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●第三話
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「普通飲むかっ!? わけ分かんねえと思ったら吐き出さねえかな普通っ!」
真っ先に、学ランの少年が怒鳴り声を上げた。彼の怒りの感情が伝わってきて、和妃は首をすくめる。
「お前が背中を叩いたからだろう、神也」
穏やかに章地が立ち上がる。ハッとしたようにほのかも駆け寄ってきた。
真っ青になっている和妃の両肩を掴んで、顔を覗き込む。足首まで届く見事なほど長い三つ編みが見えた。
「気分悪くない? 大丈夫? ごめんねこの男が増幅剤弾き飛ばしたりするから!」
「なに、おれが悪いってわけ? 元はといえば嫌がってんのに無理矢理飲まそうとするお前のせいなんじゃないのかっ?」
なんて強いんだろう、この男の子の感情は。まっすぐで、受け止めずにいられない。苦しい。
「顔色が悪いわ。連れて行きましょう」
ほのかが章地を振り仰ぐ。物事の決定権は彼にあるようだった。
「待てよ──こいつ部外者だぜ。いいのかよ、おれ達のところに連れてきて」
学ランの少年。怒りが苛立ちに変わるのが分かる。
胸がますます苦しくなる和妃の前に、一番あとからやってきたピアスの少年がかがみこんだ。
「失礼」
和妃の顎をつまみ、確認するように視線を合わせる。一瞬、心の中まで覗きこまれた気がして、肩が震えた。
ピアスの少年は学ランの少年を睨め上げる。
「彼女の気分が悪いのは薬のせいじゃない。お前のせいだ、神也。少しの間でいいから感情を抑えろ」
彼の言葉に、章地とほのかがちらりと顔を見合わせる。神也もわずかに目をみはり、仕方ないといったふうに唇を歪めた。
「お前のバイクは使えるか、望?」
章地に尋ねられ、ピアスの少年はかぶりを振る。
「彼女のこの様子じゃ無理でしょう。振り落とされますよ。章地、ぼくのバイク使って戻ってくれませんか」
「分かった。神也、一緒に来い」
チッと舌打ちして、神也は出口に向かう。
「ほのかは望と一緒に」
「了解。じゃ、あとで」
章地にうなずいて、ほのかは立ち上がる。
望はもう一度「失礼」と言って和妃を抱き上げた。
「あっあ、あの、そこまでしなくてもっ……」
仰天した和妃は、慌てて降りようとする。けれど、やんわりと拒否された。
「ぼく達の責任なんだから、これくらいは甘えてほしいな。それに、これからどんな体調の変化があるか分からないのは本当だから」
口調は真剣だ。
店を出て通りでタクシーをつかまえると、一度和妃を降ろした望がまず乗りこみ、和妃をやわらかく引っ張って隣に座らせた。ほのかは助手席に座り、目的地の説明を始める。
「少しでも調子が悪くなったら、袖を引っ張って」
望が言い、タクシーは出発する。
それから二、三分も経たないうちに、本当に和妃の体に異変が起きた。
火をそのまま飲み込んだような熱さが突然胸を支配した。あわせたように、心臓が早鐘を打ち始める。
驚いた和妃は、望の袖を夢中で引っ張った。すぐに望は行動を起こす。
「大丈夫だよ」
待っていたようにそう言い、肩を掴んでぐいと抱き寄せる。
「目を閉じて、ぼくの鼓動だけを聞いて。大丈夫だから」
和妃は言う通りにした。胸の熱さは変わらなかったけれど、望の心臓の音を聞いていると、気持ちだけは落ち着いてきた。
胸の熱さは次第に広がり、頭までがんがんと痛くなった。
ほんとに今日って、ついてない……。
薄れゆく意識の中で、ぽつりとそんなことを思った。
プルルルッ…… プルルルッ……
電話が鳴っている。
でも、家にひとりでない限り和妃は絶対に受話器を取らない。
『もしもし、林です。あら、久しぶり』
姉の明るい声が廊下に響く。
いつだって電話は、姉のものだった。携帯電話にも、しょっちゅうメールや電話がくる。
優しくて明るくて。控えめでもどこか美しさがあって目立っていた。頭だっていいし運動も出来る。ひとつだけ、歌がヘタなことなんてご愛敬だ。
『明璃がいてくれて助かるわ。病気になってもご飯とお洗濯の心配、いらないもの』
『そうだな、将来が楽しみだよ』
父も母も昔から、そんな会話をしていた。思えば家族が揃えば話はいつも姉のことばかりで、和妃が話題の中心になっことなんて一度もない。
──そして、いつの頃からか、分かってしまった。和妃などいなくても良かったのだと。この家族の一員でなくても、別に良かったのだと。
望みも期待もすべてが明璃に寄せられている。明璃ひとりの存在だけで、両親共に満たされてしまっているのだ。事足りてしまっている。
だから和妃には何の望みも期待もかけられない。
その必要がないから。
──それでも、和妃はとてもとても頑張った。
姉よりも自分を見てほしくて。
成績も必死で上げて、家事だって手伝った。性格だって明るくなろうと、一時期は笑顔ばかり心がけて過ごした。
でも。
そんなのは所詮、人真似でしかない。
気付いて、しまった。
いくら足掻いても、姉に近づこうとしても、所詮は偽物。『本物』の『明璃』に勝てるわけがない。みんなは本物しか欲しくない──。
けれど。だからといって、どうすれば良かったのだろう。
それしか思いつかなかった。
姉がいつも和妃の前に立ちはだかっていたから、だから姉の真似をするしか思いつかなかった。
和妃はそうして、どんどん自分の価値を見失っていったのだ。
真っ先に、学ランの少年が怒鳴り声を上げた。彼の怒りの感情が伝わってきて、和妃は首をすくめる。
「お前が背中を叩いたからだろう、神也」
穏やかに章地が立ち上がる。ハッとしたようにほのかも駆け寄ってきた。
真っ青になっている和妃の両肩を掴んで、顔を覗き込む。足首まで届く見事なほど長い三つ編みが見えた。
「気分悪くない? 大丈夫? ごめんねこの男が増幅剤弾き飛ばしたりするから!」
「なに、おれが悪いってわけ? 元はといえば嫌がってんのに無理矢理飲まそうとするお前のせいなんじゃないのかっ?」
なんて強いんだろう、この男の子の感情は。まっすぐで、受け止めずにいられない。苦しい。
「顔色が悪いわ。連れて行きましょう」
ほのかが章地を振り仰ぐ。物事の決定権は彼にあるようだった。
「待てよ──こいつ部外者だぜ。いいのかよ、おれ達のところに連れてきて」
学ランの少年。怒りが苛立ちに変わるのが分かる。
胸がますます苦しくなる和妃の前に、一番あとからやってきたピアスの少年がかがみこんだ。
「失礼」
和妃の顎をつまみ、確認するように視線を合わせる。一瞬、心の中まで覗きこまれた気がして、肩が震えた。
ピアスの少年は学ランの少年を睨め上げる。
「彼女の気分が悪いのは薬のせいじゃない。お前のせいだ、神也。少しの間でいいから感情を抑えろ」
彼の言葉に、章地とほのかがちらりと顔を見合わせる。神也もわずかに目をみはり、仕方ないといったふうに唇を歪めた。
「お前のバイクは使えるか、望?」
章地に尋ねられ、ピアスの少年はかぶりを振る。
「彼女のこの様子じゃ無理でしょう。振り落とされますよ。章地、ぼくのバイク使って戻ってくれませんか」
「分かった。神也、一緒に来い」
チッと舌打ちして、神也は出口に向かう。
「ほのかは望と一緒に」
「了解。じゃ、あとで」
章地にうなずいて、ほのかは立ち上がる。
望はもう一度「失礼」と言って和妃を抱き上げた。
「あっあ、あの、そこまでしなくてもっ……」
仰天した和妃は、慌てて降りようとする。けれど、やんわりと拒否された。
「ぼく達の責任なんだから、これくらいは甘えてほしいな。それに、これからどんな体調の変化があるか分からないのは本当だから」
口調は真剣だ。
店を出て通りでタクシーをつかまえると、一度和妃を降ろした望がまず乗りこみ、和妃をやわらかく引っ張って隣に座らせた。ほのかは助手席に座り、目的地の説明を始める。
「少しでも調子が悪くなったら、袖を引っ張って」
望が言い、タクシーは出発する。
それから二、三分も経たないうちに、本当に和妃の体に異変が起きた。
火をそのまま飲み込んだような熱さが突然胸を支配した。あわせたように、心臓が早鐘を打ち始める。
驚いた和妃は、望の袖を夢中で引っ張った。すぐに望は行動を起こす。
「大丈夫だよ」
待っていたようにそう言い、肩を掴んでぐいと抱き寄せる。
「目を閉じて、ぼくの鼓動だけを聞いて。大丈夫だから」
和妃は言う通りにした。胸の熱さは変わらなかったけれど、望の心臓の音を聞いていると、気持ちだけは落ち着いてきた。
胸の熱さは次第に広がり、頭までがんがんと痛くなった。
ほんとに今日って、ついてない……。
薄れゆく意識の中で、ぽつりとそんなことを思った。
プルルルッ…… プルルルッ……
電話が鳴っている。
でも、家にひとりでない限り和妃は絶対に受話器を取らない。
『もしもし、林です。あら、久しぶり』
姉の明るい声が廊下に響く。
いつだって電話は、姉のものだった。携帯電話にも、しょっちゅうメールや電話がくる。
優しくて明るくて。控えめでもどこか美しさがあって目立っていた。頭だっていいし運動も出来る。ひとつだけ、歌がヘタなことなんてご愛敬だ。
『明璃がいてくれて助かるわ。病気になってもご飯とお洗濯の心配、いらないもの』
『そうだな、将来が楽しみだよ』
父も母も昔から、そんな会話をしていた。思えば家族が揃えば話はいつも姉のことばかりで、和妃が話題の中心になっことなんて一度もない。
──そして、いつの頃からか、分かってしまった。和妃などいなくても良かったのだと。この家族の一員でなくても、別に良かったのだと。
望みも期待もすべてが明璃に寄せられている。明璃ひとりの存在だけで、両親共に満たされてしまっているのだ。事足りてしまっている。
だから和妃には何の望みも期待もかけられない。
その必要がないから。
──それでも、和妃はとてもとても頑張った。
姉よりも自分を見てほしくて。
成績も必死で上げて、家事だって手伝った。性格だって明るくなろうと、一時期は笑顔ばかり心がけて過ごした。
でも。
そんなのは所詮、人真似でしかない。
気付いて、しまった。
いくら足掻いても、姉に近づこうとしても、所詮は偽物。『本物』の『明璃』に勝てるわけがない。みんなは本物しか欲しくない──。
けれど。だからといって、どうすれば良かったのだろう。
それしか思いつかなかった。
姉がいつも和妃の前に立ちはだかっていたから、だから姉の真似をするしか思いつかなかった。
和妃はそうして、どんどん自分の価値を見失っていったのだ。
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