アトリエ「ファルム」、開業いたします

希彗まゆ

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●第一話 しゃべる壺、ノーラ・ウィンストン その1

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●第一話 しゃべる壺、ノーラ・ウィンストン


 今日もリーシアは、ぼーっと過ごしていた。
 姉、ノーラが旅先で事故死したと聞かされてから、もう一週間になる。
 以来リーシアは、ずっとこうして自分の家であるアトリエ「ファルム」の工房に座り込み、ぼーっとしていた。

 姉から「一週間後に帰る」という手紙とともに、郵便配達のお兄さんはもう一通の手紙をリーシアに渡した。
 それは姉ノーラの依頼人からで、短く「依頼した竜剣を作ろうとしたところ、ノーラは失敗して亡くなった」と事務的に書かれてあった。

 なにも知らない郵便配達のお兄さんがさらに渡してくれたちいさな壺は、唯一遺ったノーラの遺品だった。差出人はどこにも書いていなかったけれど、依頼人が慌てていたのだろう。送ってくれただけ感謝しなくてはいけない。

 リーシアたちの両親は、ふたりとも錬金術師だった。十歳としの離れたノーラは早くから頭角を現し、両親の手伝いをし、両親が事故死してからはふたりの跡を継いでこのアトリエ「ファルム」を守ってきた。
 両親もノーラも腕のいい錬金術師で、だからアトリエも王宮のある華やかな都会、アレクシアに建てることができた。王宮からの依頼も多く、国じゅうの人間がアトリエ「ファルム」のことを知っていた。

 だから今回ノーラの死を知ると、近所の人たちは嘆き悲しみ、王宮からも使者がきて国を挙げてお葬式をしてくれた。リーシアが手配する手間はなにも必要なく終わった。
 だからリーシアは、なおさらぼーっとしてしまっているのかもしれない。

 やることがあれば、少しは気持ちも動いたのかもしれない。
 お葬式には王様も王子さまたちも、じきじきに参列してくれた。ノーラは本当に信頼され、愛されていたのだと思う。
 近所の人たちはリーシアのことも心配してくれ、毎日のようにお料理やお菓子の差し入れをしてくれる。

「リーシアは、アトリエを継がないの?」
「リーシアは昔から努力してきたから、やればできるかもしれないわよ」

 リーシアを元気づけようとしてか、近所の人たちはそうも言った。
 けれど、リーシアはとてもそんな気にはなれなかった。
 リーシアがなにかを作ろうとすると、それがとても簡単なもの──たとえば目玉焼きだとしても、失敗してしまうのだ。

 フライパンで作るぶんには、ちゃんと成功する。
 けれど、できるのは当たり前のことだが、至って普通の目玉焼きだ。食べてもなにも効果はない。
 錬金術師に求められる「目玉焼き」といえば、たとえば「食べるとすぐに一時的に満腹になる」とか「すぐに一時的に筋力がつく」とか、そういうものだ。

 そしてそういったものは、専用の壺でないと作ることができない。
 リーシアがアトリエにある専用の壺で作ろうとしても、きちんと勉強したとおり、そしてレシピを見ながらやっても黒焦げになり、失敗に終わる。何十回、何百回と試してきたが、みな結果はおなじだ。目玉焼きでなくとも、それはほかのレシピでもおなじだった。

 リーシアには、才能がないのだ。錬金術師の才能が。
 きっと錬金術ができない呪いでもかけられているのだと、いつからかそう思うようになっていた。

 これだけ勉強しているのに、努力しているのに、できないなんておかしすぎだ。
 錬金術には危険がつきものだ。高級なものを作ろうとすればするほど、素材や食材も手に入りにくくなる。
 そしてそれらは基本的に自給自足するものであり、できないものは錬金術師は自らとりにいく。
 素材は魔物の卵だったり魔物そのものだったりするから、その時点ですでに危険なのだ。
 兵士や魔法使いを雇ってもいいのだが、うまく斃さないと肝心の素材の部分に傷がついたりして使い物にならなくなる場合が多い。
 だから錬金術師たちは、多くの場合、自分の力でとりに行く。そのために錬金術師たちは、ちいさなころから魔法を習ってもいるのだ。

 リーシアももちろん、ノーラに魔法を習っていた。
 けれど結果はやっぱり、だめだった。
 リーシアはいくらがんばっても、簡単な魔法のひとつも発動できたことがない。いまのいままで一度もだ。
 だからやっぱりリーシアは、わたしは呪われているんじゃないかな、なんて思うのだ。

 ぼーっとしていると、コンコン、とノックの音がした。
 もう時刻は夕方すぎだが、夏のいまはまだ昼間のように明るい。
 リーシアはぼーっと立ち上がり、ぼーっと扉を開けた。
 そこには護衛の兵士を連れた王子さまが立っていた。

 金髪に青い瞳のイケメンなこの王子さまはリーシアのふたつ年上で、ちいさなころからアトリエに通っては動くおもちゃや力の出る食べ物なんかをお小遣いで依頼していた。依頼の品ができあがるまではリーシアと、よく遊んでいた。おもちゃが出来上がればそのおもちゃで、一緒に遊んだ。
 第三王子ということもあり、気軽に王宮の外に出ることができるらしい。
 リーシアにとって、ほぼ幼なじみのような感覚だった。おそらく、この王子さまもそう思っているに違いない。

 王子さま──ユリウス・ラドラグールはいつも元気いっぱいなのに、今日は表情が暗かった。ノーラのお葬式にも参列していたが、そこでも静かに涙を流していた記憶がある。

「リーシア。すぐ来てやれなくてごめんな」

 リーシアは、ゆっくりとかぶりを振る。
 ユリウスだって王子だ。十八になった彼はこの国では立派に成人とみなされ、執務をするようにもなっている。いくら自由がきくとはいえ、忙しいことに変わりはない。

「こうしてきてくれただけで──きてくださっただけで、ありがたいです」

 十六になったら、この国では女性はもうおとなよ。だからいままでみたいにユリウスさまにタメ口なんてきいちゃだめよ──
 今年の春、リーシアが十六の誕生日を迎えたその日に届いたノーラの手紙には、お祝いの言葉とともにそう書いてあった。
 リーシアも、それもそうだとそのときから言葉遣いに気をつけるようにしている。
 ユリウスも特別そのことに突っ込むこともなかったが、少し哀しそうな表情になった。

「少しやせたんじゃないか? ろくに食べていないんだろう」
「近所のおばさんたちが、毎日のようにお料理を持ってきてくださるので……食べてはいます」
「持ってきたものだけだろう? 三食作って持ってきてくれたりするわけじゃないだろう。これを食べて、少しは元気を出せ」

 ユリウスは兵士のひとりに持たせていた包みを取り、差し出してきた。
 受け取ると、ほのかにバニラのいい香りがする。包みもほかほかと、まだあたたかい。

「これは……」
「バニラパンケーキだ。おまえ、好物だっただろう」

 泣きたくなった。
 バニラパンケーキはノーラがまだ旅に出る前、毎年リーシアの誕生日に焼いてくれたものだった。「幸せになれますように」と願いをこめて、わざわざ錬金専用の壺で作ってくれた。
 あの「幸せのバニラパンケーキ」は、もう食べることができないのだ。
 出かかる涙をこらえていると、ユリウスはそっと問いかけてきた。

「リーシア。おまえ、アトリエを開業しないか?」
「ユリウスさままで、そんなこと仰るんですか」

 つい恨みがましくそう返すと、横から冷たい声が割って入った。

「後継者のいないアトリエを、いつまでも王都に置いておくわけにはいかない。哀しみの象徴となり、人々の気持ちも暗くなる可能性がある。国王陛下はそう判断を下されたのだ。おまえの両親もノーラにも、それくらいの影響力があった。このアトリエをなくさないためには、リーシア。おまえが跡を継ぐしかない。ユリウスさまのお気持ちくらいお察ししろ」

 護衛騎士のひとりであり、ユリウス直属の側近である、リュート・リングウェイだった。
 黒髪に青い瞳の彼はユリウスのふたつ年上で、今年二十歳になる。彼も美しい顔をしているのに昔からこんな調子だったから、リーシアとは喧嘩友だちのようなものだった。
 だけど、……いまなんて?

「アトリエが……このアトリエが、なくなっちゃうの?」

 両親が建てた、この思い出の家がなくなってしまうの?

「だからおまえ、アトリエをやってみないか? 俺だってここがなくなってしまうのは惜しいんだ」

 ユリウスのひと押しに、リーシアはどうしよう、と戸惑った。
 確かに、リーシアもこの家がなくなってしまうのはいやだ。
 けれど、このままにしておいては人々の哀しみの象徴になってしまうというのもわかる。それだけ両親もノーラも人々に頼られていたし、ノーラたちがつくる依頼の品々は人々の希望だった。
 願ったものを作ってくれる。願ったものが現実にあらわれる。
 この国の魔法使いは希少だったし、だから彼らはプライドも高く、めったなことではそんなことはしてくれない。

 そのぶん、ノーラたちが築いてきたものは大きかった。
 両親は遠い国で錬金術を学び、この国に取り入れた。弟子も取らなかったし、だからアトリエはこの国でここひとつしかない。

 リーシアが跡を継がなければ、アトリエはこの国からなくなってしまうのだ。
 両親と姉ノーラが築いてきたものを、途絶えさせてしまっていいのだろうか。
 ううん、それよりも。
 この思い出の家がなくなってしまうのは、絶対にいやだ──!

「わたし、……やってみます。アトリエをまた開業できるように、なんとかします」
「うん。でも無理はしちゃだめだぞ。おまえが無理をするのは、きっとご両親もノーラも望んでいない」
「はい! ありがとうございます!」

 ぐっとお腹に力をこめて返事をすると、ユリウスは少しだけ微笑んだ。リーシアの表情に、生気が戻ったのを確認できたのだろう。
 ユリウスたちが去っていくと、まずは腹ごしらえ、とリーシアはいただいた包みをほどいた。
 テーブルの上にお皿を載せ、その上にほかほかと湯気が立ったバニラパンケーキを載せる。
 つけあわせにチョコレートシロップがついていて、それをかけていただいた。
 ノーラがつくってくれたものとは味が違ったが、ふわふわしていてほっこり甘くてこれはこれですごくおいしい。目的がはっきりしたこともあるのだろう、しばらくぶりに満ち足りた気分になった。

 工房の両端に山と積み上げられている書物の中からいちばん簡単なレシピ本を出し、開いてみる。
 これはちいさなころからずっとリーシアが勉強してきたもので、その前にも両親やノーラが使ってきたから、もうぼろぼろな状態だった。字もなんとか読めるくらいだ。

「えっと……やっぱり最初は目玉焼きかなぁ」

 レシピ本をぺらぺらめくりながら悩んでいると、「ちょっと」とどこからか声がした。

 ユリウスが戻ってきたのだろうか?
 いや、だけどいまのは女の声だったような──

 きょろきょろと見てみるけれど、工房の中には誰もいない。
 気のせいかとレシピ本に向き直るリーシアの耳に、今度ははっきりと声が聞こえてきた。

「ちょっとリーシア! さっきから何度も呼んでいるでしょう! こっち向きなさい!」
「えっ!?」

 その声には、聞き覚えがあった。
 ものすごく聞き覚えがある──そう、間違いなく姉、ノーラのものだ。

 もしかして、お姉ちゃんが戻ってきたの!?
 お姉ちゃんは死んでいなかったの!?

 リーシアは工房のあちこちを探し回った。壺の中、テーブルの下、書物の山をかきわけてもみた。
 だが、姉の姿はどこにもない。
 やっぱり空耳だったのだろうか──肩を落としかけたところへ、

「そこじゃない! ここ!」

 と、またどこからか姉の声がする。

「ここよ、ここ! 早く見つけろー!」

 怒っているような必死なその声は、よく聞いてみると一方向からする。
 一方向──工房のすみに置いてある、ノーラの形見の壺から聞こえてくる。
 歩み寄ったリーシアは、壺の中をのぞき見ようと手に取った。
 ところへ、

「やっと見つけたわね、もう!」

 と怒られた。──壺に。

「え、壺?」

 思わず聞き返してしまうリーシアに、壺はきっぱりと、

「そうよ! いまはこんな姿になっちゃったけど、元はちゃんとノーラよ! ノーラ・ウィンストンよ!」

 と断言した。
 壺が……しゃべった?
 というか。

「お姉ちゃん……?」
「だからそうだって言ってるじゃない!」

 まさかのまさかだった。
 リーシアは、叫んだ。

「お姉ちゃん、壺になっちゃったの!?」

 まさか姉が壺に生まれ変わってしまったとは!
 けれど、それはちょっと違うようだった。
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