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崩壊2
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庭で泥をこねていた水琴は、ふと顔を上げた。
しばらく耳を澄ませて、そばで池の水を汲んでいた風火の袖をひっぱる。
「ね……、あたし、ちょっと行ってくる」
「え? どこにだい?」
泥のついた手で袖を握られてもいやな顔もせず、風火は尋ねた。
水琴はしかし、大好きな風火よりも何かほかのことに気を取られている様子だ。
「おかあさんが、泣いてるの。行ってあげなくちゃ」
それだけ言うと、庭を出て行ってしまう。
風火は慌てて追いかけた。
「水琴、おかあさんが泣いてるって、どういうこと? ぼくにはなんにも聞こえないよ!」
「聞こえるの。おかあさん、おとうさんを呼んでるわ」
「え……?」
風火は眉をひそめたが、水琴の真剣な顔を見てついていくことに決めた。
ひとりで研究所に行ったこともないのに、水琴は不思議に道順を知っていた。
いくつも棟があって迷いやすい分岐点も、正確にひとつの道を選んで彼女は研究所に辿り着いた。
「なんだろう……」
足を踏み入れたとたん、風火は顔を強張らせた。
「チカラが唸ってる。しかもひとりのチカラじゃない、何人もの、何十人ものチカラが少しずつ──」
「おかあさん!」
水琴は走り出した。
水琴の耳に、はっきりと聞こえる。母の泣き声。最愛の夫を呼ぶ声。
どうしたの、どうして泣いているの、おかあさん。
また、お家にいたときのように、だれかに石を投げられているの?
……それなら、あたしがおかあさんを守らなくちゃ。
だってあの時はおとうさんが守ってくれていたけど、今はどうしてか、いないもの。
「おかあさん!」
『母体』の部屋の扉を開け、水琴は驚いて足をすくませた。
怪物のような、巨大な機械群。
それだけでも圧倒されたが、その全体を覆うように青い電気が走っている。
そして、膨大な量のチカラの流出──。
「あの子……!」
カプセルの部屋で、少女の姿を見つけた彩地が息を呑んだ。
どこから入ったのか。入口には鍵がかかっていたはずなのに。
仲間に報せようとしたとき、カプセルにひびが入り、一部が弾けて彩地を襲った。
小さな悲鳴を上げて、破片が当たった胸を押さえる。
空水のチカラが暴走している。
彼女自身にもコントロールできないものを、誰が止めることが出来よう。
『母体』のあちこちが爆発し始めたのを見て、緑炎は指示を下した──急いでこの部屋から出るように、と。
「できれば」、と静かな声でつけ加える。
「できればなるべく遠くの棟へ移るように。『母体』は間もなく崩壊するだろう。巻き込まれないうちに、急げ」
「あなたは?」
紫嵐が尋ねる。
窓に機械片が飛んでくるが、動じる様子もない。
「俺は残る。やることがある。──助かれば、じきに行く」
「では、わたしも残ります」
「駄目だ。行け」
紫嵐は緑炎の青い瞳がいつもと変わらず静かであることを認めると、「分かりました」とうなずいた。
「行きましょう、毬黄、姉さん。あと数分でこの部屋も危険になる」
「紫嵐!?」
彩地が信じられないというふうに声を裏返した。
「あなた仲間を置いてよく逃げられるわね! あたしは緑炎を手伝うわ、それが当然でしょう!?」
「毬黄、あなたの意見は」
切れ長の冷たい瞳に尋ねられ、毬黄はかぶりを振る。
「俺はお前と行く」
「では、姉さんを。頼みます」
それだけ言うと、紫嵐はつかつかと入口まで行き、扉を開けて待った。
毬黄は、憤慨して妹を睨みつける彩地の前に立つ。
「なによ、行くんでしょ? 行きなさいよ!
──あっ、」
ひょい、と肩に担ぎあげられた彩地は、一瞬何が起こったのか分からずにいたが、緑炎の姿が遠ざかっていくのを見て、抗議の声を上げた。
「やめて! おろしなさい! 毬黄、聞こえないの!? おろして!」
しかし、無情にもそこで白いものが視界を遮った。
廊下に出たところを確認した紫嵐が、扉を閉めたのだ。
「急ぎましょう」
紫嵐の言葉にうなずき、担いだ肩でわめき続ける彩地を無視して、毬黄は走り出した。
カプセルが崩れていく。
チカラを流していたコードがちぎれ、勢い余って激怒した蛇のように空を狂い舞った。
ぼうっとした瞳でふらふらと出てきた空水を、緑炎が支えた。
「き、いん……ゆる、して」
緑炎を夫と混同しているのか、力のない手で白衣を握りしめた空水は、突然カッと目を見開いた。
同時に、『母体』の部屋とを遮る扉と窓とが一斉に砕け散った。
襲いかかる破片から、自ら盾となって空水を守った緑炎は、視界の端に立ち竦む少女の姿を認めた。
「おかあ、さん」
少女の周りを、『母体』から流れ出たチカラが囲っている。
いったん『母体』に集積されたチカラは処理をされていて、普通の人間である緑炎にも、その状況を靄(もや)として見ることができた。
驚いた緑炎は腕の中の女性を見下ろした。
「あなたの娘も能力者だったのか!?」
空水は答えず、泣きそうな顔でかぶりを振る。
「でなければ、あんなふうにチカラに囲まれるはずはない──!」
行き場のなくなったチカラは、一番近くにいる、より強大な能力潜在者に集中する。
水琴にもチカラが潜在されていたのだ。
それも、少なくとも母親の空水よりも強大なチカラが眠っている。
同じ場所にいて、チカラが水琴を選んだのが証拠だ。
「いけない……! あの子のチカラを目醒めさせないで──!」
空水はかすれる声で頼んだが、その要求にこたえるすべは緑炎にもない。
『母体』に一際大きな爆発が起こった。
押されたように、囲っていたチカラが今度こそ水琴の中に流れ込み始める。
娘の悲鳴を聞いて、空水は緑炎に支えられてよろよろと立ち上がった。
娘を襲うチカラの群れを見て、何者にか嘆願する。
「お願い……水琴を目醒めさせないで! わたしと同じ思いをさせたくないのよ……!」
娘にもチカラが潜在されていることを、彼女は知っていた。
ずっと目醒めぬよう、願っていたのに。
こんな形で──自分のしたことがきっかけで、こんなことになってしまうなんて!
開いたままの扉から、少年が駆け込んできた。
金髪に不思議な赤い瞳──風火だ。
唸るチカラに威嚇され、なかなか入れずにいたのだが、水琴に対する心配がまさり、どうにか踏み込んだのだ。
状況を見て取り、一瞬目を見開いた風火だったが、判断は早かった。
『母体』の前に立ち、目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
「風火?」
風火が来てくれたのを見てほっとした水琴は、しかし彼の様子を見て眉をひそめた。
何をしようとしているのだろう。こんな真剣な顔の風火は、初めて見る。
「やめなさい風火! こんな大量のチカラを消滅させたら、あなたの身が無事ではすまないわ!」
空水には彼の意図が分かった。
娘は大事。けれど、だからといってそれを引き換えに彼を犠牲にすることはできない。
水琴は風火を愛している。
とても大切に想っている。
その風火が自分のために犠牲になったとあとで知ったら、水琴はどんなに哀しむだろう。
どんなに自分を責めるだろう。
……だから。
「──お願い」
思うように動けない空水は自分を支えている緑炎を見上げた。
見下ろした緑炎は、息を呑んだ。
──なんと美しいのだろう。
青い瞳は海よりも深い思いをこめ、宝石(ほし)よりも純粋な輝きに満ちている。
不思議だった。
幼い頃から冷たいものしか抱いていなかった自分が、こんな気持ちを抱く日がくるなんて。
──この美しい女性のためならば、どんなことでもできそうな気がした。
空水を床に座らせ、緑炎は走った。
チカラを中和し始める風火の肩をつかんで振り向かせる。
「……やめてください」
察した風火は、強い思いをこめて緑炎を見上げた。
チカラを使い始めたために多少息が弾んではいたが、赤い瞳には真摯なものが浮かんでいた。
「水琴を救わせてください。彼女にチカラを背負わせたくないんです」
「自分の身が危なくなってもか」
風火の返事を待たず、有無を言わさず緑炎の拳が風火のみぞおちに入った。
倒れ込んだ少年を担ぎ上げ、空水の元に戻ろうとした緑炎は大きく一歩、左に跳んだ。
『母体』が崩れ始め、大きな機械塊が落下してきたのだ。
ようやく動く勇気が出た水琴は、母親の元に辿り着いていた。
「おかあさん、あたしどうしたの? 身体が熱いの。なんだかあちこちに、何かが入り込んでるの」
「水琴、逃げなさい。あなたがここから無事に逃げ出せるまで、おかあさん守ってあげるわ。あのおじさんと一緒に、逃げなさい」
「おかあさん……?」
母親の言っている意味が分からない。
水琴が首を傾げるそばへ、風火を担いだ緑炎が立った。
「あなただけが残るのですか」
空水はうなずく。
太いコードが落ち、流れ出た高圧電流が壁を殴りつけた。
「もうわたしは動けないわ。あなたは風火を担いで水琴を先導するだけで精一杯でしょう」
もう空水のその声も『母体』の破壊音にかき消されそうになっている。
緑炎は最後にひとつだけ、確認するように尋ねた。
「それが、あなたのためになるのですか?」
はっきりと、空水はうなずいた。
「それが、わたしの望みですもの」
そして水琴を向いた。
──水琴。わたしの可愛い娘。琴藍もわたしも、あなたをとても愛していた。
「わたしのことを忘れることはあっても、この言葉だけは覚えていて。──愛する人ができたなら、その人から離れなさい。その人が命よりも何よりも大切ならば、世界の果てまでも離れなさい。決して二度と、出会わぬように。……お願い。わたしの二の舞を踏まないで」
くしゃ、と空水の顔が歪んだ。
「……行ってください」
その言葉に、緑炎はあいたほうの手で水琴を抱き上げた。
「おかあさん!?」
連れていかれることに驚いた水琴が身をよじったが、緑炎の力にはかなわない。
開いたままの扉から緑炎が出た瞬間、落ちてきた機械塊に母の姿は見えなくなった。
水琴の姿が見えなくなると、空水は崩壊していく『母体』を哀しそうに見上げた。
つ、と涙が頬を滑り落ちる。
琴藍、と心の中で夫に呼びかける。
暴走した空水のチカラを受け止めて、それでも優しい言葉をかけて死んでいった青年。
誰よりもわたしと水琴を愛してくれた。
──きみは水琴を守っておいで。ぼくたちの大切なあの娘(こ)を。
……あなたはそう言い残したけれど。
「あなたなしでは、生きられないの……」
空水は床に頬を寄せ、瞳を閉じる。
やがて『母体』は大音響と共に爆発した。
しばらく耳を澄ませて、そばで池の水を汲んでいた風火の袖をひっぱる。
「ね……、あたし、ちょっと行ってくる」
「え? どこにだい?」
泥のついた手で袖を握られてもいやな顔もせず、風火は尋ねた。
水琴はしかし、大好きな風火よりも何かほかのことに気を取られている様子だ。
「おかあさんが、泣いてるの。行ってあげなくちゃ」
それだけ言うと、庭を出て行ってしまう。
風火は慌てて追いかけた。
「水琴、おかあさんが泣いてるって、どういうこと? ぼくにはなんにも聞こえないよ!」
「聞こえるの。おかあさん、おとうさんを呼んでるわ」
「え……?」
風火は眉をひそめたが、水琴の真剣な顔を見てついていくことに決めた。
ひとりで研究所に行ったこともないのに、水琴は不思議に道順を知っていた。
いくつも棟があって迷いやすい分岐点も、正確にひとつの道を選んで彼女は研究所に辿り着いた。
「なんだろう……」
足を踏み入れたとたん、風火は顔を強張らせた。
「チカラが唸ってる。しかもひとりのチカラじゃない、何人もの、何十人ものチカラが少しずつ──」
「おかあさん!」
水琴は走り出した。
水琴の耳に、はっきりと聞こえる。母の泣き声。最愛の夫を呼ぶ声。
どうしたの、どうして泣いているの、おかあさん。
また、お家にいたときのように、だれかに石を投げられているの?
……それなら、あたしがおかあさんを守らなくちゃ。
だってあの時はおとうさんが守ってくれていたけど、今はどうしてか、いないもの。
「おかあさん!」
『母体』の部屋の扉を開け、水琴は驚いて足をすくませた。
怪物のような、巨大な機械群。
それだけでも圧倒されたが、その全体を覆うように青い電気が走っている。
そして、膨大な量のチカラの流出──。
「あの子……!」
カプセルの部屋で、少女の姿を見つけた彩地が息を呑んだ。
どこから入ったのか。入口には鍵がかかっていたはずなのに。
仲間に報せようとしたとき、カプセルにひびが入り、一部が弾けて彩地を襲った。
小さな悲鳴を上げて、破片が当たった胸を押さえる。
空水のチカラが暴走している。
彼女自身にもコントロールできないものを、誰が止めることが出来よう。
『母体』のあちこちが爆発し始めたのを見て、緑炎は指示を下した──急いでこの部屋から出るように、と。
「できれば」、と静かな声でつけ加える。
「できればなるべく遠くの棟へ移るように。『母体』は間もなく崩壊するだろう。巻き込まれないうちに、急げ」
「あなたは?」
紫嵐が尋ねる。
窓に機械片が飛んでくるが、動じる様子もない。
「俺は残る。やることがある。──助かれば、じきに行く」
「では、わたしも残ります」
「駄目だ。行け」
紫嵐は緑炎の青い瞳がいつもと変わらず静かであることを認めると、「分かりました」とうなずいた。
「行きましょう、毬黄、姉さん。あと数分でこの部屋も危険になる」
「紫嵐!?」
彩地が信じられないというふうに声を裏返した。
「あなた仲間を置いてよく逃げられるわね! あたしは緑炎を手伝うわ、それが当然でしょう!?」
「毬黄、あなたの意見は」
切れ長の冷たい瞳に尋ねられ、毬黄はかぶりを振る。
「俺はお前と行く」
「では、姉さんを。頼みます」
それだけ言うと、紫嵐はつかつかと入口まで行き、扉を開けて待った。
毬黄は、憤慨して妹を睨みつける彩地の前に立つ。
「なによ、行くんでしょ? 行きなさいよ!
──あっ、」
ひょい、と肩に担ぎあげられた彩地は、一瞬何が起こったのか分からずにいたが、緑炎の姿が遠ざかっていくのを見て、抗議の声を上げた。
「やめて! おろしなさい! 毬黄、聞こえないの!? おろして!」
しかし、無情にもそこで白いものが視界を遮った。
廊下に出たところを確認した紫嵐が、扉を閉めたのだ。
「急ぎましょう」
紫嵐の言葉にうなずき、担いだ肩でわめき続ける彩地を無視して、毬黄は走り出した。
カプセルが崩れていく。
チカラを流していたコードがちぎれ、勢い余って激怒した蛇のように空を狂い舞った。
ぼうっとした瞳でふらふらと出てきた空水を、緑炎が支えた。
「き、いん……ゆる、して」
緑炎を夫と混同しているのか、力のない手で白衣を握りしめた空水は、突然カッと目を見開いた。
同時に、『母体』の部屋とを遮る扉と窓とが一斉に砕け散った。
襲いかかる破片から、自ら盾となって空水を守った緑炎は、視界の端に立ち竦む少女の姿を認めた。
「おかあ、さん」
少女の周りを、『母体』から流れ出たチカラが囲っている。
いったん『母体』に集積されたチカラは処理をされていて、普通の人間である緑炎にも、その状況を靄(もや)として見ることができた。
驚いた緑炎は腕の中の女性を見下ろした。
「あなたの娘も能力者だったのか!?」
空水は答えず、泣きそうな顔でかぶりを振る。
「でなければ、あんなふうにチカラに囲まれるはずはない──!」
行き場のなくなったチカラは、一番近くにいる、より強大な能力潜在者に集中する。
水琴にもチカラが潜在されていたのだ。
それも、少なくとも母親の空水よりも強大なチカラが眠っている。
同じ場所にいて、チカラが水琴を選んだのが証拠だ。
「いけない……! あの子のチカラを目醒めさせないで──!」
空水はかすれる声で頼んだが、その要求にこたえるすべは緑炎にもない。
『母体』に一際大きな爆発が起こった。
押されたように、囲っていたチカラが今度こそ水琴の中に流れ込み始める。
娘の悲鳴を聞いて、空水は緑炎に支えられてよろよろと立ち上がった。
娘を襲うチカラの群れを見て、何者にか嘆願する。
「お願い……水琴を目醒めさせないで! わたしと同じ思いをさせたくないのよ……!」
娘にもチカラが潜在されていることを、彼女は知っていた。
ずっと目醒めぬよう、願っていたのに。
こんな形で──自分のしたことがきっかけで、こんなことになってしまうなんて!
開いたままの扉から、少年が駆け込んできた。
金髪に不思議な赤い瞳──風火だ。
唸るチカラに威嚇され、なかなか入れずにいたのだが、水琴に対する心配がまさり、どうにか踏み込んだのだ。
状況を見て取り、一瞬目を見開いた風火だったが、判断は早かった。
『母体』の前に立ち、目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
「風火?」
風火が来てくれたのを見てほっとした水琴は、しかし彼の様子を見て眉をひそめた。
何をしようとしているのだろう。こんな真剣な顔の風火は、初めて見る。
「やめなさい風火! こんな大量のチカラを消滅させたら、あなたの身が無事ではすまないわ!」
空水には彼の意図が分かった。
娘は大事。けれど、だからといってそれを引き換えに彼を犠牲にすることはできない。
水琴は風火を愛している。
とても大切に想っている。
その風火が自分のために犠牲になったとあとで知ったら、水琴はどんなに哀しむだろう。
どんなに自分を責めるだろう。
……だから。
「──お願い」
思うように動けない空水は自分を支えている緑炎を見上げた。
見下ろした緑炎は、息を呑んだ。
──なんと美しいのだろう。
青い瞳は海よりも深い思いをこめ、宝石(ほし)よりも純粋な輝きに満ちている。
不思議だった。
幼い頃から冷たいものしか抱いていなかった自分が、こんな気持ちを抱く日がくるなんて。
──この美しい女性のためならば、どんなことでもできそうな気がした。
空水を床に座らせ、緑炎は走った。
チカラを中和し始める風火の肩をつかんで振り向かせる。
「……やめてください」
察した風火は、強い思いをこめて緑炎を見上げた。
チカラを使い始めたために多少息が弾んではいたが、赤い瞳には真摯なものが浮かんでいた。
「水琴を救わせてください。彼女にチカラを背負わせたくないんです」
「自分の身が危なくなってもか」
風火の返事を待たず、有無を言わさず緑炎の拳が風火のみぞおちに入った。
倒れ込んだ少年を担ぎ上げ、空水の元に戻ろうとした緑炎は大きく一歩、左に跳んだ。
『母体』が崩れ始め、大きな機械塊が落下してきたのだ。
ようやく動く勇気が出た水琴は、母親の元に辿り着いていた。
「おかあさん、あたしどうしたの? 身体が熱いの。なんだかあちこちに、何かが入り込んでるの」
「水琴、逃げなさい。あなたがここから無事に逃げ出せるまで、おかあさん守ってあげるわ。あのおじさんと一緒に、逃げなさい」
「おかあさん……?」
母親の言っている意味が分からない。
水琴が首を傾げるそばへ、風火を担いだ緑炎が立った。
「あなただけが残るのですか」
空水はうなずく。
太いコードが落ち、流れ出た高圧電流が壁を殴りつけた。
「もうわたしは動けないわ。あなたは風火を担いで水琴を先導するだけで精一杯でしょう」
もう空水のその声も『母体』の破壊音にかき消されそうになっている。
緑炎は最後にひとつだけ、確認するように尋ねた。
「それが、あなたのためになるのですか?」
はっきりと、空水はうなずいた。
「それが、わたしの望みですもの」
そして水琴を向いた。
──水琴。わたしの可愛い娘。琴藍もわたしも、あなたをとても愛していた。
「わたしのことを忘れることはあっても、この言葉だけは覚えていて。──愛する人ができたなら、その人から離れなさい。その人が命よりも何よりも大切ならば、世界の果てまでも離れなさい。決して二度と、出会わぬように。……お願い。わたしの二の舞を踏まないで」
くしゃ、と空水の顔が歪んだ。
「……行ってください」
その言葉に、緑炎はあいたほうの手で水琴を抱き上げた。
「おかあさん!?」
連れていかれることに驚いた水琴が身をよじったが、緑炎の力にはかなわない。
開いたままの扉から緑炎が出た瞬間、落ちてきた機械塊に母の姿は見えなくなった。
水琴の姿が見えなくなると、空水は崩壊していく『母体』を哀しそうに見上げた。
つ、と涙が頬を滑り落ちる。
琴藍、と心の中で夫に呼びかける。
暴走した空水のチカラを受け止めて、それでも優しい言葉をかけて死んでいった青年。
誰よりもわたしと水琴を愛してくれた。
──きみは水琴を守っておいで。ぼくたちの大切なあの娘(こ)を。
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