月下の約束~君を求め君を愛す~

希彗まゆ

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守りたいもの

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──リョウ。リョウは将来、何になりたい?

小さなころから、リョウの隣にはいつも姉の姿があった。共働きの両親より、十歳年の離れた姉の黎子(れいこ)がよくリョウの面倒を見てくれた。

──リョウは夢を見つけたら、絶対に勝ち取るのよ。お姉ちゃん、応援してるから。

そんな黎子に、リョウはいつも言っていたものだ。

──俺は大きくなったら、好きな人を守れる人になりたい!

ませてるわね、と黎子は笑ったが、でもそれはとても大事なことよ、とも言ってくれた。
リョウがよく眠るようになったのは、おととしの夏、黎子が事故で帰らぬ人となってからだ。眠ればいつも、黎子が夢に出てきたから。それからクセのように、リョウは暇さえあれば眠るようになった。一度寝たらなかなか起きないというオプションつきで。もし自分が少しの気配で起きることができる人間だったら、月花があの小屋を抜け出したときも止めてあげることができただろうに。

──月花……。

月花の面立ちは、どこか黎子に似ている。高校に入学してすぐに、リョウは月花を見つけた。同じクラスの、そんなに目立たない女の子。すぐに告白してくる女子とも違う、いつもアイという美しくて不思議な男子と一緒にいる子。でも、いままでリョウの周りにいた誰よりも、黎子の面影があった。
ひと月観察し続けて、気がつけば告白していた。あのときの月花の驚いた顔は、まだ忘れられない。そんな不純な動機で、リョウは月花とつきあい始めた。

もし月花がそのことを知ったら、月花はどう思うだろう。そう思うと胸が痛んだが、月花といると黎子といたときのように楽しくなれた。懐かしい気持ちになれた。だから、リョウは月花の傍にいた。月花の言うことなら、なんでも聞いてあげられた。これからも、そんな日々が続くと思っていた──。

「……おい、いつまで寝てんだよ。起きろ!」

耳元で怒鳴られて、リョウは目をこすりながら寝返りを打った。目の前に、セレネータの顔がある。
イファンが従える行列が過ぎてから、セレネータとこっそりと宿舎に戻ってきたリョウは、泊まらせてもらう代わりに何か手伝えることはないかと申し出て、部屋の掃除をしていたのだった。ベッドのシーツを取り換えるところまでやって、そこで洗いたての石鹸の香りに負けて横になったのが運の尽き。そのまま寝てしまっていた。

「──セレネータさん」
「ったく、異世界に来たってわかったのに、よくここまで無防備に寝てられるな」

起き上がるリョウを、セレネータは呆れたように見下ろす。このセレネータも自分より身長が高いな、なんてのんきなことを考えていると、「来いよ」と手を引っ張られた。そのまま宿舎を出て、再び急ぎ足で城下町に出る。外はもう夕暮れ時で、ご飯支度のため買い物をする人々で溢れ返っていた。その裏通りのほうを選んでセレネータは歩いていく。

「あの、どこに行くんですか?」
「宿舎に泊めるのはやめだ」
「え?」
「あとおまえ、いまからリョウって名乗るのやめろ」
「は?」

セレネータの言っている意味がわからない。なにがなんだかわからないうちに、一軒の店へたどり着いた。なんの店かよくわからないが、様々な美しい天然石がたくさん棚に並べられている。

「おいイルメーダ! いるか!?」

カウンターの前まで来てセレネータが呼ぶと、向こう側の階段から、身体にぴったりとした黒い服を着たエキセントリックな顔立ちの美女が現れた。

「そんなに大声を出さなくても聞こえるよ、セレネータ。まだ店の時間じゃないけど?」

気だるそうに言う彼女に、セレネータは口早に告げる。

「こいつをしばらくの間、預かってほしい。なにか適当に名前をつけてやってくれ。その名前以外、名乗らせないように」
「また面倒なことにでも巻き込まれたのかい?」
「いずれわかるだろうから言うけど、アイって名前とリョウって名前の人間すべての捜索が始まる」

自分の名前だけでなく、アイの名前も出たことにリョウは驚く。セレネータは真剣な顔つきで続けた。

「で、見つかった順にそいつらは殺されるらしい」
「大方、イファン王子の命令なんだろうね」

イルメーダは特別驚きもしないで相槌を打つ。

「その通り。まったくめんどくさいことになったぜ」
「なんで、そんな命令が?」

リョウの質問に、セレネータは「さぁな」と肩をすくめる。

「イファン王子の命令なんて、大抵そんなもんなんだよ」

そんなもんって。それだけで済まされるようなことなのだろうか。

「それで」

イルメーダが、リョウを見る。

「この子がアイ? それともリョウ?」
「リョウ。でも他の奴には絶対に言うなよ」

リョウの代わりにセレネータが答える。

「わかってる」

イルメーダは口の端を上げ、リョウの瞳をじっと見上げた。
年の頃は二十代後半くらいだろうか。黒髪に、不思議な黄色い瞳。美しい獣みたいだな、というのがイルメーダに対するリョウの印象である。

「──レイン。いまからあんたの名前は、レインだよ。いいね?」

イファンのその無茶苦茶な命令にまだついていけていないリョウだが、とりあえず別の名を名乗らないと殺されるというのなら仕方がない。黙ってうなずいた。

「服もまずいな、そのままじゃ目立つ」
「用意するよ。たぶんサイズも大丈夫だと思う」

リョウの制服を見て言うセレネータに、イルメーダは改めてリョウの足先から頭のてっぺんまでを見つめてくる。なんとなく気恥ずかしくなって、リョウは目を伏せた。どうも自分は、年上の女性には弱いらしい。

「赤くなってる場合じゃねぇよ。とりあえず、いいって言うまでイルメーダの世話になってろ」

なにかと世話を焼いてくれるセレネータに感謝しながら、リョウは尋ねる。

「でも、明日は? 明日になったら月花に会わせてもらう約束ですよ」
「そんなのもうナシだ。ツキカはイファンが連れてった」

リョウは目をみはる。

「連れていったって……どこへ?」
「隣国のヤンへだ」
「どうして!」

いきり立つリョウに、

「俺が知るか」

とセレネータは疲れたように肩を回す。

「ヤンへ会いに行くにしても、一通りの騒ぎが収まってからのほうがいい。下手するとおまえまで命を失うぜ」

まるで月花がもう命を失う運命のような言い方に、リョウはぐっと拳を握る。
だが、イファンに連れて行かれたのならセレネータの言い方も分からないでもない。昼過ぎにイファン王子の行列を見送った、あのときの騒ぎを思い出す。母親達が子供達を急いで家の中に隠したいほどの危険人物。イファンが城へと入るまでの間、人々は皆息をひそめていた。リョウにはまだイファンのなにが恐いのかがわからないが、あれほど恐れられているからにはそれなりの理由があるのだろう。

──いま、俺が命を落とすわけにはいかない。

「守りたいものがあるんだね」

優しいその言葉に、はっとリョウは顔を上げる。イルメーダが、慈しむような瞳で自分を見上げていた。

「そんな顔をするんじゃないよ。自分の命を守ることが、いアノアんたの使命だと思いな」

イルメーダの声は低めで穏やかで優しい。リョウの中で煮え切らなかったなにかが、不思議と静かにおさまっていくのがわかる。それを見て取ったのか、イルメーダは右手を差し出した。

「わたしはイルメーダ。今日から店を手伝ってもらうよ。レイン、よろしくね」
「──はい」

一瞬、月花の笑顔が脳裏をよぎる。振り切るようにして、リョウはイルメーダの手を握った。
悔しいけれどいま、リョウには他に為す術はなかった。
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