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十六話
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朝から上演されたラブストーリーでエルとエマや大人組も目を覚まし、庭に集まっていた。ただそんな中で唯一、クランデールだけが彼を見て腰を抜かしていた。
「……あ、………ふれい、ず……ゔぁらーる……」
そう途切れ途切れに紡がれた言葉と、絶望に満ちた目。悪魔をも簡単に屠って見せると豪語していたクランデールをここまで恐れさせる彼に驚く。
「少し、手合わせしようか」
腰を抜かすクランデールなど彼の目には入っておらず。僕にそう訊ねてきた。
一瞬事態が飲み込めなかったが、僕はその提案に心の中で歓喜した。
「はい!」
「ちょっとユータ。ちゃんと手加減しなよ」
「あははは、彼の流派とその腕前なら大丈夫だよ。案外、俺が負けるかもよ」
いや、それは絶対にない。そう僕は心の中でつぶやいた。
「大丈夫よクロ。多少手足を斬り落とされても、私がすぐに治してあげるわ」
こわっ。なんて事をサラッと……
そんな風に思いながら僕は彼と向き合った。
「では始めようか」
彼は何処から取りだした刀を、真剣を手にしていた。
なるほど。命は取らないけれど真剣での手合わせということか。そう理解した僕も刀を手にして正眼に構えた。ところが一方の彼は構えを取らない。
「……有構無構ですか」
「そんな立派なものではないさ」
彼はそう不敵に答えた。その言葉とは真逆に立っているだけなのに一切の隙もなければ、こちらが打ち込めば瞬時に斬られる。そんなイメージしか見えない。
「どうした。来ないのかい」
僕はその言葉に意を決して素早く踏み込むと、彼の頭部を目掛けて刀を斬り落とした。しかし、まるで柳が風に揺るが如く、彼はスッと左にズレていた。そして僕の刀は、彼の刀で上から叩き落とされた。
「うーん。これ、君の流派の型だよね。そんな簡単にやられちゃ駄目だよね」
それは全くその通りだった。僕は歯を喰いしばりながら刀を拾うと、また間合いを取って霞に構えた。
「うん、いいね。まるで古関さんとの仕合を思い出す」
「……え、古関先生を知ってるのですか」
「ん、先生? 古関さん先生なの。………そっか。君は俺より未来から来たのか。なら、古関さんの弟子に対して失礼のないようにしないとね」
そう口にした後、彼の全身から力が溢れたような気が放たれた。そして彼は剣を下段に構えた。
僕は素早く間合いを詰めて今度は喉元を狙って突きを繰り出す。しかし、上手くやや後ろに下がり間合いを外しながら下から刀を上に弾かれ、そのまま流れるように一の胴を斬られた。
飛び散る鮮血が視界に入る。痛みを堪えて回復魔法を発動させながら、転移魔法で彼の背後にまわる。
しかし彼は僕の前には居なかった。
「それは悪手だ」
僕は強く延髄を蹴られて前に吹き飛んだ。顔を、全身を地面に擦らせながら滑るように飛ばされる。
「格上。いや、対等の者相手に一瞬でも目を離してはいけない。それに転移魔法の出現先は極僅かに空間がぶれる。これほど対処しやすいものはないんだ。だって、君が現れた時に、君には僕が見えていないのだから」
全身に強い痛みを感じる。片膝を杖代わりにして立ち上がると、彼に向き直る。口の中が血の味で染まる。それでも僕は顔を上げて彼を真っ直ぐに見た。
「この剣と魔法の世界で、最初から魔法に頼っては強くなれない。今まで研鑽し積み上げたものを、もっと磨かなきゃ駄目なんだよ。だから俺は戦闘中に魔法をシールド以外殆ど使わない。魔法に甘えてはいけない。そうした弛まぬ努力を重ねた先にある技を君に見せよう」
そう語ると彼は刀を鞘に納めた。そして少し間合いを取った先まで来ると足を止めた。
「少し刺激が強いかもしれない。けれど、掠める程度にするから、しっかり目に焼き付けてくれよ」
彼は鍔に親指を掛けた。
「桜花百閃、紅蓮」
そう静かに口にした後。刀を抜いて水平に振った。その抜刀は今までに目にしたことのない程に美しく自然に流れていく。剣士として、この技で死ぬのならば誉れだと感じさせるのと同時に刀を横に一振りさせただけなのに、無数の斬撃が全身に一度に降り注いだ。鋭く斬られた箇所が熱を持つ。まるで同時に炎で燃やされるように。僕は全身を細かく斬り刻まれた感覚に陥りながらも、高みを知れたことに満足して意識を手放した。
桜花百閃、紅蓮。悠太くんは確かにそう言った。そして繰り出された技は、私も今まで見たことがないものだった。一瞬、呆気にとられる。
「……悠太くん。今のは………」
技を繰り出した相手に対して、慌て顔を蒼くしながら回復魔法を施している彼に訊ねる。
「説明は後! あああ、やり過ぎちゃったよぉーー! ヒール! ヒール! ハイヒール!」
これは駄目だわ。完璧にテンパってる。そう思いながら周りを見渡すと、世界樹様とクロ以外は全員口を開けて立ち竦んでいた。
「ショック死しなかっただけ救いね」
「フー。普通なら死んでるからね。あんなの受けたら一生トラウマになるから」
かもしれないけれど。私は倒れている彼を見て、そうはならないと直感した。
「大丈夫でしょ。あんなに満足そうな顔してるし」
「……やっぱ、ヴァラールの血はおかしいわ」
そう言い捨てて、クロは悠太くんの手伝いに向かった。
私はそれを少し遠めに眺めながら、あの新奥義の解明と習得について頭の中で検討していた。
「華麗に斬って燃やし尽くすって、如何にも派手好きの悠太くん好みの技だよね」
そんなことを思いながら、未だに慌てふためいて回復魔法を施している悠太くんを温かく眺めていた。
「……あ、………ふれい、ず……ゔぁらーる……」
そう途切れ途切れに紡がれた言葉と、絶望に満ちた目。悪魔をも簡単に屠って見せると豪語していたクランデールをここまで恐れさせる彼に驚く。
「少し、手合わせしようか」
腰を抜かすクランデールなど彼の目には入っておらず。僕にそう訊ねてきた。
一瞬事態が飲み込めなかったが、僕はその提案に心の中で歓喜した。
「はい!」
「ちょっとユータ。ちゃんと手加減しなよ」
「あははは、彼の流派とその腕前なら大丈夫だよ。案外、俺が負けるかもよ」
いや、それは絶対にない。そう僕は心の中でつぶやいた。
「大丈夫よクロ。多少手足を斬り落とされても、私がすぐに治してあげるわ」
こわっ。なんて事をサラッと……
そんな風に思いながら僕は彼と向き合った。
「では始めようか」
彼は何処から取りだした刀を、真剣を手にしていた。
なるほど。命は取らないけれど真剣での手合わせということか。そう理解した僕も刀を手にして正眼に構えた。ところが一方の彼は構えを取らない。
「……有構無構ですか」
「そんな立派なものではないさ」
彼はそう不敵に答えた。その言葉とは真逆に立っているだけなのに一切の隙もなければ、こちらが打ち込めば瞬時に斬られる。そんなイメージしか見えない。
「どうした。来ないのかい」
僕はその言葉に意を決して素早く踏み込むと、彼の頭部を目掛けて刀を斬り落とした。しかし、まるで柳が風に揺るが如く、彼はスッと左にズレていた。そして僕の刀は、彼の刀で上から叩き落とされた。
「うーん。これ、君の流派の型だよね。そんな簡単にやられちゃ駄目だよね」
それは全くその通りだった。僕は歯を喰いしばりながら刀を拾うと、また間合いを取って霞に構えた。
「うん、いいね。まるで古関さんとの仕合を思い出す」
「……え、古関先生を知ってるのですか」
「ん、先生? 古関さん先生なの。………そっか。君は俺より未来から来たのか。なら、古関さんの弟子に対して失礼のないようにしないとね」
そう口にした後、彼の全身から力が溢れたような気が放たれた。そして彼は剣を下段に構えた。
僕は素早く間合いを詰めて今度は喉元を狙って突きを繰り出す。しかし、上手くやや後ろに下がり間合いを外しながら下から刀を上に弾かれ、そのまま流れるように一の胴を斬られた。
飛び散る鮮血が視界に入る。痛みを堪えて回復魔法を発動させながら、転移魔法で彼の背後にまわる。
しかし彼は僕の前には居なかった。
「それは悪手だ」
僕は強く延髄を蹴られて前に吹き飛んだ。顔を、全身を地面に擦らせながら滑るように飛ばされる。
「格上。いや、対等の者相手に一瞬でも目を離してはいけない。それに転移魔法の出現先は極僅かに空間がぶれる。これほど対処しやすいものはないんだ。だって、君が現れた時に、君には僕が見えていないのだから」
全身に強い痛みを感じる。片膝を杖代わりにして立ち上がると、彼に向き直る。口の中が血の味で染まる。それでも僕は顔を上げて彼を真っ直ぐに見た。
「この剣と魔法の世界で、最初から魔法に頼っては強くなれない。今まで研鑽し積み上げたものを、もっと磨かなきゃ駄目なんだよ。だから俺は戦闘中に魔法をシールド以外殆ど使わない。魔法に甘えてはいけない。そうした弛まぬ努力を重ねた先にある技を君に見せよう」
そう語ると彼は刀を鞘に納めた。そして少し間合いを取った先まで来ると足を止めた。
「少し刺激が強いかもしれない。けれど、掠める程度にするから、しっかり目に焼き付けてくれよ」
彼は鍔に親指を掛けた。
「桜花百閃、紅蓮」
そう静かに口にした後。刀を抜いて水平に振った。その抜刀は今までに目にしたことのない程に美しく自然に流れていく。剣士として、この技で死ぬのならば誉れだと感じさせるのと同時に刀を横に一振りさせただけなのに、無数の斬撃が全身に一度に降り注いだ。鋭く斬られた箇所が熱を持つ。まるで同時に炎で燃やされるように。僕は全身を細かく斬り刻まれた感覚に陥りながらも、高みを知れたことに満足して意識を手放した。
桜花百閃、紅蓮。悠太くんは確かにそう言った。そして繰り出された技は、私も今まで見たことがないものだった。一瞬、呆気にとられる。
「……悠太くん。今のは………」
技を繰り出した相手に対して、慌て顔を蒼くしながら回復魔法を施している彼に訊ねる。
「説明は後! あああ、やり過ぎちゃったよぉーー! ヒール! ヒール! ハイヒール!」
これは駄目だわ。完璧にテンパってる。そう思いながら周りを見渡すと、世界樹様とクロ以外は全員口を開けて立ち竦んでいた。
「ショック死しなかっただけ救いね」
「フー。普通なら死んでるからね。あんなの受けたら一生トラウマになるから」
かもしれないけれど。私は倒れている彼を見て、そうはならないと直感した。
「大丈夫でしょ。あんなに満足そうな顔してるし」
「……やっぱ、ヴァラールの血はおかしいわ」
そう言い捨てて、クロは悠太くんの手伝いに向かった。
私はそれを少し遠めに眺めながら、あの新奥義の解明と習得について頭の中で検討していた。
「華麗に斬って燃やし尽くすって、如何にも派手好きの悠太くん好みの技だよね」
そんなことを思いながら、未だに慌てふためいて回復魔法を施している悠太くんを温かく眺めていた。
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