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不完全燃焼。

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 4月、俺はクラス替えで好きな子とクラスが離れた。
 馬鹿なことに俺はその子に一目惚れで、アプローチを続けて、手応えが出てきたときに。クラス替え、というわけだ。
 クラス替えが終わってから今日で6ヶ月。今はもう10月だ。
 その子は今は別のクラスで彼氏と仲良くやってるらしい。

「こんなことなら告ったほうが良かったなぁ。」
 と、ひとりでにつぶやく。そうすると隣から声がする。

「え?なになに?恋愛の話?聞かせてよぉ!」
 
 と、話しかけてきたのは今四回連続席が隣な春香だった。
 肩くらいまでの長さの髪の毛をポニーテールにしている、元気がいい子だ。
 クラス替えがあって初めて知り合った。
 何故か俺が恋をしていた相手を知っているらしい。

「ちげぇよ。いいだろ別に。」
「え~?気になるなぁ」
「なんで気になるんだよ。」
「中島祐希の恋愛話とかめっちゃ面白そうじゃん!」
「面白くもねぇよ」
「どうしたの?振られた???」
「振られてねぇよ!もっと胸糞悪い失恋だ!」
「一体何したの!?」
「……不完全燃焼だよ。クラスわかれて。」

 俺がそう答えると、春香は少し「うーん」と唸り、こう言った。

「じゃあ私が二人を付き合わせてあげる」
「いやいいよ。」
「いいから!そういうの好きなんだ!」
「いや、いいよ。」
「なんだ~。つれないなぁ。」
 
 その日はそれで話が終わったのだが。
 春香は俺が断ったのを全く受け入れなかったらしい。
 校門で俺の不完全燃焼の相手、楓夏がウロウロしていた。

「楓夏。」
「あ、ゆうきくん。」
「あれ?楓夏って帰宅部だよね?」
「うん。」
「じゃあなんでこの時間に」
「春香って女の子に頼まれて絵を書いてたんだよ。」
「何の絵?」
「なんか学級旗書いてって言われて。」
「あいつめちゃくちゃだな!他クラスの人に学級旗書かせるのかよ。」

 本当に大胆なやつだ。

「ゆうきくん、久しぶりに駅まで一緒に歩く?」
「え!?えと。うん!」


 大森楓夏と駅までの道を歩く。 
 楓夏が口を開いた。
 
「私祐希くんの気に障ることしちゃった?」
「え?」
「だって毎日くれてたLINEも最近はくれないし。私が話しかけてもあんまり良くない反応ばっかだし。」

 そうだったのか。自覚がなかった。
 失恋をした俺はそんなところで自分の情けなさに対するいらだちを見せていたらしい。
 それこそ情けない。

「ごめん、そんなつもりはなかったんだよ。」
「じゃあどうして?」
「んと。」

 ―――言え!この不完全燃焼を完全燃焼にする絶交のチャンスだ。

「……イライラしてたんだと思う。LINEは送るの緊張しちゃって。」
「そっか。良かった。とっても安心したよ。」

 どちらも嘘ではない。でも重要な要素が抜けてる。

 イライラしてたのは失恋して悲しかったから。楓夏が好きだったから。
 緊張したのは、彼氏がいるという楓夏に話しかけて冷たい反応をされるかもと思ったから。そんな嫌だ。
 だって楓夏が好きだから。
 俺がされたくなかった冷たい反応を俺は楓夏にしてしまっていた。
 
「楓夏は。彼氏とかいる?」

 告白する勇気が出なかった俺の口から放たれた言葉はそれだった。
 ほんとにヘタレだ。
 ―――やっぱ初恋は酸っぱいな。

「いると思う?」
「うん。」
「どうしてそうおもうの?」
「だって楓夏モテそうだもん。」
 
 そんな言葉しか出ない。ほんとにヘタレだ。
 モテそうと思ったのは楓夏がかわいいからだ。頭から爪先まで全部かわいい。

「そう?ありがとう。ゆうきくんは彼女さんいるの?」
「彼女は居ないけど好きな人はいるよ。」

 それはあなたです。とどうして言えないんだろうか。

「好きな人って誰?」
「言わね。」

 嫌なやつだ俺は。誰?と聞かれるに決まっている回答をして、誰かは言わない。

「気になるなぁ。気がむいたら教えてね」
「うん。」

 そんな事を言っていると駅につく。電車は俺の方面のほうが早く来て、じゃあね。と言って帰る。
 電車の中で俺はボソッと呟く。
「この意気地無しが。」

 
 その日は楓夏におやすみ。とラインを送り、眠りについた。

  *  *  *

「おっはよ~!昨日はどうだった?」
「どうだった?じゃねぇよ。勝手にやりやがって。」
「え~?でも随分満喫していたみたいじゃん!楽しかった?」
「楽しくない!なんで分かるんだよ!」
「えーと。その発言は酷いよ。悔い改めよう。」
「どうしたんだよいきなり。」
「んーと。なんでもない!切り替えてこう!行動行動!」
「意味わからんって!」
「それでゆうくんは彼女とどんな会話をしたの?」
「適当。」
「ちゃんと説明しなさい!一緒に帰るとかカレカノ同然!そこで何がおこったのか!?うわ~~!!」
「一旦黙ろうか!」

 その時後ろから声がした。

「ゆうきくん」
「え?楓夏?」
「えっとこれ。」

 そう言って楓夏はシャーペンを手渡してくる。
 俺のものだった。

「これ。昨日落としていったから。」
「あ、ありがと。」

 そう言ってシャーペンを手渡した楓夏は教室を出て行ってしまった。
 なんか。急いでたな。

 放課後。春香が話しかけてくる。

「一緒に帰ろー!ゆうくん!」
「やだ。」
「なんでよ~」
「付き合っても居ない女子と帰ったら変な噂が立つ。」
「昨日彼女じゃない女の子と帰ったじゃん!」
「あれは例外!」
「いいでしょ!いいって言ってくれるまでここを動かないから!」
「別にいいよ?俺は勝手に帰るから」
「ああ言えばこう言う!」

 仕方なく一緒に帰ってやることにした。
 昨日楓夏と歩いた道を今度は春香と歩く。

「ねぇねぇ、昨日この道でどんなこと話したの~?」
「別にどうでもいいだろ。なんでそんなに知りたいんだよ。」
「君が好きだから。」
「………ええ?」
「聞こえなかったの?」
「ワンモアタイムプリーズ」
「軽口を止めてよね。君が好きだから気になるんだよ。」
「まじ?」
「がち。」
「ドッキリとかじゃなく?」
「うん。」

 俺は少し考えてすぐに答えを出した。

「俺は―――」
「まって!言わないで。答えはわかってるから。」
「いや、あの。」
「大丈夫だから。」

 春香は駆けて行ってしまった。

  *  *  *

 その夜。俺の頭上で通知音が鳴り響いた。
 慌ててスマをを見ると。
「春香がスタ連?時間考えろ。」

 そう思ってLINEを開くと。春香はスタンプではなく。

「○○病院。△△号室。早く来て。」

 というメッセージが連打されていた。



  *  *  *
 
 4月、私はクラス替えで好きな人とクラスが離れた。
 馬鹿なことに私はその人に一目惚れで、仲良くなれて。本当に好きが強まった時にクラス替え、というわけだ。
 クラス替えが終わってから今日で6ヶ月。今はもう10月だ。
 その人は今は別のクラスで彼女と仲良くやってるらしい。

「楓夏!帰りに映画見に行こ!」

 クラスメイトに誘われる。

「ごめん、今日は友だちに誘われてて」
「そっかー。じゃあしゃーないね!ふうかと見たい映画だからまた今度にするよ。」
「ありがと。」

 私はクラスメイトとわかれ、隣のクラスへ。

「おー!楓夏来た!」
「相変わらず元気だね春香は。」

 春香とは幼稚園の頃からの幼馴染だ。
 家も隣で今も仲がいい。

「いやぁそれほどでも。それで楓夏!」
「わかってる。きちんと書いてきてあげた。」
「お手本ありがとー!」
「どれにしてもなんでいきなり絵がうまくなりたいだなんていい出したの?」
「えと。自慢したい人がいるんだ!」
「え?彼氏?」
「な、なんでそーなるんだよぉ!」
「ごめんごめん」

 春香がわかり易すぎて面白い。
 絵を教えているといつの間にか日が落ち始めていた。
 春香が一枚絵を書き終えたところで、二人で帰ろうと決めた、が。

「楓夏!あそこに大好きな彼氏くんがいるよ~!一緒にかえんな!」
「彼氏じゃないし!」

 しかし、随分長い間一緒に帰っていないので帰りたい気持ちもあった。

「ごめん春香。今度埋め合わせする。」
「許したげる!」

 といって校門に来るまでは良かったものの、話しかけられない。
 ほんと勇気ないな私。
 だから告白もできなかった。
 なんて考えていると、後ろから声がする。

「楓夏。」
「あ、ゆうきくん。」
「あれ?楓夏って帰宅部だよね?」
「うん。」
「じゃあなんでこの時間に」
「春香って女の子に頼まれて絵を書いてたんだよ。」
「何の絵?」
「なんか学級旗書いてって言われて。」
「あいつめちゃくちゃだな!他クラスの人に学級旗書かせるのかよ。」

 ゆうきくんは変わらないな。
 そう思いながら祐希をふる絞り言う。
「ゆうきくん、久しぶりに駅まで一緒に歩く?」
「え!?えと。うん!」

 ゆうきくんは驚きながらもOKしてくれた。

 一緒に歩く駅までの道。
 私はずっと気にしていたことを聞く。

「私祐希くんの気に障ることしちゃった?」
「え?」
「だって毎日くれてたLINEも最近はくれないし。私が話しかけてもあんまり良くない反応ばっかだし。」

 クラス別れたしそんなに頻繁に送るもんでもないだろ。なんて言われそうだと思い、思わず力が入る。

「ごめん、そんなつもりはなかったんだよ。」

 ―――よかった。

「じゃあどうして?」
「……イライラしてたんだと思う。LINEは送るの緊張しちゃって。」

 とてもホッとしていた。
 涙が出かかるがそれはこらえる。

「そっか。良かった。とっても安心したよ。」
「楓夏は。彼氏とかいる?」

 心のなかで悲鳴を上げる。
 どうしてそんな質問を?いきなり。
 なるべく冷静そうに対応する。

「いると思う?」
「うん。」
「どうしてそうおもうの?」
「だって楓夏モテそうじゃん」
「そう?ありがとう。ゆうきくんは彼女さんいるの?」
「彼女は居ないけど好きな人はいるよ。」

 それは君だよっていわれたい。

「好きな人って誰?」
「言わね。」
「気になるなぁ。気がむいたら教えてね」
「うん。」

 もう少し充実した会話をしたかったが、すでに駅は目の前だった。
 ゆうきくんの家の方面の電車が来て、彼はじゃあね。と言って、立ち去った。

「これ祐希くんのシャーペン。」

 ゆうきくんが座っていた椅子にペンがおちていた。

 明日届けに行こう。ペンと一緒に。春休み前にした約束。

「たんおめ」
「ゆうきくんありがと!」
「これ。」
「あ!逆チョコ!」
「誕生日とバレンタイン同じってすごいな。」
「私もずっと思ってたよ。」
「約束な!ホワイトデー返せよ!俺の誕プレもかねて」
「わかってる。ゆうきくんこそ、ホワイトデーが誕生日なんだね。」

 そんなワンシーンを思い出し、私は遅れて申し訳ない気持ちとわくわくする気持ちを抱えた。


  *  *  *

 翌日、朝。 
 私は昨日焼いたクッキーを持って登校した。
 袋に包んだクッキーをカバンから取り出し、シャーペンと一緒に抱え、隣の教室に向かう。
 私は扉から出て言う。

「ゆうきく―――」
「満喫していたみたいじゃん!楽しかった?」
「楽しくない!なんで分かるんだよ!」

 春香とゆうきくんが話していた。
 しかも。私との帰り道が楽しくなかったらしい。
 春香と目が合う。

「えーと。その発言は酷いよ。悔い改めよう。」

 春香がいきなりそういったのに、私に気がついていないゆうきくんは驚いている。

「どうしたんだよいきなり。」

 私は耐えきれなくて、教室を出た。
 中の会話がうっすら聞こえる。

「んーと。な……ない!切り……こう!………動!」
「意…わ………って!」
「……ゆうくん…彼女……ど……会話……たの?」
「……う」
「……説明……い!一緒に帰る……カレカノ同然!………何が…こっ……か!?うわ~~!!」
「一…うか!」

 ゆうくん呼び。彼女。カレカノ同然。一緒に帰ろうか!。
 そっか。そうだよね。 
 噂の彼女って春香だったのか。

 私はクッキーをポケットに突っ込んで、シャーペンを渡しに行った。
 涙が出そうで急いで教室に帰った。

 放課後に、春香に声をかけられたが、話す気分になれなかった。
 無視して帰ったのに、帰りの電車が一緒だったことから、追いつかれ、結局家の近くまで着く。

「いつまで無視するのよ!謝ってるんだから返事くらい」

 次の瞬間。前から男が走ってくる。
 男と激突した……

  *  *  *

 クラス替えから4回連続で席が隣な男の子、中島祐希。
 私は彼に恋していた。
 髪型も顔も何もかもが平凡なのに、目だけは優しく、いつも楽しそう。
 そんな彼に私は恋をした。
 なのにゆうきは、私の幼馴染の恋人だった。
 ちょうどクラス替えでお互いに失恋したみたいな空気感になっていた。
 割り込む隙でもあったが、私は幼馴染をはめるようなことをする気にはなれず、六ヶ月が経過した。
 そんな長い時間を駆けて私は決意した。
 
 私も全力で恋しよう。

「こんなことなら告ったほうが良かったなぁ。」
 そう隣から声がする。
 私はとっさに隣を向いてしまい、恥ずかしさを紛らわすために必死に喋る。

「え?なになに?恋愛の話?聞かせてよぉ!」
「ちげぇよ。いいだろ別に。」
「え~?気になるなぁ」
「なんで気になるんだよ。」
「中島祐希の恋愛話とかめっちゃ面白そうじゃん!」
「面白くもねぇよ」
「どうしたの?振られた???」
「振られてねぇよ!もっと胸糞悪い失恋だ!」
「一体何したの!?」
「……不完全燃焼だよ。クラスわかれて。」

 これは。チャンスかも知れない。私にこの話をしてくれたってことは。
 ごめんね楓夏。でも私は全力で恋がしたい。

「じゃあ私が二人を付き合わせてあげる」
「いやいいよ。」
「いいから!そういうの好きなんだ!」
「いや、いいよ。」
「なんだ~。つれないなぁ。」

 断られようと気が変わることはない。
 私は放課後楓夏を呼び出した。

 楓夏に絵を習ったのだ。
 これで楓夏は私に好きな人がいることを知る。
 それでその翌日彼女みたいな会話をする。それを楓夏に聞かせる。
 
 ―――私最低だな。

 翌日。プラン通りに会話をした。
 狙った通りの結果になった。
 楓夏はその会話を聞き、ポケットからはみ出したクッキーの包を隠すようにしてシャーペンを届け、出ていった。

 ―――最低だ。本当に。最低。

 その後トイレに行くと個室から鳴き声が聞こえた。
 私は一日罪悪感に囚われた。
 このままではいけないと、楓夏に放課後話しかけに行ったが、無視されてしまった。

「そんな態度取る必要ないじゃん。」そうつぶやく。

 暗い気持ちを晴らしたくて、ゆうきに話しかけた。


「一緒に帰ろー!ゆうくん!」
「やだ。」

 暗い気持ちが一層強まった。
 そうだ。ゆうきはこういう人だった。 

「なんでよ~」
「付き合っても居ない女子と帰ったら変な噂が立つ。」
「昨日彼女じゃない女の子と帰ったじゃん!」
「あれは例外!」
「いいでしょ!いいって言ってくれるまでここを動かないから!」
「別にいいよ?俺は勝手に帰るから」
「ああ言えばこう言う!」

 すねていると、ゆうきは仕方ねぇな。
 といって、一緒に帰ってくれた。

 帰り道、私は昨日どんな事があったかどうしても気になった。

「ねぇねぇ、昨日この道でどんなこと話したの~?」
「別にどうでもいいだろ。なんでそんなに知りたいんだよ。」
「君が好きだから。」

 言っちゃった。言っちゃった。どうしよう。結果はわかってるのに。
 でも今更嘘でしたなんておかしいし。
 言い切るしか。ない。

「………ええ?」
「聞こえなかったの?」
「ワンモアタイムプリーズ」
「軽口を止めてよね。君が好きだから気になるんだよ。」
「まじ?」
「がち。」
「ドッキリとかじゃなく?」
「うん。」

 少し間がいて、ゆうきが口を開く。

「俺は―――」
「まって!言わないで。答えはわかってるから。」
「いや、あの。」
「大丈夫だから。」

 私はそう言って駆け出した。

 駅には楓夏が居た。
 私は今更申し訳ない気持ちが帰ってきて、楓夏に謝るが無視だ。
 頭にきた。
 振られたことの悲しみと申し訳なくて謝ってるのに返事すらされないことが合わさり、とてつもなくイライラする。
 謝る口調が強くなり、そのうち謝罪ではなくなる。
 それでも楓夏は黙っていた。

 だいぶ家に近づいた頃。
 正面から男の人が走ってくる。
 
 ―――セクハラかな。やられちまえ!

 そう思って。放置する。
 男と楓夏が激突する。
 
 ―――セクハラじゃない。。

 そう気がついたときにはもう遅かった。
 楓夏のお腹に突きつけられたナイフが、更に深くまで突き刺さっていく。
 その様子を硬直して見守ることしかできない。
 男が逃げ出し、楓夏が倒れる。
 私は震えていた。

「け、警察、じゃなくて、き、きゅう、救急車。スマホ!」

 パニックな私はなんとか今取るべき行動を見つけ、行動に移そうとする。
 震える指でスマホに「119」と入力した。


  *  *  *

 救急車の中でも病院についてからも、気が気でなくて、何も考えられなかった。
 手術室のランプの色が変わるのを待ちながら
「○○病院。△△号室。早く来て。」と、ゆうきに送りうずけていた。
 なんでゆうきを呼んでるんだろう。
  
 すでに既読はつき、「わかった」と返事が来た後も、私は自分の中の衝動をそれに変換していた。


  *  *  *

 春香の言っていた場所についた。
 そこには春香と男性と女性が一人ずつ。
 春香はただスマホの画面を叩いている。

「春香。」
「……あ、ゆうくん」
「ちょっと場所変えよっか。」
 大人二人の視線が痛かったので、場所を変える。

「何があった?」
「私が。私のせいで。楓夏が。」
「ふうか?楓夏がどうしたんだ!」
「さされた。」
「……え?」

 刺された?誰に?いつ?どこで?
 楓夏は生きているのだろうか。
 それよりも……
「……私のせいで?」
「私が。ちゃんと言わなかったから。気がついてたのに。男に。触り魔かと思って。言わなくて。」

 春香は泣きながら訴える。
 もう一つ気になった。

「ごめんもう一つだけ聞いていい?」
「うん。」
「なんで俺を呼んだの?」
「……呼ばないとって思ったから。楓花が死んじゃうかも……だし、……それに私が。その……」
「うん。」
「君の前から消えるから。その前に。」
「は?意味分かんないよ。消える?なんで?」
「それは……」

 その後、春香はすべてを話してくれた。
 途中で少し驚く部分もあったが。

「そっか。それは春香のせいじゃないよ。」
「ううん。私のせい。全部。」
「そんなことないよ、誰も前から来る男が通り魔だなんて思わない。」
「でも、私、見てることしかできなかった。ナイフが刺さっていくのを、動けなくて、どんどん刺さって行って、」
「当たり前だよ、俺でも動けない。」
「でも!」
「今はまだそんな事考えなくていい。まだ楓夏は死んでないんでしょ?だったら生きてるってことを信じて待とう。後で本人に直接謝ろう。」

 その台詞を発した直後、先程居た女性が息を切らしながら走ってきた。

「春香ちゃん、一命は取り留めた。だって。」
「おばさん!」

 春香はおばさんと呼ばれた女性に抱きついていた。

「それと、あなたは、」
「あ、すいません!中島祐希です。楓夏さんのクラスメイトです。」
「そうでしたか。楓夏の母です。」

 楓夏のお母さんは頭を下げてくる。
 その後は、春香と楓夏の家族との空間という感じだったので、早めに帰った。
 
 * * *

 数カ月後。楓夏は無事退院して、春香と楓夏は和解して、冬も終わりに近づく頃。
 俺は楓夏の前に立っていた。
 いつもの通学路のそばの河川敷。
 燦々と照りつける太陽が、二人の影を形作る。

「好きです。」

「どんなところが?」

「優しいこと、照れ屋なとこ、君の全てが。」

「てれるな。ありがとう。」

「君はどう?」

「……まずはこれ。」

「クッキー?」

「バレンタインだから。」

「なるほど。」

「こっちにも言わせてよ」

「うん」

「君の全てが好きです」

 
 春風が通り過ぎ、二人の幸せを運んでいった。
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