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■第1章 覚醒する者
つくづく今日はついていない、と思っていた。ついさっきまでは。
でも、きっとこれが今日で一番ついていないことだろう。
せっかく空席だらけのファミリーレストランを見つけて入ったと思ったとたん、二十人の団体客が入ってきてしまった。もうオーダーを取ってしまったから今更席を立つこともできない。
こんなことならお腹がすいても我慢して帰れば良かった。先に頼んだコーヒーにミルクを入れながら、和妃はしょげ返る。
店内はそう狭くはないのだが、団体客のすべてが四十代くらいの主婦ばかりでおしゃべりがすさまじくうるさい。最初に入っていたお客たちも、敬遠するようにちらちらと見ている。
でもあの人達、負の感情がないからまだ楽だ。
どうにか気を取り直そうと、そんなことを思ってみる。この中に強い悲しみや憎しみを持った人間がいなくて良かった。もしいたら、今頃和妃はたまらなくなって倒れていたかもしれない。
もう秋も終わりに近づいて、日が落ちるのも早くなっている。外ではネオンサインが瞬いていた。
「明太子スパゲティでございます」
ウェイトレスがお皿を置く。思ったより早く来た。急いで食べて、店を出よう。
フォークに手をつけようとした和妃は、だが思わず動きを止めた。
自動ドアが開いて、四人の学生が入ってくるところだった。男の子が三人と、女の子がひとり。顔つきや雰囲気から、たぶん高校生だろう。
和妃が見惚れたのは、彼らのすべてがそれぞれに美しかったからだった。
すごい──こんなに綺麗な集団て、いるんだ。
主婦達はお喋りに夢中で気付いていない。そのほかのお客達もそれぞれに連れがいたせいか、同様だ。
四人は近づいてきて、和妃の隣のテーブルに着いた。そこはちょうど、窓際の一番奥にあたる。
「あ」
視線が合った途端、女の子が何故かそう言った。見ていたのを咎めたのだろうか。和妃は慌てて視線をそらした。
「ねえ、あなた。どこの人?」
話しかけられてしまった。どうしよう、と和妃はスパゲティをフォークでつつく。
でもこの女の子からは、苛立ちも怒りも感じられない。和妃が見ていたことに怒って絡んでいるわけではないようだ。
「やめろよ、ほのか」
三人の男の子のうち、一番背の低い──といっても百七十センチはあるだろうが──学ランの男の子が、眉をしかめた。健康的か野性的か、決めかねる印象がある。動物に例えたらたぶん、間違いなく狼だろう。
「初対面の人間だろ。びっくりしてるじゃねえか」
ほのかと呼ばれた女の子はむくれたが、代わりに一番背の高い、上品な顔立ちをしたブレザーの男の子が和妃に微笑みかけた。
「ごめんね、お嬢さん」
途端、学ランの男の子に野次を飛ばされる。
「出た、章地のナンパ」
「失礼な。仲間が無礼をしたんだから、リーダーとしては謝るのが当然じゃないか」
「ともかく本題に入りましょう。ここは雑音がありすぎる」
黙ってメニューを見ていた最後の男の子がそう言ったので、女の子もおとなしく席に座った。
彼はちょっと危うい感じのする美少年だった。退廃的な美、というのが一番しっくりくる表現かもしれない。
彼の言葉に、和妃は心の中で「同感」、と呟いた。確かにあの主婦達の喋り声は雑音に近い。
和妃もようやくスパゲティを食べにかかった。壁にかかった時計を見ると、もう七時を過ぎている。
いいんだ、今日は遅くなったって。帰ったってどうせ誰もいない。
家族は姉の誕生祝いに、どこかに出かけて遅くなるはずだ。和妃だけが残されたわけは、部活で遅くなると言っておいたからなのだけれど……考えると、気が重くなってしまった。
さっき味わったいやな出来事までが蘇ってきた。
◆
「今日は部会があるから」
演劇部の部長からそう聞いていたので、和妃は放課後に一足早く部室に来ていた。
演劇部といっても、和妃は裏方専門だ。はじめからそのつもりで入部希望をした。
元々好きで入部したわけじゃない。入学式の時に話しかけてきた女の子が、
「ひとりじゃ心細いから一緒に入ろう」
と誘ってきたのだ。
その子は今は他の演劇部員と一緒に楽しくやっていて、和妃には見向きもしない。よくあることだ。
ガタ、と音がし、窓外を見ていた和妃は振り向いて、そこにクラスメイトの姿を認め、しまったと思った。
どうして振り向いてしまったのだろう。目が合ってしまった。
それだけでもいやな人間。
秀才でスポーツ万能、冷たい美貌まで持っている完璧な高校生。雀本夏月。すごく苦手な相手だった。
視線が合っても、話しかけられる心配はない。向こうも和妃のことを嫌っていたからだ。教室でも、いつも無視されていた。
だから、この時雀本夏月の唇が開いたのを見て、和妃は驚いた。
「お前は友達でもない奴のために、入りたくないところに入るわけか」
言葉の内容は、刺々しかった。たいして期待もしていなかったから、それほどショックではなかったけれど。
「──友達だから、一緒に入ったの」
「入った途端に別の友人を見つけて今はお前に見向きもしない、そんな奴が友達か?」
儚い抵抗に、容赦のない台詞。
「人間関係、貧しいんだな」
それがとどめだった。
◆
雀本夏月からは、あからさまな侮蔑が伝わってくる。彼の傍にいるのは苦痛だった。
どうしてあれほどに和妃を嫌うのだろう。そりゃ雀本夏月という少年は、他の誰にもいい態度を取らなかったけれど、一番矢面に立っているのは確実に和妃だった。
「章地っ! だからあんた聞いてるの!?」
突然耳に割り込んできた声に、和妃はどきりとしてフォークを取り落としそうになる。
そうだ、ここはファミリーレストランだった。時計を見ると、さっき見たときから20分ほど経過している。
その間、和妃はずっとぼうっとしていたのだ。
「ウェイトレスに愛想振り撒く暇があったらこの数ヶ月のあたしの苦労を労ってほしいわ!」
あのほのかという女の子、ずいぶん威勢がいい。怒鳴られているのは、さっき和妃に微笑みかけてきた一番背の高い上品な男の子だった。
和妃はスパゲティをすするかげで、そっと観察してみる。
窓際に学ランの男の子、その隣にほのかという美少女。反対側の窓際に、危うげに美しい少年と、その隣に章地というブレザーの上品な少年。
ほのかという人は手に角砂糖のようなものを持って、章地という人の鼻に突き付けて憤慨していた。どうやらその「角砂糖」について何か言いたいのに、章地という人がてんで聞いていないので怒っているようだ。
「数ヶ月もかかってこれ一個?」
にこにこしながらの章地は、どう見ても挑発しているとしか思えない。案の定、ほのかは目に見えてムッとした。
「あのねえあたしだから数ヶ月しかかからなかったの、これが他の人間だったらきっともっとかかってたわよ!」
「まあまあ、ほのかさん。それで、説明を」
宥めたのは章地の隣の少年だ。よく見ると右耳に真っ赤なピアスをしている。小さくて丸いシンプルなピアスだ。それがよく似合っていて、センスの良さがうかがえた。きっとこの男の子は、自分に似合うものが何なのかちゃんと把握しているのだ。
「一言で言えばね、これは超強力興奮剤。あんた達の力は興奮すると一時的にでも増幅するでしょ、だから能力増幅剤とでも呼ぶべきね」
気を取り直したほのかに、隣の学ランの男の子がぼそっと呟く。
「別にそんなもの作ったって、敵がいなくなるわけじゃあるまいし」
「不愉快な奴ねえ。少しでも敵を倒しやすくするように、こうして手助けになるものを作ってやったんじゃないの」
「それ、実際に効果があるんですか」
そう歳が変わらないように見えるのに、ピアスの少年はほのかに敬語を使う。
「自慢じゃないけど、今まで作ったもので失敗作なんて一個もなかったわ。一個もよ」
胸を張る、ほのか。
聞き耳を立てていたわけではないけれど、席が近いうえ彼らも小声で話しているわけではないので聞こえてしまう。
でも、何の話してるのかわからないや……。
深く考えずに、スパゲティをやっつけるのに専念する。全部平らげてしまうと、残っていたコーヒーを飲み干した。
さて、どうしようか。
このまま帰ってもつまらないし、あとケーキくらい頼んでも構わないだろうか。
しばらく迷って、ケーキセットを頼んだ。出来合いのものなので、すぐにケーキとコーヒーが席に置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが、空になったお皿を持っていく。
コーヒーにミルクを入れようとした和妃は、ふとスプーンを持つ手を硬直させた。
レジで会計をすませた男女の二人組が、口喧嘩をはじめて、その負の感情が和妃の中に入り込んで来たのだ。
ふたりはすぐに、店を出て行く。ガラス越しに、まだ言い合っているのが見えた。
体から硬直が消える。ほっと息をついたとき、ほのかの怒鳴り声が聞こえた。
「なによ、あたしの作ったものが信用出来ないっての!?」
「そうじゃない! おれは能力なんて増幅させたくねえんだよっ飲ませるんなら章地か望にしろっ」
どうやら「角砂糖」のことでほのかと学ランの少年が争っているらしい。
でも彼らには負の感情はまるでなかった。この程度の「争い」がいがみ合わなくても出来るほどには信頼し合っているのだろう。
だけどそんな場面をじろじろ見るのも悪い気がして、和妃は黙ってコーヒーとミルクをかき混ぜる。
「元からあんたに飲ませるつもりだったのよ予定変更は嫌いだわっ」
「ばかよせ!」
「あっ」
「あ……」
「あ」
ほのかのあとに、学ランの少年と章地の声があとを追う。
ふいに、ぽちゃっと近いところで小さな音がした。ケーキを食べていた和妃は、何の音だろうと首を傾げながらもコーヒーカップを口につける。
「ああああっ」
三人同時の声がした。
あれ──。
和妃の口の中に、何かが滑りこんだ。ケーキのかけらでも落としたかな。
まあいいやと噛み砕く。
瞬間、苦い味が口内いっぱいに広がった。吐き出そうとしたところへ、どんと背中を叩かれる。
学ランの少年だった。
「飲むなっ!」
見ると、ほのかと他ふたりの少年も、息を呑んで自分を見つめている。
「──間に合った?」
恐る恐る、といった感じでほのかが尋ねてくる。
和妃はわけが分からなかったが、それがいま自分が吐き出そうとした「何か」についてだということは理解した。
「今、叩かれたショックで」
和妃は凄まじい苦さにげんなりしながら、言った。
「飲み込んで、……しまいました」
つくづく今日はついていない、と思っていた。ついさっきまでは。
でも、きっとこれが今日で一番ついていないことだろう。
せっかく空席だらけのファミリーレストランを見つけて入ったと思ったとたん、二十人の団体客が入ってきてしまった。もうオーダーを取ってしまったから今更席を立つこともできない。
こんなことならお腹がすいても我慢して帰れば良かった。先に頼んだコーヒーにミルクを入れながら、和妃はしょげ返る。
店内はそう狭くはないのだが、団体客のすべてが四十代くらいの主婦ばかりでおしゃべりがすさまじくうるさい。最初に入っていたお客たちも、敬遠するようにちらちらと見ている。
でもあの人達、負の感情がないからまだ楽だ。
どうにか気を取り直そうと、そんなことを思ってみる。この中に強い悲しみや憎しみを持った人間がいなくて良かった。もしいたら、今頃和妃はたまらなくなって倒れていたかもしれない。
もう秋も終わりに近づいて、日が落ちるのも早くなっている。外ではネオンサインが瞬いていた。
「明太子スパゲティでございます」
ウェイトレスがお皿を置く。思ったより早く来た。急いで食べて、店を出よう。
フォークに手をつけようとした和妃は、だが思わず動きを止めた。
自動ドアが開いて、四人の学生が入ってくるところだった。男の子が三人と、女の子がひとり。顔つきや雰囲気から、たぶん高校生だろう。
和妃が見惚れたのは、彼らのすべてがそれぞれに美しかったからだった。
すごい──こんなに綺麗な集団て、いるんだ。
主婦達はお喋りに夢中で気付いていない。そのほかのお客達もそれぞれに連れがいたせいか、同様だ。
四人は近づいてきて、和妃の隣のテーブルに着いた。そこはちょうど、窓際の一番奥にあたる。
「あ」
視線が合った途端、女の子が何故かそう言った。見ていたのを咎めたのだろうか。和妃は慌てて視線をそらした。
「ねえ、あなた。どこの人?」
話しかけられてしまった。どうしよう、と和妃はスパゲティをフォークでつつく。
でもこの女の子からは、苛立ちも怒りも感じられない。和妃が見ていたことに怒って絡んでいるわけではないようだ。
「やめろよ、ほのか」
三人の男の子のうち、一番背の低い──といっても百七十センチはあるだろうが──学ランの男の子が、眉をしかめた。健康的か野性的か、決めかねる印象がある。動物に例えたらたぶん、間違いなく狼だろう。
「初対面の人間だろ。びっくりしてるじゃねえか」
ほのかと呼ばれた女の子はむくれたが、代わりに一番背の高い、上品な顔立ちをしたブレザーの男の子が和妃に微笑みかけた。
「ごめんね、お嬢さん」
途端、学ランの男の子に野次を飛ばされる。
「出た、章地のナンパ」
「失礼な。仲間が無礼をしたんだから、リーダーとしては謝るのが当然じゃないか」
「ともかく本題に入りましょう。ここは雑音がありすぎる」
黙ってメニューを見ていた最後の男の子がそう言ったので、女の子もおとなしく席に座った。
彼はちょっと危うい感じのする美少年だった。退廃的な美、というのが一番しっくりくる表現かもしれない。
彼の言葉に、和妃は心の中で「同感」、と呟いた。確かにあの主婦達の喋り声は雑音に近い。
和妃もようやくスパゲティを食べにかかった。壁にかかった時計を見ると、もう七時を過ぎている。
いいんだ、今日は遅くなったって。帰ったってどうせ誰もいない。
家族は姉の誕生祝いに、どこかに出かけて遅くなるはずだ。和妃だけが残されたわけは、部活で遅くなると言っておいたからなのだけれど……考えると、気が重くなってしまった。
さっき味わったいやな出来事までが蘇ってきた。
◆
「今日は部会があるから」
演劇部の部長からそう聞いていたので、和妃は放課後に一足早く部室に来ていた。
演劇部といっても、和妃は裏方専門だ。はじめからそのつもりで入部希望をした。
元々好きで入部したわけじゃない。入学式の時に話しかけてきた女の子が、
「ひとりじゃ心細いから一緒に入ろう」
と誘ってきたのだ。
その子は今は他の演劇部員と一緒に楽しくやっていて、和妃には見向きもしない。よくあることだ。
ガタ、と音がし、窓外を見ていた和妃は振り向いて、そこにクラスメイトの姿を認め、しまったと思った。
どうして振り向いてしまったのだろう。目が合ってしまった。
それだけでもいやな人間。
秀才でスポーツ万能、冷たい美貌まで持っている完璧な高校生。雀本夏月。すごく苦手な相手だった。
視線が合っても、話しかけられる心配はない。向こうも和妃のことを嫌っていたからだ。教室でも、いつも無視されていた。
だから、この時雀本夏月の唇が開いたのを見て、和妃は驚いた。
「お前は友達でもない奴のために、入りたくないところに入るわけか」
言葉の内容は、刺々しかった。たいして期待もしていなかったから、それほどショックではなかったけれど。
「──友達だから、一緒に入ったの」
「入った途端に別の友人を見つけて今はお前に見向きもしない、そんな奴が友達か?」
儚い抵抗に、容赦のない台詞。
「人間関係、貧しいんだな」
それがとどめだった。
◆
雀本夏月からは、あからさまな侮蔑が伝わってくる。彼の傍にいるのは苦痛だった。
どうしてあれほどに和妃を嫌うのだろう。そりゃ雀本夏月という少年は、他の誰にもいい態度を取らなかったけれど、一番矢面に立っているのは確実に和妃だった。
「章地っ! だからあんた聞いてるの!?」
突然耳に割り込んできた声に、和妃はどきりとしてフォークを取り落としそうになる。
そうだ、ここはファミリーレストランだった。時計を見ると、さっき見たときから20分ほど経過している。
その間、和妃はずっとぼうっとしていたのだ。
「ウェイトレスに愛想振り撒く暇があったらこの数ヶ月のあたしの苦労を労ってほしいわ!」
あのほのかという女の子、ずいぶん威勢がいい。怒鳴られているのは、さっき和妃に微笑みかけてきた一番背の高い上品な男の子だった。
和妃はスパゲティをすするかげで、そっと観察してみる。
窓際に学ランの男の子、その隣にほのかという美少女。反対側の窓際に、危うげに美しい少年と、その隣に章地というブレザーの上品な少年。
ほのかという人は手に角砂糖のようなものを持って、章地という人の鼻に突き付けて憤慨していた。どうやらその「角砂糖」について何か言いたいのに、章地という人がてんで聞いていないので怒っているようだ。
「数ヶ月もかかってこれ一個?」
にこにこしながらの章地は、どう見ても挑発しているとしか思えない。案の定、ほのかは目に見えてムッとした。
「あのねえあたしだから数ヶ月しかかからなかったの、これが他の人間だったらきっともっとかかってたわよ!」
「まあまあ、ほのかさん。それで、説明を」
宥めたのは章地の隣の少年だ。よく見ると右耳に真っ赤なピアスをしている。小さくて丸いシンプルなピアスだ。それがよく似合っていて、センスの良さがうかがえた。きっとこの男の子は、自分に似合うものが何なのかちゃんと把握しているのだ。
「一言で言えばね、これは超強力興奮剤。あんた達の力は興奮すると一時的にでも増幅するでしょ、だから能力増幅剤とでも呼ぶべきね」
気を取り直したほのかに、隣の学ランの男の子がぼそっと呟く。
「別にそんなもの作ったって、敵がいなくなるわけじゃあるまいし」
「不愉快な奴ねえ。少しでも敵を倒しやすくするように、こうして手助けになるものを作ってやったんじゃないの」
「それ、実際に効果があるんですか」
そう歳が変わらないように見えるのに、ピアスの少年はほのかに敬語を使う。
「自慢じゃないけど、今まで作ったもので失敗作なんて一個もなかったわ。一個もよ」
胸を張る、ほのか。
聞き耳を立てていたわけではないけれど、席が近いうえ彼らも小声で話しているわけではないので聞こえてしまう。
でも、何の話してるのかわからないや……。
深く考えずに、スパゲティをやっつけるのに専念する。全部平らげてしまうと、残っていたコーヒーを飲み干した。
さて、どうしようか。
このまま帰ってもつまらないし、あとケーキくらい頼んでも構わないだろうか。
しばらく迷って、ケーキセットを頼んだ。出来合いのものなので、すぐにケーキとコーヒーが席に置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが、空になったお皿を持っていく。
コーヒーにミルクを入れようとした和妃は、ふとスプーンを持つ手を硬直させた。
レジで会計をすませた男女の二人組が、口喧嘩をはじめて、その負の感情が和妃の中に入り込んで来たのだ。
ふたりはすぐに、店を出て行く。ガラス越しに、まだ言い合っているのが見えた。
体から硬直が消える。ほっと息をついたとき、ほのかの怒鳴り声が聞こえた。
「なによ、あたしの作ったものが信用出来ないっての!?」
「そうじゃない! おれは能力なんて増幅させたくねえんだよっ飲ませるんなら章地か望にしろっ」
どうやら「角砂糖」のことでほのかと学ランの少年が争っているらしい。
でも彼らには負の感情はまるでなかった。この程度の「争い」がいがみ合わなくても出来るほどには信頼し合っているのだろう。
だけどそんな場面をじろじろ見るのも悪い気がして、和妃は黙ってコーヒーとミルクをかき混ぜる。
「元からあんたに飲ませるつもりだったのよ予定変更は嫌いだわっ」
「ばかよせ!」
「あっ」
「あ……」
「あ」
ほのかのあとに、学ランの少年と章地の声があとを追う。
ふいに、ぽちゃっと近いところで小さな音がした。ケーキを食べていた和妃は、何の音だろうと首を傾げながらもコーヒーカップを口につける。
「ああああっ」
三人同時の声がした。
あれ──。
和妃の口の中に、何かが滑りこんだ。ケーキのかけらでも落としたかな。
まあいいやと噛み砕く。
瞬間、苦い味が口内いっぱいに広がった。吐き出そうとしたところへ、どんと背中を叩かれる。
学ランの少年だった。
「飲むなっ!」
見ると、ほのかと他ふたりの少年も、息を呑んで自分を見つめている。
「──間に合った?」
恐る恐る、といった感じでほのかが尋ねてくる。
和妃はわけが分からなかったが、それがいま自分が吐き出そうとした「何か」についてだということは理解した。
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和妃は凄まじい苦さにげんなりしながら、言った。
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