星物語

秋長 豊

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第9章 シクワ=ロゲン祭<開幕>

35、平和のパレード

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「おはよう、二人とも」

 ポリンチェロは笑顔を浮かべて言い、エシルバとリフは数秒遅れてからあいさつを返した。

「これ、水壁師の正装なの。ネルみたいに似合ってるか不安なんだけど……」

「似合ってるよ」

 エシルバは彼女から視線を逸らせずに言った。彼女は少し照れたようにニコッと笑い、出発を待つメンバーの中に入った。

「見ろよ、ウリーンのやつ悔しそうに見てる」

 リフはエシルバに耳打ちした。見てみると、向かい側で嫉妬らしき悔しさと怒りで顔をゆがませるウリーンの顔が目に映った。女の子の気持ちはあまり分からなかぅたが、きっとウリーンもきれいな衣装を着たかったに違いないとエシルバは思った。

「さぁ、行こうか」

 先導するエレクンの言葉を最後に団員たちはトロベム屋敷を出発した。今日は交通機関や会場周辺の混雑が予想されたため団員たちは大きなロラッチャーをチャーターして開催式が行われるロッフルタフ大庭園に入場した。
 盛大なお祭りが始まる前というのはどうしたってワクワクせずにはいられなかったし、滅多に入ってこない一般人が役人の敷地内を闊歩しているのは興味深くもあった。天気は雲一つない晴天、ついぞ抱いていた不安や違和感など吹き飛んでしまうくらいに晴れやかな雰囲気だった。

「俺ですか?」

 困った声色でルゼナンが抗議する声がした。

「シィーダーもジグも君がいいと言っているが、嫌だというのなら仕方がないか」

 ルバーグが国旗を背負いながらルゼナンに説得していた。

「リフ、お前にいい役がある」

 リフを見つけたルゼナンはニコニコ顔になってルバーグから旗を奪うと、リフの前に突き出した。

「パレードの先頭で国旗を振る超大事な役だ、全人類が抽選したって滅多に回ってくる役割じゃない」

「嫌だね! 俺が先頭を歩く役なんて責任が重すぎるよ。シクワ=ロゲン祭ならそれこそジュビオレノークにうってつけの役目だと俺は思うけど!」

 エシルバはリフの言葉に激しく同意して首を縦に振った。さんざん説得されたルゼナンは旗手の依頼を諦めて元の場所に戻っていった。

 パレードが行われる三十分前になって旗手が決まったのだが、結局ジュビオレノークになるわけでもルゼナンになるわけでもなく、なんとあの気弱なカヒィに決定した。エシルバは彼が断わり切れなくて役をのんだのかと思って心配したが、旗を手に出番を待つ彼を見る限りそれはなさそうだった。
 彼は運動会で楽しみに待っていた競技に出場するため、首を長くして待つ選手のような顔をしていたからだ。無事にパレードが終わったらよくやったとカヒィの元に飛んでいこうとエシルバは思った。

 空に上がったのろしがパレード開催を街全体に告げ、エシルバたちは旗を持ったカヒィの後に続いてロッフルタフ大庭園に入場を始めた。大樹堂前左右にある停泊場と呼ばれるスペースには特設観客席が設けられ、市民が無数の席を埋め尽くし拍手を送ったり小さな国旗を振ったりしてパレードの開催を盛り上げているのが見えた。
 巨大モニターには先頭を歩く使節団一行の様子が生中継され、後ろに続く近衛師団、師団とシブーのグループが列をなしている。

 ユリフスやエルマーニョたちは今頃どうしているだろうか、とエシルバは遠い地で暮らす家族のことを思った。青い空、輝くような太陽、群衆の熱、そのどれをこの身に浴びようも、体の奥底に眠る心は一年前旅立った故郷に置いてきたままだった。

 一際白光りする大樹堂本堂の前には、立派な装束に身を包んだアマクの女王ロッフルタフが華奢な脚のイスに鎮座し、左右にはトロレルのロエルダ女王、ブルワスタックのスア女王まで顔をそろえていた。さらに、横一列に並べられたイスには協賛団体・企業の要人が座り、すぐそばにはロゴマークの旗が風になびいている。

 パゴニス(三大界自然保護団体)、レエダアモ協会、水壁師協会、三大界言語団体、三大界捜査局、三大界平和議会、三大国変換具協会……とにかく有名な団体・企業ばかりだ。その中には使節団の代表としてグリニアもいた。

 パレードに参加するグループの入場が終わり、やがて各国の女王から開会のあいさつが始まった。女王たちは伝統的な巻物によるあいさつ文を読み上げていき、一通り読み終えるとロッフルタフ女王より開会宣言がなされ、ついに銀の卵が一般公開された。大樹堂の背後に輝かしい花火が何発も打ちあがり、開催を記念する催しが広場で繰り広げられた。

 三国協奏では演奏楽団による国家の演奏が順にあり、それが終わるとダンスが披露された。アマクは男女別々のリズミカルな踊りで、グラスハープの音色に合わせて上品な舞を披露するブルワスタックの伝統的ダンス「メデリジャジャ」は水の中を魚が優雅に泳いでいるように上品だった。トロレルのクンデは派手な踊りと称されることもあって、終始酒場で酔っ払いが大暴れしているような、周囲の笑いを誘う場面が何度もあった。

 その頃になると、エシルバたちも緊張感を忘れるくらいに盛り上がって鑑賞するのに夢中だった。なるほど、三大国の平和維持と文化交流は理にかなっているわけだ。
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