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入院
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◆
「ええっ入院!?」
それから三日後のことである。思わず声を上げた結珂の口を、坂本は慌てて押さえる。
「しっ。声がでけえよ」
「あ、ご、ごめん」
内緒にするようなことでもないだろうが、表向きは「風邪で欠席」ということになっていることを考えると ─── 事実この放課後に彼から聞かされるまで結珂もそう信じていた ─── 何か事情があるのかもしれない。
クラスメートの早瀬閏。
話題になっているのは彼のことである。
「一応閏にはあの夜電話で注意しといたんだけど。おれもさ、油断してたんだよな。落ち着くまで一緒に行動してやってりゃ良かった」
周りの視線を気にしながら、坂本はそっと結珂の口から手を離す。
「あの夜って………あの、ピアスしてた人と会った夜?」
「そ」
どこかあっけらかんとした返答に結珂は目を見開く。
「閏くん、あの人達と喧嘩したの?」
「喧嘩っつーか……一方的なものだろうけど、昨夜あいつの通学路に待ち伏せられててそれでやられたって、一緒にいたヤツの話」
坂本に言われていたので、閏はここ最近は友達と一緒に帰宅していたらしい。だが、それもあまり効果はなかったというわけだ。
「それもそうだよなあ。相手は賀久だもんなあ」
床に置いていた鞄を抱え直す坂本。
「おれ、これから見舞いに行くけど。お前来る?」
「行く」
返答は早かった。
◆
「賀久って人、そんなに強いの?」
病院の廊下を歩きながら、結珂はきいてみた。
「強いっていうよりもタチが悪い」
疲れたような坂本の返答。
「中学からチーム作って俗に言う悪いこといろいろやって、本人は一度も補導とかされたことがない ─── 器用なヤツなんだよ、そういう悪いことにさ。喧嘩は滅多にしないから弱いのかとたかをくくってふっかけて逆に病院送りにされたやつが何人もいる。自分は行動しないけど出来ないわけじゃない、能ある鷹は爪を隠すってやつ」
「 ─── で、なんで坂本と知り合いなの」
「中学のときはおれも屈折してたから」
にやりとごまかし笑いもつけて、曖昧な返答が返ってくる。次にはもう違う話題に入っていた。
「幡多はあの双子とは高校からだったから知らないだろうけど、閏のほうもそこそこ色々やっててさ。賀久のチームにも入ってたんだ。あいつの荒れようはおれよりひどかったぜ」
確かに初耳だった。今の閏は優しくて、そんな過去を微塵も感じさせない。
「それが卒業直前になって突然抜けるって言い出して、賀久の許可もなくさっさと普通に戻って音信不通になっちまった。チームにもそれぞれの性格ってもんがあるけど、賀久のとこは入るのも抜けるのも厳しくてさ。許可を無視して勝手に抜けるとしっぺ返しがすごい。賀久が閏を狙ってたのもそういう理由ってわけ」
坂本は病室を見つけ、扉の前で立ち止まった。結珂にはまだ分からない。
「だって卒業して一年以上も経ってるのに? 今までは何してたの」
「何やってんのかは知らないけど賀久は忙しいヤツでね。閏も去年まで用心してたらしいし。 ─── さ、入るぜ」
坂本はノブを回し、「お邪魔しまーす」と中を覗いた。個室で、包帯だらけの閏がベッドから首だけを上げてこちらを向いた。結珂を認めてぎょっとする。
「なんで幡多まで ─── 」
「入院の話は誰にも知られたくなかったんだろ。それは分かるよ。でもなあ、」
坂本はつかつか歩み寄り、閏の耳元でぼそっとささやいた。
「本当は嬉しいんだろ。今日だけだぜ、敵の情け」
閏はぐったり首を枕へ落とす。
「ええっ入院!?」
それから三日後のことである。思わず声を上げた結珂の口を、坂本は慌てて押さえる。
「しっ。声がでけえよ」
「あ、ご、ごめん」
内緒にするようなことでもないだろうが、表向きは「風邪で欠席」ということになっていることを考えると ─── 事実この放課後に彼から聞かされるまで結珂もそう信じていた ─── 何か事情があるのかもしれない。
クラスメートの早瀬閏。
話題になっているのは彼のことである。
「一応閏にはあの夜電話で注意しといたんだけど。おれもさ、油断してたんだよな。落ち着くまで一緒に行動してやってりゃ良かった」
周りの視線を気にしながら、坂本はそっと結珂の口から手を離す。
「あの夜って………あの、ピアスしてた人と会った夜?」
「そ」
どこかあっけらかんとした返答に結珂は目を見開く。
「閏くん、あの人達と喧嘩したの?」
「喧嘩っつーか……一方的なものだろうけど、昨夜あいつの通学路に待ち伏せられててそれでやられたって、一緒にいたヤツの話」
坂本に言われていたので、閏はここ最近は友達と一緒に帰宅していたらしい。だが、それもあまり効果はなかったというわけだ。
「それもそうだよなあ。相手は賀久だもんなあ」
床に置いていた鞄を抱え直す坂本。
「おれ、これから見舞いに行くけど。お前来る?」
「行く」
返答は早かった。
◆
「賀久って人、そんなに強いの?」
病院の廊下を歩きながら、結珂はきいてみた。
「強いっていうよりもタチが悪い」
疲れたような坂本の返答。
「中学からチーム作って俗に言う悪いこといろいろやって、本人は一度も補導とかされたことがない ─── 器用なヤツなんだよ、そういう悪いことにさ。喧嘩は滅多にしないから弱いのかとたかをくくってふっかけて逆に病院送りにされたやつが何人もいる。自分は行動しないけど出来ないわけじゃない、能ある鷹は爪を隠すってやつ」
「 ─── で、なんで坂本と知り合いなの」
「中学のときはおれも屈折してたから」
にやりとごまかし笑いもつけて、曖昧な返答が返ってくる。次にはもう違う話題に入っていた。
「幡多はあの双子とは高校からだったから知らないだろうけど、閏のほうもそこそこ色々やっててさ。賀久のチームにも入ってたんだ。あいつの荒れようはおれよりひどかったぜ」
確かに初耳だった。今の閏は優しくて、そんな過去を微塵も感じさせない。
「それが卒業直前になって突然抜けるって言い出して、賀久の許可もなくさっさと普通に戻って音信不通になっちまった。チームにもそれぞれの性格ってもんがあるけど、賀久のとこは入るのも抜けるのも厳しくてさ。許可を無視して勝手に抜けるとしっぺ返しがすごい。賀久が閏を狙ってたのもそういう理由ってわけ」
坂本は病室を見つけ、扉の前で立ち止まった。結珂にはまだ分からない。
「だって卒業して一年以上も経ってるのに? 今までは何してたの」
「何やってんのかは知らないけど賀久は忙しいヤツでね。閏も去年まで用心してたらしいし。 ─── さ、入るぜ」
坂本はノブを回し、「お邪魔しまーす」と中を覗いた。個室で、包帯だらけの閏がベッドから首だけを上げてこちらを向いた。結珂を認めてぎょっとする。
「なんで幡多まで ─── 」
「入院の話は誰にも知られたくなかったんだろ。それは分かるよ。でもなあ、」
坂本はつかつか歩み寄り、閏の耳元でぼそっとささやいた。
「本当は嬉しいんだろ。今日だけだぜ、敵の情け」
閏はぐったり首を枕へ落とす。
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