蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

文字の大きさ
27 / 35

一生

しおりを挟む
 ◆

おれ達の楽しみは、休みのたびにこの別荘に来ることだった。もちろん普段の家でも楽しかったけど、別荘に来ると食事の時以外はほとんど子供達だけで一日中遊べたからだ。

 この部屋でおれは読書を、タツミはパズルゲームを、彩乃と聖香は大抵編み物か手芸をしていた。四人一緒に遊ぶ時は鬼ごっこかかくれんぼ、森に入って色々な遊びを考えては楽しんでいた。

 いつも遊びを思いつくのはおれだった。
 おれが出した案を頭のいいタツミが面白くして、彩乃と聖香が加わる、いつもそんな感じだった。

 双子の特権である「いれかわり」もよくやった。おれとタツミはそれがすごくうまくて、周りの大人達は必ず騙された。一度だって見破られたことがないんだ。
 おれとタツミはお互いのことが一番よく分かってた。食べ物や服の好みも、話し方も考え方も、全部だ。
 それだけお互い信頼しあっていた。

 でも ─── そのうちに、おれとタツミは同じ女の子を ─── 聖香を好きになった。はじめは些細な取り合いが、どんどん大きくなっていった。聖香は元からおれびいきだったし、でも恋愛感情じゃなかった。おれは聖香を自分だけのものにしたくて、タツミは聖香をおれから奪いたくて必死になっていったんだ。
 気がつくとおれとタツミは、犬猿の仲になっていた。

 小学校高学年になると、おれは簡単な物語を書くようになった。
 それがあの『蠍の舌』だ。弟が兄を殺す話 ─── 募るタツミへの憎しみをそうしてどこかにぶつけないと、おれはどうにかなりそうなくらいだったんだ。

 あれは、いつものように冬休みに別荘へ来たときだった。
 同じ部屋で遊んではいたけど、おれとタツミは完全に無視しあっていた。ああ、確か中学に入って初めての冬だ。おれは聖香が入学祝いにくれた腕時計をしていたから、間違いない。
 昼間で、雪が降りそうなのにおれと聖香はバルコニーに出ていて外国の昔話をしていた。おれが読んだ本の内容を、聖香は聞くのが好きだったんだ。

 三、四、五……

 彩乃が編み物の『目』を数える声が聞こえてた。
 聖香はバルコニーの手すりに寄りかかって、しきりにうっとりと、貝殻の腕輪を見ながらおれの話を聞いていた。いつもと違う彼女の雰囲気に、おれは不思議に思ってどうかしたのかと聞いた。
 すると聖香は言ったんだ。

「ねえ、タツミと仲直りしない?」

 おれはびっくりして、どうしてだと聞き返した。

「あたしタツミのこと ─── 好きになったみたいなの」

 顔を赤くする聖香の言葉が信じられなくて、おれはしばらく声も出せなかった。黙り込んだおれに、聖香は心底嬉しそうに話すんだ。昨日タツミに腕輪をもらったこと、その時に告白されたこと、一生きっと好きだからと言われてとても嬉しかったこと ─── 。

 十、十一、十二………

 おれは嫉妬と悲しみでいっぱいになった。頭がくらくらして、全身が熱を持ってしまったみたいだった。いや、その時本当に風邪でもひいてしまってたのかもしれない。
 いつのまにか雪が降り始めていて、彩乃の数える声とあいまって、まるで夢の中にいるみたいだった。

 十三、十四、十五……

 雪がそうやって、降っていくんだ。

 十六、十七、十八。

 すごい速さで数えながらおれは、そうやって平静を取り戻そうとしてたんだ。

「そろそろ入りましょう。いいわね、タツミと仲直りするから」

 熱を持ったおれの頭に、聖香の声がぼんやり響いてきた。おれはとっさに彼女の手から腕輪を引きちぎって、バルコニーの下に落とそうとした。自分で何をやったのか、分かってなかった。聖香がおれから離れていくことがいやで、淋しくて哀しくて、いつのまにかそうしていたんだ。

「ダメ!」

 聖香は叫んで腕輪を取ろうと身を乗り出した。体が落ちそうになって、彼女は悲鳴を上げた。
 その声でおれははっとして手をのばした。

 ……五十、

  ─── ちょうどその数のときだった。

 助けようとのばしたはずのおれの手が、コントロールを誤って聖香の身体を押してしまった。
 聖香は、 ─── 雪の中に落ちた。
 雪の下にあった、花壇のレンガの上に。
 おれは熱くて ─── 身体が熱くて、息が苦しかった。雪が血で赤く染まるのを見た、それを最後におれは気を失った。

 気がつくと、夜だった。
 おれは部屋のベッドにいて、ちゃんとパジャマに着替えさせられていた。
 まだ熱があるみたいでふらふらしながら、おれは起き上がって、そして気付いたんだ。
 そこはおれの部屋じゃなかった。
 タツミの部屋で、そして着替えさせられていたパジャマもタツミのものだった。

「神崎さんがお前と聖香を見てた」

 その声がするまで、おれはすぐ横に人が座っていることに気付かなかった。見ると、そこにいたのは「おれ自身」だった。
 神崎というのは、おれ達につけられた名ばかりのベビーシッターだ。あの時、おれが聖香を結果的に突き飛ばしてしまったとき、ちょうど手紙を出しに行こうと庭を突っ切るところだったんだ。

「お前は今日から早瀬閏でなく、早瀬達弥になる。おれと入れ替わるんだ、前に何度もやったように」

 おれは熱に浮かされてはいたけど、どうしてタツミがそんなことを言うのか分からなかった。

「もうおれはウルウ、お前として事件のことを大人達に話した。聖香を間違って突き落としたのは、だから『おれ』ということになってる」

 違う、とおれはかすれた声で言った。するとタツミはうなずいた。

「分かってる。助けようとしたんだろ。……双子なんだ、それくらい分かる」

 そして続けて言った。

「安心しろ、お前をここに運んだのも着替えさせたのもおれだ。その間彩乃には叔母さんを呼びに行かせてたから、おれ達のことはおれ達しか知らない。
 お前とおれ、ウルウとタツミが入れ替わったことを知ってるのはおれ達以外誰もいないんだ。いいな ─── おれ達は昔のように入れ替わるんだ。ただしこれから先ずっとだ。一生」

 タツミの声は、夢の中で聞いてるみたいにぼんやりしていた。だから尚更、暗示としておれの中にすりこまれたのかもしれない。

 おれは三日間高熱にうなされて、
  ─── そして次の朝から「早瀬達弥」として生きることになった………
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...