蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

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閏の思い

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「閏くん、すごい怪我!」

 閏の姿を見て結珂は声を上げた。額と腕は包帯でぐるぐる巻き、頬にも首にもバンソウコウがはってある。聞くとそれだけではなく、布団で見えないが足も包帯で巻かれているらしい。

「骨折しなかったのがまだマシかな」

 ぽつんと苦笑いした閏を、結珂は睨みつけた。

「怪我にマシも何もないっ」

 ああ可哀想な手、足、と結珂はおろおろしていたがやがて気を取り直し、持っていた包みを手渡した。

「これクッキー。甘くないの選んだから食べて」
「ありがとう。手作りじゃないんだ?」
「お菓子は作ったことないんだ」
「普通逆だよな」

 半分開いていたカーテンから外を覗いていた坂本が、口を挟む。結珂は無視した。

「いつまで入院?」
「検査が終わったらすぐ退院できるってさ。明後日には学校行くよ」

 閏は起き上がってクッキーを脇の台に置き、ちらりと坂本を見やった。

「なあ、演劇部の出し物ってやっぱ変更になったのか」
「ああ。今年の文化祭は演劇部の十八番。『鶴の恩返し』。今日部長に通達が行ったはずだぜ」

 窓から離れ、坂本はベッドのそばの丸椅子に腰掛ける。

「お前そんなにあの劇に思い入れがあるわけ? なんか意外だぜ。おれあんなのお前が書いてるのだって知らなかったし」

 閏は黙ってしまった。布団の上に置いた自分の手をじっと見下ろす。

「『蠍の舌』か。なんだっけ、双子の弟が兄を殺す話? ただの物語なんだからさ、お前も達弥ももっと肩の力抜けばいいんじゃねえの?」
「あれはどうしてもやらせてもらいたかった」

 切実な意志を含んだ言葉に、坂本と結珂は彼を見つめた。

「自分の書いた話なんか本当は自信がないけど、でもチャンスだと思った。見てもらうには文化祭は最適だから」
「チャンス?」

 結珂は尋ねる。しかし閏は答えなかった。皮肉げな笑みを浮かべて坂本を見る。

「弟が兄を憎み、言葉だけで人を殺せる伝説の蠍の舌、アル・ギーラを欲するようになる。そしてついにそれを手に入れ、弟の言葉は毒そのものになって兄の体に侵入し、死に至らせる。達弥がいやがるのも当然だろうぜ、これほどの皮肉はないからな」

 坂本は肩をすくめ、立ち上がる。話の内容にどことなく青冷めてしまった結珂の肩に手を置いた。

「今日は帰る。閏、今度は学校でな」
「志輝」

 笑みを引っ込め、閏は真顔になる。

「情けって今日限り?」

 坂本はちらりと結珂を見下ろし、「ああ」とにべもなく答える。

「明日からは譲らない」
「じゃああと十分時間をくれ。話したい」

 坂本は一瞬探るように閏を見つめた。結珂は何のことなのか分からず、彼らを見比べている。

「 ─── 十分だぜ」

 坂本は押しつけるようにそう言い、あれっという顔をする彼女に「廊下で待ってる」と笑顔を見せ、出ていってしまった。

「ちょっと坂本……あたしも帰るよ」
「もう少しいてくれ」

 鞄を取り上げようとした結珂を、閏は引き止める。いつになく真剣な視線に、結珂は戸惑って目を泳がせた。ふと、枕の横の包みが目に入る。白地に小さな青い花がとんだ模様の、布の包みだ。

「それ何?」
「ああ……」

 結珂の視線に閏は気づく。

「姉貴が本でも読んでろって置いてったんだ。ヘミングウェイだぜ、信じられねぇ」

 悪態をつく閏に、結珂は思わず笑ってしまう。

「閏くんて本が好きなんじゃないの? 自分で本書いちゃうくらいだもの」
「たまに読むけど、あまり好きじゃないな。それに自分が書いたのだってあれ一個きりだ」
「その双子の話ってほかに誰が出てくるの? お姉さん……彩乃さん、だっけ。彩乃さんも出てくる?」

 閏は少し考え、口を開いた。

「主人公である双子の弟のアシュラム、兄のサリア、それに彼らのいとこの双子の姉妹、カテラとセラス」

 なぜか不意に、結珂は寒気がした。なぜか分からないが ─── それらの設定に、何か強い意味があるような気がしたのだ。
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