アトリエ「ファルム」、開業いたします

希彗まゆ

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●第五話 チョコの実ジュース

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「えっと、チョコの実ジュースの作り方は、っと……」

 気を取り直してレシピ本を開く。

 ●チョコの実ジュース(一人分)

 ※食材
  ・チョコの実──一個
  ・水──200ml
  ・ククレエッセンス──適量

 ※作り方
  ① チョコの実をまるごと湯せんする。
  ② 湯せんしたチョコにククレエッセンスを練り込むようによく混ぜる。
  ③ 壺に②と水を入れ、とろっとしたら完成。

 ☆お好みではちみつを混ぜると植物に寄ってくる蜂の声もたまに聞こえることもあります。

 レシピ本には「作り方」のところに細かく絵や注意点なども書き込んであり、初心者でもわかりやすい。
 チョコの実なら両親の代から自給自足している。
 リーシアも錬金術はからっきしだったが、そういった食材などの栽培ならできていた。
 ノーラが留守のあいだも、ずっと食材の栽培は続けていた。
 今朝も開店前に、畑の植物たちの手入れをしてきたばかりだ。

「チョコの実なら確か、収穫できる状態だったはず!」

 リーシアはさっそく軍手をし、長靴を履いてアトリエの裏手に向かった。
 広々としたそこはまるまる畑になっており、さまざまな植物が栽培されている。

 チョコの実を植えているスペースに行くと、ちょうどおいしそうに実が成っていた。
 チョコの実はホタルブクロのように花が地面を向いて垂れ下がるものなのだが、花が枯れるとやがてそこに手のひらより少し大きめのサイズの、しずく型のチョコレート色の実が成る。

 この国ではチョコレートはそういうふうに作られるのだが、この畑のチョコの実もちょうどいいころあいに熟れていた。
 チョコレート色の実がまるまるとしずく型に太り、つやつやと太陽の光を反射している。

「うーん、いいにおい!」

 すぅっと息を吸うと、胸いっぱいにチョコレートの甘いにおいが入ってきた。
 リーシアはチョコの実をひとつ、軍手をした手でもぎ取ると、アトリエに戻る。
 そして軍手を取り、手をよく洗うと、工房のキッチンテーブルを使って調理を始めた。

 チョコの実に皮や殻といったものはないが、外側二ミリほどの厚さのぶんだけ、少し濃厚な部分だ。
 その部分だけは火にかけると普通にとけるのではなく、とろりとチョコレートだけでできた水分が多めのお餅のような食感になる。これだけ食べても、もっちりとしていてとても濃厚でおいしい。

 まずチョコの実を、まるごとそのまま湯せんする。
 使用するのは、深めの鍋がいい。
 そこに水を入れて鍋に入るくらいの大きさのボウルを入れ、その中にチョコの実を入れる。

 お湯がゆだってくるにつれチョコの実もじわじわと溶けてくる。
 すっかり溶けたら、お箸で溶けたチョコレートを探る。
 外側二ミリの厚さ部分がお箸にひっかかってくるので、それは大事に保管しておく。
この部分は通常、「濃厚チョコ」と呼ばれる。

 濃厚チョコはにおいがつかないガラスタッパーに入れ、冷やす効果のある貯蔵庫に保管しておくのがいちばんいい。
 使うときは必要なぶんだけ取り出し、レシピどおりに料理すればさまざまなスイーツに生まれ変わる。
 リーシアは濃厚チョコを保管し終わると、湯せんが終わったチョコレートのほうに移った。

 ここにククレエッセンスを入れ、混ぜる。
 ククレエッセンスはバニラエッセンスのククレ版だ。
 ククレとははちみつの香りのする木の実で、エッセンスにしたものを料理に適量混ぜるとはちみつの香りが漂い、芳醇な味にもなる。
 こちらは調味料が陳列された棚にあったので、それを使う。

 練り込むように混ぜ終わったチョコレートを、ノーラ壺に分量どおりの水とともに入れた。
 今回は植物の気持ちをということだったので、はちみつは入れない。
蜂の気持ちも知りたいというのであれば、あとからそれ用にまたはちみつ入りのジュースを作るつもりだ。

 あとは「植物の気持ちがわかりますように」とひたすら念じる。
 壺の中からぐつぐつと音が立っていたが、まもなくチン、とできあがりの合図が鳴った。

 ノーラ壺の中央部分が開いたので、覗いてみる。
 ボウルごと入れたので、中まではよく見えない。
 パーラーを使ってボウルを取り出してみると、中に入っていたチョコレートはいい感じにとろっとなっている。
 入れる前よりもつやつやとしていて、はちみつの香りもする。
 錬金術は失敗作だとどんなものでも真っ黒に焦げるので、これは失敗作ではないとわかる。

 リーシアは、ほっとした。
 初めての依頼の品を、ちゃんとうまく作ることができた!

「うまくいったみたいね」

 ノーラの声色もうれしそうだ。

「うん!」

 リーシアは元気よくうなずいた。
 ボウルから粗熱が取れるのを待ち、ガラス瓶の中に入れ替える。
 ジュースの瓶や普通の瓶など、こういった容器は昔から雑貨屋さんから仕入れている。常に在庫を確認して注文しているので、不便はない。
 ちょうどジュース瓶一本ぶんの容量のチョコの実ジュースが完成した。

 ノーラをひとり?にしておくのは心配だったので、チョコの実ジュースと一緒にノーラ壺もバッグに入れて歩いていく。
 郵便配達のお兄さん、ナナヤ・シオットの家は王都アレクシアの中でもはずれのほうにあった。
 すぐ裏には野原と花畑が広がっており、向こうのほうには山々が連なっているのが見える。
 家の脇にはちょろちょろと小川が流れており、まるで田舎にきたようでほっと心が落ち着く場所だった。

 ナナヤの家自体もこぢんまりとしており、童話に出てくる小人の家のようなかわいらしさだ。
 赤い屋根にレンガの塀、けれどその広々とした庭にはナナヤが言っていたとおり、鬱蒼と植物がはびこっている。
 これは確かに災難だろう。

 地面を這う蔦をよけて歩きながら、リーシアは木の扉までたどり着き、コンコンとノックをした。
 時刻は夕方にさしかかるところ。郵便配達の仕事は一段落しているだろうと考えてすぐに訪問したのだが、はたしてすぐに「はい」とナナヤが扉を開けて顔を出した。
 リーシアの姿を認めると驚いたように目を見開く。

「リーシアさん? もう品物ができあがったんですか?」
「はい。無事に完成しました。簡単なものだったので……。たぶん効果も問題ないとは思うんですが、一応飲んでみていただけませんか? もし効果がない場合、すぐに作り直しますので」
「わかりました。ありがとうございます」

 ではどうぞこちらへ、とナナヤに言われて家の中に入ると、彼が言ったとおり床の上にも植物の蔦が這っている。
 つまずかないように注意を促しつつ、ナナヤはリーシアによく冷えたオレンジジュースを出してくれた。

「では、飲みます」
「はい!」

 ナナヤはリーシアがバッグから出して渡したジュースの瓶を持つと、ぐいっと一息に飲み干した。
 自分が作った品物をこうして実際に誰かが使用するのを見るのは、これが初めてだ。
 リーシアも緊張し、手に汗を握る。
 ナナヤはぷはっと息をつくと、ほう、とため息をついた。

「これものすごくおいしいですね! 効果がなくても売り物にしてほしいくらいです」
「ありがとうございます! それで……どうですか?」

 リーシアに尋ねられ、ナナヤはしばし耳を澄ませた。
 そして「あっ」と声を上げた。

「なんだか声が聞こえてきました」
「どんな声でしょう?」

 思わず身を乗り出すリーシア。

「女性のように高い声、男の子のような声……男性のような声。さまざまですが……どれも聞き覚えのない声です」
「なんてしゃべってますか?」
「水を根っこのほうではなく葉っぱに霧吹きでかけてくれとか……蔦は芽のうちに間引いてくれとか……内容から言ってこれは植物の声ですよね……! ほんとにすごい!」

 嘘を言っているようには聞こえない。
 そのあとリーシアも手伝って葉っぱに霧吹きで水をかけたり、余分な蔦を「植物の言うとおり」に丁寧に処分したりすると、その短時間のうちに植物たちは見る間に元気を取り戻した。
 来た時よりもどの植物も葉っぱの艶がつやつやと明らかによくなっている。
 ナナヤも満足そうに微笑んだ。

「植物たちがそれぞれに『ありがとう』と言っています。ぼくにだけではなく、リーシアさん。あなたにも」
「わたしもうれしいです……!」

 リーシアも笑顔になった。
 ナナヤはとても感謝してくれ、依頼料を通常よりも多く払ってくれた。
 チョコの実ジュースの効果は一週間。値段は一本百リル。オレンジジュースと値段はほぼ変わらない。
 その安さにもナナヤは感動し、「それでほんとにやっていけるんですか」「アトリエがつぶれてしまったりはしませんか」などと心配してくれたりもした。

 結局ナナヤは追加注文でとりあえず一ヵ月ぶん購入してくれた。
 そのぶんはリーシアが追加で作り、アトリエまでついてきたナナヤがそのまま購入し、自宅に持って行った。
 もう夜になるからと、わざわざアトリエまで出向いてくれたのだ。
 一ヵ月ぶんというのも、一気に作るとリーシアが疲れるだろうと配慮してくれてのことだ。

 本当は半年分ほど買い置きが欲しかったらしい。
 これからも少しずつ作り置きしておくからと約束すると、ナナヤは「ありがとうございます」ともう一度、うれしそうに笑ってくれた。

 その夜、リーシアは夕飯をちょっと奮発してミニステーキにコーンポタージュ、ポテトサラダにデザートにはヨーグルトつきのフルーツパンケーキを作り、ノーラとお祝いをした。
 さすがに未成年なのでお酒は飲めないから、フルーツジュースで乾杯だ。
 ノーラ壺の前にもフルーツジュースを置き、ふたりのつもりで祝杯を挙げた。

「リーシア、改めて初の依頼成功おめでとう!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」

 初日でたくさんお客さんもきてくれ、品物も完売した。
 そのうえ依頼人まできてリーシアひとりでこなすことができた。
 なによりお客さんたちが満足そうにしていたこと、そして初の依頼人であるナナヤのうれしそうな姿が忘れられない。

「お客さんの笑顔って、励みになるね!」
「そうなのよそうなのよ、ようやくリーシアとそういう話ができてお姉ちゃんうれしいわ!」

 この調子でまた明日もお客さんがきてくれるといいね、とふたりで話に花が咲いた。

 ★チョコの実ジュース──ひと瓶100リル。
  のどごし豊かなチョコレートのお飲み物です。
  ※効果:植物の気持ちが一週間のあいだわかります。
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