鬼精王

希彗まゆ

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決戦(霞編)

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それから数十分ほど、経っただろうか。


微笑みながら優しく、霞が尋ねてきた。


「苺ちゃん、身体もう動かせる?」


霞はもう服を着てしまっている。わたしはなんとなく気恥ずかしくて、目をそらした。


「う、うん」


あんなに激しく乱れてしまった自分を見られたのが恥ずかしくて。あんなに「男」を感じた霞を見るのが恥ずかしくて。

けれど霞のほうは「いつもの霞」に戻っていた。


「じゃ、ちょっと横にどいてくんねえ?」

「?」


言うとおりにすると、わたしがいた場所に、わずかではあったが血がついていた。「やっぱりな」、と霞がつぶやく。


「えっ……なんで……初めてじゃないのに」

「初めての相手のヤツのが小さすぎたからじゃねえか? そうじゃなくても二度目三度目でも痛みがあったり血が出る子もいるしな」


言ってパチンと指を鳴らして柔らかい布を取り出し、わたしの足の間を拭いてくれようとする、が。


「い、いいっそんなことしなくていいっ」

「痛みはなくても血が出てんだぜ。俺ので傷つけたかもしれねーだろ? これそういう消毒も含んだ布で効くからやっといたほうが、」

「じゃ、じゃあ自分でやるからっ」


ばっと布を奪い取る。拭っていると、霞が悪戯っぽく微笑んでいることに気がついた。


「な、なに?」

「いや……苺ちゃんがそういうカッコしてると、また俺元気になっちゃうなあって」

「……バカッ、変態っ!」

「それと、残念、かな」

「え?」

「苺ちゃんの処理は俺が全部してやりたかったから」

「は、恥ずかしいでしょそんなのわたしがっ!」


霞とのこんなやり取りが、恥ずかしいけれど胸の奥がくすぐったくなるほどうれしい。ちゃんと恋人同士になれたんだ、なんて思う。

けれど霞は、すぐに真顔に戻った。


「さて、と」


バリッと雷鳴が轟くような音がした。結界というものが破れたのかもしれない。


「お出ましだぜ」


霞の言葉に、わたしは思わず身体をタオルケットで隠す。着替える暇もなく、一瞬後には霞とわたしは空のはるか上にいた。

曇天に、ごうごうと風がうなっている。その中に、【鬼精鬼】が浮いていた──危険で不敵な笑みを浮かべて。


「苺の【鬼精虫】を消したのは貴様か。いささか不満だ」


【鬼精鬼】の言葉に、霞もおなじく不敵な笑みを浮かべる。


「俺はてめえみたいな野郎が苺ちゃんを好きだってのが不満だがねえ」

「互いに意見は同じようだな」

「不本意だけどな」


ざっ、と風を切る音がしたかと思うと──


「霞っ!」


わたしは、思わず叫んでいた。

霞の二の腕から、血が滴っていた。けれど霞の表情は変わらない。変わったのは……【鬼精鬼】のほうだった。

【鬼精鬼】は不服そうというか機嫌の悪そうな表情を浮かべている。


「交わした……女に見境がなくとも流石は【鬼精王】の一人、ということか。だがお前には苺を幸せには出来まい」

「俺の噂がどんなもんか知ってるけどな、俺にはそんなことはどうでもいい。真実は常に俺の心にある。それを苺ちゃんだけが分かってくれてれば俺はそれでいいんだよ」

「お前にだけは封印されたくはない。本気でいかせてもらおうか」

「ハナっから本気で来いや! 俺には護るものが最低三人はいるんだからよ!」


鬼精鬼と霞が同時に空を蹴る。


「三人……」


わたしは、思わずつぶやいていた。

河原で言っていた霞の言葉を思い出す。

霞が護りたいもの―――禾牙魅さんと、架鞍くん。もうひとり、は?

その時、風が一段と強く吹いた。ハッとわたしは顔を上げる。

ザクッとなにか不穏な音がした。


「……っ」


がくりと霞が仰向けに、空間に倒れる。

【鬼精鬼】の左腕が、霞の腹部を貫いていた。霞の赤い……血。霞は目を閉じ、ぴくりとも動かない。


「霞……霞っ!!」


霞の元へ行こうとするが、【鬼精鬼】によって空に浮かされているからか、速くは動けない。

ようやく辿り着く瞬間、霞の腹部から手を引き抜こうとした【鬼精鬼】の表情が驚きに変わる。


「!!」


突然の事だった。

霞の伸ばした右手の平から金色の短剣が出現し、あっという間に【鬼精鬼】の心臓に埋まって行く。

霞はまたも不敵な笑みを浮かべていた。


「ヘヘ……殺せた、と思っただろ……?」

「貴様……演技を……!」

「大人しく……封印されやがれ!」


ずぶ、と短剣が完全に【鬼精鬼】の心臓に埋まった。ぐらりと【鬼精鬼】も霞の隣に倒れ、透けていく。


「本気で……苺を愛しているのか……?」

「信じる信じないは……てめえの勝手だけどな……」

「ならば……約束してくれ……必ず、彼女を幸せに、する、と」

「言われなくても……、だぜ」


【鬼精鬼】の表情が、切なげな笑顔に変わる。


「貴様に頼むのは不本意だが……、」


あとは、聞こえなかった。

鬼精鬼は消える瞬間、真っ白な掌に乗る程度の球体の中に吸い込まれ、霞の手に収まった。

霞は小さくため息をつき、指で軽く擦って球体を自分の【中】に入れた。


「これで、こいつを【鬼精界】に持って行けば、……」

「ばかっ! その前にその怪我治しなさいよっ!」


泣いているわたしを見上げ、倒れたままの霞は青白い顔でハハ、と笑った。


「ホントはなー、【鬼精鬼】に負わされた怪我は【鬼精鬼】を封印しちまえばすぐ治っちまうんだけど、あの野郎、ご丁寧に俺の中に【鬼精虫】を入れていきやがった」

「……!! じゃ、じゃあ、私が……強い快感、っての与えれば消滅、する?」

「男が【鬼精虫】入れられた場合はそうは行かねえだろうなー……」

「じゃあ……じゃあどうなるの!?」

「泣くなよ。俺は【鬼精王】だし、賭けとか強いんだって……死んだりしねえ、よ……」


その言葉を最後に、霞は瞼を閉じた。

そんな、……。


「いや……いやだ、霞、霞っ……!!」
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