僕たちの3年間

禅乃蓮

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09-籠の鳥がした雲への恋を天井で塞ぐ

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 松原5兄弟は伊勢崎と日向灘を共連れに、お散歩気分で地区予選をぶち抜いた。
 ぽっと出の高校1年生が高校の集大成を示さんと挑みかかる3年生を薙ぎ倒して進んでいく快進撃は痛快で、地元の新聞は富貴高校バスケットボール部に期待の新星現るともてはやした。
 彼らの活躍の裏で、出番どころかレギュラーに名を連ねることすら赦されなかった3年生・2年生がどれほど惨めな思いをしているかなど彼らは知る由もない。
 地区大会を終えた2日後。
 瑠璃は体育館内での練習の前、コートにバスケ部員全員を集め、通達を出した。

「よーし、ここまでは順調だ。次、県大会のスタメンだが……」

 瑠璃が朗々となを読み上げる。キャプテン伊勢崎、副キャプ日向灘が入るのは想定内だった。
 だが、次いで呼ばれたのは直次。そしてトヨと3年、2年と続く。
 
「ベンチに入るのは以上だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 咄嗟に噛みついたはのは3年生だった。声を上げた彼を瑠璃がジロリと睨みつける。

「何?」

 瑠璃がぶっきらぼうに問う。

「なんで松原兄弟が誰一人入ってないんですか!」
「うちの主戦力ですよ?」
「このメンツじゃ勝てると思えません! もう一度考え直してください」

 瑠璃の言葉に噛みついたのは一人ではなかった。口々に疑問点を口にする。
 黙っていたが、メンツを聞いてトヨが抱いた感想も同じだった。メンバーをがらりと入れ替えるのは問題ない。だが、そこに松原5兄弟を入れない理由が解らない。
 トヨがちらりと松原の四人を見る。なお残り一人たる松原青藍は今日もまた勝手に自主練習しているので被害さえ出さなければ瑠璃すらもう止めたりはしない。
 松原兄弟に動揺は見えない。事前に瑠璃から通達され言い聞かされていたのかもしれない。皆、澄ました顔で静かに瑠璃の話を聞いている。

(いい子ちゃんなのか、そもそも大会に興味がないのか)

 まだ2年ある松原兄弟にとって、高校1年目のインターハイなど重みを感じないのかもしれないな。そう思ってしまうとなんだか松原兄弟に失望しか感じられなくて視線が下がる。
 ふと。
 下げた視線が握りしめ震える拳を映し出す。どうして? 誰が? 疑問に思い震える拳から逆流して視線を上げた先には蘇芳の顔があった。
 彼は奥歯を噛み締め、感情を出してしまわぬよう堪えている。そんな表情をみてようやくトヨは誤解に気づいた。

(そっか)

 松原兄弟、特に蘇芳この決断に納得していない。
 それでも反対意見を出さないのはそう言い含められているからなのだろう。松原兄弟は瑠璃に溺愛されているとはいえ、その溺愛は瑠璃に対する従順によって与えらえているものなのだと蘇芳の態度が示していた。
 松原兄弟で瑠璃の意見を変えられないのなら瑠璃組みにすら入れてもらえなかったトヨの言葉など届くわけもない。トヨは諦めて理不尽を呑み込み、無意味な押し問答が終わり練習が開始されるまで心を殺して練習再開を待った。
 が。
 誰もかれもが何でもかんでも受け入れられるわけではない。なまじ地区大会の圧勝という夢を見た直後なのだ、インターハイ制覇を思い描いてしまっていた者たちからすれば確実に勝てない布陣を受け入れられなかった。特に引退のかかる3年生は治されである。
 3年生が瑠璃に噛みついているせいで下級生が止めに入ることもできず、話し合いは長引く一方だった。瑠璃の判断で、抗議している者以外はその場に座るよう命じられるほどに。

(いい加減に諦めればいいのに)

 瑠璃は翻意しない。今までの練習を見ていれば解ることなのにいつまでもダラダラと食い下がる3年にいい加減トヨはあきれていた。進まない議論モドキに退屈を持て余し、気を反らせる先を求めてふと青藍の練習に目をやった。
 まさにその瞬間。
 青藍がバスケットボールを思い切り振りかぶった。青藍の目は明らかに瑠璃を標的に定めている。

(何を……!!)

 青藍はハーフコートより手前から悠然と3ポイントシュートを取れるほどの剛肩。そんな男が顔面に向かって真っすぐ投げてくれば瑠璃がどうなるかなど想像に易いというのに。
 瑠璃は抗議している3年に目を見ていて気付いていない。
 抗議している3年は瑠璃のほうを向いているせいで射線上にいない。
 他の部員は瑠璃の方を向いて座っていて咄嗟には動けない。
 動けるのは、自分しかいない。
 青藍がオレンジ色の弾丸を放つ。トヨは咄嗟に立ち上がって射線をふさぐとキャッチの態勢をとった。勢いこそ凄かったがボールは音もたてずすっとトヨの手に納まる。
 ホッとしたのもつかの間。すぐにトヨはぎっと青藍を睨みつけた。
 
「こら、青藍!」
「先輩すげぇ!!」

 𠮟りつけようとしたトヨの言葉を遮って青藍がはしゃぎ始める。騒ぎに気付いた瑠璃たちが青藍を見た。

「……まさか」

 蘇芳が小さく呟いて立ち上がった。それにつられて他の部員たちも立ち上がった。
 蘇芳はトヨの正面に回り込んでトヨがボールを持っているのを確認すると青ざめた顔で青藍を見た。

「青藍、お前まさか投げたのか? そこから? どこに向かって?」
「先輩、とってくれたよ!!」

 青藍はキラキラした目をトヨに向けていた。

「先輩あのね、俺様のこれね、わりとみんな取れないんだよ! ほんとだよ!」
「いや、青藍、聞け」

 蘇芳が諫めるのも気に留めもせず青藍はボールカゴからひょいとボールを拾い上げると先ほどと同じくボールを構えた。

「見てて!!」

 と同時に剛速球を投げてよこす。蘇芳はボールをキャッチしようとするが、ボールはバチンと音を立てて蘇芳の手を弾き足元に落ちた。てんてんてん……と所在なさげに転がっていく。

「ほらな! 蘇芳でも取れないんだよ! 先輩凄い!!」
「ほらなじゃない! 何を考えてるんだ青藍!!」
「えー? むしろいつまで喋ってるんだよ。さっさと練習しようよ」

 見事な会話のドッジボールだ。青藍の辞書には従うという文字はないらしい。
 見かねた菖蒲が青藍に駆け寄りミーティングに参加するよう促すが青藍は頑として首を縦に振らない。それどころか俺様レイアップシュートの練習したい!! と青藍が地団太を踏む始末である。
 瑠璃は頭を抱えている。瑠璃に噛みついていた3年生も青藍を異様なものを見る目で見ていた。
 蘇芳はボールを拾い上げるとボールカゴに投げた。ボールはそこが自分の居場所であるとでも主張するようにすぽっと収まる。

(さすがのボールコントロール……)

 トヨはそんなことを思いながら蘇芳を見ていた。蘇芳はボールがちゃんとカゴに納まったのを見届けてすっと視線を動かした。トヨと蘇芳の目がバチリとあう。
 また何か小言を言われるのか? とトヨは身構えた。蘇芳はトヨに向き直りペコリと頭を下げる。

「弟が失礼しました」
「え?」
「指、大丈夫っすか?」

 蘇芳はそう言いながらトヨの手を取る。蘇芳はトヨの掌を自分の指で辿ったり指がちゃんと曲がるかを確認していく。丁寧な確認動作がくすぐったい。

「だ、大丈夫だ。ちゃんと受けれたから」
「ダメージは即出るよりものより蓄積したのちに表出するほうが怖いです。少しでも指が痛むようなら今日はボール使うのやめておいてください」
「お、おう。気を付けとく」

 蘇芳は注意を促してトヨの手を離す。彼は踵を返すと青藍のところへ歩いていった。菖蒲と2人かがりで青藍を詰め始める。
 トヨは自由になった手をマジマジと見つめていた。

(……ま、まさか……心配されるとは)
 
 今まで蘇芳には冷たい言葉ばかり投げられていた。そのせいで心配されたことに理解が追い付かない。
 自分の手と青藍を叱る蘇芳の背中を何度も見比べて、トヨはひたすら戸惑うのだった。

 そんなトヨの感情をリセットさせるかのように、パンパンと瑠璃が手を打つ。

「ほら、練習始めるぞ。集合!!」

 瑠璃の声に従い、散らばりつつあったバスケ部員が瑠璃の元に集まった。少し遅れてムスッとした青藍とあきれ果てた菖蒲、眉間にしわを寄せる蘇芳が合流してくる。
 集団は伊勢崎と日向灘を先頭に2列になり、コートを走り始めた。
 スタートが非常に遅れたその日の練習は、しかし終了時間にピタッと収まる形できっちり終わったのだった。
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