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もなか

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まるくあたたかく5

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「逸くんおはよー、敬吾さんどう?」
「おはよう、昨日よりはかなり良くなったみたいだよ。顔色も良かったし……さっちゃんにほんとごめんって言ってた、今日もシフト代わってもらって」

心配そうに逸を出迎えた幸は、少々項垂れて首を振った。

「いやいや全然だよー……、あたしが変な時期に旅行なんぞに行ってたから敬吾さんのシフトが聖書のような密度に……」
「いやあ前から貰ってた休みなんでしょ、それは仕方ないよ。その時は人数余裕あったわけだし」
「んーおかげさまで楽しかったけど……。て言うか、今日も敬吾さんとこ行ってきたの?あの人のプライベート長年の付き合いなのに謎なんだけど」
「いや俺アパート一緒で」
「えっ!!!!!!!」
「………………えっ?」

幸に思い切り仰け反られ、逸はぱちくりと瞬いた。
そして数秒。

野良猫でも構うような慎重さで、じわりと逸が口を開く。

「……さっちゃん待って、……凄い一応なんだけど、ほんっとただの偶然だからね。昨日まで知らなかったから。あとこの弁解が意味ないものであることを祈ってるから」
「いやある、偶然なの?凄いね」
「ストーカー疑惑を詫びてはくれませんか………」
「いやごめん、さすがに住所突き止めるほどのアレではないと思っているから今驚いたわけでね、普通に敬吾さんに想い寄せる普通の青年だとは思ってるよ」
「えーー…………」

しおれる逸をよそに、幸はしゃらっとずり落ちた眼鏡を上げた。

「そちら方面はどうなの?」
「って言うか普通に知ってるんだね、俺が敬吾さん好きなの」
「隠してるつもりだったの?」
「いや、特には」
「だよね。あの店長ですら気付いてるからね」
「えっ!俺怒られる?やっぱダメ?」
「いやあそのへんは別に大丈夫だよ、前にもカップルになったスタッフいたみたいだし」
「……まあカップルになるこたないすけど」
「悲しいよ!諦めるな!」
「無理無理、俺ノンケの人好きになったのも初だし敬吾さんだし」
「ノンケ?」
「ゲイじゃない人ね」
「へえー」
「よし、終わりました」

規定の長さに切り終わったリボンの空芯を逸が捨てると、幸が手招く。

「じゃあ次作り方教えるからね新人くん」
「お願いします」
「こうして、こうして、こーしてこーしてこう、でパチン」
「えええええうわうわうわうわ」
「いやいや上手、すごいすごい!時間かかってもいいから可愛くねー、プレゼントにつけるリボンなんで」
「手作りだったんだねこれ………」
「そーよ、繁忙期前は死ぬほどこれを作ります」
「はーい……」
「今更だけど『敬吾さんだし』がじわじわ面白くなってきてる」
「それだけですごい無理そうでしょ」
「もう形容詞として成立しちゃってる。でもあたし気は合うと思うんだよね敬吾さんと逸くんーー」

そこで、ロッカーの中から逸の携帯の着信音が微かに聞こえた。

「あっごめんさっちゃん見てもいい?敬吾さんだ……」
「どうぞどうぞ、なんだろ悪化でもしたのかな」

長閑だった雰囲気がほんの少しぴりつく。
やはり、怒られても鬱陶しがられても休んで付いていればよかっただろうかーー

逸が浮足立ちながらメッセージを開く。

〈お疲れ。部屋の鍵開けとくからバイト終わったら寄ってくれ。飯おごる〉
「………………」

ぽかんとその画面を見つめていると更にメッセージが届いた。

〈寝てたら起こして〉
「………………」

やはり逸はぽかんとしたまま。
幸が心配そうに振り向いて、かと言って覗き込むのはどうかという顔をする。

「敬吾さん、具合悪いって?」
「あっ、いや」

慌てて表示を消すと、逸は携帯をまた鞄の中にしまい込んだ。

「帰り、アイス買ってきてくれって……」

逸は喉に小骨でもひっかけたような微妙な顔をしているが、幸は安心したように笑った。

「なんだーびっくりした!食欲あるんだね、良かった」
「うん……」

朝は粥を多めに炊いて出てきた。
食べられるようならと勝手に茶碗蒸しやらポトフやらと消化に良さそうなものをどうにか作っておいてきたがーー
奢るというくらいだから外出する気なのだろうか。デリバリーだとしてもさほど体に良さそうな気はしない。

(……そんなに良くなったんならそれはそれで良かったけど……)

なんとなし気が進まない。
しかし勝手に部屋に入れと言う、それは単純に嬉しかった。

一言で表現せよと言われたら凛としていると言う、強いか弱いか分類しろと言われたら強いと応える、あの敬吾があんなにも弱ってくたびれて、抵抗しながらも他人を頼らざるを得ないなんて、あんな無防備な顔を見せてくれるなんて、それはもう逸にとっては途轍もなく魅力的だった。

それを更に、敬吾の同伴なしにそのテリトリーに入れる。
しかも眠っているかもしれないという。
なんという非日常感か。
脳内に少々危ない物質でも分泌してしまったようで、逸の頬は緩んだ。

「逸くん」
「へっ!?」
「いくら男前でもニヤけるのは気持ち悪いよ」
「すっ、すいません……」

妙に客足の悪い日に単純作業は、それはもう長く感じられた。

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