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科学者たちのその後
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『母体』を擁する棟の爆発を、緑炎たちは非常階段の途中で聞いた。
隣の棟であるこの場所にも影響し、爆風と建物の破片が飛んできたが、緑炎は足を止めず、手や頬に傷をつくりながら外へ脱出した。
泣きわめく水琴を彩地に渡し、あやすのを任せておいて、彼は「『母なる都』からの脱走」を考案した。
『母体』を消失させたのが緑炎たちであることは上(トップ)にばれている。
すぐにとらえられ、世界政府の元で裁判にかけられるだろう。
それも良くて終身刑、最悪で死刑になることは必至だ。
しかし、すぐにこの場を離れ、身を隠してしまえば「緑炎たちは爆発に巻き込まれた」と判断され、ことはそこで終わる。
緑炎の案に、場にいた者は賛成した。
何よりも緑炎には、やることが残されていた。
ここで人生を終わらせることはできなかった。
緑炎たちの行動は素早かった。
自分たちが使っていた棟に行き、研究室から研究データの入ったディスクをすべてトランクに入れ、持ち出した。
これからの生活に必要なものはどこかの街でそろえる予定だったが、死んだはずの人間が銀行を利用することは不可能なので、カードには手をつけず、現金のほか、換金できるようなものだけを選んだ。
その間に風火が目を覚ましたが、彼は緑炎たちについていくと言い張った。
それは、緑炎が「水琴を連れていく」と明らかにしたからだった。
「俺のこれからのすべては、水琴のためのものだ。水琴を遺した空水の意志は、水琴の幸せを願うものだった。そしてあの時、俺はそれを受け継ぐことに決めた」
緑炎がここまで人間に執着したのは初めてだった。
親友である毬黄は「お前がそこまで言うのなら」とうなずき、紫嵐は当然とばかりに賛成した。
「こんな小さい女の子が、わたしたちについてきて幸福になれるはずがないわ! 施設に戻したほうが絶対にいいのよ!」
最後まで反対したのは彩地だったが、多数決には結局勝てず、憮然とした表情で口を閉ざした。
一行は地下に行き、ワゴン車を拝借した。
研究所の者は皆『母体』の事態に関わることに手いっぱいで、幸い誰にも見られずに彼らは『母なる都』から脱出することができた。
お腹が空いた、と訴える水琴のために六つ目の街で一度停まり、簡単に食料を購入した以外は、休みなく走り続けた。
運転は毬黄と紫嵐が交代で、北を目指した。
一週間走り続けて、ある街で一行はようやく一泊した。
これからの生活に必要なものをそろえるためだった。
ワゴン車は海岸沿いの駐車場に停め、水琴と風火、そして彼らの守り役として紫嵐が残り、緑炎と毬黄、そして彩地は夜中に街に出た。
大きな街には大抵、生活用品からおよそ一般人には必要のないような際物まで揃っている「市場」があった。
彩地は持ってきた貴金属類を換金したあとに生活用品売り場へ行き、緑炎と毬黄は地下へ降りた。
緑炎が必要とするものは、小型万能コンピュータの何種類かで、研究に必要不可欠なものだった。
しかし入手するには当然それも高価で、銀行を使えない彼らに残された手はただひとつしかない。
「一流科学者から盗賊に成り下がりか」
警備室を探して歩きながら、毬黄がため息をつく。
だが心なしかその口調は、どこか楽しんでいるふうである。
「夢が叶ってよかっただろう」
監視カメラの目を慎重にかいくぐりながら緑炎。
「前に一度、巧妙に敷かれた警備網を自分の手で突破してみたいと言っていたじゃないか」
「くだらねえことばかりよく覚えてやがる」
確かな発言だったらしく、毬黄は肩をすくめた。
「だからってわけじゃねえが、今回のやり方は俺に任せろよ。お前がやると、そつがなさすぎてかえって怪しまれるからな」
警備室に辿り着いたふたりは、窓から中を覗いた。
警備員がふたり、コーヒーを飲みながら何か語り合っている。
部屋には監視カメラから届く映像を映し出したモニターが5、6個並んでいた。
「完璧な平和ボケ」
呆れる親友の口調に、「やりやすくて助かる」、と返す緑炎。
毬黄は居住まいを正し、扉をノックした。
「何か?」
警備員が顔を出す。
間髪入れず、毬黄の拳が顔の真ん中に決まった。
倒れる警備員を見て、残った警備員が警報を鳴らそうとするところを、緑炎が蹴り飛ばした。
棚の中にあったビニールテープでのびたふたりの警備員を縛り上げると、毬黄はパネルを簡単に操作しただけで腰を上げた。
「5分後に全館停電だ。それまでにエレベーターで目標の場所に到着。いいな」
そして倒れている警備員のポケットから鍵を取り出し、外から鍵をかけた。
「どこで覚えた」
エレベーターに飛び乗る毬黄へ、緑炎が声をかける。
「いやに手慣れている」
「お前に誉められたのは初めてだな」
にやっと笑う毬黄。
階に辿り着き、エレベーターを降りる。
コンピュータを扱うこの売り場には、他の階に比べあまり客がいない。
陳列するコンピュータの間をさりげなく歩いていると、突然電気が消えた。
客たちが騒ぎ出す傍らで、毬黄の見張る背後で緑炎は求めるものをすべて手に入れ、奥のほうへ向かった。
停電になる前に道順を覚えたので、つまずくことはない。
予備の電源も切れていると分かった従業員たちが、慌ててどこかへ走っていく。
奥のほうは関係者以外立ち入り禁止で、小さな研究室になっている。
特別な客が商品を試すための部屋だ。
ふたりはそこに入り、人がいないのを確かめて壁を探り、小さな蓋を開けた。
手動で操作できるスイッチをいくつかいじると、モニターのひとつが明るくなった。
緑炎はそこを使い、手に入れたコンピュータをすべて使いやすいように改造した。
「あと2分ほどで主電源が回復するぜ。急げ」
モニターの明かりで腕時計を見ながら、毬黄が急かす。
数秒遅れで緑炎が立ち上がった。
部屋を出て、早足でエレベーターへ。
そこで周囲が明るくなった。
「思ったより早いな」、と舌打ちする毬黄へ、冷たい声で緑炎が言った。
「手慣れているが、穴があるな」
「なんだよ?」
「計画性がない」
エレベーターが開く。
中から、山ほどのガードマンたちが流れ出てきた。
それでもふたりの顔をはっきり知る者は、あの警備員たちしかいない上、そのふたりも今はその中にいない。
「──なるほど、計画性がないのは運が強いせいか。はたしていいものか悪いものか」
「逃げおおせたら、よしとしようぜ!」
知らぬふりでふたりは入れ違いにエレベーターへ乗り込み、彩地と待ち合わせている三階で降りた。
「遅いわよ!」
大きな袋をいくつもショッピングカートに乗せた彩地が、ふたりを急かす。
彩地を加えて、再びエレベーターで今度は一階へ。
時間を計って迎えにきた紫嵐のワゴン車に荷物を積み込む。
たちまちワゴン車は荷物でいっぱいになった。
「これからどうするのかな。あたしたち、どこにいくの?」
走り出したワゴン車の中で、荷物に押しつぶされそうになって顔を歪める水琴。
そこから救い出して自分の膝に座らせ、風火は優しく声をかけた。
「心配いらないよ。ぼくも一緒だもの。どこに行ったって、ぼくが守ってあげる」
「……風火は、どこにもいかないでね」
水琴の黒茶色の髪の毛を手で梳いてやっていた風火は、大人たちがラジオにじっと耳を傾けているのに気づいた。
遅れ馳せながら、水琴が顔を上げる。
「どうしたの?」
「しっ。ぼくたちのことを報道してるよ」
ラジオでは、『母なる都』で起きた事故の詳細を報道していた。
内容は、世界の情報中枢である『母体』が緑炎の失態によって全壊し、当の緑炎をはじめとしたトップグループ全員──毬黄と彩地、そして紫嵐のことである──が事故に巻き込まれて死亡した模様、というものである。
そして、その場にいたと思われる能力者の3人(これは空水と水琴、風火のことだろう)もおそらく死亡したと推定される、ということだった。
「俺たちの死亡は世界に報された。これで一安心だな」
毬黄が言ったとおり、この報道で世界中の誰もが『母なる都』のトップグループの死を信じた。
『母体』の消失は大きな痛手だったが、罪を追求されるべき天才科学者は既に亡く、誰も断罪できずに世界政府は情報機関の復興にできるだけの尽力を注いだ。
緑炎たちは海底に敷かれた車道を行き、やがて『世界の中心』と呼ばれる街に行き着いた。
資源も乏しく、世界に売り出せるような名産物もないため、名前ほどにはその街は栄えてはいなかったが、数年前から使用されなくなった住み込み可能な研究所があった。
多少不自然な形をしてはいたが──建築家の趣味なのだろう、それは高い塔として設計されていた──緑炎の決定で、彼らはそこでこれからの人生を過ごすことに決めた。
名ばかりの管理人に申し出たところ、よく話も聞かずに「使用許可」を出してくれた。
彼が好むのは一日中酒を飲む生活だけのようで、誰も使わず、世界政府からも見放された研究所などには興味も未練もないようだった。
緑炎は研究所に入ると、その日から研究を再開した。
研究所をより使いやすいようにするための改造は、主に毬黄が任され、紫嵐はその助手を、彩地は家事全般を請け負った。
風火がいつも一緒にいたことと、科学者たちのあたたかい接触とで、水琴もやがてこの生活に慣れた。
◇
世界に巨大流砂が出現したのは、間もなくのことだった。
南の湿地帯が突然砂に変わり、近くにあった街もろとも跡形もなく呑み込んでしまったというのだ。
情報機関の復旧に追われていた科学者たちは、不可解な巨大流砂の対処にも頭を悩ませることになった。
次から次へと出現する巨大流砂に人々は恐怖し、世界政府は全世界の有能な科学者に『母なる都』へ集合する義務を与えた。
少しでも頭脳を集め、対策を編み出したかったのだ。
上(トップ)の誰かは、「もし緑炎が生きていたら、きっとあの流砂の謎を解いただろう」とつぶやいたが、この世にいない者にすがることはできなかった。
◇
2年が過ぎ、水琴は8歳になった。
その間、目醒めたはずの彼女のチカラは実体を現さず、いまだ潜伏しているように思われた。
緑炎は白い塔の中で数々の研究成果を上げ、塔内を自分たちの住みやすいように改造した。
ある程度の『時』を操る機械を発明した彼は、能力者の研究データと組み合わせて更に造り替え、塔の内部に取りつけた。
それは過去を見ることもできるもので、本来ならば世界に発表するべきものだったのだが、死人である彼にそのすべはなく、またそのつもりもなかった。
すべては水琴のためだった。
過去を映像として見たり、特殊な機械によって撮り置くことができても、実際に自分がその『時』に行けるわけではない。
しかし映画のようにそうして過去を見ることは、塔から出ることのできない水琴にとって最高の暇つぶしだった。
緑炎のした『時』の改革により、塔の内部は外界よりも時間の流れが遅くなった。
それは世間の目をごまかすのには都合がよかった。
そしてまた、万が一のためにあちこちに『時』による罠をしかけ、侵入者による妨害を防いだ。
過去を見ることによって得た情報を整理し、緑炎は『母体』にもまさるほどの情報結果の粋を完成させ、彼は更に研究の鬼になっていった。
そして彼はついに、巨大流砂の原因をも突き止めることになる──。
隣の棟であるこの場所にも影響し、爆風と建物の破片が飛んできたが、緑炎は足を止めず、手や頬に傷をつくりながら外へ脱出した。
泣きわめく水琴を彩地に渡し、あやすのを任せておいて、彼は「『母なる都』からの脱走」を考案した。
『母体』を消失させたのが緑炎たちであることは上(トップ)にばれている。
すぐにとらえられ、世界政府の元で裁判にかけられるだろう。
それも良くて終身刑、最悪で死刑になることは必至だ。
しかし、すぐにこの場を離れ、身を隠してしまえば「緑炎たちは爆発に巻き込まれた」と判断され、ことはそこで終わる。
緑炎の案に、場にいた者は賛成した。
何よりも緑炎には、やることが残されていた。
ここで人生を終わらせることはできなかった。
緑炎たちの行動は素早かった。
自分たちが使っていた棟に行き、研究室から研究データの入ったディスクをすべてトランクに入れ、持ち出した。
これからの生活に必要なものはどこかの街でそろえる予定だったが、死んだはずの人間が銀行を利用することは不可能なので、カードには手をつけず、現金のほか、換金できるようなものだけを選んだ。
その間に風火が目を覚ましたが、彼は緑炎たちについていくと言い張った。
それは、緑炎が「水琴を連れていく」と明らかにしたからだった。
「俺のこれからのすべては、水琴のためのものだ。水琴を遺した空水の意志は、水琴の幸せを願うものだった。そしてあの時、俺はそれを受け継ぐことに決めた」
緑炎がここまで人間に執着したのは初めてだった。
親友である毬黄は「お前がそこまで言うのなら」とうなずき、紫嵐は当然とばかりに賛成した。
「こんな小さい女の子が、わたしたちについてきて幸福になれるはずがないわ! 施設に戻したほうが絶対にいいのよ!」
最後まで反対したのは彩地だったが、多数決には結局勝てず、憮然とした表情で口を閉ざした。
一行は地下に行き、ワゴン車を拝借した。
研究所の者は皆『母体』の事態に関わることに手いっぱいで、幸い誰にも見られずに彼らは『母なる都』から脱出することができた。
お腹が空いた、と訴える水琴のために六つ目の街で一度停まり、簡単に食料を購入した以外は、休みなく走り続けた。
運転は毬黄と紫嵐が交代で、北を目指した。
一週間走り続けて、ある街で一行はようやく一泊した。
これからの生活に必要なものをそろえるためだった。
ワゴン車は海岸沿いの駐車場に停め、水琴と風火、そして彼らの守り役として紫嵐が残り、緑炎と毬黄、そして彩地は夜中に街に出た。
大きな街には大抵、生活用品からおよそ一般人には必要のないような際物まで揃っている「市場」があった。
彩地は持ってきた貴金属類を換金したあとに生活用品売り場へ行き、緑炎と毬黄は地下へ降りた。
緑炎が必要とするものは、小型万能コンピュータの何種類かで、研究に必要不可欠なものだった。
しかし入手するには当然それも高価で、銀行を使えない彼らに残された手はただひとつしかない。
「一流科学者から盗賊に成り下がりか」
警備室を探して歩きながら、毬黄がため息をつく。
だが心なしかその口調は、どこか楽しんでいるふうである。
「夢が叶ってよかっただろう」
監視カメラの目を慎重にかいくぐりながら緑炎。
「前に一度、巧妙に敷かれた警備網を自分の手で突破してみたいと言っていたじゃないか」
「くだらねえことばかりよく覚えてやがる」
確かな発言だったらしく、毬黄は肩をすくめた。
「だからってわけじゃねえが、今回のやり方は俺に任せろよ。お前がやると、そつがなさすぎてかえって怪しまれるからな」
警備室に辿り着いたふたりは、窓から中を覗いた。
警備員がふたり、コーヒーを飲みながら何か語り合っている。
部屋には監視カメラから届く映像を映し出したモニターが5、6個並んでいた。
「完璧な平和ボケ」
呆れる親友の口調に、「やりやすくて助かる」、と返す緑炎。
毬黄は居住まいを正し、扉をノックした。
「何か?」
警備員が顔を出す。
間髪入れず、毬黄の拳が顔の真ん中に決まった。
倒れる警備員を見て、残った警備員が警報を鳴らそうとするところを、緑炎が蹴り飛ばした。
棚の中にあったビニールテープでのびたふたりの警備員を縛り上げると、毬黄はパネルを簡単に操作しただけで腰を上げた。
「5分後に全館停電だ。それまでにエレベーターで目標の場所に到着。いいな」
そして倒れている警備員のポケットから鍵を取り出し、外から鍵をかけた。
「どこで覚えた」
エレベーターに飛び乗る毬黄へ、緑炎が声をかける。
「いやに手慣れている」
「お前に誉められたのは初めてだな」
にやっと笑う毬黄。
階に辿り着き、エレベーターを降りる。
コンピュータを扱うこの売り場には、他の階に比べあまり客がいない。
陳列するコンピュータの間をさりげなく歩いていると、突然電気が消えた。
客たちが騒ぎ出す傍らで、毬黄の見張る背後で緑炎は求めるものをすべて手に入れ、奥のほうへ向かった。
停電になる前に道順を覚えたので、つまずくことはない。
予備の電源も切れていると分かった従業員たちが、慌ててどこかへ走っていく。
奥のほうは関係者以外立ち入り禁止で、小さな研究室になっている。
特別な客が商品を試すための部屋だ。
ふたりはそこに入り、人がいないのを確かめて壁を探り、小さな蓋を開けた。
手動で操作できるスイッチをいくつかいじると、モニターのひとつが明るくなった。
緑炎はそこを使い、手に入れたコンピュータをすべて使いやすいように改造した。
「あと2分ほどで主電源が回復するぜ。急げ」
モニターの明かりで腕時計を見ながら、毬黄が急かす。
数秒遅れで緑炎が立ち上がった。
部屋を出て、早足でエレベーターへ。
そこで周囲が明るくなった。
「思ったより早いな」、と舌打ちする毬黄へ、冷たい声で緑炎が言った。
「手慣れているが、穴があるな」
「なんだよ?」
「計画性がない」
エレベーターが開く。
中から、山ほどのガードマンたちが流れ出てきた。
それでもふたりの顔をはっきり知る者は、あの警備員たちしかいない上、そのふたりも今はその中にいない。
「──なるほど、計画性がないのは運が強いせいか。はたしていいものか悪いものか」
「逃げおおせたら、よしとしようぜ!」
知らぬふりでふたりは入れ違いにエレベーターへ乗り込み、彩地と待ち合わせている三階で降りた。
「遅いわよ!」
大きな袋をいくつもショッピングカートに乗せた彩地が、ふたりを急かす。
彩地を加えて、再びエレベーターで今度は一階へ。
時間を計って迎えにきた紫嵐のワゴン車に荷物を積み込む。
たちまちワゴン車は荷物でいっぱいになった。
「これからどうするのかな。あたしたち、どこにいくの?」
走り出したワゴン車の中で、荷物に押しつぶされそうになって顔を歪める水琴。
そこから救い出して自分の膝に座らせ、風火は優しく声をかけた。
「心配いらないよ。ぼくも一緒だもの。どこに行ったって、ぼくが守ってあげる」
「……風火は、どこにもいかないでね」
水琴の黒茶色の髪の毛を手で梳いてやっていた風火は、大人たちがラジオにじっと耳を傾けているのに気づいた。
遅れ馳せながら、水琴が顔を上げる。
「どうしたの?」
「しっ。ぼくたちのことを報道してるよ」
ラジオでは、『母なる都』で起きた事故の詳細を報道していた。
内容は、世界の情報中枢である『母体』が緑炎の失態によって全壊し、当の緑炎をはじめとしたトップグループ全員──毬黄と彩地、そして紫嵐のことである──が事故に巻き込まれて死亡した模様、というものである。
そして、その場にいたと思われる能力者の3人(これは空水と水琴、風火のことだろう)もおそらく死亡したと推定される、ということだった。
「俺たちの死亡は世界に報された。これで一安心だな」
毬黄が言ったとおり、この報道で世界中の誰もが『母なる都』のトップグループの死を信じた。
『母体』の消失は大きな痛手だったが、罪を追求されるべき天才科学者は既に亡く、誰も断罪できずに世界政府は情報機関の復興にできるだけの尽力を注いだ。
緑炎たちは海底に敷かれた車道を行き、やがて『世界の中心』と呼ばれる街に行き着いた。
資源も乏しく、世界に売り出せるような名産物もないため、名前ほどにはその街は栄えてはいなかったが、数年前から使用されなくなった住み込み可能な研究所があった。
多少不自然な形をしてはいたが──建築家の趣味なのだろう、それは高い塔として設計されていた──緑炎の決定で、彼らはそこでこれからの人生を過ごすことに決めた。
名ばかりの管理人に申し出たところ、よく話も聞かずに「使用許可」を出してくれた。
彼が好むのは一日中酒を飲む生活だけのようで、誰も使わず、世界政府からも見放された研究所などには興味も未練もないようだった。
緑炎は研究所に入ると、その日から研究を再開した。
研究所をより使いやすいようにするための改造は、主に毬黄が任され、紫嵐はその助手を、彩地は家事全般を請け負った。
風火がいつも一緒にいたことと、科学者たちのあたたかい接触とで、水琴もやがてこの生活に慣れた。
◇
世界に巨大流砂が出現したのは、間もなくのことだった。
南の湿地帯が突然砂に変わり、近くにあった街もろとも跡形もなく呑み込んでしまったというのだ。
情報機関の復旧に追われていた科学者たちは、不可解な巨大流砂の対処にも頭を悩ませることになった。
次から次へと出現する巨大流砂に人々は恐怖し、世界政府は全世界の有能な科学者に『母なる都』へ集合する義務を与えた。
少しでも頭脳を集め、対策を編み出したかったのだ。
上(トップ)の誰かは、「もし緑炎が生きていたら、きっとあの流砂の謎を解いただろう」とつぶやいたが、この世にいない者にすがることはできなかった。
◇
2年が過ぎ、水琴は8歳になった。
その間、目醒めたはずの彼女のチカラは実体を現さず、いまだ潜伏しているように思われた。
緑炎は白い塔の中で数々の研究成果を上げ、塔内を自分たちの住みやすいように改造した。
ある程度の『時』を操る機械を発明した彼は、能力者の研究データと組み合わせて更に造り替え、塔の内部に取りつけた。
それは過去を見ることもできるもので、本来ならば世界に発表するべきものだったのだが、死人である彼にそのすべはなく、またそのつもりもなかった。
すべては水琴のためだった。
過去を映像として見たり、特殊な機械によって撮り置くことができても、実際に自分がその『時』に行けるわけではない。
しかし映画のようにそうして過去を見ることは、塔から出ることのできない水琴にとって最高の暇つぶしだった。
緑炎のした『時』の改革により、塔の内部は外界よりも時間の流れが遅くなった。
それは世間の目をごまかすのには都合がよかった。
そしてまた、万が一のためにあちこちに『時』による罠をしかけ、侵入者による妨害を防いだ。
過去を見ることによって得た情報を整理し、緑炎は『母体』にもまさるほどの情報結果の粋を完成させ、彼は更に研究の鬼になっていった。
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