湖畔の賢者

そらまめ

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六話

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 目を覚ますと、穢れが払われたかのように心は凪いでいた。そしてサクヤに膝枕されていることに気付く。

「またサクヤに助けられたね。ありがとう」
「私はこうして膝枕をしていただけですけどね」

 サクヤと互いに目を合わせて声を出さずに笑う。そして顔を横に傾けて周りを確認するとエルザとエルナが俺たちを半円に囲むように寝ていた。

「こんなに引っ付かれていると起き上がれないな」

 エルとエマが俺をサンドするように腰にしがみついて寝ている。

「まあ、無理に起き上がる必要もないでしょう」
「それもそうか。……いやいや、サクヤに迷惑だろ」
「迷惑ではありませんよ」

 そうなのか。頭が重くて、足も痺れるんじゃないのか。

「そんな柔じゃありません。これでも高位の精霊女王なのですよ。それに神界でも、私の上には二柱しかおりませんし、同格も二柱だけで。とっても偉いのですよ、私は」

 神様の中での世界樹の立ち位置って、そんなに高いのか。これは驚くべき事実を知ったな。

「でも世界樹様は神様ではないのですよね」
「神になることに興味がありませんでしたからね。私は私の使命を全うできれば良いとだけ考えていました。世界が創造神様の手により創造された時に世界に命を芽吹かせ、そして静かに、語りかけることもなく、その命が花開くまで見届けて世界を去る。それが私の使命であり、存在する唯一の理由」

 そこまで言ってサクヤは遠き空を見上げた。

「たくさんの世界を見届けてきました。そして世界の終焉も数多く目にしてきました。常に世界は人の業によって滅びるという愚かな結末を。私はただ静かに、それを誰かに語ることもなく、淡々と見届けていました。また繰り返されるのだと諦めながら、私はそうして原初から存在していたのです。そんな私を、あなたは軽蔑するのでしょうね」
「……しません。軽蔑なんてする訳がありません。寧ろ、よくそんな事に耐え続けられたと尊敬します」

 サクヤは驚いた表情をしているが、軽蔑なんてする訳がない。だってそうだろ。期待していなければ、そんな使命を続けられる訳がない。彼女は僅かな希望を胸にずっと静かに耐えてきたんだ。

「これは驚きましたね。まるであの子たちと話しているようです。……そうですか、あなたは今では数少ない原初より続く者なのですね。巧妙に隠されていて気付きませんでした。はぁ、本当にあの御方は……」

 そしてまた空を見上げていたが、今度は少しだけ目が怒っているように思えた。

「……まあ、それも運命とやらなのかもしれませんね。なら今回の件も問題ないでしょう」
「あのう、話が見えないのですが」
「人を殺めたことで少し後遺症が残るかと思っていましたが。その心配は無用だと分かっただけです」

 ああ、そのことか。

「人を殺めた事よりも。怒りの感情に任せて行動してしまった自分が怖くなっただけです。感情に身を任せてばかりいたら、いつか僕もああなってしまうのかもしれないと思っただけなのです。それに外道を殺めたところで何一つ思うところもありませんし。寧ろ、害虫を減らせて良かったと思っています」
「そんな処はあの子と似ていますね」

 あの子って女神様のことなのか。それともクロちゃんという人なのかな。

「私があの子と呼ぶのは一人だけです。私の愛し子でもあり、私を母とも姉とも慕ってくれるフレア・ヴァラール。この世界にたった一柱残った女神フレイヤだけですよ」

 今度は慈しむような眼差しを空に向けた。

「まあ、もっとも。今のあの子は長年の成就を果たして恋やら愛やら子育と、かなり忙しいので、偶にしかこの世界には来ませんけどね」

 そしてサクヤは、ふっと笑った。
 何がおかしいのかは分からないけど、サクヤが楽しそうならそれでいいのかな。

「女神様はどんな方なのですか」
「一言でいえば、はねっかえり。もしくはじゃじゃ馬娘ですかね。でも本当の彼女は賢くて優しくて努力家で真っ直ぐな女の子なんですけどね」
「いやいや、フーはそんな良いもんじゃないですよ」
「く、クロちゃん!」

 サクヤの目の前にゆっくり空から降りてくる。その美しい銀髪を風もないのに靡かせて、一目で魅了されるような紅い瞳の美少女。そしてその背にある美しい白翼を誇るかのようにバサっと翼を大きく広げた。

「ああああああ、女神様の肩に乗ってる天使様だ! そっかクロちゃんって天使様のことだったのか!」

 思わず反射的に天使様に指を差してしまった。

「ちっがうわ! あんなのと一緒にするなっ!」

 小さな拳が額に振り下ろされた。その信じられない破壊力に死を覚えて意識を失った。……が、すぐに復活した。

「あらあら、相変わらず短気で暴力的ですね」

 そんな呑気なことを言いながら、サクヤは俺に回復魔法を施していた。

「ち、違いますよ。つい反射的に……」
「それで何しに来たのですか」
「あ、そうです。フーがあの御方が誰かを送ったみたいだから見てきてって頼まれたんです。ついでに世界樹のお酒も欲しいかなって、あはははは」

 何かを誤魔化すように頭の後ろに手を当てて苦笑いをしていた。そして

「ん、それより……あ、なるほど、二代目以外は魂が潰えたと思ってたけど、なるほどねぇ。ねぇ、君。私は時の大神様の唯一の眷属、時の大精霊クロノアよ。しっかり覚えて二度と間違うんじゃないわよ」
「はい、クロノア様。二度と間違えません」
「素直でよろしい。では謝罪代わりに私の加護も授けてあげるわ」
「えっ、クロちゃんいいの」
「まあ、このままじゃ死ぬ未来しか見えませんから」
「ほっとくと勝手にあっさり死ぬのは、あの家系故なのかしら」
「後先考えずに一人で突っ走る大馬鹿な家系ですから。それも夫婦共に。そんな訳で授けてあげるわ」

 クロノア様は俺の目の前まで降りてくると左手をかざした。そのかざした手から黒銀の光が放たれる。

「よしオッケー。そういう事で大聖樹様、ご褒美のお酒をください」
「もう。本当におねだり上手ですね」

 口ではそう言いながらも嬉しそうに宙から大きな木樽を出して渡していた。

「ありがとうございます! 今度はフーと来ますね!」

 そして一瞬でこの場から消えた。

「相変わらず忙しい子ですね。あれで母親が務まるのかしら」

 そう小さく口にして、サクヤは嬉しそうに空を見上げていた。
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