湖畔の賢者

そらまめ

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九話

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「なあトール。旅はしなくても良いのか」

 ルド村の一角で公衆浴場を建てているとエルザからそんな事を聞かれた。

「物騒な世の中で、何も無理に旅をしなくてもいいかなと」

 そう。態々自分から火の中に飛び込む必要なんてない。それに、この周辺を探索しているだけで今はわりと満足していた。

「そんな事を思っていたら、いつになっても旅なんて出来ないぞ」
「そうですよぉ。平穏な時なんて私が生まれてからほとんどありませんし」

 そういえばエルザもエルナも百年以上生きているんだよな。反則的に見た目は若いけれど、俺よりずっーーと年上だ。

「おい、今失礼なことを思ってなかったか」
「……そんなことはない」
「ずいぶんと間がありましたねぇ」
「ねぇよ。無駄口たたいていないで手を動かしてくれ」

 石を積んで大露天風呂風に仕上げていると湖で遊んでいた筈のエルとエマが走ってこちらにやってきた。

「せんせーお爺ちゃんがきたよー!」
「なんか来てって!」

 なんで里長が。と頭に疑問符を浮かべながら二人に連れられて村長の家にいる里長に会いにいくと。

「トール様、お呼び立てして申し訳ありません」
「いえいえ。それでどうなされました」
「この村に関してご報告がありまして」

 その報告とは正式にこの国が独立してエルフの庇護下に置かれたことと。

「私たちはサントゥール王国に関して今後一切関与しないことを決定しました」
「あの意味が分からないのですが。関与しないというのは、どういうことなのでしょう」
「言葉の通りです。エルザから連絡を受けサンレイクの領主に会いましたが、どちらかに肩入れするのは良くないと判断しました」
「それはサンレイク側にも非があると」
「その通りです。このルド村に関しては辺境の僻地ということで税の免除などしておりましたが、それは徴収する方が手間だっただけであり、その他の領地に関しては税が上がっておりました」

 あの時に軽はずみに返事しなくて本当に良かった。

「つまり、どっちもどっちって事ですね」
「はい。要は内部での醜い権力争いです」

 救えない話だ。民にあんな貧しい思いをさせてまでやる事なのだろうか。

「それでこの村を独立させた訳ですね」
「いえ、違います」
「ではなんで」
「このルド村はトール様の国に編入しただけです」
「へっ、僕いつから国を」

 間抜けな声が出た。あまりの意味の分からなさなに。

「里の者達と協議した結果、面倒なのでトール様の拠点からぐるっと丸ごと領土にしました。既にサントゥールとルキアには通告済みですのでご安心ください」

 え、今さ、面倒って言ったよね。

「それで範囲はというと」

 里長は懐から地図を取り出して床に置くと拠点を中心に東南部一帯を指で大きく円を描いた。

「まあ、大まかな感じですが」
「ちなみに今、円で囲った中に村とか町とかありませんよね」
「そうですねぇ。もしかしたら辺境故に小さな村はあるかもしれませんが問題ないでしょう。それよりも国の名を早々に決めていただきたいのです」

 魂が抜けるとは正にこの事なのだろう。俺は一切何も考えられなくなり、その場で軽く気を失った。

「せんせー!」

 エルとエマの小さな手で頬をペシペシ叩かれて意識をとり戻すと、何事も無かったように里長が話を続けた。

「このルド村は世界樹様より祝福を受けた聖なる地ですから、ここを聖都ルドと名を改めました」
「あの唐突過ぎて理解が追いつかないのですが」

 俺は左肩に乗っているサクヤに縋るように視線を移すと彼女は顔を横に振った。

「何もご心配する事はありません。この聖都に関してはこちらの村長のルカが従来通り民をまとめますし、私たち里からも人手も物資も提供します」
「はあ、そうですか」

 力なくそうは答えたものの。人手とか物資って何に使う気なのだろうか。
 俺はもう頭がパンクしそうになったので、取り敢えず考えてみると言って逃げるようにその場を後にした。

「エルザ、エルナ帰るぞ」
「ん、もうか」
「なんか疲れた」

 俺は皆を連れて拠点まで転移すると真っ直ぐ自室に向かい、ベッドに潜り目を閉じた。
 そして早く寝たせいか夜中には目を覚まし一人桟橋の先まで行って腰を下ろした。

「なんてことだ。目立ちたくなかったのにな」

 静かに暮らし、時々旅に出て見聞を広めるだけで良かった。
 王様になんてなりたくもないし、なるつもりもなかった。それがどうして……

 両手をついて仰反るように夜空に浮かぶ星々を眺めた。

「まあ、嘆いても変わらないか」

 ん、待てよ。天皇陛下みたいに象徴でも良いんじゃないか。それこそイギリスみたいにやれば良くないか。

 ルド村のことはルカさんに任せて、俺は何かあった時にだけ出てくるみたいな。そして普段は拠点に引きこもったり、旅に出たりして隠者生活を送ればいい。

「そう、俺は名を貸すだけ。ルド村も今まで通りにすればいいだけだ。それに辺境になんか誰も押しかけてこないだろうしな。そう、今まで通りでいいんだ」

 ま、面倒になったら勝手に決めた里長達に押し付ければいいしな。

 そう思い。体を倒して美しく輝く星々を眺めた。
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