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邂逅
邪神様、迷宮に初挑戦します
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私は少しがっかりしていた。
急いでヴェールで住む支度をして期待に胸を膨らまして来てみれば、恋人である悠太は不在だったのだ。
とりあえず購入した屋敷に入り、恋人の帰りを待つことにした。
屋敷の中でメイド達が掃除やリフォームに励んでいる中、私は帰らぬ恋人を想い、一人ため息を吐いた。
「すれ違いになるなんて、もう少し早く来ればよかった」
そんな事を言ってみても、全力で急いだ結果だ。
これ以上早く来ることは不可能だった。
遅れた一番の原因は、夜叉姫こと凛子だった。
私が悠太と恋人になった事を知ると、ヘカテー様にも似た冷笑と共にいきなり斬り掛かってきた。やはり眷属は主に似るのだと私は思った。
私は必死に逃げまわり、止めに入った父を散々甚振ると、夜叉姫は気が済んだのか、急に去っていった。
心なしか父が喜んでいるようにも見えたが、たぶん気のせいであろう。
「世の中には絶対に抗ってはいけない人がいるわ」
そう呟き、ため息を吐いた。
あんな恐ろしい体験をした私を優しく慰めて欲しかった。
そして優しく抱きしめて欲しかった……
私は一人窓辺に立ち、夕陽の沈むレイティア湖を眺めた。
◇
人にはどうしても無理なことがある。
「ぎゃー! クモ、でかい蜘蛛! あー! ムカデが!」
迷宮に絶叫が響き渡る。俺とマチルダの心の叫びだ!
迷宮への初アタックは入ってすぐに終わった。
俺とマチルダが全力で逃げたのだ。エドガーを残して。
「お前ら、俺を置いて逃げるなよ! でっかい虫ごときで騒ぎすぎたろ。ったく、情けねぇなぁ」
そんな言葉も聞こえないほど、俺とマチルダは両手両膝をついて荒くなった息を整えてた。
「聞いてない。あんなのが居るなんて、聞いてないよ」
「ああ。あれは、無理だ」
俺とマチルダはうつむき荒い息を吐きながら話す。
「おい、お前たち。さっきから俺を無視すんなよ!」
「おまけは、黙ってて」
「そうだ。少しくらい虫が得意だからっていい気になんな」
俺達はただ、両手両膝をついて俯きながら息を整える。
「ったく、大袈裟なんだよ」
どっかのイケメンはそう言うと地面に座った。
こうして迷宮攻略の一日目は終わった。
「ぎゃはは! 悠太様、ダサいっす! おまけにクロノアまで、あっははは!」
俺たち三人の姿を見て駆け寄って来たロータが大爆笑した。
「うっさいわね! なら、あんたも行ってみなさいよ!」
俺の服の中で、さっきまで小さく丸まって震えていたクロノアがロータにキレた。
「まったく、蜘蛛やムカデごときで情けないっすね。いいっすよ、わたしが行ってきますから」
そういきがって颯爽と歩いていったロータが、すぐに絶叫と共に逃げ帰ってきた。
「ムリっす、気持ち悪い。あんなのは存在自体が許されないっす」
ロータも両手両膝ついて、俯きながら荒い息を吐く。
俺達はこの難易度の高すぎる迷宮に心を打ち砕かれた。
「悠太様、一度戻りましょう」
スクルドがそう言って、優しく手を差し伸べてくれた。
俺はその手を取り、立ち上がると野営場所である小屋に戻り、傷ついた心を癒した。
◇
一度寝て休もうとするが、瞼を閉じるとあの恐ろしい光景が浮かんで眠れなかった。
なので、早めの夕食を摂ることにした。
「悠太様、これからどうしますか。このままじゃレイヴに、フッ、て、笑われちゃいますよ」
ロータが真似をしながら話した。かなり似ていた。
「いいか、ロータよ。人に笑われてもいいんだ。それは恥じゃない。できない事をできると嘘をつくことの方が、人としてダメな事なんだよ」
俺はお茶の入ったグラスの縁を撫でながら、人生ってやつをロータに諭した。
「そうですね。明日にでもヴェールに帰りましょう。イテッ!」
「このまま帰れる訳がないでしょう。馬鹿なことを言わないで、ロータ」
ロータはまたスクルドに叱られた。懲りないやつだ。
「悠太様も明日はちゃんと迷宮を探索してください。今日みたいなことはダメですからね」
「そんなこと言っても、あれはムリだよ、スクルド」
おっ、クロノア様が助け舟をだしてくれた。
「クロノア。時の大精霊であるあなたが、そんな情けないことを言わないでください」
「と、時の大精霊とか関係ないでしょ。気持ち悪いものは、気持ち悪いし」
クロノアの言葉が尻すぼみになっていった。
もはや助けは期待できない、か。
クロノアもマチルダもロータも、ただ俯いている。
「しかし悠太、あの小屋は快適だな。さすがヴェールだな」
エドガーが話題を変えてくれた。さすが頼りになる友人だ。
「そうだろ。俺とロータの共同開発だからな」
今回は小屋を三つ用意した。一人用を二つ、三人用を一つだ。
なぜかマチルダとエドガーが一人用で、俺とクロノア、スクルド、ロータが一緒の小屋だ。
てっきり女性三人と男性が個室だと思っていたら違かった。スクルドとロータが、そう言い張って決めたのだ。
「魔物や人除けの結界もついてるし、ほんとすげぇよな」
「だろ。これもロータが頑張ってくれたおかげだよ」
「そうですよ。結界を仕込むのかなり大変だったんすよ。悠太様、変に細かいし」
「俺はロータなら必ず満足いくものを作ってくれると信じてたからな。さすがだよ、ロータは」
「もう、悠太様、褒めても何もでないですよ。背中ぐらいは流してもいいですけど、イテッ!」
なぜかまたスクルドに叩かれた。
ロータの頭は大丈夫だろうか、これ以上おかしくなったら友人として大変心配になる。
「悠太様のお背中は専属メイドたる、私が流しますので邪魔はしないでください」
え、そっちかよ。ていうか、背中なんて流さなくていいんですけど。
「ええぇ、二人で流しましょうよ」
「流さないでいいよ! 大丈夫、一人で風呂に入るから!」
マチルダの視線が痛い。
これ以上二人に、好きに話をさせてはいけない。
「で、明日どうすんだ。悠太」
そのエドガーの言葉で、また深い沈黙が訪れた。
急いでヴェールで住む支度をして期待に胸を膨らまして来てみれば、恋人である悠太は不在だったのだ。
とりあえず購入した屋敷に入り、恋人の帰りを待つことにした。
屋敷の中でメイド達が掃除やリフォームに励んでいる中、私は帰らぬ恋人を想い、一人ため息を吐いた。
「すれ違いになるなんて、もう少し早く来ればよかった」
そんな事を言ってみても、全力で急いだ結果だ。
これ以上早く来ることは不可能だった。
遅れた一番の原因は、夜叉姫こと凛子だった。
私が悠太と恋人になった事を知ると、ヘカテー様にも似た冷笑と共にいきなり斬り掛かってきた。やはり眷属は主に似るのだと私は思った。
私は必死に逃げまわり、止めに入った父を散々甚振ると、夜叉姫は気が済んだのか、急に去っていった。
心なしか父が喜んでいるようにも見えたが、たぶん気のせいであろう。
「世の中には絶対に抗ってはいけない人がいるわ」
そう呟き、ため息を吐いた。
あんな恐ろしい体験をした私を優しく慰めて欲しかった。
そして優しく抱きしめて欲しかった……
私は一人窓辺に立ち、夕陽の沈むレイティア湖を眺めた。
◇
人にはどうしても無理なことがある。
「ぎゃー! クモ、でかい蜘蛛! あー! ムカデが!」
迷宮に絶叫が響き渡る。俺とマチルダの心の叫びだ!
迷宮への初アタックは入ってすぐに終わった。
俺とマチルダが全力で逃げたのだ。エドガーを残して。
「お前ら、俺を置いて逃げるなよ! でっかい虫ごときで騒ぎすぎたろ。ったく、情けねぇなぁ」
そんな言葉も聞こえないほど、俺とマチルダは両手両膝をついて荒くなった息を整えてた。
「聞いてない。あんなのが居るなんて、聞いてないよ」
「ああ。あれは、無理だ」
俺とマチルダはうつむき荒い息を吐きながら話す。
「おい、お前たち。さっきから俺を無視すんなよ!」
「おまけは、黙ってて」
「そうだ。少しくらい虫が得意だからっていい気になんな」
俺達はただ、両手両膝をついて俯きながら息を整える。
「ったく、大袈裟なんだよ」
どっかのイケメンはそう言うと地面に座った。
こうして迷宮攻略の一日目は終わった。
「ぎゃはは! 悠太様、ダサいっす! おまけにクロノアまで、あっははは!」
俺たち三人の姿を見て駆け寄って来たロータが大爆笑した。
「うっさいわね! なら、あんたも行ってみなさいよ!」
俺の服の中で、さっきまで小さく丸まって震えていたクロノアがロータにキレた。
「まったく、蜘蛛やムカデごときで情けないっすね。いいっすよ、わたしが行ってきますから」
そういきがって颯爽と歩いていったロータが、すぐに絶叫と共に逃げ帰ってきた。
「ムリっす、気持ち悪い。あんなのは存在自体が許されないっす」
ロータも両手両膝ついて、俯きながら荒い息を吐く。
俺達はこの難易度の高すぎる迷宮に心を打ち砕かれた。
「悠太様、一度戻りましょう」
スクルドがそう言って、優しく手を差し伸べてくれた。
俺はその手を取り、立ち上がると野営場所である小屋に戻り、傷ついた心を癒した。
◇
一度寝て休もうとするが、瞼を閉じるとあの恐ろしい光景が浮かんで眠れなかった。
なので、早めの夕食を摂ることにした。
「悠太様、これからどうしますか。このままじゃレイヴに、フッ、て、笑われちゃいますよ」
ロータが真似をしながら話した。かなり似ていた。
「いいか、ロータよ。人に笑われてもいいんだ。それは恥じゃない。できない事をできると嘘をつくことの方が、人としてダメな事なんだよ」
俺はお茶の入ったグラスの縁を撫でながら、人生ってやつをロータに諭した。
「そうですね。明日にでもヴェールに帰りましょう。イテッ!」
「このまま帰れる訳がないでしょう。馬鹿なことを言わないで、ロータ」
ロータはまたスクルドに叱られた。懲りないやつだ。
「悠太様も明日はちゃんと迷宮を探索してください。今日みたいなことはダメですからね」
「そんなこと言っても、あれはムリだよ、スクルド」
おっ、クロノア様が助け舟をだしてくれた。
「クロノア。時の大精霊であるあなたが、そんな情けないことを言わないでください」
「と、時の大精霊とか関係ないでしょ。気持ち悪いものは、気持ち悪いし」
クロノアの言葉が尻すぼみになっていった。
もはや助けは期待できない、か。
クロノアもマチルダもロータも、ただ俯いている。
「しかし悠太、あの小屋は快適だな。さすがヴェールだな」
エドガーが話題を変えてくれた。さすが頼りになる友人だ。
「そうだろ。俺とロータの共同開発だからな」
今回は小屋を三つ用意した。一人用を二つ、三人用を一つだ。
なぜかマチルダとエドガーが一人用で、俺とクロノア、スクルド、ロータが一緒の小屋だ。
てっきり女性三人と男性が個室だと思っていたら違かった。スクルドとロータが、そう言い張って決めたのだ。
「魔物や人除けの結界もついてるし、ほんとすげぇよな」
「だろ。これもロータが頑張ってくれたおかげだよ」
「そうですよ。結界を仕込むのかなり大変だったんすよ。悠太様、変に細かいし」
「俺はロータなら必ず満足いくものを作ってくれると信じてたからな。さすがだよ、ロータは」
「もう、悠太様、褒めても何もでないですよ。背中ぐらいは流してもいいですけど、イテッ!」
なぜかまたスクルドに叩かれた。
ロータの頭は大丈夫だろうか、これ以上おかしくなったら友人として大変心配になる。
「悠太様のお背中は専属メイドたる、私が流しますので邪魔はしないでください」
え、そっちかよ。ていうか、背中なんて流さなくていいんですけど。
「ええぇ、二人で流しましょうよ」
「流さないでいいよ! 大丈夫、一人で風呂に入るから!」
マチルダの視線が痛い。
これ以上二人に、好きに話をさせてはいけない。
「で、明日どうすんだ。悠太」
そのエドガーの言葉で、また深い沈黙が訪れた。
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