邪神様に恋をして

そらまめ

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未踏の大地へ(青年編)

女神様、洞穴はお好きですか

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 湖の北、山間の麓にその場所はあった。
 どこか懐かしく、心が揺さぶられる思いがした。

「これより先はかなり危険が伴いますが覚悟はおありですか」

 ユキナは静かにそう言って、俺のことを真っ直ぐに見つめると、すぐに視線を移し隣にいるクオンを心配そうに見た。

 ああ、とだけ短く答え、俺はクオンを肩に乗せ洞穴に向けて歩きだした。その後ろをマルデルとスクルドが何も言わずについてくる。

 洞穴に入ると寒さを感じた。
 とても初夏とは思えぬほど中はとても寒く思えた。が、なぜか優しい温もりも感じられる。

「ユキナ、なぜここに多くの精霊が眠っているの」
「女王よ。私からは何も」

 あまり中は広いとは言えないが、大人が二人は並んで歩けるくらいには人の手で整えられているように感じた。
 その洞穴の壁に少し埋まるように、多くの精霊達が目を閉じて静かに、まるで誰かを待つように眠っていた。

 洞穴の中を半刻ほど進んだところに石の丸い扉があった。その丸い石を転がすように扉を開け、魔石の松明で先を窺うと、まだ洞穴は深く先に続いているのが分かった。
 俺はマルデルとスクルドに目で合図を送り、二人は静かにうなずいて応えた。俺達が扉の先に全員が入ると、開けておいた扉がガタンと音を立てて閉じた。

「ひゃっ、なんだ勝手に閉まったぞ」

 マヌケな、ついマヌケな声をだして振り返ってしまった。
 肩の上に乗るクオンは心配そうに上から俺の顔を覗き込んだ。

「ゆうた、だいじょうぶ」
「う、うん、大丈夫。少しびっくりしただけだから」

 マルデルとスクルドは扉の方へ戻り、扉を二人で調べていた。どうやら扉はもう開かないようだ。

「悠太くん、閉じ込められたみたい」
「ほんと。なら先に進むしかないか」
「ユキナ、どうなってるのですか」

 スクルドが動揺もせずに普段と変わらぬユキナにそう尋ねた。
 ユキナは何も言わずに、ゆっくりとただうなずいた。
 どうやら詳しく説明する気はないらしい。スクルドもそう思ったのか。あきらめて俺のところまで戻ってきた。

「悠太様、この先に何があるかも分からないのに、本当に大丈夫なのですか。そこまでして進む価値はあるのですか」
「価値があるかは分からない。けど、大切な、大事な何かが有るような気がするんだ」
「スクルド、あきらめなさい。悠太くんは怖がっていても戻る気はないみたいだから」

 マルデルは俺を茶化すと、手で口を隠して小さく笑った。

「別に怖がってはいないから」
「ゆうた。ひやっ! っていったよ」
「ええ、たしかにびっくりしてましたね」

 皆で顔を見合わせると、なんか面白くなって噴き出して笑ってしまった。
 マルデルが皆の緊張を和らげてくれたのだ。心の中で感謝の言葉を口にした。

「しかし、ここにも壁一面に精霊が眠ってるんだな」
「誰かを待っているような。何かを護っているようにも感じます」
「この子達はこの世界の精霊ではないようね。おそらく前の世界、悠太くんの前世の頃の子達じゃないかな」

 マルデルは壁で静かに眠る精霊達を優しく愛おしそうに眺めて、撫でるように触れていた。

「ではここに前世の悠太様の何かが有るということでしょうか」
「うーん。確かなことは分からないけど、悠太くんが導かれるようにここに来たということは、その可能性が大なのかもしれない」

 どうしても何かに惹かれるように、この場所に来た。
 ここに来る前にアンジュやユキナ達に尋ねても、まだ危険です、とだけ言われて答えてはくれなかった。
 けれど、俺の意思が変わらないと知ると、連れて行くのはマルデルとクオン、そしてスクルドだけにした方がいいと忠告された。
 結果、その忠告に従って訪れたのだが、未だに何も分からないことだらけだ。

 突然、クオンがヒョイと飛び降りてスクルドの手を握った。どうやら俺は捨てられてようだ。

「スクルぅ、いっしょにあるこ」
「ええ。危ないから手は離してはいけませんよ」

 うむ、傍から見て実の母子の様だ。すごく自然なのだ。
 以前、スクルドに言われた事を急に思い出した。

『私はクオンを実の娘と思っていますから、彼女が独り立ちできるまでは子は望みません』

 クオンの寝顔を愛おしそうに眺めながら、スクルドがそう語ってくれたのだ。
 そうは言っても、その後は二人で愛を深めあったのだけれど。

「悠太くん、なんかだらしない顔してるよ。なにを思い出したの」
「あ、ひゃい。いえ、とくになにも」

 いけない。つい顔に出てしまったようだ。
 とにかく今はそんな事を思い出してる場合じゃないよな。

 ふーん。と言いながら疑いの目を向けてくるマルデルの手を握り、先へ進もうと促してごまかす事にした。

「もう、急に手を握らないでよ。悠太くんの意地悪」

 かわいく頬を膨らましながらも、どこか嬉しそうだった。
 もしかして隠れツンデレ属性なのか、マルデルは。
 うむ、その辺のカテゴリー分けには詳しくないので後で凛子に尋ねてみよう。
 だいたい未だにメンヘラだの、なんだのよく分かってないからな俺は。

「絶対に失礼なことを考えてるでしょ」

 あたた、ごめんなさい。頬をつねらないで、痛いよ。

「女王、イチャついてないで先に進みましょう」
「へ、なに言ってるのかな。イチャついてないからね」

 ユキナに反論するマルデルの手を引きながら先へ進んで歩いた。
 ちょっと騒がしいけど、まあ、マルデルが臆するようなことはないか。
 でもな、ずっとアンジュ達が静かなのが気になる。
 側にいることは分かるけど、どこか哀しそうな気配がするんだよな。なんとなくなんだけど。

「悠太くん、あれ」

 マルデルが指し示す方には人の形をした石像が三体、左右真ん中に分かれて立っていた。
 近くまでいくと、この世界の服装とは違う男女の石像だった。男性二体、女性一体のそれぞれが軽く武装していて、ここを護るように立っていることが、なんとなく見て感じた。

「見たことのない服装ですね」
「たぶん、いや、前の世界のやつだ」
「え、悠太くん、なにか思い出したの」
「いや、なにも。ただ、そう感じるんだ」

 その石像を見ていると、とても懐かしくて、とても大切な人達だと感じる。思い出せそうで、何も思い出せない。
 俺は彼らが護る奥の扉を静かに開けた。

「え、そこに扉があったのですか」
「悠太くん、よく気付いたね」

 いや、気付いたとかじゃなくて無意識に覚えていて開けた感じだった。
 その小さな扉の先には小さな部屋があった。
 その部屋には簡素な壁を削って作ったベッドらしきものと、木の机と椅子。それと古びた銃が三丁と弾らしきものが入っていると思われる箱が棚に並んでいた。

「銃か。もうかなり古びていて形を残してるのが奇跡、か」
「ゆうた。クオン、ここしってるかも」

 クオンは部屋の中央で周りを見渡していた。
 俺は机の引き出しを壊さないように慎重に引くと、中には何故か当時のままと思われる革表紙のノートがあった。

「我が親愛なる王よ。まだ、それに触れてはなりません」

 ノートを手に取ろうとしたところ、ユキナがその手を掴んで止めた。

「悠太様、今はまだ、そのままにしておいてください。お願い致します」

 振り返ると、アンジュ達が片膝をついて並んでいた。

「アンジュ、どういうこと。わかるように説明して」

 アンジュ達の横に立つマルデルが真剣な面差しで腕を組み、彼女達に説明を求めていた。

「ここは、」
「いや。無理に話さなくてもいいよ、アンジュ。君たちのことだ、俺を心配して、そう忠告してくれてるんだろ。わかった。今はまだ、そっとしておくよ」

 俺はゆっくりと慎重に引き出しを戻すと、椅子に座った。
 その何気ない、何気なく椅子に座ったのを見て、アンジュ達は少し驚いたように目を大きくしたが、すぐ元に戻り、懐かしそうな目で俺を眺めていた。

「我らの親愛なる王よ。あなた様への忠心を永遠に」

 アンジュのその言葉で、ユキナも片膝をついて皆と一緒に頭を下げた。
 すると、扉の外が眩く光り、部屋を明るくした。
 何かが、誰かの、大勢の強い想いを感じた。

 俺は慌てて部屋をでると、壁一面の精霊達が輝きを放っていた。
 聞こえる、彼らの声が、想いが直接心に響いてくる。

「すまない。長き時を待たせたな」

 そうか。うん、ああ、わかったよ。
 あまり一度に話すな。
 これからまた一緒なんだ、ゆっくり話せよ。

「この子達、悠太くんを待っていたのね。とても嬉しそう」
「ええ、私にもなんとなく分かります。それにとても綺麗な輝きを放っています」

 クオンは俺の横にくると手を握った。

「まだ、もうすこしこのままなの」
「うん。もう少ししたら、ちゃんと目覚めるってさ」
「そっか。ざんねんだね」


 俺はしばらくクオンと手をつなぎながら、壁の精霊達と話をして、また来ると約束をして洞穴を出た。

 マルデルは何か分かったようで、一人でウンウンと納得していたが、俺が聞いても答えをはぐらかされるだけだった。
 まぁ、女性にも秘密はあった方がいいしな、と無理に納得する事にした。

 ただ一つ疑問だったのは、なぜ彼らは石像になったのだろうか。
 自分達の意思なのか、それとも。
 いや、邪推するのはやめよう。
 いずれ分かることなのだから。

 洞穴を出て、俺は大きく背伸びをした。
 そして、空を、遠くの雲を、青空を眺めた。

 また、近いうちに会いに来ないとな。
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