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一生
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◆
おれ達の楽しみは、休みのたびにこの別荘に来ることだった。もちろん普段の家でも楽しかったけど、別荘に来ると食事の時以外はほとんど子供達だけで一日中遊べたからだ。
この部屋でおれは読書を、タツミはパズルゲームを、彩乃と聖香は大抵編み物か手芸をしていた。四人一緒に遊ぶ時は鬼ごっこかかくれんぼ、森に入って色々な遊びを考えては楽しんでいた。
いつも遊びを思いつくのはおれだった。
おれが出した案を頭のいいタツミが面白くして、彩乃と聖香が加わる、いつもそんな感じだった。
双子の特権である「いれかわり」もよくやった。おれとタツミはそれがすごくうまくて、周りの大人達は必ず騙された。一度だって見破られたことがないんだ。
おれとタツミはお互いのことが一番よく分かってた。食べ物や服の好みも、話し方も考え方も、全部だ。
それだけお互い信頼しあっていた。
でも ─── そのうちに、おれとタツミは同じ女の子を ─── 聖香を好きになった。はじめは些細な取り合いが、どんどん大きくなっていった。聖香は元からおれびいきだったし、でも恋愛感情じゃなかった。おれは聖香を自分だけのものにしたくて、タツミは聖香をおれから奪いたくて必死になっていったんだ。
気がつくとおれとタツミは、犬猿の仲になっていた。
小学校高学年になると、おれは簡単な物語を書くようになった。
それがあの『蠍の舌』だ。弟が兄を殺す話 ─── 募るタツミへの憎しみをそうしてどこかにぶつけないと、おれはどうにかなりそうなくらいだったんだ。
あれは、いつものように冬休みに別荘へ来たときだった。
同じ部屋で遊んではいたけど、おれとタツミは完全に無視しあっていた。ああ、確か中学に入って初めての冬だ。おれは聖香が入学祝いにくれた腕時計をしていたから、間違いない。
昼間で、雪が降りそうなのにおれと聖香はバルコニーに出ていて外国の昔話をしていた。おれが読んだ本の内容を、聖香は聞くのが好きだったんだ。
三、四、五……
彩乃が編み物の『目』を数える声が聞こえてた。
聖香はバルコニーの手すりに寄りかかって、しきりにうっとりと、貝殻の腕輪を見ながらおれの話を聞いていた。いつもと違う彼女の雰囲気に、おれは不思議に思ってどうかしたのかと聞いた。
すると聖香は言ったんだ。
「ねえ、タツミと仲直りしない?」
おれはびっくりして、どうしてだと聞き返した。
「あたしタツミのこと ─── 好きになったみたいなの」
顔を赤くする聖香の言葉が信じられなくて、おれはしばらく声も出せなかった。黙り込んだおれに、聖香は心底嬉しそうに話すんだ。昨日タツミに腕輪をもらったこと、その時に告白されたこと、一生きっと好きだからと言われてとても嬉しかったこと ─── 。
十、十一、十二………
おれは嫉妬と悲しみでいっぱいになった。頭がくらくらして、全身が熱を持ってしまったみたいだった。いや、その時本当に風邪でもひいてしまってたのかもしれない。
いつのまにか雪が降り始めていて、彩乃の数える声とあいまって、まるで夢の中にいるみたいだった。
十三、十四、十五……
雪がそうやって、降っていくんだ。
十六、十七、十八。
すごい速さで数えながらおれは、そうやって平静を取り戻そうとしてたんだ。
「そろそろ入りましょう。いいわね、タツミと仲直りするから」
熱を持ったおれの頭に、聖香の声がぼんやり響いてきた。おれはとっさに彼女の手から腕輪を引きちぎって、バルコニーの下に落とそうとした。自分で何をやったのか、分かってなかった。聖香がおれから離れていくことがいやで、淋しくて哀しくて、いつのまにかそうしていたんだ。
「ダメ!」
聖香は叫んで腕輪を取ろうと身を乗り出した。体が落ちそうになって、彼女は悲鳴を上げた。
その声でおれははっとして手をのばした。
……五十、
─── ちょうどその数のときだった。
助けようとのばしたはずのおれの手が、コントロールを誤って聖香の身体を押してしまった。
聖香は、 ─── 雪の中に落ちた。
雪の下にあった、花壇のレンガの上に。
おれは熱くて ─── 身体が熱くて、息が苦しかった。雪が血で赤く染まるのを見た、それを最後におれは気を失った。
気がつくと、夜だった。
おれは部屋のベッドにいて、ちゃんとパジャマに着替えさせられていた。
まだ熱があるみたいでふらふらしながら、おれは起き上がって、そして気付いたんだ。
そこはおれの部屋じゃなかった。
タツミの部屋で、そして着替えさせられていたパジャマもタツミのものだった。
「神崎さんがお前と聖香を見てた」
その声がするまで、おれはすぐ横に人が座っていることに気付かなかった。見ると、そこにいたのは「おれ自身」だった。
神崎というのは、おれ達につけられた名ばかりのベビーシッターだ。あの時、おれが聖香を結果的に突き飛ばしてしまったとき、ちょうど手紙を出しに行こうと庭を突っ切るところだったんだ。
「お前は今日から早瀬閏でなく、早瀬達弥になる。おれと入れ替わるんだ、前に何度もやったように」
おれは熱に浮かされてはいたけど、どうしてタツミがそんなことを言うのか分からなかった。
「もうおれはウルウ、お前として事件のことを大人達に話した。聖香を間違って突き落としたのは、だから『おれ』ということになってる」
違う、とおれはかすれた声で言った。するとタツミはうなずいた。
「分かってる。助けようとしたんだろ。……双子なんだ、それくらい分かる」
そして続けて言った。
「安心しろ、お前をここに運んだのも着替えさせたのもおれだ。その間彩乃には叔母さんを呼びに行かせてたから、おれ達のことはおれ達しか知らない。
お前とおれ、ウルウとタツミが入れ替わったことを知ってるのはおれ達以外誰もいないんだ。いいな ─── おれ達は昔のように入れ替わるんだ。ただしこれから先ずっとだ。一生」
タツミの声は、夢の中で聞いてるみたいにぼんやりしていた。だから尚更、暗示としておれの中にすりこまれたのかもしれない。
おれは三日間高熱にうなされて、
─── そして次の朝から「早瀬達弥」として生きることになった………
おれ達の楽しみは、休みのたびにこの別荘に来ることだった。もちろん普段の家でも楽しかったけど、別荘に来ると食事の時以外はほとんど子供達だけで一日中遊べたからだ。
この部屋でおれは読書を、タツミはパズルゲームを、彩乃と聖香は大抵編み物か手芸をしていた。四人一緒に遊ぶ時は鬼ごっこかかくれんぼ、森に入って色々な遊びを考えては楽しんでいた。
いつも遊びを思いつくのはおれだった。
おれが出した案を頭のいいタツミが面白くして、彩乃と聖香が加わる、いつもそんな感じだった。
双子の特権である「いれかわり」もよくやった。おれとタツミはそれがすごくうまくて、周りの大人達は必ず騙された。一度だって見破られたことがないんだ。
おれとタツミはお互いのことが一番よく分かってた。食べ物や服の好みも、話し方も考え方も、全部だ。
それだけお互い信頼しあっていた。
でも ─── そのうちに、おれとタツミは同じ女の子を ─── 聖香を好きになった。はじめは些細な取り合いが、どんどん大きくなっていった。聖香は元からおれびいきだったし、でも恋愛感情じゃなかった。おれは聖香を自分だけのものにしたくて、タツミは聖香をおれから奪いたくて必死になっていったんだ。
気がつくとおれとタツミは、犬猿の仲になっていた。
小学校高学年になると、おれは簡単な物語を書くようになった。
それがあの『蠍の舌』だ。弟が兄を殺す話 ─── 募るタツミへの憎しみをそうしてどこかにぶつけないと、おれはどうにかなりそうなくらいだったんだ。
あれは、いつものように冬休みに別荘へ来たときだった。
同じ部屋で遊んではいたけど、おれとタツミは完全に無視しあっていた。ああ、確か中学に入って初めての冬だ。おれは聖香が入学祝いにくれた腕時計をしていたから、間違いない。
昼間で、雪が降りそうなのにおれと聖香はバルコニーに出ていて外国の昔話をしていた。おれが読んだ本の内容を、聖香は聞くのが好きだったんだ。
三、四、五……
彩乃が編み物の『目』を数える声が聞こえてた。
聖香はバルコニーの手すりに寄りかかって、しきりにうっとりと、貝殻の腕輪を見ながらおれの話を聞いていた。いつもと違う彼女の雰囲気に、おれは不思議に思ってどうかしたのかと聞いた。
すると聖香は言ったんだ。
「ねえ、タツミと仲直りしない?」
おれはびっくりして、どうしてだと聞き返した。
「あたしタツミのこと ─── 好きになったみたいなの」
顔を赤くする聖香の言葉が信じられなくて、おれはしばらく声も出せなかった。黙り込んだおれに、聖香は心底嬉しそうに話すんだ。昨日タツミに腕輪をもらったこと、その時に告白されたこと、一生きっと好きだからと言われてとても嬉しかったこと ─── 。
十、十一、十二………
おれは嫉妬と悲しみでいっぱいになった。頭がくらくらして、全身が熱を持ってしまったみたいだった。いや、その時本当に風邪でもひいてしまってたのかもしれない。
いつのまにか雪が降り始めていて、彩乃の数える声とあいまって、まるで夢の中にいるみたいだった。
十三、十四、十五……
雪がそうやって、降っていくんだ。
十六、十七、十八。
すごい速さで数えながらおれは、そうやって平静を取り戻そうとしてたんだ。
「そろそろ入りましょう。いいわね、タツミと仲直りするから」
熱を持ったおれの頭に、聖香の声がぼんやり響いてきた。おれはとっさに彼女の手から腕輪を引きちぎって、バルコニーの下に落とそうとした。自分で何をやったのか、分かってなかった。聖香がおれから離れていくことがいやで、淋しくて哀しくて、いつのまにかそうしていたんだ。
「ダメ!」
聖香は叫んで腕輪を取ろうと身を乗り出した。体が落ちそうになって、彼女は悲鳴を上げた。
その声でおれははっとして手をのばした。
……五十、
─── ちょうどその数のときだった。
助けようとのばしたはずのおれの手が、コントロールを誤って聖香の身体を押してしまった。
聖香は、 ─── 雪の中に落ちた。
雪の下にあった、花壇のレンガの上に。
おれは熱くて ─── 身体が熱くて、息が苦しかった。雪が血で赤く染まるのを見た、それを最後におれは気を失った。
気がつくと、夜だった。
おれは部屋のベッドにいて、ちゃんとパジャマに着替えさせられていた。
まだ熱があるみたいでふらふらしながら、おれは起き上がって、そして気付いたんだ。
そこはおれの部屋じゃなかった。
タツミの部屋で、そして着替えさせられていたパジャマもタツミのものだった。
「神崎さんがお前と聖香を見てた」
その声がするまで、おれはすぐ横に人が座っていることに気付かなかった。見ると、そこにいたのは「おれ自身」だった。
神崎というのは、おれ達につけられた名ばかりのベビーシッターだ。あの時、おれが聖香を結果的に突き飛ばしてしまったとき、ちょうど手紙を出しに行こうと庭を突っ切るところだったんだ。
「お前は今日から早瀬閏でなく、早瀬達弥になる。おれと入れ替わるんだ、前に何度もやったように」
おれは熱に浮かされてはいたけど、どうしてタツミがそんなことを言うのか分からなかった。
「もうおれはウルウ、お前として事件のことを大人達に話した。聖香を間違って突き落としたのは、だから『おれ』ということになってる」
違う、とおれはかすれた声で言った。するとタツミはうなずいた。
「分かってる。助けようとしたんだろ。……双子なんだ、それくらい分かる」
そして続けて言った。
「安心しろ、お前をここに運んだのも着替えさせたのもおれだ。その間彩乃には叔母さんを呼びに行かせてたから、おれ達のことはおれ達しか知らない。
お前とおれ、ウルウとタツミが入れ替わったことを知ってるのはおれ達以外誰もいないんだ。いいな ─── おれ達は昔のように入れ替わるんだ。ただしこれから先ずっとだ。一生」
タツミの声は、夢の中で聞いてるみたいにぼんやりしていた。だから尚更、暗示としておれの中にすりこまれたのかもしれない。
おれは三日間高熱にうなされて、
─── そして次の朝から「早瀬達弥」として生きることになった………
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