邪神様に恋をして

そらまめ

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邂逅

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「すごい、まるで一つの世界だわ。全ての精霊が悠太様を生かす為に、まるで世界を構成するかように一つになってる。そして、クロノアが止めた時を、また動きだすのを、ただ静かに待っている。まるで創世と同じ」

 悠太くんを包んでいる結界を慎重に解きながら、エイルが静かにそう語った。

「本当ね。これじゃあ、クロノアが創造神みたい」

 その奇跡の光景を目にして、ヘカテーは驚嘆していた。

「エイル、二人とも助かりそうですか」

 奇跡と呼ぶに相応しい、その光景に、わたしはそんなありきたりの質問しかできなかった。

「体の損傷も精霊が力を尽くしてくれたおかげで見た目ほどには酷くありませんし、悠太様はなんとか大丈夫かと。ただ、クロノアの方は限界以上に生命を削り、力を使い果たしています。おそらくマルデル様でなければ、いえ、マルデル様でも難しいかもしれません」

 今のクロノアは常の小さな姿だ。結界を解いた瞬間に自らの使命を終えたように常の姿に戻ってしまった。
 わたしはクロノアを両手の掌の上にのせて、わたしの力をゆっくりと流し込んだ。

「クロ、あなたの献身、しかと受け取りました。あとは、わたし達に任せて。次にあなたが目覚める時は、本来のあなたの姿になっているから。少し早くなったけど、あなたなら大丈夫よ。だって、あなたは、そんなにも美しくも尊いのだから」

 わたしはそっと彼女専用の小さなベッドに寝かした。
 大丈夫、彼女はわたしから受肉したのだから。

「クロ、今はゆっくりおやすみなさい」



 ◇



 夢を見ていた。遠い昔の夢を。
 短い夏がもうすぐ終わりを告げる、そんな頃の夢を。


 日が傾き、海も空も茜色に染まる。
 私はその美しさに、ただ目を奪われる。
 潮風が岸壁に佇む私の頬や髪を心地よく撫でていく。


 私はただ他の者と違い、少しだけ未来が見えた。
 そのため、よく神からも、そして人からも、その力を利用しようと近づいてきては甘い言葉で誘われたり、従わせようと脅されたりしてきた。その度に自分の力を思い知る。

 私は誰にも捕まらない。だって未来が見えるのだから。

 もうそんな日々にはうんざりしていた。
 でもそんな憂鬱な気分も、このきれいな茜色の空や海が癒してくれる。


「あら、かわいい先客さんがいたものね。わたしも隣に座っていいかしら」

 びっくりした。驚いた。とつぜん声を掛けられた事にもだが、何よりも声を掛けてきた、その女性の美しさにだ。
 私は返事も忘れて、ただその女性に見惚れていた。

「あ、ひょっとして、かしこまった言い方はダメだったのかな。ここはわたしのお気に入りの場所なの。だから、隣に座ってもいいかな」

 はい。と、なんとか、それだけ声にだした。
 彼女は優雅な身のこなしで、私の隣に座って海を眺めた。
 彼女の前では、今まで美しいと眺めていた茜色の空も海も、刹那に色褪せていくようだった。
 私は彼女の横顔を眺め、目を奪われていた事に気付いた。

「きれいね。世界もこんなに美しく、優しければいいのに」

 それは、あなたの事ですか。と、思わず言いかけた。

「あなた景色なんか眺めて、珍しい妖精さんね」

 いきなりこっちを見たので、びっくりして胸の鼓動が激しくなる。
 そんな私の滑稽さになのか、彼女は口を隠して小さく楽しそうに笑った。

「わたしはフレイヤ。あなたの名は何さんかな」

 気品も気高さも存分に知らしめておいて、無邪気に笑い、話す。本当に不思議な、でもすごく魅力的な女性だ。

「私はクロノア、クロノアと呼ばれています」

 私のそんな変な話し方に、また愉快そうに小さく笑う。

「もう、ほんとかわいい妖精さんね。クロノア、はじめまして。わたしはフレイヤ、よろしくね」

 握手代わりなのだろうか、人差し指を差し出してきた。
 私は一度唾を飲み込んでから、恐る恐る差し出された指を両手でつつみ込んだ。

「はい、フレイヤ様」

 緊張のあまり、よく知らないのに様をつけてしまった。
 でも、たぶん、その優雅な所作からして高貴な方なのだろう。

「フレイヤ、って呼んでいいよ。様なんて付けられて、かしこまられたりしたら、この美しい景色が台無しになってしまうもの」

 そう言うと彼女は、私を優しく抱き上げて、自分の肩に座らせた。

「ひとりぼっちで眺めても、どこか寂しいでしょう」

 そう話すと、また彼女は、どこか憂いな眼差しで空を眺めた。
 私達は何も会話もしないで、ただ空と海を眺めた。


 日が沈み、薄暗くなると彼女は立ち上がり歩きだした。
 私は彼女の肩に座ったままでいたが、なぜか何も言われなかった。

「クロノア、今晩は何が食べたい? わたしが特別に手料理を振る舞ってあげよう」

 わたしを見ずに、どこか得意げな顔をして前を見て歩いていた。

「いいのかな。でも、なら、お肉が食べたいかも」
「なんか煮え切らない言い方ね。さては、わたしの料理の腕を疑っているのね。大丈夫、わたしこう見えても焼くのは得意なの」

 自慢げに胸を張って、トンと軽く胸を叩いた。
 もうほんと、その振る舞いが見掛けとあまりにも一致しなくて可笑しくて、私は声にだして笑ってしまった。

「なにクロノア、笑うところなんてあったかしら」
「だって、あまりにも見掛けと違いすぎて」

 憮然とした表情の彼女と、腹を抱えて笑う私。


 いつまでも色褪せない懐かしい、私の大切な思い出。
 あれからずっと、彼女の側で一緒に歩いてきた。

 ねえ、フレイヤ
 あの時の焼け焦げたお肉の味は、今でも鮮明に覚えているよ。全然、焼くの得意じゃなかったよね。
 ほんと、フレイヤは見掛け倒しなんだから。

 ねえ、それとあの時の景色も覚えてる。
 あの景色も、私達と一緒で、何も変わってないといいね。


 あの頃から、ずっと大好きだよ、フレイヤ。
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