花形見~君の笑顔を見るために~

希彗まゆ

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第4話 突然できた彼氏

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サハナサヅキの夢を見られればいいのに、と願ったけれど。
春山くんに話したことが気になって、ほとんど眠れなかった。
うとうととしたと思ったら、もう朝で──。

学校行きたくないな……。
のろのろと支度をして、おばあちゃんが用意してくれた朝ご飯を食べる。
大根のお味噌汁を3分の1くらい飲んだとき、おばあちゃんが玄関から声をかけてきた。

「花織ー、お友達がきてるよ」

のんびりした性格のおばあちゃんは、めったなことでは驚かない。
だから声も、いつものんびりしている。
今まで3ヶ月間、友達が家に迎えにくるなんてことはなかったのに……誰だろう。
この家も誰にも教えてないから、見当がつかない。

「今行く」

ししゃもとご飯をかきこんで、お味噌汁で流し込む。
鞄を持って、玄関に行って──硬直した。
そこにいたのは、今一番恐い存在の春山くんだった。
わたしが声も出せないでいると、春山くんはニコッといつもの笑みを見せる。

「そんな青ざめてないでさ、一緒に学校行こう。俺のこともっと信用してくれていいから」
「信用……?」

いつもどおりの口調で言われて、更に戸惑う。
春山くんは、わたしの手から鞄を取り上げて庭に出る。

「そ。俺、そんなに恐くないよ?」
「ま……って」

慌てて靴を履いて追いかけた。
春山くんは庭を出て、学校への道を歩く。

「なんで、うちが分かったの?」
「住所録から」

種明かしされると、なあんだ、と思う。

「鞄、返して。自分で持つから」
「なんで?」
「誰かに見られたら、噂になるでしょ?」
「いいじゃん。言わせておけば」

そりゃ、春山くんはいいかもしれないけど。

「わたし、平和が好きなの。平穏が一番」
「はみ出したくない?」

サァッと朝の風が心地よく走り抜けていく。
肩までの髪の毛が風に舞って、急いで手でとかしつけた。

「誰だって、そうだよ」
「俺はふたりなら、恐くない」

真顔で言われて、一瞬ドキッとする。
春山くん、いつも笑ってるイメージだから。
急にこんな顔されると、心臓に悪い。

サハナサヅキ……わたしは彼に、恋してるのに。
こんなの不純だ。

「いいから、返して」

半ば強引に鞄を奪い取って、早足で学校に向かう。
十字路で、クラスメートの女の子たちに会った。

「おはよー、桃園さん。と……春山くん?」
「え、なに? ふたり一緒に登校?」

また、これだもん。
イヤだなあ……。
わたしはため息をつきつつ、挨拶を返す。

「おはよう。春山くんとはぐ」
「今朝からつきあい始めたんだよ」

偶然会ったんだよ、と言おうとしたわたしの言葉を見事に奪い取って。
春山くんは、とんでもないことを言った。
クラスメートの子たちが、「えーっ!」と悲鳴を上げる。

「ちょ、春山くん何言ってんの!」

焦るわたしを置いて、春山くんは走り出す。
慌てて追いかけた。
次は何を吹聴されるか分からない──!

学校に着いて、下駄箱で靴を履き替えて。
その間にも春山くんは、いろんな生徒たちから挨拶されていた。
同じクラスじゃない子からも、上級生からも。

人脈あるんだ……当たり前か、あんな肩書きつけられるくらいだもんね。
そして挨拶ついでに、

「俺と桃園、つきあうことになったから」

なんて付け足しては教室に向かう。

「違っ……春山くん!」

階段の踊り場で彼はふと立ち止まって。
追いついてきたわたしの顔を、覗き込むようにして言った。

「つきあうのは、表向きだけでいい。お前を、俺に守らせて?」

うっ……。
こんなこと本気で言う男の子がいるなんて。
そして、まさか自分が言われる立場になるなんて……生まれてこのかた、夢にも思わなかった。

「な、なにそれ。同情?」

トクトク鳴り出す心臓に慌てながら、わざとつんとしてみせる。
春山くんはわたしの鼻を軽くつまんだ。

「あんなことくらいで、同情なんかすると思う? 悪いけど俺、そこまでお人好しじゃないよ」

その指をぱっと振りほどいたわたしの手を、狙いすましたように握る。
男の子に手を握られるなんて慣れてなくて、顔が熱くなった。

「真っ赤。……可愛い」
「う、うるさいっ……離してよ!」
「俺に守らせてくれるなら、指一本触れない」

なんだかよく分からない理屈。

だけどその瞳があまりにも真剣だったから……
握りしめてくる手が、あまりにも優しくてあたたかかったから……
胸の鼓動が増して、どうしようもなくなった。

「わ……分かった、好きにしたら?」

我ながら、なんて可愛くない言い方。
だけど春山くんは気にしたふうもなく、ニコッと笑った。

「サンキュ」

そしてわたしの手を引っ張るようにして、教室に行く。

「ちょっと……離してって、」
「おっはよー! 今日から俺たち、つきあうことになりましたっ!」

教室の扉をガラリと開いて、大声で宣言した。
一瞬、教室の中が静まり返る。
春山くんとわたしに集中する視線。
好奇のものと、突き刺すようなものと。
前者は主に男子からで、後者は言わずもがな、女子からだ。
守るより先に、敵作っちゃってるじゃんっ……。

「うおー、春山、マジで!?」
「桃園さんと? 馴れ初め聞かせろよ!」

いっせいに駆け寄ってくる男子たちに反して、女子は恐いくらいに静か。
視線は全然静かじゃないけど。
春山くんは、みんなを見渡して更に言った。

「この件での質問や抗議があったら、全部俺に言うこと! 俺が無理矢理つきあってもらったから、桃園さん……花織に迷惑かけたくないんだ。俺の友達でいてくれるなら、頼むよ。あ! あと、花織を横取りするのもナシだからな!」

男子たちは、台詞の後半で冷やかし始めた。

「結局はノロケかよ!」
「誰もお前の彼女とんないって!」

ホント……こんな欠陥だらけの女の子、わざわざ選ぶ人はいないよ。
呼び捨てにされて、また少し胸が高鳴るのをおさえようとしながら、思う。

「花織ー! おめでとー!」

今までびっくりしたようにこちらを見ていた佳代が、笑顔で抱き着いてくる。

「ね、サハナサヅキの彼って春山くんのことだったの? だからつきあうことにしたの?」

無邪気なその質問に、わたしの思考が止まった。
サハナサヅキの彼が……春山くん……?

そんなこと……考えつきもしなかった。

だけど……もし、
もし……そうだとしたら……?

恐る恐る視線を向けると、春山くんはわたしをじっと見つめている。
かと思ったら、佳代のほうに笑顔を向けた。

「こらー佐々岡(ささおか)、質問は俺にって言ってるだろ」
「あっそうだった! ごめん!」

佳代は慌てて謝って、気にするようにわたしを見る。

「花織……? ごめんね、あたし舞い上がっちゃって……あたしバカだから、もしかして地雷踏んだ……?」
「ううん」

できるだけいつもの愛想笑いを浮かべてみせる。

「全然大丈夫だよ」

男子たちと女子の何人かはそれから、席に着いた春山くんを囲んで。
ホームルームが始まるまで、騒いでいた。

佳代も行きたそうだったけど、わたしがひとりになることをためらって斜め前の自分の席に着いたまま。

いつもなら、行っていいよ、って言ってあげるんだけど……
今日は、余裕がなかった。

サハナサヅキの彼が……春山くんのはずがない。
だってサハナサヅキの彼はもっと、雰囲気が穏やかで優しくてゆるやか。
きっと春山くんみたいに、よくも悪くもキッパリしてない。

だけど……もし、もしも……そうだったら……?

もらった姫女苑と、芝生で草花に囲まれていた春山くんが脳裏に浮かぶ。
昨日まで普通にあった日常が、急に180度変わってしまったように感じられた。
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