだが、ここで一つ私の方から改めて心得を述べるとする。われわれ使節団は古くから国の変化に対応するため柔軟性を求められてきた存在だ。時には危険な道へ進み、決断を迫られることもあった。器に注がれる水のように、われわれは変化を恐れてはいけない。この三日間、なにが起こるか分からない。常に最悪と最善を考えて行動していくのだ」

 会議が終わってから、リフはエシルバに真剣な面持ちでこう言った。

「グリニアがああも浮足立っているのは、やっぱり何か起こると確信しているからかな?」

「そうかも。ダイワンが目撃され、かつてゴドランに仕えていたメグロヴィンも姿を現した。これが偶然だなんて考えるのはあまりにも不自然だよ」

 ソファに腰掛け、乱暴に足を投げ出しながらエシルバは言った。

「偶然なんかじゃないわ、きっと」ポリンチェロは言葉を詰まらせた。「メグロヴィンが使節団の屯所に現れたとき、グリニアは彼と面談した。あのルバーグだって戸惑っていたのに、執務室でどんなことが話されたのかをグリニアは一言も教えてくれない。エシルバにだって、そうでしょう?」

 少しだけむきになりながら、ポリンチェロはエシルバに問い掛けた。

「まだ僕らには言えないことなんだよ。あのメグって人がわざわざグリニアに会いに来たってことは、重要ななにかを伝えたかったはずだ。それに彼、とても怒っていた」

「ダイワンとは同期みたいなもんだろう? だったら、メグロヴィンはダイワンのことすごく恨んでいても不思議じゃないだろうな」

「そうね、ダイワンは彼を裏切ってゴドラン側についたんだもの。ひどい話よね」

「だからってグリニアに怒るのは筋違いだぜ」

 肩をすくめてリフが言った。

「面倒なことにならなければいいけど」

 ポリンチェロの言う通り、シクワ=ロゲン祭が平穏に終わってくれればグリニアや他幹部の肩の荷も下りることだろう。つまるところ、エシルバたちは少しの違和感と不安を胸の内に残したままお祭りまでの日々を過ごすことになった。
 最も骨を折った仕事というのは会場の設営だった。使節団だから雑務はしなくていいということは一切なく、式典が行われる会場の垂れ幕やイスを並べたり、当日の進行日程を念入りに確認したりするのも仕事だった。とにかく膨大な場所で様々なイベントが行われるので、数十枚に及ぶ会場割り当て表に目を通すだけでも大仕事のように感じられた。

 シクワ=ロゲン祭一日目の朝、エシルバは眠気を振り払っていつもより二時間早く起きた。身支度をしてからトロベム屋敷のダイニングに下りると、団員たちは既に食事中でみんな胸に変な飾りをつけていた。

「おはよう、エシルバ。今日は特別なお祭りの初日だからこれを胸につけて」

 使用人のスピーゴがお盆に載せて持ってきたのはアマクの国家を象徴するカノティーンの木材で作られた花形の装飾品だった。エシルバは感謝を言ってから花を左の胸に着けて自分の席に座った。いつもと団内の雰囲気がしゃんとしているなと思いながらリフに目を向けると、彼は髪をしっかりセットしておでこを全面に出していた。

「おい、エシルバ! その顔どうしたんだよ。寝ぐせはあるし寝ぼけた目をして、今日は朝から使節団が先頭に立って国旗を持ちながら開催式に出席するんだぞ。パレードだよ、パレード! もう少しなんとかなんないのか」

 遠慮なしにそう言われるものだから、エシルバは眠気覚ましに冷たい水を一杯飲んだ。

「みんなもうそろってたなんて、今日は二時間も早く起きたっていうのに」

「俺は四時間も早く起きたぜ」

 朝食も終わり、そろそろ出掛けるという時間帯になってブルウンドがエシルバの元にやってきた。

「テレビでお前さんたちのことはよーく見ているからな! なにせ堂下町は人でいっぱいらしくて入場規制が始まっているらしい」

「そんなに?」エシルバは驚いた。

「ろりゃあもう、近くのホテルは五年前から予約でいっぱいだし、昨日は場所取りとかで路上でテント張ってた人もいたぐらいだしな。とにかく胸張って参加してこい、ワーたちは国の代表として女王陛下の前に立つんだからな!」

「アーガネルたち遅いな」

 リフがそわそわしているところに、ドアを開けて二人の女性が入ってきた。団員たちはいつもの黒い制服だったが、彼女たちは鮮やかなワッカグロ(ブルワスタックの伝統衣装)に身を包み、一目見ただけではアーガネルとポリンチェロだなんて分からないほどだった。

 エシルバは服装に無頓着な方だったが、二人の衣装は美しい魚のうろこと貝のビーズが細かく刺繍された生地をもちいた、独特なグラデーションの上品な裾広がりの着物だ。
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