LOVE PHANTOM-罪深き天使の夢-

希彗まゆ

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崩壊1

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緑炎が空水の部屋を訪れた日からちょうど二週間後、空水は迎えにきた彩地と共に研究所へ向かった。

水琴は風火と遊ぶために庭に行っている。
あの少年はしっかりしているから、心配はないだろう。

「これが『母体』です。簡単に説明しましょう」

『母体』を前に、緑炎は自らチカラの集積についての説明をした。
空水は生返事をしていたが、やがて説明が終わると、なにか思いをこめた瞳で『母体』を見上げた。

「……あまり回復していないようですね。体力的にではなく……精神的に」

緑炎の言葉に、空水は哀しそうに目を伏せる。

「わたし──チカラをコントロールできないのです。そのため今までに、色々なものを破壊してきました。村にひとつしかない井戸を埋めてしまったり、隣村とをつなぐ橋を崩してしまったり──。それでもそんなわたしを、琴藍は受け入れてくれた」
「琴藍?」
「……わたしの、夫です」

その虚ろな瞳に言い知れぬいやな予感を覚えたが、珍しく判断を戸惑っているうちに空水は彩地に促されて隣の部屋へ移ってしまった。

紫嵐の操作で、窓が乳白色へ変化する。
もうこちらからは向こうの様子が分からない。

緑炎はしばらく考えていたが、離れたところで見学を決め込もうとしていた毬黄を呼んだ。

「空水の関係者の情報は、『母体』に入っているな」
「どんな情報でも、とりあえず入ってるはずだぜ。でも、何故だ?」

緑炎はコンピュータパネルを操作し、「琴藍」についての情報を『母体に』に要求した。
画面を見ていた毬黄は、慌てる。

「おい緑炎!? たとえ俺たちでも個人情報(プライベート)を引き出すのは禁止されているんだぜ!」
「なにかあれば俺が責任を取る」

緑炎がここまで言うとは相当なことだ。
なにか引っかかるものを感じているのだろう。

画面に情報が流れ始める。

「琴藍」に関すること──顔写真は、ごく最近のものだ。
翠色の髪の毛に、黒い瞳を持った青年。
穏やかな性質だとひと目で分かるような、柔和な顔立ちをしていた。

画面に出現する文字を片っぱしから目で追っていた緑炎は、一ヶ所で視線を止めた。

──○○月××日、二十六歳三カ月十日で逝去。原因は、妻(空水)の発した制御不能の破壊的精神──チカラ──によるもの。

「集積中止!」

緑炎が声を張り上げる。
部屋では既にコードの着床が完了したところだったが、スピーカーから流れる緑炎の命令を聞いて、彩地が薬の注入を中止した。

しかし。

「駄目、姉さん。少し遅かったようです」

紫嵐の言葉に、彩地はカプセルを振り返る。
既に集積が始まってしまっていた。

「止めなくちゃ……緑炎に何か考えがあるんだわ。電源自体を切ればなんとかなるでしょう?」
「できません。集積が始まってしまった今、このカプセルと『母体』とは一体になっている。こちらの電源を切れば『母体』にも支障が出てしまいます」

そうなれば研究所だけではなく、下手をすれば世界中の情報機能が影響を受けることになる。

「それでもいい、電源を切れ!」

スピーカーから、緑炎の声。
彩地は戸惑ったが、紫嵐はすぐに行動に移った。
電源を切るべく、コンピュータパネルに羅列するスイッチを叩き始める。

しかし『母体』相手ともなれば、そう簡単にはいかない。
緑炎と毬黄が飛び込んできたのを見て、彩地が報告する。

「電源が完全に切れるまで、あと一時間はかかるわ」
「鍵(ロック)を自動解除に設定しろ。それなら15分あれば間に合う」
「でも、それでは外部からの接触が完全に不可能になってしまうわ。少なくとも一ヶ月の間は、『母体』は眠ったままになるのよ!?」
「鍵(ロック)、自動解除に設定を変更します」

彩地の傍らで、紫嵐が冷たい声色で言う。
彩地は妹を一瞥し、緑炎を見据えた。

「どういうことなの? 何が起こっているのか説明してちょうだい」

緑炎はカプセルを見つめる。
彼の判断に間違いがなければ──。

「空水は夫を自分のチカラで殺してしまった。彼女は自分の持ち得るチカラをすべて『母体』に集積してしまうつもりだ」
「だからって、どうしてこんなこと!」

「集積する際、よほど能力者の意志が強く、またその者の持つチカラが強大な場合に限り、規定量よりもはるかに上回った量のチカラが『母体』に流入される場合がある。決められた時間に決められた範囲内の集積が行われないと、『母体』はどうなるか」

「──崩壊」

ぽつりと毬黄がつぶやく。
彩地は青ざめた。

「そんなことになったら、無事ではすまないわ──世界中の情報網はすべて『母体』によって生きているのよ!」

それに比べれば、たかが一ヶ月『母体』が眠ってしまうことなど、たいしたことではない。

壁に取りつけられた通信機が鳴った。
毬黄が取り、ちらりと緑炎を見る。

「上(トップ)からだぜ。『母体』を眠らせようとしているのがバレた」
「頭に血は?」
「かなりのぼってる」
「なら、説明は難しい。後ほど説明するからと、それだけ言って切ってくれ。かまっている暇はない」

毬黄は通信機に戻り、緑炎に言われたとおりのことを言い、一方的に切った。
念のため「通信不可」のスイッチを入れておく。

「あとで怒鳴られるのは俺だぜ」

ぼやいた毬黄は、カプセルを見て目をみはった。
睡眠に入っているはずの空水が、瞳を開いている。

「覚醒してる! おい緑炎!」
「分かっている」

緑炎は冷静にうなずく。

薬の注入を途中でやめたのが原因にしても、覚醒が早い。
それだけ空水のチカラは強大なのだ。

ふと、紫嵐が指の動きを止めた。

「操作不可能──こちらの操作を邪魔するものがあります」
「邪魔するものって」

彩地が息を呑む。

「おそらく空水の発するものでしょう。『母体』の鍵(ロック)、自動解除は不可能です。緑炎、判断を」

だが、緑炎は答えられなかった。
『母体』に変化が現れ始めたのだ。

「間に合わない」

緑炎のつぶやきに、3人の科学者は一斉に『母体』を見つめた。
この短時間のうちに、恐るべき量のチカラが『母体』へ流入してしまったのだ。

『母体』に内蔵された精密機器群が、音を立てて軋み始めた。
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