邪神様に恋をして

そらまめ

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新婚編

邪神様、子リスのようですよ

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 俺はエレシュキガルに話を聞きに行った。
 こちらに戻ってきてから少し時は経つが、別に忘れていた訳ではない。
 もう一度言う、忘れていた訳ではない。
 
 彼女は神殿内の一室に幽閉されていたが、驚くことにその扱いは貴賓と同じ扱いだった。
 マルデルは頬を膨らませながら怒ってはいたが、エレシュキガルに対して酷い扱いはしなかった。やはりマルデルは寛大で心優しいのだとあらためて思った。


 監視のワルキューレ達に話を通し、部屋に入ると、まるで自分の部屋のようにエレシュキガルは優雅に寛いでいた。

「あら、欠片がなんの用かしら」

 人を見るなり侮蔑の目で欠片扱いしてきた。
 しかし、そんな彼女が俺に恐怖しているようにも思えた。

「欠片か。まあ好きに呼べばいいよ」

 一瞬、少し驚いた表情をみせたが、また平静を取り繕っていた。

「何しにきたの。私は欠片に話すことなんてないわ」
「そう言うなよ。なぁ、なんで俺を隠した」
「ふん、エンリルに頼まれただけよ。それに私は何も知らないから」

 人の目を見ないで、横を向いたまま彼女は話していた。
 そんなに恐いのかな、俺が。

「それは君が疎外されてきたからか。それとも知っていて隠してるのか、どちらなのかな」

 彼女はハッと目を見開いて、口にしていたお茶のカップを俺に投げつけてきた。
 カップは避けたが、お茶が顔と服に少しかかって濡れてしまった。俺は布を取り出して何事もなかったように顔と服を拭いた。

「あまり、物には当たってほしくはないかな。これを片付けるのは、君じゃないだろ」

「悠太様、いかがなさいました!」

 監視のワルキューレ達が部屋に入って状況をすぐに察した。

「ごめん、怒らせたみたいだ。悪いけど片付けてもらえないか」
「はい。今、清掃の者を呼びますので、しばらくお待ちください」
「うん、別に急がせなくていいから。ほんと、手間をかけてすまない」
「いえ。それでは外で待機していますので、何かありましたらお呼びください」

 ワルキューレ達はそう言って部屋を後にした。
 俺はエレシュキガルを見ると、まだ怒っているようで肩が震えていた。

「そんなに気に障ったのか」
「私を侮辱するな。欠片如きに侮られるほど落ちぶれてはいない」
「そうか。それはすまなかったな。で、なぜ俺の顔見るまで欠片だと気が付かなかったんだ。君は俺の前世を知っているのか」

 彼女は急にニヤリと笑った。

「なんだ、あのヴァン神族の双子から何も話を聞いていないのか。伴侶にも隠し事をされてるなんて、欠片も疎外されてるのだな」

 人を小馬鹿にしたようにこちらを見て笑っていた。

「俺もな、ここに来る前の世界では親からも、祖父母からも疎外されていたよ。だから言える。マルデルは俺をそんな風にはしていない、とな」
「欠片が疎外されていただと。あっははは、愉快だ。それでは神界にいた時と、何一つ変わらぬではないか」

 心底、愉快そうにして声にだして笑っていた。
 けれど、なぜか腹が立たなかった。
 どこか寂しげなのだ、彼女は。

「俺と会ったことがあるのか」
「あるわけなかろう。私は長い間、あの地下から出たことも、出ることも許された事はない」
「なら、なんでそんなに詳しそうに知っているんだ」
「私と似た境遇だと聞いて調べた。もっとも暗く冷たい地下よりは欠片の方が私よりは遥かにましだ」

 彼女は少しうつむいて、そして何かを思い出したように外を眺めた。

「興味から、俺を再生させたのか」
「なんだ、聞いていたのか。小賢しい事をする奴だな」
「マルデルたちからは聞いていない。俺は友人から教えてもらっただけだ」

 彼女は一度、大きく息を吐いた。

「欠片よ、貴様はあの時、完全には滅んではいなかった。あのまま封じておいて滅びるのを待っていてもよかった。けれど、どうしても私にはそれが出来なかった。私は滅びゆく世界と人が願い、最後に希望を託して生まれた神を、滅ぼすのは惜しいと思った。だから、せめて復活の芽を残したのだ」

 彼女は外を眺めながら、静かにゆっくりと話した。

「もしかしたら、私にも希望という光が差してくるれかも、そう思っただけよ」
「ありがとう」

 彼女は礼を言われるとは思っていなかったらしく、驚いてこちらを見た。

「そんなに驚くなよ。素直に礼を言っただけだよ。それと君はもう自由だ。あの場所からは解放されたんだ。これからは自由に、好きに生きればいいよ」
「はああ、何を言っている。私が解放された、そんな訳があるか!」

 彼女は立ち上がって、俺の両肩を掴んで少し上から見下ろしていた。

「詳しくは分からないけど君の治めていた地は、マルデルがヘカテーのものとしたらしい。その事はアン、いやアヌ、だかにも話をつけたと言っていたよ」
「はああ、アヌよ。うちの最高神の名を間違えないで。なんでそんな事をしたのよ」
「マルデル曰く、俺を生かすために仕方がなかったらしい」

 俺の両肩を掴む手の力が弱まっていった。

「そうか。だからあの地から離れられたのね……」

 彼女は崩れ落ちるように両手をつき、うなだれて座り込んだ。

「この世界でもいいし、どこでも好きな所に行けばいいよ。そして自由気ままに過ごせばいいさ」
「今更、急にそんな事を言われても、どうしていいのか、どうやったら生きていけるのか、私は外の世界なんて何も知らないのよ」

 俺は椅子から降りて、彼女と視線が合う高さまで屈んだ。

「なら、それを知るまでここに居ればいいじゃないか。それに君はとても綺麗だし、すぐに恋人もできると思うよ。愛や恋って言うのも楽しんでみたら。他にも沢山いろんな事をして、たくさん楽しんで、いっぱい笑って、充実した幸せな日々を、これから過ごせばいい」
「本当にここに居てもいいの。本当に自由気ままに、楽しく過ごしていいの。私が恋をしてもいいの」
「ああ、いいんだ。君の好きなように、自由に生きなよ」

 彼女は俺に抱きついて、大声で泣いた。
 最初に見た時とは大違いで、ただのか弱い女の子のように。今までの鬱積を晴らすかのように泣いていた。
 俺はそんな彼女の背を何も言わずに撫でていた。


 そして泣き止んだ彼女を連れて、マルデルと話をした。
 マルデルは一瞬、ほんの一瞬、あきれた顔をしたが、エレシュキガルに自由に好きなだけ此処に居てもいいと言ってくれた。
 ただ最後に悠太くんには手は出さないで、と変な事を釘をさしていた。
 そんな訳があるはずもないのに本当に意味不明だった。

 その夜は皆に紹介がてら、わりと豪勢な食事会を開いて親睦を深めた。が、ヘカテーとテティスは、エレシュキガルにだけ正式に滞在の許可を出した事を、マルデルに抗議していた。
 そんな駄女神二柱はすぐに凛子とセリーヌに食事会から追い出されそうになると、またあの二柱は泣いてマルデルの足に縋っていた。本当に傍迷惑な女神たちだった。



「悠太くん、本当にあれで良かったの」
「うん。俺をどうしても消せなかったそうだし、そう考えたら命の恩人と同じじゃないのかなと思って」
「でもね。エレシュキガルはずっと悠太くんを閉じ込めて、独り占めして、愉しんでいたんだよ。そんなのズルいよ」

 マルデルは頬を膨らませて、そう軽く怒っていた。
 最近の彼女はよく頬を膨らませる。かわいいからいいけど、あまりやり過ぎて頬が垂れないか心配になる。

「独占欲なのかな、それは。たくさん恋をしろだの、たくさん恋人をつくれと言っていた女神様とは思えない発言ですね」
「あああ、悠太くんはそんな意地悪を言うんだ。私を置いて綺麗な精霊をすぐにナンパするわ。毎夜毎夜、妖狐の毛並みを褒めるような事を隠れてするからいけないんだよ」
「はい? なんのことでしょうか」

 マルデルはとっさに手で口を隠して、いけない、と小さくつぶやいて、目を逸らした。

「マルデル、その話を詳しく聞かせてくれないか」
「ダメよ、これはダメなの。悠太くんでも話してはいけないの。約束なのぉー!」

 マルデルはそう叫んで、走って部屋の中に入り、ベッドの上で布団にくるまった。

 ふふふ、かわいいな。だが、逃がさん。
 俺と彼女の攻防戦が今、幕を開けた。
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