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『片』
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250年ほど前──まだ巨大流砂が出現し始める以前、世界がまだ、それでもかろうじて人間たちの手に負えるだけの災害しか知らなかったころ──『母なる都』と呼ばれる研究所があった。
どの街にも属しておらず、研究所は研究所でも、立派にひとつの「街」として独立していた。
そこに、能力者の研究を進める4人の科学者がいた。
ごく少ない割合ではあったけれど、世界のあちこちで覚醒をはじめた能力者たちの研究を、彼らは任せられていた。
『母なる都』には科学の粋が結集しており、そこに集まる科学者たちも皆一流の者ばかりだったが、この4人はその中でもトップレベルの人間だった。
更にその中でも目立ったのは、緑炎(ろくえ)という銀髪の青年だった。
彼は相当に目をひく美青年だったが、まったくといっていいほど表情を出すことのない人間だった。
緑炎はある日、それまでこもっていた彼専用の研究室から出て、そこにいた仲間たちに、『片(チップ)』というものを発明したと報告した。
「それは、どのようなものなのですか」
緑炎の助手でもある女科学者、紫嵐(しらん)が尋ねた。
紫色のベリーショートの、冷たい印象の女性である。
「チカラを集積する機能を持っている。これを『母体』──研究所のマザーコンピュータである機械に取り付ける。『母体』にチカラを集積できれば、能力者やチカラの解明がより一層進むだろう」
緑炎の持っている小さな機械を、藍色の髪の女性が覗き込んだ。
彼女の名は彩地(あやち)といい、紫嵐のふたつ上の姉であった。
冬のような印象の紫嵐と違い、こちらはやわらかな、春のような雰囲気を持っていた。
「うわあ、小さいのね。でも、上(トップ)が許してくれるかしら?」
「俺が頼んでみる」
黒髪の青年が、広げていた新聞をたたんで言った。
彼は毬黄(いがき)といい、緑炎のパートナーであり、唯一の親友でもある。
緑炎ほどではないが、彼もまた美しく整った顔立ちをしていた。
「上は緑炎の頭脳を認めてる。許可はもらえるだろうぜ」
そして毬黄の言った通り、研究所はあっさりとその初めての試みを承諾した。
研究所は能力的には緑炎を、そして判断力では毬黄を全面的に認めていたのだ。
緑炎と毬黄は、ふたりの女科学者と共に『片』をマザーコンピュータ──『母体』に導入することに成功した。
そしてその、人ならぬチカラを持ったためうとまれ、恐怖されて身の置き所のない能力者たちを要請した。
はじめは、3人の能力者が研究所の門を叩いた。
彼らはそれぞれ別の街からやってきて、途中で合流したのだと語った。
「この研究所の敷地内に、施設を建てた。あなたたちはそこに住んでくれていい。行き場所が見つかるまで、あるいは一生でも」
3人を前にして、緑炎は説明した。
「その代わりに、あなたたちの持つチカラを我々に分けてほしい。全部ではなく、少しだけ」
能力者たちは、不思議そうに顔を見合わせる。
「あの、チカラを分けるって……?」
一番歳が上と思われる、年配の男が尋ねた。
緑炎は立ち上がり、3人を連れて『母体』の部屋へ行った。
巨大な機械の群れが連なり、複雑に絡み合って遥かに高い天井まで続いている。
圧倒されて、能力者たちはしばらく口を開きっぱなしにしていた。
「これがマザーコンピュータ──これには様々なものがつまっている。世界中のどんな情報でも、どんなに細かなことでも引き出すのに30分とかからない……あなたたちに関することだけが未登録だ」
能力者たちは、ごくりと唾をのみこむ。
「この『母体』に、チカラを集める機能をつけた。別室のカプセルに入って数時間眠ってくれていれば、自動的に『母体』へチカラが流れ込んでいく」
「それでは、わたしたちのチカラをなくしてしまうこともできるのですか!?」
興奮したように、若い女性が口を開いた。
緑炎はかぶりを振る。
「そこまで研究は進んでいない。しかしあなたたちの協力があれば、チカラの未だ解明されない部分もきっと見えてくるだろう。その時にチカラをなくす方法が分かれば、あなたたちに提供しよう」
「わたし、やるわ」
決心したように、若い女性が進み出た。
待機していた紫嵐がカプセルの部屋へ案内する。
マザーコンピュータと隣接した部屋で、大きなガラス張りになっており、そこからはまるで大きな怪物のようなマザーコンピュータが見えた。
「服を脱いで。そのイヤリングも、時計も取ってね」
服を入れる籠を用意して、彩地が指示をする。
若い女性はガラス張りの向こうを見てためらったが、「今だけは、向こうからは見えないようにしてあるわ」という彩地の言葉に安心し、身にまとっているものをすべて取り去り、カプセルの脇に立った。
カプセルは縦長で、床に直立している。
人型大で、中は薄い水色に淡く輝いていた。
紫嵐が操作して、蓋が開く。
若い女性は恐る恐る中に入った。
「硬くならないで、楽にしていて。コードがのびてくるけど、大丈夫だから」
彩地が話している間に、紫嵐がそばの装置のボタンをいくつか押し、蓋が閉じる。
紫嵐の操作通り、カプセルの中で数本の赤いコードがのび、若い女性の肌に取りついた。
コードの先がわずかに肌に食い込み、色が赤から女性の肌の色へと変わっていく。
「着床は?」
妹の確認に、彩地はうなずく。
「成功。うまくこの人の身体の一部になったようよ」
「では、注入します」
コードを通し、若い女性の体内に薬が流れ込んでいく。
女性は少し顔を歪めたが、次第に瞼を閉じた。
「睡眠に入ったわ」
彩地の言葉に、紫嵐は最後のボタンを押す。
「『片』を作動させた。姉さん、モニターに注目してください」
「言われなくても、だわ」
彩地はカプセルから、壁に取りつけてあるいくつものモニターへ視線を移す。
画面の中で何本もの線が左から右へと走り、それが山をつくるように膨れ上がった。
マザーコンピュータの前で毬黄は、チカラを集積することによって淡い緑色に輝き始めた、この巨大な機械群を感動に打ち震えながら見上げていた。
「すごい! チカラが集まっていく……大成功だ、緑炎!」
緑炎はその隣で、あくまでも表情を崩さずに、ただひとつうなずいたのみであった。
最初の集積がうまくいったため、それから来る日も来る日も『母なる都』に能力者たちが集まってきた。
能力者たちは研究所が建設し、管理する施設で安眠の場所を得、緑炎と毬黄は集積したチカラから次々に得られる未知の情報に夢中になった。
どの街にも属しておらず、研究所は研究所でも、立派にひとつの「街」として独立していた。
そこに、能力者の研究を進める4人の科学者がいた。
ごく少ない割合ではあったけれど、世界のあちこちで覚醒をはじめた能力者たちの研究を、彼らは任せられていた。
『母なる都』には科学の粋が結集しており、そこに集まる科学者たちも皆一流の者ばかりだったが、この4人はその中でもトップレベルの人間だった。
更にその中でも目立ったのは、緑炎(ろくえ)という銀髪の青年だった。
彼は相当に目をひく美青年だったが、まったくといっていいほど表情を出すことのない人間だった。
緑炎はある日、それまでこもっていた彼専用の研究室から出て、そこにいた仲間たちに、『片(チップ)』というものを発明したと報告した。
「それは、どのようなものなのですか」
緑炎の助手でもある女科学者、紫嵐(しらん)が尋ねた。
紫色のベリーショートの、冷たい印象の女性である。
「チカラを集積する機能を持っている。これを『母体』──研究所のマザーコンピュータである機械に取り付ける。『母体』にチカラを集積できれば、能力者やチカラの解明がより一層進むだろう」
緑炎の持っている小さな機械を、藍色の髪の女性が覗き込んだ。
彼女の名は彩地(あやち)といい、紫嵐のふたつ上の姉であった。
冬のような印象の紫嵐と違い、こちらはやわらかな、春のような雰囲気を持っていた。
「うわあ、小さいのね。でも、上(トップ)が許してくれるかしら?」
「俺が頼んでみる」
黒髪の青年が、広げていた新聞をたたんで言った。
彼は毬黄(いがき)といい、緑炎のパートナーであり、唯一の親友でもある。
緑炎ほどではないが、彼もまた美しく整った顔立ちをしていた。
「上は緑炎の頭脳を認めてる。許可はもらえるだろうぜ」
そして毬黄の言った通り、研究所はあっさりとその初めての試みを承諾した。
研究所は能力的には緑炎を、そして判断力では毬黄を全面的に認めていたのだ。
緑炎と毬黄は、ふたりの女科学者と共に『片』をマザーコンピュータ──『母体』に導入することに成功した。
そしてその、人ならぬチカラを持ったためうとまれ、恐怖されて身の置き所のない能力者たちを要請した。
はじめは、3人の能力者が研究所の門を叩いた。
彼らはそれぞれ別の街からやってきて、途中で合流したのだと語った。
「この研究所の敷地内に、施設を建てた。あなたたちはそこに住んでくれていい。行き場所が見つかるまで、あるいは一生でも」
3人を前にして、緑炎は説明した。
「その代わりに、あなたたちの持つチカラを我々に分けてほしい。全部ではなく、少しだけ」
能力者たちは、不思議そうに顔を見合わせる。
「あの、チカラを分けるって……?」
一番歳が上と思われる、年配の男が尋ねた。
緑炎は立ち上がり、3人を連れて『母体』の部屋へ行った。
巨大な機械の群れが連なり、複雑に絡み合って遥かに高い天井まで続いている。
圧倒されて、能力者たちはしばらく口を開きっぱなしにしていた。
「これがマザーコンピュータ──これには様々なものがつまっている。世界中のどんな情報でも、どんなに細かなことでも引き出すのに30分とかからない……あなたたちに関することだけが未登録だ」
能力者たちは、ごくりと唾をのみこむ。
「この『母体』に、チカラを集める機能をつけた。別室のカプセルに入って数時間眠ってくれていれば、自動的に『母体』へチカラが流れ込んでいく」
「それでは、わたしたちのチカラをなくしてしまうこともできるのですか!?」
興奮したように、若い女性が口を開いた。
緑炎はかぶりを振る。
「そこまで研究は進んでいない。しかしあなたたちの協力があれば、チカラの未だ解明されない部分もきっと見えてくるだろう。その時にチカラをなくす方法が分かれば、あなたたちに提供しよう」
「わたし、やるわ」
決心したように、若い女性が進み出た。
待機していた紫嵐がカプセルの部屋へ案内する。
マザーコンピュータと隣接した部屋で、大きなガラス張りになっており、そこからはまるで大きな怪物のようなマザーコンピュータが見えた。
「服を脱いで。そのイヤリングも、時計も取ってね」
服を入れる籠を用意して、彩地が指示をする。
若い女性はガラス張りの向こうを見てためらったが、「今だけは、向こうからは見えないようにしてあるわ」という彩地の言葉に安心し、身にまとっているものをすべて取り去り、カプセルの脇に立った。
カプセルは縦長で、床に直立している。
人型大で、中は薄い水色に淡く輝いていた。
紫嵐が操作して、蓋が開く。
若い女性は恐る恐る中に入った。
「硬くならないで、楽にしていて。コードがのびてくるけど、大丈夫だから」
彩地が話している間に、紫嵐がそばの装置のボタンをいくつか押し、蓋が閉じる。
紫嵐の操作通り、カプセルの中で数本の赤いコードがのび、若い女性の肌に取りついた。
コードの先がわずかに肌に食い込み、色が赤から女性の肌の色へと変わっていく。
「着床は?」
妹の確認に、彩地はうなずく。
「成功。うまくこの人の身体の一部になったようよ」
「では、注入します」
コードを通し、若い女性の体内に薬が流れ込んでいく。
女性は少し顔を歪めたが、次第に瞼を閉じた。
「睡眠に入ったわ」
彩地の言葉に、紫嵐は最後のボタンを押す。
「『片』を作動させた。姉さん、モニターに注目してください」
「言われなくても、だわ」
彩地はカプセルから、壁に取りつけてあるいくつものモニターへ視線を移す。
画面の中で何本もの線が左から右へと走り、それが山をつくるように膨れ上がった。
マザーコンピュータの前で毬黄は、チカラを集積することによって淡い緑色に輝き始めた、この巨大な機械群を感動に打ち震えながら見上げていた。
「すごい! チカラが集まっていく……大成功だ、緑炎!」
緑炎はその隣で、あくまでも表情を崩さずに、ただひとつうなずいたのみであった。
最初の集積がうまくいったため、それから来る日も来る日も『母なる都』に能力者たちが集まってきた。
能力者たちは研究所が建設し、管理する施設で安眠の場所を得、緑炎と毬黄は集積したチカラから次々に得られる未知の情報に夢中になった。
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