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第一章 未知なる世界でスローライフを!

躊躇い

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 マクミリア公爵領西部の平原で私達は未だ戦闘することも無く互いに睨みあっている状況が続いていた。
 あちらからしたら私達が戦の先端を切らない限り攻める必要などないのだから睨み合いが続くのも当然だ。

『いつまでこうしているつもりなのですか。こうしている間にも異形と化した子供達の苦しみが続いているのです。
 もう少し私たちを信用してください。私たちなら彼らを苦しめることなく女神様のもとへ送れます』

 あなた達を信用していない訳ではない。
 ただ、自分自身が迷っている。
いや、あの子達に刃を向けるのを私自身が躊躇っているだけ。

 けれどそれも……

『早朝、夜明けと共に攻撃を開始します』

 一言だけ、その一言だけを震えを堪えながら皆に告げた。


 もうすぐ夜明け。
 私は意を決して攻撃開始の手をあげようとしていた時、私に背を向けながら勇者様が現れた。

「お待ちください。私が先陣を切りましょう」


 ◇


 空から戦場を眺めていた。
 まだ戦闘は開始されていない。
 フレイヤ神殿側は自分達の兵数よりも四倍近くの敵兵と対峙している。
 素人目にはあきらかに不利な状況にしか思えないが、空から見る限り神殿側の方が士気が高い。

「しかしなあ。あの普段着ている白の衣の上に金属製の胸甲、目庇のない兜ねえ。なんか如何にもワルキューレって感じだな。しかもちょっとエッチな感じだし」

 神殿側の中央で白馬に跨がる人が手を挙げようとしていた。
 攻撃開始の合図だと思い、慌てて彼女の前に瞬間移動をした。

「お待ちください。私が、女神様の勇者である私が先陣を切りましょう」

 敵軍の方を向き、彼女に背を向けたまま刀を右手に握り腕を水平に伸ばした。

「駄目です。これ以上あなた様に、」
「勇者には悪意によって縛られ堕とされた魂を救済する魔法があるのですよ。ご存知ありませんでしたか」

 大神官様の不安を取り除くためにわざと少しだけ明るめに話した。

 そして俺が魔法を発動しようと、

「僕のアイデンティティを奪わないでよね、レンジ。ほんと油断も隙もないよ」

 俺に背を向け、神々しく聖なる気配を纏い、悠然と空に浮かぶリィーナの姿がそこにあった。

「愛と慈愛を司る偉大な女神の代行者として、我が汝らの穢された魂を救済する」

 リィーナが左手で青薔薇の杖を掲げ、その腕をしなやかに回すと戦場が刹那に白銀の輝きに包まれる。

「女神の導きが白銀の輝きとなって汝らの魂を照らす。
その輝きは女神のもとへ!」

 リィーナが回した手を水平に前へ振り下ろす。

 戦場を包む白銀の輝きが増し、異形の姿となった子供達を強く照らし包み込むと、子供達は輝く光となって刹那に消えた。

「子供達は救済された!
 進め、今こそ悪を全て討ち滅ぼせ!」

 リィーナのその言葉で神殿軍は一丸となって怒涛の突撃を開始する。
 もはや俺はピエロのようだった。

「レンジ、内緒にした罰だよ」

 隣に降りたリィーナは微笑みながらそう告げた。

「罰でもいいけどよ。おまえ、かっこ良すぎないか」
「どう、惚れなおした」

 とうとう復活しやがった。
 俺は逃げるように敵陣に切り込んだ。

 おっと、その前にこの鬱陶しいほどの外道達をどうにかしないとな。

 俺は立ち止まり、勇者の固有魔法を戦場全体に放った。
 無数のいかずちが激しく戦場全体に落ちると瞬く間に敵軍はほぼ壊滅状態へと陥る。

 少しは貢献出来たかなと思い、戦場に再び切り込んでいった。

「しかしなあ。ほとんどが悪人って笑えない話だ。ほんとあいつら色々と終わってんな」


 ◇


 突然現れた大聖女様の魔法によって異形の姿となった子供達は救済された。
 そしてその後に勇者様が放たれた魔法で敵軍は壊滅状態に陥り、私達の手によって一兵残らず殲滅された。

 平原の戦いに勝利した私達はそのままマクミリアの城に進撃するも、そこに奴は居なかった。
 奴はどうやらあの平原で討たれていて死亡していた。その事は捕らえた敵の証言で後になって判明した。

 終わってみればあっさりと解決し、また神敵に勝利した。

「大神官様、あなた呪いを受けてますね。しかも長い間」

 勇者様はそう言って私の胸元の辺りに手をかざし、呪いを解いてくれた。
 呪いを受けていたことに気付かなかった私ではあったがマナの巡りもよくなり体が軽くなったのは分かった。

「だからレンジ。そういうのは私の仕事っていってるじゃん。私の聖女としてのアイデンティティを奪わないで!」
「ふん、早い者勝ちだろ。のろまが後から騒ぐな」

 突然、私の目の前で痴話喧嘩のような言い争いを始めた。
 このお二人を見ているととても偉業を成した方々とは到底思えない。

 案外、人間味溢れた気さくな方々なのかもしれない。

「スクルドさん、僕からあなたにプレゼントがあるんだ」

 言い争いをしていたリィーナ様が突然私の額に手をかざした。
 輝きと共に優しく暖かなマナが流れ込んでくる。

「よし、これでオッケー。鑑定、転移、念話の魔法をプレゼントしたから使ってね」

 はい?

「おまえなぁ、そんな事いきなり言ってもわからんだろうが」
「あ、そっか。初めてだから許してよ」

 リィーナ様は照れたように笑うと魔法の説明と使い方を教えてくれた。

「スクルドさんは今から私の友達だから」

 唐突にそんな事を言われても困るのですが。
 それに神殿は敵ではなかったのですか。

「スーたんの魂はセーたん並みにとても綺麗だからね」

 スーたん? 私のことでしょうか。
 それにセーたんとは誰のことですか。

「お前ってほんと人を困らせる事にかけては天下一品だよな。まじひくわー」

 あのレンジ様。そこで見捨てて他所へ行かないでください。
 困ります、二人っきりにされたらどう接していいのか困ります。

 去っていくレンジ様の背を眺めながら、私は落ち着くために大きく息を吸い込んだ。

「がんばれ私。私は大神官なのよ。大丈夫、大聖女様のお相手はきちんと出来るはずよ」

 私は女神様に祈りを捧げた。
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