蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

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本当の意味

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「 ─── 本当か」

 心配そうに見上げる結珂の気持ちを察したのか、握られた手に少しだけ力がこもる。

『背格好だけなら達弥の可能性も考えられたんだけど、走り方や雰囲気が閏だった』
「他の人なんじゃないの? 絶対閏くんなの?」

 結珂の声に凪はちょっと黙り、

『暗かったから確信はないよ。ただおれが勝手に思っただけで ─── こら坂本、幡多さんが聞いてるなら最初からそう言え』
「幡多ならだいじょうぶだ。いいからお前が分かったこと、正直に教えてくれよ」
『そうだな、お前がついてるんだからだいじょうぶだよな』

 凪は笑ったようだった。しかしすぐに真面目な声に戻る。

『それと ─── ここからはこの事件には直接関係ないと思うけど、気になることがひとつあるんだ。達弥と閏、昔からの親友のお前なら知っておいたほうがいいと思うから言っておく』

 そして凪は『蠍の舌』のことを口にした。さっき『蠍の舌』を読み終えたのだと。

『あの結末と本当のテーマを知っているか?』

「弟が兄を殺す話だろ?」

『おれもそう思ったけど演劇部長が違うようなことを言ってたから、気になって今日最後まで読んだんだ。
 確かに弟は伝説の蠍の舌を持つことに成功し、兄を殺してしまう。その動機のきっかけになったのは、弟が彼らの双子の姉のひとり、カテラを手に入れようとしたことだ。双子の姉妹と双子の兄弟は表向きには姉弟でも実際には血のつながらない他人だった。弟はカテラを好きだったが、カテラは兄のほうを愛していた。弟の兄に対する憎悪が膨れ上がり、ついに殺すに至る。
 でもそれから ─── カテラが双子の兄を追って自殺する。弟は身悶えるほど哀しんだ。そしてだんだん正気に戻っていくんだ。ずっと昔、まだ恋愛も知らなかった無垢な頃、自分は兄を心から好きだったことを思い出す。そして罪を悔いて、最後には自らに蠍の舌を使って死んでいくんだ』

 結珂と坂本は言葉を失っていた。凪は続ける。

『この話は憎悪の話じゃない。双子の兄を殺すほど憎んでいた弟が、『憎悪』というめくらましが取れて初めて本当の思いに気付く、いわば弟が兄に捧げる話だ。今まで憎んでいたことを悔いて許しを乞う、そういう劇だ』

 凪はそして、最後にこう言った。

『 ─── 閏と達弥、一度話し合ったほうがいい。閏は達弥に劇を見てもらいたかったんじゃないのか? だから文化祭の出し物にすることを承諾したんだ。いや、この劇の内容すべてが現実のものとは思えないけど、だとしてもこの話を通じて閏は達弥に気持ちを伝えたかったんじゃないのか?
 もしあの双子が仲直りできるなら、おれは協力を惜しまない』

 凪との電話を切ったあと、しばらくふたりとも黙り込んでいた。
 やがて沈黙を破ったのは坂本だった。

「閏、病室で『チャンスだと思った』って言ってたよな。あれが達弥に見てもらうチャンスだと思ったって意味だとしたら ─── 」
「閏くん、……達弥くんと仲直りしたかったならどうしてあんなに意地張ったりしたのかな」

 顔を合わせれば喧嘩で、結珂に告白した時も達弥を持ち出すほど……意地をはっていた。

「相手の態度がかたくなだと、いくらそうしようと思ってもなかなか素直になれねえよ。誰だってそうだろ」

 坂本の言う通りかもしれない。だって閏はいつも哀しそうだった。達弥と口喧嘩したときも、結珂に告白したときも。
 まだ坂本に手を握られたままだと気付いたが、離す気になれなかった。それが今の結珂には大きな支えだった。

  ─── 涙が出そうだった。
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